第255話 あなたのそばに初めから


 中央研究棟を制圧した俺は、目標の場所へと一直線に向かっていた。学士を捕らえたまま待機している魔獣が一斉に動き出すという五限の鐘まで、もうあまり時間がない。本来ならば魔獣が多い武道場辺りへ援護に行って、レリィと合流するのが最善だったかもしれない。だが、俺自身の不吉な直感が、向かうべき場所は別にあることを告げていた。こういう時の悪い予感というやつは、自信満々な合理的推測などよりもよほど当たるのだ。


 アカデメイア内の魔獣はあらかた片付けられていると信じて、俺は一路、ある研究室を目指していた。そこまでの道中にほとんど魔獣は存在しなかった。


(……魔獣、魔獣か……この事件を握る鍵……)

 俺は何も直感だけで動いているわけではない。合成獣実験森林でレリィが拾ってきた暗赤色の十二面体結晶、魔獣の体内で生成する魔核結晶。モリンが操っていた二体の魔獣からも回収されたが、俺はこれらの結晶に因縁を持つものに対して自動的に向かっていく『追跡の呪詛』をかけている。呪詛自体は目標物に向かって黒い沁みのような付着物『追跡子トレーサー』が集まっていくという単純なものだ。


 レリィが拾ってきた結晶に追跡の呪詛をかけた結果は、残念ながらあちこち散逸してしまって目標物を絞り切れなかった。わかったのはアカデメイア敷地内で頻繁に移動するものに呪詛が向かっていったという事実。おそらくは人間であろうが、アカデメイア内に元凶がいるのだけは間違いなかった。

(……こういった呪詛は『風来の才媛』の方が得意だな……。俺にはどうにもあそこまで高精度で応答性のいい追跡子が作れない……)

 曖昧な因縁ではなく、もっと明確な関係性が指定できれば呪詛の向かう目標を絞り込めるのだが、元凶たるものも探知されるのを警戒しているのか、追跡に繋がるような痕跡はほとんど残していなかった。と、言うよりも意図的に痕跡を消したり、乱したりしているふうに感じられた。


 それが今日、倒したばかりの魔獣から手に入れた魔核結晶に追跡の呪詛をかけたところ、ある方角に向けてだけ追跡子が移動したのだ。魔獣が発生して皆が右往左往するなか、一ヶ所に留まっているというのは不自然だ。魔獣に捕まって身動きがとれないという人間もいるだろうが、この場合はむしろ魔獣に怯えず自分の本拠地で高みの見物を決め込んでいる奴がいる、と判断すべきだろう。

 そしてまさに俺が追跡子に導かれて向かう方向は、魔獣がほとんどいない空白地帯。いよいよもって怪しくなってきた。



 古びた研究棟へと踏み込み、覚えのある廊下を歩いていく。俺がアカデメイアに学士として所属していた時、幾度となく通った研究室への道。

 石材剥き出しの建物の壁。廊下の隅にまとめられた実験機材の残骸。研究室の扉にかけられた学士達の在室確認表。

 昔からまるで変わっていない。まるでこの研究棟だけ時が止まっていたかのようだ。明確な違いがあるとすれば、それは在室確認表に記された学士達の名前だろうか。かつて俺の名前も記されていた確認表に、今は別の学士達の名前が載っている。


 ――テルミト研究室――

 テルミト教授:不在

 学士アルバ:不在

 学士ビルド:不在

 …………


 不在の学士が連なる中、一人だけ在室の印が付いた学士がいる。彼女がここの研究室の一員であったことは、アカデメイアに来てすぐ履歴書を確認することで知っていた。それ故に警戒はしていたのだが、初めて会った日から今日この日に至るまで不審な点は見当たらなかった。だから、ここへ来るのが随分と遅れてしまった。いまだに信じられないでいるのだが……。


 俺は左耳の耳飾りを指で弄りながら、ゆっくりと研究室の扉を開けた。

 元、テルミト教授の研究室。いまや部屋の主は亡き後。

 そこで、アカデメイアの騒動など何もなかったかのように、淡々と研究室の掃除と整理整頓をしているナタニアがいた。

 部屋の中にはナタニア以外にも人がいる。

 学士ガストロとブリジットが床に倒れ、悲痛な顔をしたアリエルが膝を着き、苦々しい表情のムンディ教授が立ち尽くしている。

 その異様な光景に、残念だが不吉な予感が当たった確信を抱く。


「ここで何をしているんだ、ナタニア」

 俺の声にアリエルが素早く振り返る。だが、泣きそうな表情を浮かべるばかりで彼女から言葉は返ってこない。アリエルもまた、ナタニアからの返答を待っていたのかもしれない。やや間があってから、掃除の手を止めたナタニアがゆっくりとこちらに視線を向けて口を開く。ただそれだけの動作が、ひどく緩慢に見えた。

「ああ、先輩、お疲れ様です。何って……掃除ですけど? ここの研究室は私がアカデメイアを出るときには閉鎖されてしまうので、少しずつ片付けをしているんですよ。本当、忙しくて手が離せなくて、すみません」


 夕暮れの赤い斜陽が室内に差し込み、ナタニアの薄青い髪を紫色に染め上げる。鼻の上にかけた小さな縁なし眼鏡が、陽の光を反射してナタニアの瞳を隠してしまう。彼女は今、この部屋で俺を前にして、どんな目をしているのだろう。

「研究室が片付いていないの、先輩の責任でもあるんですよ? 見覚えないですか、これらは先輩が宝石の丘へ向かう道中で発掘された、古代遺跡の遺物なんです」

「ああ、そうだろうな。テルミト教授が精力的に発掘をしてはアカデメイアに送っていた。送還術で飛ばせないものまで、黒猫商会に頼んで発送していたよ」


 俺自身は発掘に深く関わっていなかったが、古代遺跡の周辺は探索して少しばかり掘り返しもしたし、テルミト教授達が掘り出した発掘品の目録も確認していた。それらを懐かしむように手で撫でながら、ナタニアが話を続ける。

「……誰も帰って来なかったんです。古代遺跡の発掘品だけは、山のように送られてきたのに……。あ、別に先輩のことを責めているわけじゃないんですよ? テルミト先生に、アルバやビルドが命を落としたのは、彼らの力が及ばなかったから。本人達も危険は覚悟の上でしたし、私も最悪の事態は想定していました。でも、本当にその最悪が訪れるなんて思ってもみなかった」

 過去を懐かしむように話すナタニアの口調に陰りはなかった。本心から、テルミト教授や同期の学士達が亡くなったことには諦めがついているようだった。


「だけどそれは、私にとっての幸運でもあったんです」

 ナタニアの一言に、それまで身じろぎせずに話を聞いていたアリエルが一瞬びくりと肩を震わせる。

 幸運。その一言が俺にも、やけに耳に残った。恩師や学友の死が幸運となる状況とは何なのか、背筋が寒くなってくる。

「秘境から送られてきた数々の遺物や貴重素材、品目の一覧表を作成するにあたって、特別に有用なものはアカデメイアにも報告をしませんでした。報告すれば他の研究室に分配されてしまうのは目に見えていましたから。おかげで、私はこの研究室にある物を自由に使うことができました。これほどの魔導素材に囲まれて研究できる機会は、後にも先にもきっとない」

 それは本来ならやってはいけない行為。けれど、研究者ならば素直な欲望の帰結とも言える。倫理的ではないが人間的ではある。そこまではまだ――。


「多くの発見がありました。この研究成果があれば、アカデメイアの後ろ盾がなくても術士として十分以上にやっていける、それぐらいのところまで至って……少し、欲が出たんです」

 四限目終了の鐘がアカデメイアに鳴り響く。ナタニアの情報が正しければ待機命令を受けていた魔獣が動き出すのは五限目の鐘が鳴るとき。時間は限られているが問題ない。もう、元凶は追い詰めている。

「今回の騒動、元凶は君だな、ナタニア」

「――元凶だなんてそんな言い方。ひどいですよ先輩、せめて『主催者ホスト』ぐらいの表現にしてくれませんか?」

 確定だ。この研究室に入った時からわかってはいたが、やはり彼女こそが事件の中心人物であった。


「でも、よく気が付きましたね、こんなに早く。シュナイド先生やリスカから、詳しい事情も聞けていないはずなのに」

「君がテルミト教授の研究室出身だということは、講師職を引き受けた時に調べて知っていたからな。元から警戒はしていた。それに、今回の事件では大量の虹色水晶オーラクリスタルが使われている。俺以外に誰がいつ、どうやってアカデメイアの敷地内に持ち込んだのか、それを考えたとき、君が飛行場から大事に抱えてきた鞄のことが気になった。あの中に入っていたんじゃないのか? アカデメイアの門番が反応するほどの、大量の虹色水晶が」

 当時は俺の持っていた魔蔵結晶や、魔導因子を貯め込んだレリィの髪に反応したのだろうと考えていた。あるいはその通りだったかもしれないが、同時に、同じように反応するものが持ち込まれていたのだ。


「それにシュナイド教授が持っていた魔導剣……いや、呪われた粗製魔剣とでも言うべきか。あれの造りには君が作製した魔導剣に通じるものがあった。製作者の特徴が出るんだよ、ああいう複雑なものには」

 俺の推測を聞いてナタニアは意外にも驚いていた。予想外のところから気づかれた、ということだろうか。無論、怪しい点は他にもあったのだが。

「最後に、あの手紙。どうやって知りえたのか君は今日の日没に魔獣が動き出すと指摘した。倒した魔獣どもを調べてみたが、今日の日没に動き出すような命令の痕跡は、どこにも見当たらなかった。俺でさえ確信の持てない推理に至った根拠は? 本当は知っていて、あんな手紙を送ったんだろう? 君は俺を確実に巻き込むために、逃げられない理由を突きつけたんだ」


 しばらく黙って話を聞いていたナタニアだったが、俺が一通りの推理を話すと満面の笑みを浮かべた。

「さすが先輩ですね。私の存在に気が付いて、そこまで理解してくれるなんて……」

「いや、わからないな。まだ理解できていない。ナタニア、君の動機が俺には読めない」

「……動機、ですか? 大した理由ではないですよ。誰かにこの研究成果を見せたくなったんです。だけど表に出せない研究成果でしたから、我慢していました。それでも、日に日に想いは募っていって、私はある日……孤独に耐えられなくなったんです」

「孤独……?」


 まただ。また、違和感のある単語が出てきた。幸運、と、孤独。それらが動機になったとナタニアは言うのか。

「知って欲しかったんです。この部屋で、誰に見向きをされることもなく埋もれていく遺物のことを。私が見つけた古代の英知、その再現された姿を、皆に見せたくなったんです。特に、先輩。一級術士のあなたにはぜひ、見てもらいたかったんですよ。だから、大急ぎで舞台を整えたんです。先輩はもうすぐ、アカデメイアを去ってしまうから」

「そんな理由でこれほど大それたことを実行に移したって言うのか? あと半年程度、黙っていればよかっただろう。俺に見せるにしても急ぐ必要などない。アカデメイアを卒業してからでも機会はあったはずだ。無難な題材でアカデメイアの博士課程を終えてから、アカデメイアに未報告の品物だけ私物と混ぜて持ち去れば、君はその研究成果を独り占めして、術士として活躍できたはずだ。だが、君はそれをしなかった。何故だ? 何故、こんな性急で破滅的な行動に出た? 君自身のためにすらならない行動に」


 そう。それだけが理解できない。利益にならない、合理的でない。あまりにも稚拙で感情的な行動。とても人間的な行動のようでいて、あまりにも人間としての理性に欠ける矛盾した行動で不自然だった。

 元凶は間違いなくナタニア。だが、何か恐ろしく決定的なズレも感じる。見誤ってはいけない。見落としてはいけない。今、ここにある違和感を。


「ですからね、耐えられなかったんです。孤独に――」


 目的は何か?

 私の孤独を知って欲しかったと語るナタニア。

 アカデメイアの学士達を分断し、閉じ込めて、支配して操った者達さえ共闘を許さない。事件を起こして徹底的に破壊活動をするでもなく、自分の身を守るために傀儡を集めることもしない。それ故に、元凶の中心点を特定するのに時間がかかったとも言える。どこか一つの建物に戦力が集中していれば、そこに元凶があると、もっと早く気が付けたはずだ。それが一切なかった。

 自己実現でもなく、自己保身もなく、ただ孤独を知らしめるだけの行為。人間性の欠如した行動原理。そこに意味はなく、ただそうあるべきという思考だけがある。自我とは言いがたい、まるで幻想種が保有する単純な指向性そのもの。


 ――そうか、彼女自身も既に。


「一線を越えたな、ナタニア」

 ナタニアの笑みがより深くなる。人間ならばそんな笑い方はしないと断言できるほど、不自然なほどに口の端を釣り上げて笑っていた。

「クレストフ講師! 早まらないでください。ナタニアは何者かに操られています!」

 俺がナタニアを攻撃する気配を感じたのか、それまで黙っていたアリエルが悲痛な声で叫んだ。

「ああ、わかっている」

 研究室に入った瞬間から、魔導因子を媒介に透視する術式『天の慧眼』を発動していた。室内にいる人物を一人一人観察し、積み上げられた遺物にも目を通す。ナタニアが何者かに操られているというのなら、そいつは最初から彼女の傍にいたはずだ。彼女の傍に寄り添って、ずっと影響を及ぼしていたに違いない。


 シュナイド教授がナタニアを勘違い娘と言っていたのは、ある意味で事実なのだろう。だが、それを言ったらシュナイド教授自身もとんだ勘違いをしている。

 誰もが、自分の行動を自分の意思によるものと思って疑っていない。だからこその強い違和感。一見して勘違いに思える行動。けれども実際は一貫して一つの元凶、一つの指向性に従って動かされている。


「俺の目をごまかせると思うなよ。複数の魔獣を操るため常に魔力を垂れ流しているんだ。さっきから乱れた魔導因子の流れが目障りなんだよ、元凶がっ!!」

 術式発動の予備動作なしで放った『結晶弾クリスタル・グランデ』が音速を超える速度で発射され、ナタニアが整理している机に置かれた一冊の本を撃ち抜く。


 ――ギィン、と澄んだ金属音が鳴って、俺の放った『結晶弾クリスタル・グランデ』が砕け散った。確かに狙い通り目標を撃ち抜いたと思った一発の弾丸は、本の表層で弾かれていた。


 ナタニアがいつも持ち歩いていた花柄の書皮に包まれた本。

 何の変哲もない書籍の一冊に見えるそれが、机を離れてばたばたと開閉しながら宙を舞う。

「え? なんです、あれ?」

 アリエルが素っ頓狂な声を漏らす。

「あれは魔導書――!?」

 ムンディ教授は、いち早くそいつの正体に気が付いた。

 自立して飛び回るような書籍と言ったら、冷静に考えて魔導書以外にありえない。問題はそいつが人工的に作られた空を飛ぶだけの本なのか、あるいは――幻想種が取り憑いた魔導書なのか。その違いは極めて大きな差異となる。主に、危険度で評価して。


「そういえば遺跡から発掘された遺物のなかに書籍も何冊かあったな。目録では召喚儀式用の呪具として使われる魔導書もあったが……幻想種が息を潜めて宿っているとは思わなかった」

 遺跡から発掘された召喚儀式用の呪具で、目録の備考欄には召喚術における一連の工程を自動補助する魔導書で、あくまでも人工の魔導回路を書き込んだ魔導書とされていた。

 よほどうまく擬態し、潜伏していたのだろう。そうして人目に付きにくくなった頃合いを見て、徐々に人の意思を操るようになっていく。それがこの、幻想種が書籍に取り憑いた魔導書である。しかも、自分と同類の幻想種を召喚しうる能力を持った厄介極まりない魔導書だ。


 おそらく、元から魔導書にあった回路機能も利用しているのだろう。人工の、それも古代式魔導技術によって作られた魔導書を依り代として、格の高い幻想種が憑依した真なる魔導書。

 並みの術士ではまず無理と考えていた数十体以上にも及ぶ魔獣の操獣術も、幻想種が取り憑いた魔導書ならばやってのける。ただ厄介なのは、今回の魔獣騒動をこの魔導書が一冊で引き起こしていたのなら、取り憑いた幻想種は相当に強い力を持った存在であるということだ。


 敵が正体を現した以上、こちらが躊躇する理由はない。即座に魔導書を処分するために、俺は対幻想種用の術式を発動する。

(――撃て――)

『焦圧雷火!!』

 電気石トルマリンの魔蔵結晶から放たれる雷撃は、幻想種を構成する魔導因子を多少なりとも乱すことができる。雷撃に怯んだところを封印術式で捕獲するか、あるいは煉獄から召喚する浄化の炎で焼き尽くすか――。


 続く攻撃手段を思い描いていたのだが、次の術式を使う段階には至らなかった。

「――!? 術式が発動しない!?」

 確かに魔蔵結晶から魔力の高まりを感じ、雷撃が迸る手応えもあったのだが、肝心の雷撃は俺の手元から一歩の距離もない位置で消失していた。

 ――深い、闇に呑まれて。


「魔導書の呪詛か――!? いったい何を……」

 気が付けば俺の周囲は闇に閉ざされていた。厳密には薄暗闇だろうか、次第に目が慣れてくると周囲が岩壁のようなものに覆われていることがわかる。

 『天の慧眼』の術式を発動してみても、分厚い岩しか透かし見ることができなかった。

(――召喚術で岩窟に閉じ込められた? しかし、召喚術を行使した気配はなかった。幻惑の呪詛にしてもおかしい。幻想種の呪詛でも幻程度なら即座に見破れるはず。これはもっと別の種類の術式……幻想種特有の呪法……まさか、『異界現出』か!?)


 異界の法則を現世へと招き入れる禁呪――異界現出。異界の法則は様々で、現出した領域内は通常考えられないような法則に支配される。俺の術式が打ち消されたのもその影響と考えられた。

 異界現出を引き起こすなど、かなり高位の幻想種にしか不可能なはずだ。こんな魔導書まで古代遺跡から発掘していたとは、テルミト教授もさすがと言うべきか迂闊と言うべきか、亡くなってしまった今では文句の一つも言えないのが悔しいところである。


 アリエルやムンディ教授もすぐ近くにいたはずだが、今は姿が見えない。

「ちっ……厄介な……。この呪法を破るのは骨が折れるぞ……」

 とにもかくにも、これが異界現出によるものなら領域を支配している法則を解明し、領域自体を不安定化して破るなど脱出の方法を探らないといけない。

 ひとまず俺の使える術式で有効なものがないか試してみるしかない。


 異界の法則の中で果たして効果があるのか不明だが、探索系の術式で周囲を探ってみる。

(――見透かせ――)

『猫の暗視眼!!』

 蜂蜜色をした猫目石キャッツアイの魔導回路を発動し、暗闇を透視してみる。すると周囲の風景がぼんやりとだが浮かび上がってくる。


 効果があった。そのことに一瞬だけ安堵した俺は、目に入ってきた光景を前に立ち竦む。

 その場所には見覚えがあった。


 そこは水晶の小路こみち。そう表現するのが相応しい、幻想的な光景が視野一杯に広がる。

 数え切れないほどの水晶の群晶クラスターが道の脇に生え、ずっと先を見れば壁や天井を埋め尽くす結晶の輝きが目に映った。

 宝石の丘ジュエルズヒルズ、そこへ至る一歩手前の道。そして、大切な仲間を見失った因縁の場所。

(――どうして、こんな場所に俺は――?)


 不意に、薄闇に鈍く光る金属質の塊が高速で俺の頭部めがけ飛んでくる。

 過去に同じ状況を経験していた俺は、咄嗟に前へと転がり金属塊の直撃を避けた。


 黒い人影が四つ、俺を取り囲む。

 薄手の黒い修道服に身を包み、闇色をした看護帽を被っている。

 胸元に十字架を模した銀の首飾りを下げた彼女らが、音もなくまるで闇から滲み出るようにして姿を現す。

 

 ――黒き聖帽の四姉妹。聖霊教会の悪魔祓いエクソシスト

 手には各々、鉄槌、戦棍、錫杖、連接棍と個性的な武器を携えていた。

 かつて退けたはずの黒い殺意が、再び俺を殺そうと襲い掛かってくる。


 助けの来ない空間で俺はただ一人、孤独な闘いを強いられる。

 例えこの戦いに勝利しても、見失ってしまったあの娘ビーチェは取り戻せない。

 そんな絶望を抱えたままで――。

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