第265話 若さゆえ

「よう、兄ちゃん達! なんだ、昨日の今日でもう来たのか。そんなにうちの料理がうまかったか?」

 磨き上げた禿頭に白髪交じりの顎髭、初老と見られる酒場のマスター。彼は昨日と変わらぬ快活な笑い声をあげて俺とレリィを店に迎え入れた。

「領主エリアーヌからの紹介で冒険者組合の本部を訪ねて来たんだが……ここで間違いないのか?」

「……ねぇ、クレス。やっぱりエリアーヌさん、何か勘違いしてるんじゃないかな。それか地図が間違っているとか」

 まだ昼食には早い時間帯のせいか、客は一人もいなかった。ましてや冒険者の姿さえ見当たらないのだ。レリィが疑問に思うのも無理はない。俺もここが冒険者組合の本部とはかなり疑わしく思っている。


「おう。ここが冒険者組合の本部で間違いないぜ。もっとも、実務の大半は新しくできた支部の方に移っているから、ここは昔の名残で本部ってことになっているだけだ。今は新人冒険者の登録業務だけやっている。それ以外の時間は普通に酒場と食堂って具合だがな」

「なるほど、そういうことか。ここで登録だけ済ませたら、今後は支部の方でやり取りすることになるわけか」

「そういうことだ。兄ちゃん達、冒険者登録するんだろう? 昨日、領主様に会いに行くって話をしていたし、底なしの洞窟に潜るなら例外なく登録が必要だからな」

「なんだぁー、マスターわかっていたんでしょ。あたし達がまたここに来ることになるって」

「だはは、まぁ、わかっちゃいたが手続きにも順序ってものがある。二人のことはさっき、領主様から正式に紹介状をもらった。素性も人柄も、およその能力もわかったから、冒険者登録するのに問題はない。魔窟探索については自由にやってくれていいぜ。命知らずの新人と違って、細かいこと言う必要もねえだろ?」

 さらりと領主からの紹介状の話を出したが、それを受け取ったのは組合長ギルドマスターのはずだ。まさかこの短時間に、組合長から本部の受付まで情報が回ったとは考えにくい。そうするとこの酒場の主人は……。


「今更な話だが、もしかしてあんたが組合長なのか?」

「ああ、そうだ。改めて名乗っておくぜ、俺は冒険者組合の実質的な創設者、組合長ラウリだ。よろしくな!」

「えっ……!? ギルドマスターなんて言うから、もっと偉そうな人かと思ってた……」

 レリィもなかなか失礼な物言いをする。さすがにラウリも苦笑して、禿げ頭を指で軽く掻いている。

「まあ、組合長なんて言っても半分隠居の身で、ほとんど名誉職みてぇなもんだからな。俺の仕事は、冒険者登録しに来た奴らの事前評価をすることさ。素行の悪い奴が魔窟内で犯罪をやらかそうとしていないか、あるいは実力のない新人が魔窟に無謀な挑戦をしようと考えてないか……。後は気楽に酒場をやって、情報を集めたり、流したり、ま……この辺はもう趣味の領域だな」

 つまり冒険者の人事に関することが組合長の仕事、ということか。確かに人間観察や情報収集といった経験が豊富なラウリなら、よその犯罪者が紛れ込んで来ていないか、新人が魔窟に挑戦するのに十分な実力を持っているか、的確な判断ができるだろう。


「しかし、そうすると魔窟で収集した情報は支部と本部、どちらに流せばいいんだ? 魔窟の情報はあんたも詳しく知っていそうだし」

「基本は支部の方で頼むぜ。支部では正確な情報だけを取りまとめている。逆に不確定な情報なんかは俺に相談してくれるとありがたいね。支部では判断がつかなかったり、切り捨てられるような情報を俺の方で拾いあげているんだ。ま、そういうのは酒のついででいいからよ。面白い話を聞かせてくれりゃあ、一杯おごるぜ」

「支部では正確な情報を取りまとめている、か。底なしの洞窟に関する情報は、まず支部で一通り確認させてもらった方がよさそうだな」

「おう、そうしてくれ。支部に行けば、十階層までなら詳しい情報が手に入るはずだ。ちなみに支部の場所は、この店の裏に回って大通りを挟んだ向かい側にある。でかい看板も掲げているからすぐにわかるだろ」

「よし、そういうことなら早速、支部の方にも顔を出しておくか」

「おっと待った! まだ登録証を渡してなかった。今、作っちまうから水でも飲んで待っていてくれ」

 そう言ってラウリがカウンターの裏へ回ろうとしたとき、酒場の入口が開いて四人組の若い男女が入ってきた。見た目、十代半ばといったところか。まだあどけなさが残る顔立ちの少年少女達だ。


「ラウリさん! 今日こそ、冒険者登録お願いします!」

 一番先頭で酒場に入ってきた少年が、大きな声でラウリを呼び止めた。どうやら彼らも冒険者登録をしに来たようだ。

「……クランツ、またお前か。魔窟に挑戦なんて無謀だからやめておけって、この前も言っただろ」

 ラウリが面倒くさそうに少年、クランツに向き直る。蠅でも追い払うかのように手を振って「帰れ、帰れ」と口にするラウリに、クランツ少年が食ってかかる。

「この前って、それは一年も前のことじゃないですか! 僕もう十五歳になったんです。背だってこの一年で伸びたし、武器も揃えて、仲間も集めたんだ! 冒険者になるのに特別な資格なんていらないって知っているんですよ。冒険者登録を拒まれる理由なんてないはずだ!」

「そりゃお前、底なしの洞窟が一年前のままだったら無謀とまでは言わねえさ。洞窟の手前くらいで小鬼や灰色狼を相手するくらいなら、できるだろうよ。だがな、もう以前までの底なしの洞窟とは違うんだ。ただでさえ危険な場所だったのが、本物の魔窟ダンジョンになっちまった。そんな果物ナイフで刃が通るような相手はいないんだよ。大人しく家の果物屋の手伝いでもしてろい」


 クランツ少年の言う武器とは腰に五本も括り付けた小さなナイフのことだろう。ラウリが指摘したように、あんな小さな刃では魔獣化した小鬼には通用しない。他の少年少女達の武装を見ても、訓練用の木刀だったり、大工用の金鎚だったりと似たり寄ったりだ。特に防具の類がまったく揃っていない。普通の動きやすい服装なだけだ。二人ほど木製の小さな円盾を持っているが、あれではとても身を守ることなどできまい。

「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃないか!」

「わかりきってるんだよ! だから止めてんだろうがっ。さあ、仕事の邪魔だ。家に帰れ!」

 そうしてカウンターの奥に入っていくラウリ。クランツ少年は納得のいかない顔のまま、帰らずにその場に立っている。


「なぁ、どうするんだクランツ? 冒険者登録なしじゃ、洞窟の探検できないぞ」

「ラウリさんがダメって言うなら、私達だと力不足なんじゃない……?」

「なによ、別に最奥まで潜ろうってわけじゃないのよ? 第一階層なら小鬼しかいないんだから、余裕で倒せるわよ私達なら」

「くっそー……すぐ近所に魔窟があるっていうのに、挑戦できないなんて!」

 クランツ少年の仲間達が困惑した表情で、相談というか議論というか、何か愚痴のようなものを吐いている。

 一年前の底なしの洞窟なら入口付近では戦える、とラウリは言っていたが、たぶんかなり甘く目算した慰めの言葉だ。彼らには無理だろう。少しでも予想外のことが起きたり、敵の数が増えてしまえば途端に対応できなくなるのが目に見えている。

(……自己責任とは言え、子供をむざむざ死なせに行かせることはない、ってことか。冒険者組合はいい防波堤になっているようだな……)


 いつの時代も冒険に憧れる若者は多い。それと同じくらい、身の程をわきまえない無謀な奴らも多い。

「いっそのこと、黙って挑戦してみようか」

「馬鹿、そんなことしたって正当な報酬はもらえないぞ。魔石を手に入れても、冒険者じゃなければ信用が得られないから、どこも買い取ってくれないんだから」

「でも、私達の実力を認めさせる分にはいいんじゃない? 小鬼を何匹か狩ってくれば、冒険者として認めてもらえるかも」

「だ、ダメですよー。そんなことしたら、罰を受けることになりますよ」

 彼らもまた無謀な冒険に足を突っ込むか否かの瀬戸際にいるようだった。


「ねぇ~、クレス? あの子達、止めなくていいの?」

「ほっとけ。それは冒険者組合の仕事だ。俺達が口出すことじゃない」

 心配そうに四人の少年少女を見守るレリィは、口を出したくてうずうずとしていた。とうとう彼らが酒場を出て底なしの洞窟に向かおうなどと言い始め、レリィの我慢が限界に差し掛かった時、カウンターの奥からラウリが現れた。

「おう、待たせたな兄ちゃん達……って、クランツお前まだいやがったのか。さっさと家に帰って親父さんの仕事でも手伝えって言っただろ! まったく仕方のないやつだ……っと、悪いな見苦しいところを見せちまって」

「いや、別に気にしてないし、俺にはどうでもいいことだ」

「ラウリさん、あの子達、こっそり洞窟に行く気だから早く止めた方がいいよ~」

 レリィがひそひそとラウリに告げ口する。ラウリは額に血管を浮かせて軽く頭を抱えた。


「あいつらにはこの後すぐにでも、強く言っておくさ。それよりこれが二人の冒険者登録証だ。大した仕掛けじゃないが魔導回路が刻まれていて、冒険者の個人番号とランク、名前が暗号化して記録されている。これで組合を通した冒険者活動ができるようになるからな。具体的には魔石の売買や、納税記録なんかを簡単に管理できるようになる」

 登録証は指一本分程度の大きさの薄い金属板だった。説明の通り大して複雑な魔導回路が刻まれているわけでもない。これ自体に情報が入っているのではなく、あくまでも冒険者の個人識別をするものなのかもしれない。だが、それよりも俺はラウリの言った魔石のことが気になってしまった。


「魔石ってのは、魔核結晶のことか?」

「ん? ああ、魔導技術連盟の方ではそう呼んでいるんだっけか? 魔獣を倒したときに残される宝石な」

「魔石なんて俗称はあまり広めないでもらいたいな。魔核結晶というのが国家標準の正式名称だぞ」

「ははは、まあ細かいことは気にするなよ。冒険者組合じゃあ何かと、自分達にわかりやすいような名称で呼ぶことも多いんだ。それでまあ魔石のことだが、魔窟ダンジョンの魔獣は倒せば必ず魔石を落とすから、そいつを組合が冒険者から買い上げて、一括で売却しているんだ。魔石と称してガラス製の紛い物を売り捌く不届き者が少なからずいるから、商売の信用が低い駆け出しの冒険者は規定の金額で買い取ってくれる組合を利用するのが常だぜ」

「魔核結晶なら独自の販売経路で売り捌けるから、組合を頼ることはないんだけどな」

「そう言うなって。魔石の卸売りは組合運営の重要な収入源でもあるんだからよ。よろしく頼むぜ」

「ちっ……期待するなよ」

 やはり面倒ばかりが増えているような気がする。なし崩し的に冒険者登録してしまったが、ひょっとするとエリアーヌに利用されたか? それでも仕方ないと割り切って、俺は冒険者登録証を受け取り、片方の一枚をレリィにも渡した。


「……一応な、一級術士って情報は伏せておいた。兄ちゃんは有名人だからな。面倒事は困るって話だったし、支部を利用するときも等級をわざわざ口にする必要はないからな。もし、連盟の一級術士権限で動きたい特殊な事情がある場合は、俺の方に話を持ってきてくれ」

「気を使わせて悪いな。確かに、この街で俺の素性が知れると面倒なことになるか……。俺も、もう少し気を付けるとしよう」

 ラウリは声を潜めて、特例の対応について説明してくれた。俺が魔窟に潜ったという噂でも広まれば、またどこかの秘境を目指すとか、金儲けかと思われて騒ぎになるのは予想がつく。俺自身も少し行動を控えめにした方がいいのかもしれない。


「ちなみに冒険者には大まかなくくりとしてEからAまでの階級があって、それぞれに細かく分けたレベルが割り振られている。Eランク新人冒険者のレベルが1から10、Dランクの初級冒険者が11から30、Cランク中堅冒険者が31から50。Bランクの熟練冒険者となればレベルは51から70まで、Aランクは精鋭冒険者と呼ばれていてレベル100までだ」

「……そいつはまた随分と細かいな。魔導技術連盟では十階級が基本で、途中に準二級と準一級を挟む程度だぞ」

「冒険者ってのは、昔はならず者の集まりと見られていて、中途半端な社会的立場にあったからよ。身分証明として通用する資格に、領主のエリアーヌ様が定めてくださったんだ。冒険者をやめて他の仕事に就きたいと思った時も、冒険者登録証の記録情報が履歴書扱いになるから、実力が明確に評価できるよう細かい情報を記録しているんだ」

「なるほどな。冒険者の平均的な能力がそれで保証されるなら、確かに便利ではある。仕事を頼むにしても、信頼できる相手かどうか目安がつくわけだ」

「ああ、まさしくその通りだぜ。おかげで個別依頼の仕事なんかじゃぁ、冒険者と依頼主との間のいざこざも昔に比べて激減した。冒険者が安定した職業として認知されることで、今まで魔導技術連盟や傭兵登録所に所属していた腕っぷしのいい奴らが、冒険者組合にも流れて来ているんだ。今じゃAランクの精鋭冒険者の質は、騎士協会も一目置いているんだぜ」

「……へぇ? 俺の認識じゃ、最高位の冒険者でも三級術士程度の実力だと思っていたんだが、違うのか?」

「平均的なAランクならそれぐらいだがよ、最近は突出した実力を持つ冒険者もちらほら出てきている。だからAランク以上のレベルであるとギルドが認めた冒険者は、例外としてSランク英雄冒険者としての階級が与えられることになったんだ」

「英雄? なにそれ、そのSランクとか言う冒険者の階級!!」

 話の途中で突然、Sランク冒険者という単語にレリィが食いつく。


「ん? えーと、特別スペシャルとか、超越スーパーとか、とにかく超人的な意味合いの単語から頭文字とってSランクとしているんだ。冒険者の中でも別格の階級だな」

「おぉー……、なんか格好いいね!」

「はははっ、まあ冒険者なら誰もが憧れる最高の到達点だ。ちなみにSランクには細かいレベル分けはない。なにしろ英雄クラスだからな。数字じゃ語れねぇ実力の持ち主と認められるってわけさ。魔導技術連盟の一級術士と似たような扱いだな。冒険者としての活動経験や成果、ギルドへの貢献でレベルとランクは上がっていく。ランクが上がればギルドの援助も手厚くなっていくし、貴重な情報を得やすくもなるから、あんたらもぜひ頑張ってくれ」

 俺が知っている冒険者組合とは随分と内情が変わっていたようだ。話を聞く限りではまともな組織として成り立っているように感じる。気分良さそうに説明を続けるラウリが、冒険者組合の発展について話を膨らませ始めた、その時――。


「ああー!? それって、冒険者登録証だろ……? ずりぃぞ、何でこいつらには作ってやって、俺達はダメなんだよぉ!」

 俺とレリィが受け取った登録証を指差して、大声でラウリに抗議するクランツ少年。というか、まだ居たのかこの餓鬼共。興奮しているのか言葉遣いも荒くなっている。ずるい、などと筋違いの難癖まで付けてくるとは常識知らずにもほどがある。どうやら少し教育が必要なようだな……。

「馬鹿か、てめえは! そんなんだから、冒険者登録をさせられねぇんだ!」

「ぎゃっ!?」

 ごっ! と思い切り拳でクランツの頭を殴るラウリ。あれは容赦がない一撃だ。クランツは頭を押さえてその場にうずくまっている。

 痛みにもがいて反論できないでいるクランツに代わり、別の少年がラウリに抗議を始めた。

「クランツの言う通りでしょ、ラウリさん。あの人達だって僕らとそんなに歳は違わないはずだ」

 いや、どう見ても俺達は二十代だとわかるはずだが、まさか五年、十年の歳の差を大して変わらないと思っているのだろうか。三十代にもなれば大差ないかもしれないが、十代、二十代で五歳以上の差というのは経験的な意味合いで大きい。

「そうよ! それにこっちは四人で組んでいるのよ。二人組の冒険者より、戦力は上よ!」

 本気で言っているのか、それ。

 呆れ果てて俺は思わず、今の発言をした少女をまじまじと観察してしまう。気の強そうな釣り目に大きな丸眼鏡をかけ、濃い紫色のマントを羽織って、木の杖を持てば見た目だけはそれっぽい術士の格好になっている。雑な造りだが、木の杖には魔導回路が刻まれていた。


「はわわぁ……皆、落ち着いてぇ……。出直して来ようよぉ……」

 もう一人、気の弱そうな少女がか細い声で他の連中を宥めているが、誰も聞く耳を持っていない。この線の細い少女も術士だろうか。象牙色の地味なローブを着て、杖だけは立派な黒檀製のものを持っている。よく見ればそれなりに精緻な魔導回路が刻まれているようだ。

 二人の少女が術士となれば俺も無関係ではいられない。今にも爆発しそうなほど顔を真っ赤にしているラウリをよそに、俺は眼鏡の少女と地味な少女に声をかけた。

「君達、二人とも術士か?」

「え? えっと……私は……」

「な、なによ、いきなり。見ればわかるでしょ!?」

 いきなり横槍を入れてきたのはこいつらの方なのだが、自覚がないのか眼鏡の少女に至っては喧嘩腰だ。杖を目の前に突き出しながら、威嚇するように声を荒げる。

「私は炎の攻撃魔法を使えるわ! こっちの子は土の防御魔法!」

 炎と土の、魔法? 少女の言葉に俺は違和感を覚えた。


「何級の術士だ?」

「きゅ、級ですって?」

 有無を言わさず眼鏡の少女に詰め寄ると、少女は目を逸らして黙ってしまった。おい、まさか――。

「わ、私達はその、別に級とかそういうのはなくて……」

「魔導技術連盟には所属していないのか?」

「それがどうしたの、悪い!? 別に、連盟に属してなくても、魔法を使っちゃいけないなんてことないんだから!」

「誰に魔導を教わった?」

「そんなもの、独学で身に着けたわ! センスがあれば、鍛錬次第で魔法は使いこなせるのよ!」

「私はお爺ちゃんに……」

 連盟に所属していない。つまるところ術士ですらなかった。

 魔導を使えると言っていたが連盟には所属していないということ。独学と言っているが、この様子だと単に術式の発動だけを練習した可能性が高い。それはつまり魔導の基礎知識なしに攻勢術式や防衛術式を行使しているということである。術式の暴発をいつ起こしてもおかしくない、危険極まりない行為だ。


「まぁ、最下級の『共有呪術シャレ・マギカ』くらいは独学でも使えないことはないが……。いずれにしても、半端な知識で魔導を扱うのは危うい。今からでも連盟に所属して、最低でも七級くらいになってから冒険はするんだな」

「なっ!? 知ったふうなこと言って、あなた何様よ! 男のくせに派手な宝飾品を身に着けた格好して、あなたこそ冒険者を舐めているんじゃないの!?」

「話せば話すほどボロが出てくるな……。ギルドマスターの言う通り、家に帰って親の仕事でも手伝っているのが利口だぞ」

「嫌よ! あんな地味に疲れる耕作魔導具で畑を耕すだけの毎日なんて!」

「私も……このまま一生、低収入の畑仕事で終わるのかと思うと……」

 なんだ、耕作魔導具とか日常的に使っているのか。だったら、術士としての素養は身についているはずなんだが、どうして連盟に所属していないのか。


「だったらなおさら連盟に所属して、術士として仕事をすればいい。何故そうしない?」

「えぇ? だって、地味じゃない。冒険者の方が一獲千金狙えて格好いいわよ」

「そうだよね、そうだよねー! 魔石の取引価格とか聞いたら、一束銅貨数枚の野菜なんか育ててられないし! 渋い賃金で連盟の小間使いみたいな仕事もやっていられないよねー」

「し、渋い賃金……確かにそれは……」

 眼鏡の少女に賛同するように、地味な少女まで興奮した様子で冒険者のロマンを語りだす。そんなに術士は地味か。農作業ほど嫌か。確かに下級の術士に連盟から回される仕事は報酬が渋い。しかし、術士の等級が上がってくれば、付加価値の高い魔導具なんかも取引で扱えるようになるから、稼ぎも悪くないと思うのだが……。


 眼鏡の少女は憧れが先に立っている気もするが、地味な少女の方は意外と厳しい金銭感覚で職を選ぼうとしているようだ。危険は多いが、稼ぎも多い、そんな冒険者を選ぶのも将来の選択肢の一つということか。

 魔窟にいる影小鬼シャドウゴブリンを倒せれば、魔核結晶が手に入るはずだ。低品質の魔核結晶でも大豆一粒の大きさで銀貨数枚の価値がある。それだけで一週間の食事代にはなる。安定して魔窟での狩りができるなら、やがて装備を整えて更に強い魔獣を狩り、もっと大きな魔核結晶を手に入れることも可能だろう。魔獣の中には倒した後に魔核結晶以外にも死骸の一部を残す種類がいる。そうした魔獣の部位は希少な素材として取引されているし、うまくやっていけば一財産を築くのはそう難しいことではないかも――。

「しっかりして、クレス! 流されてる、流されてる!」

「はっ!? いかんな、俺の基準で考えたら楽勝な金稼ぎだが、実力のない子供にはリスクが大きすぎる。いいか? 冒険者ってのは怪我をしたらそれまでなんだぞ。働けない体になってから後悔しても遅いからな。よく考えることだ」

 少女達は反論したそうな表情をしていたが、俺は会話を切り上げて冒険者組合の建物を出ていく。

 ラウリはまだ二人の少年に説教を続けていた。

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