第262話 魔窟談義

 宝石の丘ジュエルズヒルズが実在すると世に知れてから、秘境へ至る道の噂も広く知れ渡り、今では一獲千金を狙う冒険者達の常識となっていた。


 朝露の砂漠リフタスフェルトそびえる永眠火山、首吊り樹海が広がる山の中腹には底なしの洞窟があって、凶悪な魔物達の棲み処になっている。広大な洞窟のいずこかに、宝石の丘へと通じる送還の門があると噂され、一獲千金を夢見て洞窟に潜る愚かな冒険者達は後を絶たない。


 魔物達には主がいて、の者の意思に従い洞窟へ来る侵入者を排除する。

 卑しき石の魔獣ジュエルビーストは融けた岩石さえも呑み込んで、貪欲なまでに新たな貴石を掘り起こし続けていた。

 宝玉の大蛇グローツラングは誰に命じられるまでもなく穴を掘り続け、埋蔵された大量の金剛石ダイヤモンドを守っている。

 地の精ノームはただ自然の摂理に従って、洞窟の循環と均衡を保ち続ける。


 いつしか土人ドワーフの住み処さえ洞窟の中層となり、下層は幻想種や魔獣の跋扈する人外魔境と化していた。

 その最奥を見た者は、宝石の丘に辿り着いた高名なる錬金術士クレストフ唯一人。続く踏破者は未だにおらず、今なお洞窟は複雑に延び続けている。



◇◆◇◆◇◆◇◆


「……というのが、かの有名な『底なしの洞窟』にまつわるいわれで、ここ洞窟攻略都市に冒険者達が集まる理由となっているんだ。錬金術士クレストフが秘境から大量の宝石を持ち帰ってから宝石の市場価格は一時期落ち込んだものの、宝飾品だけでなく魔導素材としても優秀な天然石の結晶なんかは価値を取り戻しつつある。昔ほどじゃないが質の良い宝石は高値で売れるから、こぞって冒険者達が鉱夫紛いの洞窟攻略に勤しんでいるってわけさ。もちろん中には宝石の丘を本気で目指している奴らもいる。いまだに宝石の丘自体の資源的価値は失われていないからな。成り上がり錬金術士に続けってなもんで、毎日、あんたらみたいな若い連中やら、古参の冒険者まで洞窟に潜っているよ」


 えた臭いの漂う埃臭い酒場。中途半端に昼を過ぎた時間だったが、俺とレリィの二人は時間を潰すために酒と食事を口にしていた。

 華奢な見た目によらず食欲旺盛で、酒もかなりいける口であるレリィに酒場の主人は気を良くして、聞いてもいないのに街の情報をあれこれと喋り出していた。

 俺達の格好と年齢から見て、駆け出しの冒険者とでも思われたのだろう。酒場の主人は綺麗に剃髪していて年齢不詳だが、顎髭に混じった白髪を見るに、初老ぐらいの年齢ではありそうだ。俺やレリィなど子供相手のようで、構いたくて仕方ないのかもしれない。正直、ちょっと鬱陶しい。


 少しでも早く『異界の狭間』へと旅立ちたいところではあったが、旅の仲間が全員集まるまではこの街で待機することになっていた。アカデメイアから一緒に来たムンディ教授は異界調査に必要な機材を準備すると言って姿を消している。今回の異界探索の要である彼がいない以上は動きようもなかった。


 それにここ、洞窟攻略都市で旅立つ前に挨拶をしておきたい人物もいる。本当は今日中にでもと思っていたのだが、あいにくと今日一日は外出しており、明日また改めてとなったので暇ができてしまったのだ。


「ふ~ん、そっかぁ。成り上がりの錬金術士ねー。この街じゃ有名人なんだー?」

 にやにやと含みのある笑みを浮かべながら、レリィが面白がるような目つきで仏頂面の俺を眺めている。宝石の丘の冒険譚は吟遊詩人の歌にもなるほどなのだ。その冒険譚発祥の地と言っても過言ではない洞窟攻略都市において、錬金術士クレストフの名声は頂点にある。

 だが、その錬金術士本人である俺にとっては何ら面白味のない話だった。自分がその本人であると明かしたところで、寄ってくるのは金目当ての人間共と厄介ごとの数々に違いない。己が羨まれる噂話に聞き耳を立てて喜ぶほど自己顕示欲に飢えてもいないし、名声ならばもう掃いて捨てるほどに得られているのだ。


「……ご苦労なことだ。先達の尻を追っかけたところで、得られるものは高が知れているだろうに。どこか別の秘境でも探しに行けばいいものを」

「お? なんだ、兄ちゃんはここの魔窟ダンジョンに挑戦しにきたわけじゃないのか?」

魔窟ダンジョン?」

 酒場の主人が口にした言葉にレリィが首を傾げる。あまり聞きなれない表現だったのかもしれない。そういえば、本格的な魔窟ダンジョンにはレリィを連れて行ったことはなかった。

「おいおい、姉ちゃんもか? もしかして二人とも観光しに来たのか? それにしたって魔窟ダンジョンのことぐらい聞いたことはあるだろ?」

「ん~、聞いたことはあるような気がするけど、普通の洞窟と何が違ったのかな……よくわかんないや」

魔窟ダンジョンと一口に言っても色々とあるからな」


 ぬるくなった麦酒をぐいと飲み干し、俺は酒場の主人におかわりを頼みながらレリィに魔窟に関する説明をしてやる。

「まず、よくあるのは天然の洞窟なんかに猛獣や魔獣の類が住み着いた例だな。それも大規模な洞窟に複数種類の獣が入り込んで安定した生態系を構築している場合、魔窟と呼ばれることがある。他には人工的に造られた地下壕などに罠や守護者を配置して要塞化したものも魔窟と称されることがある。ちなみにどちらも誰かの私有地である場合には、許可なく侵入すれば殺されても文句は言えない。ちなみに洞窟攻略都市にある底なしの洞窟は、伯爵家の管理する鉱山を開発していく過程で複雑に入り組んだ洞窟となって獣が住み着き、さらには盗掘が絶えないことから管理者によって警備の召喚獣や魔導人形が配置された結果、大規模な魔窟と化したものだ。今は洞窟の管理者もいなくなって独自の生態系を作り出しているから、元は人工的に造られた環境ではあっても、今や天然の魔窟になったと言える」


 魔窟のなんたるかをレリィに詳しく説明していると、酒場の主人が何故か感心したような表情で俺に新しい麦酒を手渡してくる。話の続きを促すように小声で「おごりだ」と小粋な真似をしてみせる。酒場の主人に乗せられたわけでもないが、俺は気分よくレリィに魔窟の解説を続けた。


「だが、これらとは一線を画す、ある意味で真の魔窟ダンジョンというやつがこの世にはある」

「本物の、魔窟?」

「ああ。幻想種が創り出した異界……それが永続的に現世と繋がっている状態のものを真の『魔窟ダンジョン』と呼ぶ」

 冷えた麦酒をごくりごくりと飲み下しながら、俺は真の魔窟について語り始める。


「ある魔窟の話だ。とある王族が作った巨大な王墓の構築物が、ある時を境に魔窟と化した。異変はまず王墓の中が、外観の規模を超える広さと部屋数に増えたことから始まった。このとき既に王墓は半ば異界と化したと言える。異界化した領域は時間や空間の概念が、現世と大きく異なる場合が多々あるからな。自然発生的なものか、人為的なものか不明だが、とにかく異界現出が起こって幻想種が辺りに漂うようになった。王墓は盗掘を防ぐため元から入り組んだ構造で罠も仕掛けられていたが、それらが更に複雑化して危険な迷宮となり、王墓の回廊には溢れるほどの亡者が歩き回って侵入者を襲うようになったんだ」

「うわー……亡者が襲ってくるとか、ううぅ……聞くだけで寒気がする……」

 心底から嫌そうな顔で、レリィは寒気をごまかすように自身の肩を抱いた。そういえば以前、レリィは朽ちた死体に躓いた経験があった。その時のことを想像してしまったのかもしれない。


「ちなみに、この徘徊する亡者は低級の幻想種が憑依したり、操ったりしているもので、別に死者が蘇ったわけじゃない。全ては幻想種と異界の成す呪力の結果だな」

「へぇ……よく知ってんな、兄ちゃん。ひょっとして今の話、有名な『ネフィリム王の迷宮墳墓』のことか?」

 レリィが身震いしている一方で、酒場の主人はこの手の話が大好きなのか、俺が例として挙げた魔窟の名前を言い当ててしまった。


「ああ、俺も昔、魔窟と化した墳墓に研究調査の手伝いで入ったことがある。まあ、正直言って気分のいい場所ではなかったな。とにかく食欲が失せる魔窟だったよ」

「昔って……クレス、それ幾つの時の話?」

「アカデメイア在学中だったから、十六か十七の頃だな……。『風来』の奴がどうしても『王の玄室』を見たいと言って……。しかし、暴いてみればろくなもんじゃなかった。二重、三重に強力な呪詛がかけられていたわりに、玄室には質素な埋葬品と王の棺だけが――」

「まさかっ! 兄ちゃん、王の玄室まで辿り着いたのか!? あそこはAランク冒険者が五人以上のチームを組んでようやく踏破できる魔窟だぞ?」

「おおっ! 何それ、すごいの? クレスとAランク冒険者ってどっちが強いの?」

「あほか、比べるまでもない。冒険者なんてトップクラスの奴でも、術士の等級で言えば三級くらいの実力が精々だ。例え戦闘特化の冒険者でも俺の敵じゃない。まぁ、あくまでも『冒険者』として活動しているやつらの話で、俺みたいな上級の術士や冒険好きな騎士は、自分の都合で魔窟に潜ることも多々ある。うっかり魔窟の中で遭遇して、お宝の争奪戦になることも珍しくはない。対人戦闘の心構えはしっかり持っておいた方がいいぞ」

 俺とレリィのやり取りを、酒場の主人はやや疑いの混じった眼差しで観察しながら、注文をしていた洞窟キノコのチーズ焼きを仕上げて配膳する。


「ハッタリじゃないとしたら大したもんだが、だとしたら兄ちゃん何者だい? それだけの実力が本当にあるなら、無名ってわけじゃないだろ」

 ここまでの話の流れで、いまさら名乗るというのも気まずい感じがするのだが、別に隠すようなことでもないので素直に教えてやることにする。


「俺は魔導技術連盟所属、一級術士『結晶』のクレストフだ」

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