第248話 すべてはこの日の為に


(――貫け――)

『海魔の氷槍!!』

 水柱石アクアマリンの魔蔵結晶が水色の輝きを放ち、幾本もの青い結晶槍が空中をきらめいて走る。空を飛ぶ蝙蝠魔獣がぼたぼたと落ちてきて、地面に落下しては灰となって消滅していく。

「あたしの出番なさそうだね……」

「お前は力を温存しておけ。他にどんな魔獣がいるか、まだわからないんだ」

 もはや学士達にも目立った混乱はなく、一行はアカデメイアの敷地内を進んでいた。

「クレストフ講師、どこに向かうつもりなのですか? 闇雲に進んでも危険なだけでは?」

 アリエルの心配も一理ある。ひょっとしたら合成獣キメラ実験森林あたりから、魔獣が侵入を続けているのかもしれない。そうだとしたら自分達は危険に向かって進んでいることになる。


「かと言って、街に戻ったところで安全とも限らない。俺の視界から外れた場所で魔獣に襲われても助けてやれないからな。状況が掴めるまでは嫌でも俺についてきてもらうぞ。ひとまずはアカデメイアの中心部である時計塔を目指す」

「誰もついていくのが嫌だとは言っていません。ただ、未熟な学士達をこのまま引き連れて行って良いものかと思うのです」

「俺から言わせればお前も未熟な学士だよ。不安にならずとも俺やレリィが守ってやる。ムンディ教授もいるしな」

「僕かい? 戦闘は専門じゃないんだから、あまり期待しないでおくれよ」

 ムンディ教授は謙遜しているが、先ほど魔獣を無力化した手並みは素晴らしかった。頼もしい戦力と見なせるだろう。

「私だって、もう未熟な学士ではありません……」

 アリエルがぶつぶつと文句を垂れていたが、あえて聞き流した。今もまだ空から魔獣の襲撃は続いているのだ。いつ地上からも魔獣が来たとしておかしくない状況である。一瞬の油断もできなかった。


 そんな不穏なことを考えていると、まさに悪い予想というのは的中するものである。

 雨で視界は悪いが、前方に明らかに魔獣と思われる大きさの動く影。先制攻撃で撃退しようと思えば、近くに小さな人影も複数見受けられる。思わず舌打ちが出た。アカデメイアの学士だろうか? そうなるとむやみに攻撃を仕掛けては巻き込むことになってしまう。面倒だがもう少し、接近する必要があった。


 魔獣と人影に近づいてみれば、そこでは戦闘が繰り広げられていた。

 首のない八本脚の馬みたいな魔獣が大きな蹄で地面を踏み均している。これと戦っているのは筋骨隆々とした体格のカルネム博士、それに幾人かの術士達だった。魔獣は一匹だけでなく、似たような八つ脚魔獣が五匹はいた。空には蝙蝠魔獣も複数、飛び回っている。

 俺は術式『海魔の氷槍』で蝙蝠魔獣を一掃すると、地上で暴れている八つ脚魔獣へと目標を切り替える。

「ついて来いレリィ! 魔獣を掃討する!」

「クレスも突っ込むの!?」

「乱戦で射撃系の術式は危険だ。地上の敵は直接、武技で片付ける!」


 魔蔵結晶を一つ取り出した俺は、術式発動の意思を込めて右手を掲げる。

(――組み成せ――)

三斜藍晶刃さんしゃらんしょうじん!!』

 右手に握られた藍色の結晶、藍晶石カイヤナイトが握り手を中心に上下へ結晶を成長させる。結晶は形成した柄を中心に、上下双方向へ幅広の刃を伸ばす。

 藍色に澄んだ刃はまるで結晶の塊から削り出したかのように荒々しい形状で、縦に入った結晶の筋が美しく輝いている。尋常ならざる魔力の波動が藍晶刃から放出されて、俺の全身に充足感をもたらす。この三斜藍晶刃には魔力による斬撃威力の増大と、使い手の身体能力を強化する効果がある。例え、俺が騎士でなくとも、そして魔獣が相手であっても、接近戦で多大な効果を発揮する。


 カルネム博士が真っ向から取っ組み合いをしていた魔獣の脇を通り抜けざま、藍色の残光を閃かせながら藍晶刃を振るい、脚を三本切り飛ばしていく。

「助太刀、感謝する!!」

 脚を失って体勢が崩れた魔獣はカルネム博士の圧力に負けて転倒、俺の後から続いていたレリィが水晶棍で追い打ちをかけて止めを刺した。

 俺はそのまま勢いをつけて他の八つ脚魔獣も切り刻んでいく。太く、硬い、真っ黒な脚に藍晶刃が食い込むと、柄を握った手に抵抗を感じる。だがそれも一瞬のことで、藍晶刃から藍色の波動が迸るとあっさり刃は通り抜け、魔獣の脚が二本、三本と斬り飛ばされていった。

 次々に魔獣の脚を切り飛ばしていく俺の横に、魔獣へ止めを刺しながら追いついてきたレリィが並んで水晶棍を振るう。学士を襲っていた最後の魔獣が俺とレリィの攻撃を同時に受けて絶命する。


「つ、強い……」

 戦技学科の学士だろうか、剣を持った男性学士が目の前で灰と化した魔獣を眺めながら呆然としている。

「おい、力は温存しておけと言っただろう」

「これくらい消耗のうちに入らないよ。クレスこそ前に出すぎ」

 レリィとの軽い言い合いも、周囲から魔獣の気配が消えて余裕が生まれた証拠だ。魔獣に襲われて重傷を負ったような人間もこの場にはいなかったので一安心する。


「レリィ殿! それに、錬金術士殿か! 本当に助かった。我々だけでは持ちこたえられないところだった」

 体のあちこちに擦り傷や打撲を負ったカルネム博士が、満身創痍の見た目とは裏腹にしっかりとした足取りでこちらに向かってくる。

「カルネム博士、色々と事情を聴きたい。どこか安全な場所で話はできないか?」

「安全の保障はできないが、すぐそこの休憩所であれば雨風はしのげる。見たところ魔獣もいない」

 カルネム博士が指差したのは、ガラス張りの建物で普段は学士が食事時に利用する休憩所だった。確かに雨風はしのげるし、ガラス張りなので中に魔獣がいないことは一目瞭然。逆に外から魔獣が近づいてきたときもすぐに発見できる。数十人が余裕で入れるだけの広さもあった。

「よし、全員そこの休憩所に避難だ。周囲には俺が防衛術式の陣を構築するから、全員建物の中に入れ!」

 学士達を引き連れて休憩所へと避難する。これでようやく、落ち着いて現在の状況を確認できそうだった。



 魔獣を退けた俺たちはガラス張りの休憩所へと入り、椅子を大きく円に並べて全員が周囲を警戒できるようにしながら座って、カルネム博士とアカデメイアの状況について情報交換を始めた。

「時計塔の付近ではかなりの数の魔獣が出現している。我々もそちらから移動しつつ戦っていたので間違いない。おそらく教師陣が中心となって、今も大規模な戦闘が行われているはずだ」

「戦闘で優勢なのはどっちだった?」

「魔獣の数に変化がなければ教師陣が優勢だが、おそらく魔獣は数を増やし続けている。直ちにこちらが敗走することはないと思うが、長期戦になればわからぬ」

「魔獣が増え続けている……。それは合成獣実験森林から来ているのか?」

 もしも森から来ているなら、南門を閉ざしてしまえばいいはずだ。それとも門が既に破られてしまったのだろうか。なんとか押し返して、門を塞ぐ手立てを考えなければいけないが。

「確かに森からも魔獣は来ているが、主な出現場所はアカデメイア敷地内のようだ」

「アカデメイアの中からだと!?」


 意識が南門の封鎖に移っていた俺は、カルネム博士の報告に一瞬混乱した。だが、すぐに事態の深刻さを悟る。

 アカデメイアの中から魔獣が発生する。それはすなわち、自然発生的な要因によるものではなく、明らかに人為的な働きかけによるものだ。

 魔獣そのものを召喚しているのか、あるいは召喚した幻想種を手近な動物に憑依させているのか。いずれにしろ発生源を潰さない限り、事態は収束しない。

「早急に発生源を叩いて、これ以上の魔獣の増加を止める必要があるか……」

「しかし現状の戦力では、うろつく魔獣を退けるのが精一杯である」

「俺とレリィなら問題ない。あの程度の魔獣なら障害にはならないだろう。問題はむしろこの事態の背後にいるだろう『敵』だ。これほどの数の魔獣を召喚して、操るというのは並の術士ではできない。魔獣を召喚する者、操る者、それに大量の魔導因子供給が必要なはず。複数の術士による共謀とすると、魔獣以外にも何か罠があるかもしれない。動くにしても少数精鋭で当たるべきだな」

 休憩所に避難してきた面々を見回して、俺は冷静に戦力を分析していた。ここに集まっているほとんどは、実戦経験に乏しい学士ばかりだ。下手に連れて行っても足手まといになってしまうだろう。


「よし……この休憩所を強力な防衛術式で囲う。戦えない者は事態が収束するまでここで待機してもらうぞ。安全は保障するが、一度術式で囲われたら出入りはできなくなるからな。我慢して待っていてもらうことになる」

「クレストフ先生! 私も戦います! アカデメイアの危機に、何もせず待っていることなどできません!」

「俺もやるぜぇ、先生よぉ。あんな魔獣どもに好き勝手されて、黙っちゃいられねぇっすよ!」

 ブリジットとガストロがそろって戦う意志を表明する。この二人は先ほどの戦闘でも悪くない立ち回りを見せていた。不幸中の幸いと言おうか、アカデメイアに発生している魔獣は、正直言って通常の魔獣に比べ弱い。二人でも、戦闘補助くらいはこなせるだろう。

「わかった。ブリジットとガストロは一緒に来い。ほか戦いに出るのは俺とレリィ、ムンディ教授とアリエル、カルネム博士、以上だ」

 他にも何人か戦闘参加を申し出た学士もいたが、実力不足の人間は連れていけない。そこは明確に線引きして、休憩所で待機させることにした。


 戦闘要員だけ休憩所から外へ出て、俺は休憩所を囲むように瑪瑙めのうの魔蔵結晶を三粒ほど配置する。その内の一つに、術式発動の意思を込めて楔の名キーネームを発する。


(――囲め――)

『晶洞結界!!』

 三つの魔蔵結晶が共鳴し、地面から巨大な瑪瑙の壁が生え出して休憩所の建物をすっぽりと覆い尽くす。これで空からも魔獣は入り込むことができなくなった。休憩所の中には食料や飲み物、それに便所などもあるので待機するに不便はないだろう。


「すごいものであるな……錬金術士殿の呪術は……」

「こんな巨大な防壁を一瞬で……どれだけ常識外れなのですか。まったく呆れてしまいますね」

「やぁや、見事なものだ! さすが、『結晶』と呼ばれる一級術士。ここまで強固な結晶壁なら、まず並みの魔獣には打ち破れないだろうね」

 口々に褒め称える面々の中で、レリィはこれよりも巨大で堅牢な防衛術式を見たことがあるためか騒ぐこともなく、逆にブリジットとガストロは口を開けたまま絶句して言葉も出ない様子であった。

「気を引き締めて行くぞ。もう既に戦闘領域に入ったと思え。俺は前方と空の警戒をしながら先導する。レリィは後方の警戒、ムンディ教授は左手側を、カルネム博士とアリエルは右手方向に警戒を集中。ブリジットとガストロは前だけ見て、俺の後ろについて来い。戦闘が始まったら援護に徹して、なるべく魔獣には近づくなよ」

 全員に簡単な指示を出してから、俺はアカデメイアの中心部、時計塔を目指す。

 魔獣の発生源を特定するなら、高い建物から敷地内を見渡す必要がある。時計塔はその点でよい観察地点であるし、教師陣と魔獣との戦闘が激しいという話なので援護も目的の一つだ。



 駆け足で時計塔に近づいていくと、すぐに戦闘の様子が目に、耳にと飛び込んできた。爆発音に衝撃音、軽い地面の揺れや、瞬く閃光が激しい戦闘が今も続いていることを示している。時計塔前の広場で数多くのアカデメイア教師と魔獣が戦闘を繰り広げていた。

「わざわざ乱戦の中に突っ込む理由もないな……。近くの建物、屋上から狙い撃ちにするぞ!」

「錬金術士殿!? それでは自分が役に立てないのであるが!?」

「建物の中に魔獣がいないとも限らない。屋上に上がれば空からも襲ってくる。槍の投擲ができるなら武器は俺が創る。それでも活躍できないか!?」

「愚問でありました、充分である!!」

 カルネムの脳筋発言を即座に否定し、手近な建物の中へと飛び込んでいく。やることがわかればカルネム博士の動きも良くなる。


 案の定、建物の中に入ったところで一匹の魔獣と出くわす。首のない馬のような八つ脚魔獣が、エントランスでぽつんと立っていた。そして、すぐ傍には尻もちをついて震える女学生が一人いた。襲われているのか? 見たところ怪我はしておらず無事な様子ではあるが、すぐに救出しなければ危険な状況だ。

「ここは自分が!!」

 魔獣がこちらに意識を向けるより早く、飛び出したカルネム博士が金属鋲で補強した革手袋レザーグローブの拳を握り込み、痛烈な打撃をがら空きの横っ腹へと打ち込んだ。既に『筋力増強ムスクル・ストレンジ』の術式を使用していたのか、拳の一撃で魔獣の巨体が吹っ飛び、建物の柱へ盛大に激突した。


(――貫け――)

『双晶の剣!!』


 双子水晶の魔蔵結晶に意思を込め、横転した魔獣の直下から二本の水晶を勢いよく生やして突き上げる。起き上がりかけていた魔獣の腹を水晶が貫き、絶命させた。

「そこの学士、助かりたければ一緒に来い! 悠長に介抱している余裕は俺達にもないからな!」

「は……はい!」

 俺の叱咤に腰を抜かしていた女学生はよろめきながらも立ち上がり、何とかこちらへと合流する。武闘派の学士ではないようなので完全な足手まといではあるが、このままここに放置していくわけにもいかない。他にまだ魔獣がうろついていれば、再び遭遇して無事とは限らないだろう。

「螺旋階段を使って上へ登るが、気をつけて進め! 他にも建物内へ入り込んでいる魔獣がいるかもしれない!」

 誰に言うでもなく、全員に注意を促してから、俺は螺旋階段を駆け上がる。カルネム博士が俺の横を並走し、一番後方はレリィが警戒しながら全員で屋上を目指して階段を上がっていった。


 屋上へと出れば、時計塔前の広場の様子が一望できた。

 八つ脚魔獣に加えて、でかい亀のような魔獣、狼型の魔獣、人より大きい蜘蛛の魔獣、それらの怪物どもが盛大に暴れていた。

「魔獣化した鋼顎亀アイオン・ジョーズ、それに屍食狼ダイアウルフ牛蜘蛛うしぐもまでいる……」

 広場の光景を見たレリィは、一目で魔獣の種類を言い当てた。レリィも見たことがあるということは、こいつらは合成獣実験森林にいたという魔獣の類か。八つ脚魔獣や蝙蝠魔獣と違って、首から上はしっかりある。

(……最悪だな。これはつまり、アカデメイアの中からも外からも、魔獣が侵入しているってことだ……)

 空を見上げれば複数の蝙蝠魔獣と、大型の鷲のような魔獣まで飛び回っていた。首無しの蝙蝠魔獣と違って、大鷲魔獣にはしっかりと頭が付いており、鋭い嘴は人の頭を一噛みで丸呑みできそうなほどに大きい。


「まずは上空で飛行する魔獣を優先して落とす! レリィとカルネム博士は俺の創る槍を使え!」

 『海魔の氷槍』の術式で水柱石アクアマリンの結晶槍を無数に生成すると、俺は言うが早いか空を飛ぶ蝙蝠魔獣めがけて槍を投擲する。青い光を発しながら、結晶槍が天に昇る流星の如く空中を走り、蝙蝠魔獣の胴体に風穴を穿つ。蝙蝠魔獣を貫通した結晶槍は空に溶けて消えるように、青い光の粒となって消失した。

 レリィとカルネム博士も俺に続いて、結晶槍を空へ向けて投擲する。下にいる人間に間違って当たらないように、投擲された槍は俺の制御で消滅するようになっている。また直撃しなくても、意図的に結晶槍を破砕させることで破片となった結晶が魔獣に降り注ぎ、確実に傷を与えていた。

 アリエル、ブリジット、それにガストロはそれぞれに得意な術式で空の魔獣を攻撃し、ムンディ教授もよくわからない呪術で次々と蝙蝠魔獣を消滅させていく。

「いい感じだ。この調子で――!? 待て、全員攻撃中止!!」

 槍を投擲しようとしていた俺は、視界の端に捉えた影に反応し、投擲を中断する。即座に他の連中にも攻撃中止の合図を送る。


 空を飛び回っていた蝙蝠魔獣のすぐ脇を、素早く飛行する黒い影が横切る。すると魔獣は翼手の羽を裂かれて、錐揉み状に地面へと墜落していった。縦横無尽に飛び回る影は、次々と蝙蝠魔獣を叩き落としていく。早すぎて正体が掴みにくいが、魔獣と敵対する存在であの動きとなれば――。

「サライヤ教授だ! 他にも何人か、飛行術士がいる! 間違って攻撃を当てるなよ! 自信がなければ地上の敵へ攻撃対象を変更しろ!」

 今まで飛行術士の姿は見かけなかったのだが、俺たちが魔獣を撃墜し始めたのを見て好機と見たのだろうか。気が付くことができたからいいものの、危うく魔獣と一緒に攻撃範囲へ巻き込んでしまうところだった。

 だが、そんな危険を冒さねば状況を打破できないとサライヤ教授は判断したのかもしれない。予想以上に、教師陣は魔獣に追い詰められていたのかもしれない。


 俺の指示に従って、レリィ以外は地上の魔獣へ攻撃対象を変える。

「レリィ、お前は狙えるのか?」

「大丈夫。人に当てるような下手はしないよ」

 そう言いながら軽い感じで投擲した結晶槍が、また一匹、蝙蝠魔獣を串刺しにした。全く問題ないようだった。

「なら俺も、飛行術士に合わせて援護するか」

 俺は黄鉄鉱の魔蔵結晶を取り出し、刻まれた魔導回路に術式発動の意思を込める。


(――焼き尽くせ――)

『六面猛火!!』

 六つの火球が出現し、飛行術士と空中戦を繰り広げていた蝙蝠魔獣に向かって、一発ずつ一直線に飛んでいく。

 なるべく軌道がわかりやすく、魔獣を点で捉えるように弾速も速く射出する。こうすれば飛行術士側でも、飛んでくる火球の動きを予測しながら安全に戦うことができる。

 飛行術士に追い立てられ、空中でばたついている蝙蝠魔獣に次々と火球が直撃し、あっというまに火だるまとなって燃え上がる。魔獣はそのまま地面へ落ちる前に灰となって消えた。


「クレストフ先生! ご協力ありがとうございます!!」

 蝙蝠魔獣と戦っていたサライヤ教授がわざわざ飛んできて感謝の声をかけてくる。

「サライヤ教授、礼には及ばない! 戦いに集中してくれ!」

「そのことでご相談があります! 私達と一緒に戦って頂けませんか!? そちらの騎士の方も!」

「言われるまでもない、協力しよう! 俺達は何をすればいい!?」

「言葉の通り、一緒に来てください!」

 言うが早いかサライヤ教授は俺の元へと来ると、背後から腕を回して俺の体を空中に持ち上げる。革のつなぎに身を包んだサライヤ教授の柔らかい胸が背中に押し当たるが、恥じらいも頓着もしない様子を見るによほど切羽詰まっているのだろう。


 レリィの元にも別の飛行術士が取り付き、空中へと浮かび上がる。

「うわーっ!? あたし、空飛んでる!!」

「落ち着け、レリィ。それで、サライヤ教授、これから何を?」

「時計塔の屋根上に、魔獣を召喚する陣が敷かれているようなのです。それを破壊してください! 私達では近づくことはできても、陣を破壊するだけの火力がないので……」

 なるほど、それで今まで手こずっていたのか。飛行する魔獣と戦闘しながらでは、大きな術式は発動できないし、狙いもつけにくいことだろう。

「了解した。サライヤ教授、俺を連れて先行してくれ。露払いは俺がやる。レリィは俺の後に続いて、陣の破壊に専念しろ」

「うん、わかった! それで、陣? って何?」

 両手に海魔の氷槍を持ったレリィが真面目な顔で聞き返してくる。たぶん、説明してもわからないだろう、これは。

「見ればわかる! サライヤ教授、行ってくれ!」

 話をしている間にも、新たな魔獣が湧いて出てくる。それ以上はレリィに質問を許さず、俺はサライヤ教授に戦闘開始の号令をかける。


 すぐさま高速で飛翔し、目標の時計塔へと向かうが、こちらの動きを敏感に察知して蝙蝠魔獣と大鷲魔獣が迎撃に出てくる。

「クレストフ先生、あの大鷲の姿をした魔獣が厄介で……既に何人も飛行術士が落とされています。どうにか退けられますか?」

「問題ない。レリィ! 槍の一本は大鷲魔獣に使え! 残り一本は残しておけよ!」

「一発で当てろってこと!? も~! 難しい注文ばかりいうんだからぁ!!」

「先制攻撃は俺が加える。敵の隙を見逃すなよ!」

 迫り来る飛行系魔獣の群れに突っ込みながら、俺は尖晶石スピネルの魔蔵結晶を全力開放で起動する。


(――焼き尽くせ――)

『八面烈火!!』


 真っ赤に光り輝く尖晶石から、八つの火球が飛び出す。いずれも最大威力で術式発動しただけあって、火球の大きさは両手を広げたくらいの直径となっている。降りしきる雨をものともせず、逆に周囲の雨粒を蒸発させるほどの火力が顕現する。

「なんて大きさ!?  数も多い!!」

「すごい、熱量も尋常じゃない!!」

 サライヤ教授ら飛行術士も尻込みするほどの熱量が周囲の空気を焼いていた。

「道を作る! 飛行術士は火球に続け!!」

 八つの火球が縦横無尽に飛び回り、次々と蝙蝠魔獣を呑み込んでは焼き尽くし、また次の獲物へと肉薄し撃墜していく。直撃時の爆発力で敵を撃滅する通常の火球とは違って、これだけの大きさがあれば単純に熱量でもって焼き殺すことが可能だ。

 一通り蝙蝠魔獣を一掃したあと、残る大鷲魔獣に狙いを定める――そう考えて見回すが、先ほどまで存在感を示していた大鷲魔獣が見当たらない。


「大鷲魔獣はどこへ行った!?」

「クレス、上! 上から来てる!!」

 レリィの声に、慌ててサライヤ教授が横っ飛びに移動する。わずか一瞬まで俺たちがいた空間を黒い影が通り過ぎていく。サライヤ教授も俺を抱えながらの飛行では、どうしても機動力が落ちる。まともに空中戦などやっていては敗北必至だ。

 大鷲魔獣は再び空高く舞い上がり、俺とサライヤ教授に向かって頭上から急降下突撃してくる。俺は八つの火球を制御して、大鷲魔獣を四方八方から狙い撃ちにする。

 高速で飛ぶ大鷲魔獣に追随する速さで火球が回り込み、大鷲魔獣と正面から激突した。

『爆ぜよ!!』

 俺が口にした楔の名キーネームによって、大鷲魔獣に殺到した火球が一斉に爆発する。紅蓮の炎と轟音を撒き散らし、空に盛大な火の花を咲かせる。爆発の威力で失速し、大鷲魔獣が煙にまみれながらよろよろと落下してくる。

「そこっ!!」

 すかさずレリィが海魔の氷槍を投擲する。投擲の反動でレリィを抱えた飛行術士が大きくよろめくが、海魔の氷槍は狙い違わず真っ直ぐ大鷲魔獣へと放たれ、横っ腹へと突き刺さった。


『凍てつけ!!』

 海魔の氷槍もまだ俺の制御下にある。俺が大鷲魔獣に刺さった槍へ向けて意識を飛ばし、楔の名キーネームを発すれば瞬時に『海魔の氷槍』から枝葉のように氷の結晶が飛び出し、大鷲魔獣を体内からずたずたに突き貫く。さらに術式の副次効果で強烈な冷気が発生し、大鷲魔獣は肉も血も凍り付きながら霜を生やして地面へ落下していく。

「す、すごいわ。大鷲魔獣をあんなあっさり倒すなんて……。はっ、今が好機ですね!! 皆さん、時計塔の屋根を目指しますよ!!」

 落下していく大鷲魔獣の最期を見届けることもなく、サライヤ教授は行動に移る。目標は時計塔の上にあるという魔獣の召喚陣。


 果たして、時計塔の屋根上まで飛行術式で上がっていくと、雨に濡れて鈍く輝く銀色の板が目に入る。

 ――銀板魔導回路アルジェントゥム・タブレット――。

 おそらくあれが魔獣の召喚を行っている陣。しかし、近くに術者の姿は見当たらない。代わりに、魔力源と見られる魔蔵結晶の欠片が周囲に散乱している。

(……魔導因子が尽きない限り、自動で術式発動を続ける魔獣召喚陣か……。だが、あれだけの仕掛け、いつから仕込まれていた?)

 まさに今も、陣からは黒い靄が生み出され、同時に生きた大鷲が光の粒と共に召喚されている。魔獣の素体となる生き物とあの黒い靄、低級の幻想種を召喚して、その場で憑依させることで即席の魔獣を作り上げる仕組みなのだろう。それなりに手の込んだ儀式呪法の仕掛けだ。一朝一夕で準備できるものではない。


 ともあれ、破壊すべき目標は定まった。

「あの銀色を潰せ、レリィ!!」

「屋根で光っているやつだね!」

 レリィは海魔の氷槍を握りしめ、翠色の闘気を込める。

「うっりゃあぁああっ!!」

 飛行術士に体を預けながら、器用に身を捻って槍を投擲する。レリィが放った海魔の氷槍は、生み出されようとしていた魔獣を貫き、その背後にあった銀板魔導回路に突き刺さる。そして、そのまま銀板を貫通すると、けたたましい音を立てて時計塔の屋根に穴を開け、壁まで突き破って飛び出し時計塔広場の隅に槍が突き立った。


「……あ」

「やりすぎだ……あほ……」


 時計塔の中には『アトモスの指針』を構成する装置類が入っていたはずだが、無事だろうか。

 まあ、たぶん、無事だろう。非常に大事なものなので、厳重に防護術式が施されているはずだ。そうだろうと考えて、被害があるなどとは考えないことにした。本当に、屋根の修繕だけで済みますように。


 一抹の不安を残しながらも、魔獣召喚をしていた銀板魔導回路の破壊によって、時計塔前の広場における魔獣との戦闘はひとまず収束した。

 時計塔の召喚陣を破壊して広場に降り立つ頃には、地上にいた魔獣も教師陣の活躍とカルネム博士らの援護でどうにか一掃されていた。

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