第266話 常識外の新人

 その日、冒険者組合支部に奇妙な新人冒険者が現れた。

 やたらと宝飾品を身に着けた中肉中背で目つきの鋭い男と、深緑色の長い髪を八つ結いにした翡翠色の瞳が印象的な美少女の二人組だった。


 彼らはつい先ほど本部で冒険者登録をしてきたという。組合長が認めたということなら最低でも魔窟ダンジョンの第一階層で生存可能性があるだけの腕っぷしは持っていると判断されたのだろう。

 いきなり魔窟に挑戦しに行くのではなく、先に魔窟の情報を得たいと言い出すあたり慎重な性格がうかがえる。それくらいでなければ『魔窟・底なしの洞窟』では生き残れない。

 まずは及第点といったところか。勤務年数十年にして三十路手前の熟練受付嬢ヴィオラは、そんな勝手な評価を内心で下そうとしていた。


「全部だ」

「は、はい?」

「全部の情報をもらう」

 唐突に冒険者組合支部に現れたその新人冒険者は、魔窟の情報を全て欲しいと言ってきた。Eランク・レベル1の登録間もない冒険者が。

 対応した受付嬢ヴィオラは困惑したものの、ひとまずは素直に応じることにした。


 魔窟の情報自体は全ての冒険者に開示されているからだ。ただし、有料で。それも口頭での説明に限るので、第十階層までの情報となると全て伝えきるのに半日はかかるだろう。

 冒険者組合も運営費を得る必要があるので、魔窟の情報というのは貴重な商品になっている。そのため、まとまった情報が紙面で流出しないように、説明内容を紙に書き写すなどの行為は禁止している。だから、普通は一階層ごとに攻略しながら、段階を踏んで新しい情報を得ていくのが一般的だ。

 新人冒険者であれば特に、情報料も無料ではないのだから、自分が攻略できる範囲の階層に限って情報を得れば事足りるはずなのだ。


 それを最初から全部、と言っているのだ。一度に全て覚えきれるというのか、一気に全ての階層を制覇するとでもいうのか、そもそも情報料を払うだけの持ち合わせがあるのか。疑念は尽きなかったが、とりあえず魔窟講座の手続きを進める。

「講義代は前払いでお一人様、金貨四枚と銀貨五枚になります」

「金貨九枚で支払いを頼む」

「あっ……はい。それでは銀貨十五枚がお釣りとなりますね。明日以降であれば講義時間の指定ができますが、本日ですと講師を呼ぶのに時間がかかりますので半刻ほどお待ちいただくことになりますが……」

「それぐらいの時間なら待たせてもらおう」

「それでは地下の講義室にてお待ちください」


 男はあっさりと講義代を金貨で支払うと、羨ましいくらい瑞々しい白磁の肌をした美少女と連れ立って地下へと降りていった。即金で金貨九枚を払えるというのは、普通の新人冒険者では考えられないことだ。絶対にただの新人じゃない。いったい何者なのか。よほど金に余裕のある貴族のぼんぼんだろうか。連れた女性は金で買ったとか。


(……待っている間に変なことし始めないでしょうね……?)

 下世話な妄想を思い浮かべながら、ヴィオラはお茶の準備だけして、すぐに二人の後を追いかけた。




 それから半日、魔窟の講義は何度かの休憩を挟みながら行われた。

 後で講師の人に様子を聞いたのだが、男の方は時折、的確な質問をしながら静かに講義を受けていたという。少女の方は豪快に机に突っ伏して寝ており、男の方もそれを咎めなかったので講義はそのまま終了したとか。

 うん、なんて残念美人。でも肉付きは引き締まっていてかなり良かったので、たぶん頭より体を使うお仕事が得意なのだろう。


 一応、最後に一言、忠告のような言葉をかけさせてもらった。

「新人冒険者の多くが最初の冒険で、特に初見の魔獣と遭遇したときに命を落としています。事前に情報を得たことで危険はかなり軽減されますが、くれぐれも用心して、無理はせず徐々に魔窟に慣れていってください」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 自信家で無遠慮なタイプの新人にありがちなように忠告を無視するかと思いきや、意外と素直に忠告を受け入れてくれた。ただ、続いた言葉に、その忠告が全く的外れであったことを気づかされる。

「魔窟に潜るのは久しぶりだ。段階的に身体を慣らしていかないとな……」

 ただのハッタリとは思えない。おそらく、どこか別の魔窟に潜ったことがある経験者に違いない。


「魔窟って、魔獣で溢れかえってるんだよね? 幻想種や超越種とかもいたりするのかな?」

「講義では話に出てこなかったな。俺の知る限り、魔窟の各階層にいる『階層主』はかなり強力な魔獣だが、超越種ほどじゃない。ただ、魔窟の最奥に潜むであろう、魔窟を生み出した根源たる存在が超越種だったり、あるいは高位幻想種だったりすることはある。時には魔窟を生み出す法則そのもの、現象因子フェノメナがただ存在するだけなんて魔窟もあるくらいだ」

「ふぇ、ふぇのめな? う~ん、せめて戦って倒せる相手であって欲しいな……」

 ギルドでさえよくわかっていない魔窟に関する知識を平然と口にしているこの男。本当に、いったい何者なんだろう。魔獣や幻想種を恐れる素振りのない少女もまた不気味だ。


 この二人組は今後の動向に注目である。

 世間知らずの駆け出し冒険者とは違うオーラを感じた。実力を秘めた希代の新人となりうるのではないか。

 受付嬢としての勘が、嵐の予感を告げている。




 ――以上、『冒険者組合支部 受付嬢ヴィオラの私的な業務日誌(見タラ殺ス)』より抜粋。

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