第239話 キメラ実験森林


 アカデメイアの南門から外へと広がる合成獣キメラ実験森林。そこは鬱蒼とした樹木が茂り、昼間でも薄暗い雰囲気の森だった。時折差し込む木漏れ日が、爽やかな朝日の光か、暮れなずむ夕時の斜陽かで、辛うじて森の中での時間感覚を体感させてくれる。

 曇り空ともなれば、ほぼ闇に落ちた夜のような光景になるのだろう。森での生活が多かったレリィには容易に予想が付いた。

(……この森は普通、人が入るような場所じゃない。アカデメイアのすぐ近くにこんな危険地帯があるなんて……)

 まだ、これといった猛獣とも出くわしてはいないが、森の危険度はそこに生息する獣などよりも、方向を見失いやすく迷いがちな地形にこそある。よほど慣れた者でも地形図や、現在地の座標を知る術を持っていなければ簡単に迷い果ててしまうことだろう。


「レリィさんは随分と森での動きに慣れていますね」

 不意に同行者の一人が声をかけてくる。今回の実験森林での駆除作業で監督役を務める森林管理者の三級術士モリンだ。やや痩せ気味で引き締まった体形の中年女性。獣のなめし皮で作られた、柔軟で丈夫な森林探索用の服を着ている。表面は水を弾きながらも、通気性には優れているため体に熱が溜まりにくい。最近、暑くなってきたアカデメイア周辺の気候からすると、湿気の多い森林探索では非常に効果的な装備と言える。

「昔から、森の中で生活していたしね、あたしは」

「やはりそうですか。常に周囲の地形を観察しているので、慣れているなと思ったのです。それに引き換え――」


 意味ありげな視線を近くの茂みの奥へとやるモリン。すると、草木をかき分けて一人の大男が現れる。赤銅熊のように大柄な体格で、筋骨隆々と発達した腕や足は見るからに武闘派のそれである。レリィの太股よりも太い腕で、小脇にリスカを抱え込んでいた。抱えられたリスカは体のあちこちに擦り傷を作り、髪の毛には何本か小枝が絡みついていた。

「モリン殿、リスカを連れて戻った。幸いにも、怪我はないようだ。今は走り回って体力が尽きているようだが、直に回復すると思われる」

「ご苦労様です、カルネム博士。あなたがいてくれて良かった」


 大男の名前はカルネム。彼は運動学部の戦技学科に所属する研究員で、博士だ。はち切れんばかりの筋肉をまとう体に吸い付くようなゴム質の運動着を着込み、拳には金属鋲で補強された革手袋レザーグローブを装着している。レリィが抱く博士の印象というのは白衣を着て研究室にこもった人物像であったが、カルネムの姿はその思い込みを見事なまでに裏切っていた。

 初めて会ったのはアカデメイアに来た初日のこと。門番の石像に囲まれたとき、飛行術士やシュナイド教授と共にすっ飛んできた一人であった。

 今日はモリンのほか、監督役補佐としてカルネムが同行。ほか駆除作業のお手伝いとしてレリィとリスカが付いてきたのだが、森に入ってすぐリスカが元気よく先頭を走りだし、振り回した魔導剣の切っ先が木の幹に巣を作っていた狩猟蜂の一群を突いて、後はもう蜂に追いかけられて森を走り回るはめになっていた。


 リスカが蜂の大群に追いかけられる一方で、レリィやモリン、カルネムの方にまで散発的に狩猟蜂が襲い掛かってくる始末。狩猟蜂は森の暗殺者と呼ばれるほど、強力な毒針を持った危険な蜂である。レリィが森に不慣れと思っていたモリンが、レリィとはぐれないように気を使って、それなりに森に慣れているカルネムにリスカの救出を頼むといった経緯で今ようやく狩猟蜂から逃れ落ち着いたところである。

「レリィさんは森での行動に慣れているようなので、これからはリスカさんの方を注意して監督しておきましょう。レリィさんも、リスカさんのこと注意してあげてください」

「あー、でも初めての森だから、あたしも正直あまり方向感覚とか自信ないかな」

「それでも十分ですよ。およその見当がついて行動するレリィさんなら、仮にはぐれても行動範囲がある程度は予測できるので、探索術で探しだす手間が随分と省けます。しかし、リスカさんは……今の行動を見る限り、どの方向にどこまで移動したか掴むのが難しいでしょう? 一度、はぐれたら探すのは大変です」

 森に入ってすぐ勝手な行動をして、はぐれかけたリスカは地面に座らせられてカルネム博士から指導を受けている。


「いやーまいった! 失敗しちゃったね、反省反省!」

 カルネムの指導が一段落したところで、微塵も反省した様子がうかがえない軽い言動でリスカは飛び跳ねるようにして地面から立ち上がった。とりあえず、お説教中に体力は回復したらしい。

「では改めて、森の探索に出ましょうか。レリィさんは私の隣、リスカさんはその後ろに付いてきてください。カルネム博士は最後尾でお願いします」

 モリンの指示で四人の位置取りを決め、ようやく合成獣実験森林の探索が始まった。



「そういえばリスカさんは今日の駆除作業のついでに、素材採取をするという話でしたね。採取対象はなんですか? 先にそれらを探しながら、森の巡回を行いましょう」

「えーとね、ボクがナタニアから頼まれたのはマンドラゴールの根と苦灰石ドロマイトの結晶! それから可能だったら鋼顎亀アイオン・ジョーズの甲羅が欲しいって言ってた!」

「そうですか、精神高揚に効くマンドラゴール、天然の魔導因子を豊富に含む苦灰石、魔導具の基板として頑丈な鋼顎亀の甲羅……なかなか趣味のいい素材ですね。でしたらマンドラゴールは巡回中に見つけ次第採取。苦灰石は採掘できる地点が『灰の断崖』とわかっていますから帰りに寄りましょう。鋼顎亀は駆除対象の一種ですから、当面はこれを目標に森を巡回します」

 モリンはさすが森林管理者だけあって、リスカが口にした素材をすべて理解したうえで、一瞬にして森の巡回計画を立ててしまった。こうした頭の回転の早さはクレストフとも通じるところがあって、術士の人達は凄いなぁとレリィは単純に感心していた。一方で能天気に魔導剣を振り回しながら歩いているリスカを見て、やっぱり人それぞれなんだろうと考えを改めた。


 巡回計画が決まってからの行動は早かった。

 駆け足気味にモリンが森の中を先導し、途中途中で脇道に生えているマンドラゴールを引っこ抜いて採取していく。それなりに珍しい植物らしいのだが、モリンの経験で巡回の道をやや蛇行させながら進むと、不思議なことにマンドラゴールを度々、発見することができるのだった。

「マンドラゴールはもう十分かなー。これ以上は、他の素材が持てなくなるし」

「あたしも少し持とうか?」

「いいの、いいの! これはボクが持つから。レリィには鋼顎亀の甲羅が手に入ったら持ってもらうから!」

「それたぶん、一番重たい素材だよね……?」

「カルネム博士は苦灰石よろしくね!」

「やれやれ……。図々しい話だが、帰り際の採掘だ。大した労力でもないから、良しとしよう」

「苦灰石はあればあっただけいい、ってナタニアが言ってた! 持ち帰れる限界まで頼むね!」

「……これも鍛錬と思えばまあ……」

 遠慮のないリスカの注文に、カルネムは納得とは程遠い渋顔をしていた。レリィも鍛錬の為に今回の森林巡回に参加しているので、リスカの手伝いくらいは何ともないのだが、カルネムが渋い顔になる気持ちもよくわかった。


「皆さん、そろそろ鋼顎亀アイオン・ジョーズの生息地域に入ります。森にも深く分け入ってきたので、他の猛獣にも遭遇する確率が上がります。気を引き締めて」

 森の中を走りながらモリンからの注意が飛ぶ。彼女の走る速度もゆっくりになり、足音や葉擦れの音さえ嫌うように慎重な歩みへと変わる。モリンの雰囲気が変わったのを感じ取り、レリィもまた自然に狩人としての身の運びを行う。森の緑へ溶け入るように、風の音に紛れるように。

 そんな雰囲気をぶち破り、リスカが大声でレリィに話しかけてくる。

「ねぇね! レリィさ、ボクの魔導剣の効果を見たいって言ってたでしょ! 猛獣が出てきたら実戦で見せてあげるからね! 楽しみにしていてよ!」

 カルネムが慌ててリスカの口を塞ぐが時すでに遅く、今まで静かだった周囲の森が一斉にざわめいた。


 ――何かいる。それも複数。

 あらゆる方向から、こちらを警戒する気配を感じる。ほどなくしてその警戒は、獲物に対する明確な殺意へと移り変わり、人を恐れぬ捕食者が姿を現した。

 黒光りする甲殻をまとい、ざらついた質感の太い足を前後させながら、首を高く伸ばした生き物が藪の中から躍り出てくる。カルネムの背丈より頭一つ高い位置まで伸びた首の先には、上下一組の大きな顎が灰色の牙をずらりと並べて唾液を滴らせていた。それは頭というには単純武骨で、目も鼻も耳もほとんど形がわからない。ただただ大きな顎だけが特徴的だった。

鋼顎亀アイオン・ジョーズだっ!! 顎の噛みつきは絶対に受けるんじゃないぞ!」

「皆さん、気づいていると思いますが、敵は複数います! 死角ができないように背中合わせで対応を!」

 カルネムが警告を発し、続けてモリンも他の三人に向けて声をかける。事ここに至っては声を潜める意味もない。それよりも互いの連携を密にする方が重要だった。

 即座にレリィとリスカは背中合わせで前後を警戒する。こうした時の動作はリスカも迷いがなく素早い。

 カルネムとモリンも同じように背中合わせになり、藪から飛び出してきた鋼顎亀にはモリンが正面に立つ。


 モリンは鋼顎亀に向けて手の平をかざして構える。

炎弾イグニス・ブレット!!』

 細い腕に刻まれた魔導回路に赤い光が灯り、開いた手の中に燃え盛る炎の玉が形成された。炎弾は出現と同時に間髪入れず飛び出し、鋼顎亀の口へと直撃する。


 ――ギュォォオオオッ!!


 鋼顎亀が煙を吐き散らしながら、呼吸器を鳴らして怒りの呻きを発した。

 炎弾により怯んで突進の足を止めた鋼顎亀に、カルネムがモリンと入れ替わって前へ出る。

筋力増強ムスクル・ストレンジ!!』

 ただでさえ筋肉質のカルネムが、術式の発動によってさらに筋力を強化される。金属鋲で補強された革手袋レザーグローブの拳を腰だめに構え、一足飛びに鋼顎亀の目前へと迫ると、モリンの炎弾でふらついている細長い首めがけて勢いよく拳を振り抜いた。

「ぬぅううんっ!!」

 金属と金属がかち合う強烈な音が響き、火花を散らしながら鋼顎亀の首が背面へと仰け反り、そのまま自身の甲羅へと頭をぶつけて盛大に倒れ込む。カルネムの一撃で気絶して、自重を支えていた足から力が失われた結果だ。


 モリンとカルネムが応戦している間に、レリィとリスカの前にも敵は現れていた。

 細木を蹴り倒しながら、異なる二方向から荒れ狂うように二匹の鋼顎亀がレリィの元へと真っ直ぐ突進してくる。

 レリィは即座に布で包んであった水晶棍を取り出そうとするが、それよりも早くリスカが前へと飛び出していった。

「リスカ!? 一人で突っ込んだら危ないよ!」

「平気、平気ー!! まあ、見ててよ、ボクの魔導剣の力を!!」

 魔導剣に嵌め込まれた鮮緑電気石グリーントルマリンが鮮やかに輝き、刀身の魔導回路に光が走る。


『疾風一閃!!』

 リスカの掛け声に反応して、魔導剣の周囲で空気の渦が生じる。鋼顎亀へ向かって走り寄るリスカの動きが加速し、抜き放った剣の一撃は風に後押しされて瞬時に振り切られた。

 火花と赤い血飛沫ちしぶきが舞い散り、鋼顎亀の首が半ばまで切り裂かれる。鋼鉄のように固い鋼顎亀の皮膚と筋肉を切り裂くには、剣の切れ味と堅牢さに加えて、相当な技量と腕力が必要になる。ナタニアが造り上げた魔導剣と、訓練を積んだリスカの身体能力が合わさって為せる技だ。

「どんなものだい! ボクの一撃は!」

 剣を振り抜く勢いに任せて、リスカは鋼顎亀の横をすり抜けていく。


 ――ギュゥォオオ!!


 首を裂かれて怯んだ鋼顎亀であったが、一声鳴くとすぐさま突進を再開した。後続であった二匹目の鋼顎亀までが並走して、今度はレリィへと迫ってくる。

「――嘘!? 浅かった! レリィごめん、そっちに行く!」

 完全に鋼顎亀とすれ違ってしまったリスカは慌てて追いすがろうとするが、鋼顎亀は見た目に反して突進が速く追いつくことができない。

「……この勢いだと二匹同時に来る。うまく捌けるかな」

 水晶棍を包んでいた布を取り払い、巨大な六角水晶の塊を剥き出しにして肩に担ぐ。長く伸びた柄に両手を添えて、鋼顎亀の突進速度を見極める。

 たぶん、この程度であれば闘気は不要。と、レリィは冷静に判断した。

 鋼顎亀がレリィへ噛みつこうと首を伸ばしたところで、レリィもまた迎撃に動く。


っ!!」

 首が半ば裂けた鋼顎亀の頭を水晶棍で一撃して吹き飛ばし、すかさずもう一匹の鋼顎亀の顎を殴り上げ、惰性で突っ込んでくる胴体めがけて水晶棍の先端を突き出す。

 ちょうど首の根本、甲羅の隙間へと水晶棍が潜り込み、鋼顎亀の胸をえぐった。


 ――ギュゥ……フォオオォ……


 空気の漏れた風船のごとき呼吸音を発して、鋼顎亀は力を失いその場に崩れ落ちた。

 三匹の鋼顎亀が討伐され、森は急に静けさを取り戻す。

 鋼顎亀の一匹はモリンとカルネムによって、顔面を焼かれたうえで頭を殴り砕かれている。

 残る二匹も、リスカに首を裂かれた個体はレリィの一撃によって胴体から首をちぎり飛ばされ、最後の一匹は心臓を貫かれて絶命していた。


「はぁあ……レリィしゅごい……」

 一瞬で二匹の鋼顎亀を屠ったレリィを見て、リスカは茫然と立ち尽くしていた。それは彼女に限らず、モリンやカルネムにしても同じだった。

「一匹は手負いとは言え、ああも鮮やかに首を吹き飛ばすか。なかなかできない芸当だな……」

「腕利きの騎士とは聞いていましたが、ここまでとは」

 手放しでレリィを褒める二人の様子に、リスカはむっとした顔になり魔導剣をぶんぶんと振りながら会話に割って入る。

「ボクだってまだ本気だしてないからね! レリィには負けないんだから!」

「そっか、じゃあこの後もリスカには頑張ってもらわないとかな」

 弛緩した雰囲気の中でレリィだけが厳しい表情のまま戦闘態勢を解いていなかった。


 その姿を見てモリンが何かに気が付いたように周囲を警戒し始める。遅れてカルネムも辺りの様子がおかしいことに気が付く。

「え、なになに? どうしたの皆? 鋼顎亀はやっつけたよね?」

 状況が掴めないながらリスカも警戒の構えを取る。

 レリィには確信があった。鋼顎亀を倒してなお、辺りに獣の気配が充満していることに。いや、むしろ鋼顎亀を屠ったことで、今まさにここへと集まってきているのだ。

 傷つき血を流した獲物の肉を漁りに、森に潜む狩人達が姿を現す。


 森の薄暗がりから足音を立てずに歩み出てくる無数の狼。どこの森でも見るような灰色狼と違って、人間並みに大きな体躯と見るからに凶悪な鋭い牙を持つ屍食狼ダイアウルフである。ざっと視界に入るだけでも十数匹。木々の陰にはさらに多くの屍食狼が潜んでいる気配もした。

「狼どもか……ぬぅ、この数はさすがに……」

「規模の大きい群れに囲まれましたね。もしかすると、鋼顎亀を狩ろうとしていたところを、私達が横取りしてしまったのかもしれません」

「そんなのボクらの知ったことじゃないし! 倒した鋼顎亀の素材は渡せないし、逆恨みなら返り討ちだからね!」

 リスカが鋼顎亀の甲羅に寄り添いながら、魔導剣を素振りして屍食狼を威嚇する。その様子にモリンは申し訳なさそうに声を落とす。

「リスカ、捨てがたいのはわかりますが、諦めも肝心です。屍食狼を十匹以上、同時に相手するのは危険すぎます。私達がこの場を去れば、彼らも鋼顎亀の死骸を確保することを優先して、追っては来ないでしょう」

 モリンの判断としては、ここは無理な戦闘を避けて撤退したいようだ。


「――でも、追い払うことができれば、それで済むんじゃないかな?」

「レリィ殿! それは無謀というものだ。いくら貴女が強いとは言え、狼どもの数は脅威だ」

「屍食狼は単体ならどうにでもなりますが、群れとなれば危険度は比べようもありませんよ」

 ぼそりと呟いたレリィの言葉に、モリンとカルネムは否定意見を口にする。

「んー……けどさぁ、この囲い込み方は、あたし達も獲物の範疇に入ってるけど? たぶん、簡単には逃げ切れないよ。逃げている最中に分断して、残りの仲間も呼び寄せて各個に襲う算段だね、この子達は」

 それは元狩人としてのレリィの勘。見逃してもいい獲物に対して、必ず仕留めると決めた獲物に対する布陣の違い。屍食狼達が展開している囲みは、その数と範囲からして間違いなくこの場の人間を獲物とみなしている。そして、逃がすつもりがない。ならば――


「――徹底抗戦しかないよ。それでもって、先手が重要」

 ずい、とレリィは片足を前に出し、腰の脇に水晶棍を構えた。徐々に包囲を狭めていた屍食狼達が一瞬、歩みを止めて警戒する。先手は譲れない。先に攻撃を許せば、連携を取れずに乱戦となるのは目に見えている。

「モリンさん、カルネムさん、リスカも手伝ってくれる? 始めの数秒で今、視界に見えている狼を全滅させるから。そしたら後続は勝手に逃げ出すよ。力の差を見せつけてやればね」

「本気か……!?」

「やるしかないようですね」

「おぉぉおっ!! 燃えてきた! さすがレリィ、考えることがガチムチだね! ボクも頑張るよっ!」

 全員の覚悟が決まったところで、レリィが合図を出す。

「私が飛び出したら、各自一斉に狼へ攻撃を仕掛けて。なるべく多くの敵に手傷を負わせるように。行くよ、三、二、一、……せぃっ!!」


 掛け声と共に、狼が四匹ほど固まっている場所へ自ら突っ込んでいく。屍食狼は軽く後方に飛び、足を突っ張ってレリィを威嚇するが、事この段階に至って脅しなど通用するはずもない。

(――その選択は失敗だよ――)

 彼らは動きを止めるべきではなかった。レリィは既に、屍食狼を狩る気で動いているのだ。覚悟を決めて、殺すつもりで向かってくる相手に威嚇など無意味。

 振り下ろした水晶棍の一撃が、屍食狼の頭部を地面にめり込ませた。間髪入れずに一回転しながら水晶棍を振り回せば、間合いに入っていた二匹の屍食狼が首を折られ、また肋骨を粉砕されて絶命する。

 三匹の狼が倒れ伏す間に、硬直から脱してレリィに襲い掛かった一匹は、無造作に突き出された水晶棍で顔面を潰された。


 刹那の時間に四匹の屍食狼が地に伏し、その時には場の全員が動き出していた。

氷弾イーツェ・ブレット!!』

 モリンが氷弾で狼の一匹を強かに撃ち抜き、

「ぬぅあらぁああっ!!」

 カルネムが噛みつかんと飛び掛かってきた狼の顎を蹴り砕く。

「ボクだって!! 『疾風一閃!!』」

 魔導剣の効果で加速したリスカは、風と一体になって屍食狼の横を走りぬけ、すれ違いざまに喉笛を掻き切る。走りぬけた先にいた狼にも斬り付けて、見事に脳天をカチ割った。

 三人が動き終えた時には、レリィがさらにもう一匹の屍食狼を殴り飛ばして宙に舞わせていた。


 圧倒的な戦力差を見せつけられた屍食狼は、残り二匹となった前衛の狼が逃げ出したことで、後に続いていた群れごと引き連れて逃げ去っていく。

 森に響く震えた狼の遠吠えは、仲間への撤退の合図か。

 鋼顎亀と屍食狼の骸が横たわる中で、警戒の構えを取ったまま立ち尽くす四人。やがて、完全に屍食狼がいなくなったらしいことを確認できると、レリィが水晶棍を地面に下ろし、それがきっかけとなって次々に他の三人も体から力を抜いて、武器を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る