第229話 鐘を鳴らす潜入者
パン屋の店番をしていたアリエルは、ちょうど仕事が終わる時間帯であったらしく、俺達と一緒にアカデメイアへ向かうことになった。既に時刻は昼を過ぎていたが、アリエルはこれからアカデメイアの図書館に用事があるらしい。
「それにしてもナタニア、大変な荷物ですね。行きにはそんな物、持っていなかったのに。いったいどんなお土産を買ってきたのですか?」
「これは研究に使う器材とか素材とか、あと珍しい書籍とか。首都で色々と買い揃えてきたの」
「お土産はないのですか……」
「あ! ご、ごめん、忘れていた……」
ナタニアの荷物は俺も気になっていたが、全て研究に使うものだとは思わなかった。実に熱心な学士で好感が持てる。
「重そうだから、あたしが持ってあげようか? それくらいのトランクなら三つ、四つくらい持てるからさ」
「いえ、大丈夫です。大事な物なので自分で運びたいんです。……それにしても、レリィさんトランクを三つ、四つって、ふふっ。いくらなんでも冗談が過ぎますよ」
「そうです。ここはむしろ、力のある男が鞄の一つも持ちましょうか、と声をかけるところ。そのような気遣いもない男に対する皮肉としては絶妙であると思いますが」
レリィの言葉をナタニアは冗談と取ったらしい。そしてアリエルは俺への皮肉だと思ったらしい。どこまでもひねくれてやがるな、この娘は。
まるで俺が気の利かない男のようだが、ナタニアの行動を観察して、あえて手を差し出すことをしなかったのだ。トランクをかなり大事に抱えているのは見ていればわかる。中身が研究器材ともなれば、他人に触らせたくないという心理はよくわかる。俺がトランクを持つ、などと親切心を見せても余計なお世話だろう。
「ま、レリィは騎士だからな。実際のところ、その程度の荷物は軽く運ぶぞ。五つはいけるんじゃないか?」
「持ち手があればねー。重量は問題じゃないけど、かさばるとちょっと運びにくいかな」
なんということもなしにレリィが騎士であることを告げると、ナタニアとアリエルは揃って目を丸くしていた。
「レリィさん、騎士だったんですか!? え、え? でも、騎士って男の人ばかりだと思っていたし、その、失礼ですけど腕も細いからとても騎士に見えなかったというか……」
「素直に驚きましたね……。女性騎士を
遠慮のないアリエルの毒舌に、俺は若干こめかみを引き攣らせる。だが、ここで激情的に振る舞うのは三流のすることだ。事実、俺の資産は富裕層でも上位に入るのだから、泰然と構えていればいい。そこいらの小金持ちとはわけが違うのだ。
「騎士というのは闘気をまとうことで身体機能を向上させるから、見た目は華奢でも
「ちょぉっと、クレス? それじゃまるであたしが
「似たようなものだろ?」
「全然っ、違うし!! 本気で怒るよ!?」
「怒るな、冗談だ。こんな綺麗で可愛い獰猛竜なんているわけがない」
「――え? 綺麗? 可愛い? …………ま、まあ、お世辞だとは思うけど、うん……ちょっと嬉しいかな」
うっかり本音が出てしまったのを舌先三寸でごまかす。普段から褒められることに慣れていないレリィには、この程度の誉め言葉でも効果は抜群である。
「はぁ……ナタニア、やはりあの男はとんでもない女タラシですよ。要注意です」
「う、う~ん……今のはお世辞でもないような……。口説きなれた人の台詞とも思えないけど……」
俺とレリィのやり取りを見ていたアリエルは、こそこそとナタニアに俺の悪評を吹き込む。ナタニアはというと、アリエルの言葉に首を傾げながら、微妙に苦笑いを浮かべていた。
取り留めもないお喋りを続けながらグルノーブルの通りを抜けていけば、いつしか足は自然と、かつて通い続けた道なりにアカデメイアの学舎へと己が身を導いていた。
やがて学院の敷地をぐるりと囲む高い柵が遠目にも見えてきて、さらに近づけば厳かで立派な門が一つ、目の前に口を開いて待ち構えている。門の両脇には術士の外套を纏って帯剣した門兵、の銅像が建てられていた。
「ふわぁ~! ねえ、クレス。ここなの? ここが君の言っていた――」
「ああ。俺の母校、アカデメイアだ」
柵に囲まれた広大な敷地が全てアカデメイアの施設だと聞かされれば、レリィは左右に大きく首を巡らせて、間抜けな溜め息を吐き出していた。
門は大きく頑丈な造りであるが、訪問者を拒むことなく扉は大きく開かれている。
「時でも止まっていたかのように……まるで変わらないな、ここは」
「変わりませんか、アカデメイアは」
「少なくとも見た目は変わっていないな。中身はどうか知らないが」
ナタニアの問いかけに俺は迷うことなく答えた。少なくとも、この門構えは昔と何一つ変わっていない。おそらく、俺がアカデメイアに入るもっと前から、ずっと大昔からほとんど変わっていないのではなかろうか。
「ねえねえ、クレスさぁ。あたしも一緒についてきたわけだけど、アカデメイアの関係者じゃなくても入っていいの?」
「構わないさ。お前に関しては俺の護衛、立派な関係者だ。それに宿泊先も学院の中にあるしな。俺が学院内でお前が外じゃ、連絡を取るのも一々めんどうくさい」
「ふーん、そっか。あたしも入っていいんだ」
どことなく嬉しそうな表情になるレリィ。見知らぬ土地で、それでも自分が無条件に受け入れられることが嬉しかったのだろうか。
「いつまでも感慨に耽っていないで入りますよ。私は図書館に用事があるのです。急いでいるのです」
「もう! アリエルったら、そんなに急かさないでよ……。さ、先輩、行きましょう」
やや強引に俺の手を引いて、先に行くアリエルを追いかけるナタニア。レリィも遠慮する必要がないとわかった途端に、軽い足取りで門をくぐる。
――その一歩、門を踏み越えた瞬間に大きな鐘の音が響く。アカデメイアの全域に届くような大きさの、腹にのしかかるような重低音が二回だけ鳴り響いた。
「……なに? この鐘の音?」
突然の大音響にレリィが驚いたように周囲を見回す。聞き慣れない者が聞けば、それは講義の区切りを告げる刻限の鐘か、正午の食事時に鳴らす鐘かと思っただろう。だが、アカデメイアにおいて刻限を告げる鐘の音は四回、正午を告げる鐘の音だけは十二回と決まっている。それが二回で途切れるというのは――。
「鐘の音が二回、こいつは二者対立の合図」
俺の言葉にアリエルが困惑したように眉を寄せ、ナタニアの表情が青ざめる。二人の反応からすると、鐘の音が告げる意味は俺がアカデメイアに在学していた時と変わっていないのだろう。
「アカデメイアに何らかの危険因子が入り込んだ報せ。今、この時にそれが鳴ったということは……」
言葉を続けようとしたところで門の両脇に建てられた銅像が動き出し、俺達を前後から挟み込むようにして立ちはだかった。金属製の像とは思えないほどに滑らかな動作で腰に帯びた細身の剣を抜き、眼前に真っ直ぐ構えて不動の姿勢を取る。
「アカデメイアの門兵、
危険因子がアカデメイアの敷地内に入り込むのを『門』が検知した場合、即座に門兵として配置された
「なに、こいつら!? どうしようっての!?」
「待て! 下手に身構えるな。敵対行動とみなされるぞ。全員、その場を動くんじゃない!」
拳を固めて闘気を発しようとするレリィを制して、俺は冷静に事の推移を見守った。奴らはこちらが無理に押し通ろうとしたり、攻撃を仕掛けたりすれば容赦なく鎮圧行動に出る。逆を言えば、何もしなければ、何もしてこない。
「あ、あの……先輩、いったいどうして……?」
ナタニアが不安そうな顔で質問してくる。動くなと言ったためか、首も動かさずに視線で問いかけてくるのが微笑ましい。微動だにするな、とは言ってないのだが。
「門兵の
慌てた様子でアリエルが俺に抗議してくる。この様子では、二人とも門兵が実際に動くのを見たのは初めてなのだろう。俺も初めてこいつが動くのを見たときは焦ったものだ。
あの時は確か同期の連中と研究の息抜きに外で酒を飲んでいて、夜遅く戻ったら門が閉まっていたので、研究室に戻るため仕方なく柵を乗り越えたのだったか。真夜中に鐘が鳴り響き、
ちなみに、やばいと思った俺は即座に同期の連中へ混乱の呪詛をかけて、自分がいた痕跡だけ残さず隠滅してからグルノーブル市街に逃走。闇に紛れて街外れにある自宅の屋敷まで戻ると、独自の術式を組み込んだ浄化の
なお、この時に書かれた論文は、学院の修士論文として好評を得られ、その年の優秀論文として表彰された。汚点一つない完璧な学歴の完成であった。
(……思い返せば、そこまでして逃れるほどの罪でもなかったんだけどな。俺もあの時は酔って気が動転していたということか。まぁ、その経験もあって今、冷静でいられるわけだが。さて、そろそろ来る頃のはず……)
動かずにじっとしていれば、アカデメイアの学舎がある方角から高速で飛行してくる人影が見える。間もなく、この場へと到着したのは五人の術士達だった。服装や容姿からするとアカデメイアの教員、それも武闘派の術士と見られる人間達だ。一人が先頭を飛び、残り二人がもう二人を抱えて飛行してきた。どうやら飛行系の術式に長けた術士で、武術に秀でた術士も運んできたようである。
先頭にいた術士が地に降り立ち、起動した
「すいませんが、この場の説明を誰かお願いできます? 二人はうちの学士として、もう二人は部外者のようだけど……」
黒い革のツナギに身を包んだ、短髪で小麦肌の女性が説明を求めてくる。年齢は俺と同程度に見える、教員としては若い女だ。
どうするのか、と視線で尋ねてくるレリィに軽く頷き、俺が一歩前へと出た。
「まず、こちらも確認したい。あなたはアカデメイアの警備責任者で間違いないか?」
静かに、ゆっくりとした口調で問いただすと、ツナギ姿の女性は気圧されたように一歩、後ろに下がる。見た目に反して気弱な態度である。この反応は、違うのか?
そう思ったところで、それまで後ろで黙っていた男の術士が歩み出てきた。
「ここは小生が対応しよう、プロフェッサー・サライヤ」
「シュナイド先生……。ええ、この場はお任せした方が良さそうですね」
サライヤと呼ばれた女性、彼女はアカデメイアの教授であるようだが、警備責任者ではなかったらしい。代わりに歩み出てきた術士は、じっとりと湿ったような長髪を後方に撫でつけ、厳つく鋭い目つきをした男だった。
「アカデメイアの警備担当は今もあなたでしたか、シュナイド教授」
実を言えば、この男のことは知っていた。かつてアカデメイアに在籍していたころと変わっていなければ、所属は確か運動学部の戦技学科であったはず。
「お騒がせしてすみません、魔導素材学科の卒業生、クレストフ・フォン・ベルヌウェレです。こちらに来ることは事前に伝えておいたのですが」
「連絡は受けている。ああ、君のことも覚えているとも、マスター・クレストフ……いや、今は魔導技術連盟の一級術士という肩書きだったかね」
「どちらでも結構ですよ。それで、門兵が起動したことについてですが……」
「また柵越えでもしようとしたのかね?」
「さて? 柵を越えた経験はありませんので、その程度のことで
昔のことについて、軽く誘導尋問じみたことを仕掛けてくるシュナイド教授。そういえば昔も、この人だけはあの時の事件に俺が関与していたのではと疑っていた。些細なことを執拗に咎めてくる、よく言えば教育熱心だが悪く言えば口うるさい教員という印象だった。その性格は昔も今も変わらないようである。
「では、門兵が止めた理由は他に? 母校への挨拶に、危険物を手土産とするような礼儀知らずだとすれば失望を禁じ得ないが」
「原因について、予想は付いていますよ。こちらの配慮が足りなかった点は否定できない。しかし、危険物とみなされたのは心外ですね」
俺は外套の裏ポケットから、虹色に輝く水晶を取り出して見せる。
「高密度の魔導因子を貯蔵した魔蔵結晶。……単純に大量の魔導因子を検知して門兵が反応したと見るべきでしょう」
そう言って、外套の裏に隠し持った魔蔵結晶の存在を明かす。中には攻撃系の術式を刻んだ結晶もあるのだが、あくまで自衛目的の武装であり、通常なら門兵が反応するはずのないものだ。
「……ただの魔蔵媒体であれば門兵が反応するわけもない。よもや禁呪の類を持ち込んだりしているのではないのかね?」
「御冗談を。禁呪を研究することはあっても、実際の術式として持ち歩く術士など見たことがない」
「建前はそうなのだろうな。連盟の一級術士は必ずその言い回しをする」
「そういった事実はありえないのですよ、シュナイド教授……」
やや強めに言い含めると、シュナイド教授は口を閉ざして目つきを鋭くする。すぐ傍らでは落ち着かない素振りで成り行きを見守るサライヤ教授と、やはりそわそわとした様子のナタニア、ぼけっと突っ立っているレリィ。そして……アリエルはいつの間にか姿を消していた。
(……あいつ、一人だけ逃げやがったな。他の術士連中も簡単に見逃すとか無能か?)
いなくなったアリエルは、まあいい。彼女が原因というわけでもないのだ。巻き込まれたくない気持ちもわかる。
それよりも問題はレリィだ。この場は、多少なりと俺の立場が悪化したとしても切り抜けなければならない。
「今回の門兵が起動した件、むしろ問題なのはアカデメイアの警備体制にあると思いますがね」
「なんだと……」
「最近のアカデメイアは随分と警備の質が低い……おっと、言い間違えました。危険に対する検知水準の規定値が低いのではないか、と言いたかった」
「アカデメイアの警備における検知水準は昔から変わっていない」
「それが遅れていると言っているんですよ。今時、この程度の魔力容量のものは珍しくもない。そういえばこちらへ来る前に、荷物を事前に送っておいたのですが……あれも魔蔵結晶の詰め合わせでしてね。もしかして、配送時も同じように門兵が起動する騒ぎになっていたりしませんか?」
「まさに、騒ぎになったとも。迷惑な話である」
「だとしたら、検知性能が大雑把な証拠でしょう。あれこそ純然たる魔力の結晶であり、危険な術式は一切組み込んでいなかった。それにも関わらず危険物と判断してしまうのは、これまでにない高密度の魔導因子を含むため。しかし、ただそれだけのことも区別できないというのは、やはり警備設備が古いのでは?」
「ぬぅう、もういい! 術士クレストフ、貴殿の素性は確認できた。元から学院長より『歓迎せよ』と話を聞いている。連れの娘ともども、まずは学内のゲストハウスへ向かうがよろしい。案内は不要だな? これで失礼する!」
言いたいことだけ言い放つと、シュナイド教授は怒りもあらわに足を踏み鳴らしながら歩き去っていく。続いて、体格のいい男の術士が一人、その背を追うように去っていった。
残ったのはサライヤ教授と二人の術士。いずれも飛行術式を使っていた者達だ。彼らはサライヤ教授と同学科の人間というところだろうか。二人は教員というよりも学士であるように見受けられるが。
シュナイド教授が去った後、その場に残ったサライヤ教授は申し訳なさそうに頭を下げ始めた。
「……ええと、大事にしてしまってすいません。この場に来る前から、おおよそ状況はわかっていたのですが。念のために、『例外なく通常通りの対応を』とシュナイド教授に言われていたものでして」
「警備責任者としては当然の対応ですからね、気にはしていません。それよりもわざわざ飛行術式での出動、ご苦労様でした。シュナイド教授の言うようにゲストハウスの場所は把握していますので、案内は不要ですよ」
「そうですか、そういうことでしたらこれで失礼させて頂きます。私達は、高名なる錬金術士の来訪を歓迎しますよ」
サライヤ教授の後ろにいた二人も目深に被っていたフードを取って軽く挨拶する。二人とも幼さの残る顔立ちの女学生だった。術式を使っていたとは言え、男を一人抱えて飛んでくるのは相当に練度が高い。
簡単な挨拶を済ませるとサライヤ教授達の三人は飛行術式で空に浮かび上がり、あっという間に学舎の方へと飛び去ってしまった。
「ふわぁ~……。人間って空、飛べるんだねー」
「この騒ぎが終わっての第一声がそれかよ。お前も飛行船で飛んで来ただろうに」
飛行術式は確かに特殊な部類ではある。便利ではあるのだが、制御に失敗すると容易に墜落死するので多くの術士はあえて使わないのが普通だ。なので珍しいことには違いないのだが、術士の常識からすればさして驚くほどのことではない。ちょっとした曲芸を見ているような印象だ。
「はっ……はあぁ~……。お、驚きました。門の
一方でまともな反応を見せているのはナタニアだ。アカデメイアの学士でも門兵が実際に動くのを見る機会はめったにない。
「ねぇ、驚いたよねアリエル……あれ? アリエル!? どこ行ったの!?」
「あいつならサライヤ教授達が現れた後で姿をくらましていたぞ。警備担当者が
「えぇ~? そ、そうですか……。アリエルの薄情者ぉ~……」
ナタニアは脱力して地面へと尻を着いた。
ひとまずナタニアが落ち着くまで様子を見ようとした俺の腕を、くいくい、とレリィが引っ張ってくる。
「ねぇね。結局、この騒ぎってクレスのせいなんじゃないの? なんか屁理屈を言って向こうの責任にしていたけどさ」
「屁理屈とか言うな。指摘した問題は事実だし、ひとまず、そういうことにして黙っておけ」
「そういうことに……って、何か違うわけ? クレスの結晶の他にも原因があるとか?」
やけにしつこく聞いてくるレリィに、俺はナタニアには聞こえないよう声を潜めて話をする。
「あえて言わないでやったんだが……まあいいか。知りたいなら教えてやる。原因は俺だけでなく、お前にもあるってことだ」
「あたし?」
まったく覚えがない様子で首を傾げるレリィ。こいつはそろそろ自分の異常性というものを理解してもいい頃だと思う。
「お前は普通の騎士とは違って、髪に貯蔵した魔導因子を闘気に変換しているだろ。今回は、その貯蔵した大量の魔導因子が危険として感知された可能性がある。俺の魔蔵結晶と同じようにな」
指摘されて初めて気が付いたのか、目を丸くしながら焦って自分の髪を手で押さえる。そんなことをしても全く意味はないのだが、自分の髪から検知されるような何かが出ていると思ったのだろう。その直感は実のところ、正しい。
「高密度の魔導因子は周囲の時空にごく微弱だが影響を及ぼす。その歪みのようなものから、貯蔵された魔導因子の規模が割り出せるんだ」
「うん、全然ね、理解できないんだけど。つまり、それって自分の意思では抑えられない?」
「無理だな。魔導因子の存在量で生じる現象だ。仮に隠蔽の術式で巧妙にごまかすことができても、時空の歪みそのものが消えるわけじゃない。術式で隠していることがわかれば、逆に余計な疑いを招きかねない」
「そっかぁ~。もし、あたしの髪から……魔力? とかが漏れているのがわかったら、どうなるのかな」
「いらぬ詮索を受けるだろうな。お前の体質については俺にも説明ができないし、なんにせよ面倒ごとにしかならん。貴重な研究対象として質問攻めや身体検査、体細胞の採取協力などなど……研究者どもに囲まれるぞ。アカデメイアでは極力、闘気は発するな。使う場合は……難しいが自然な仕草で封印の髪留めを外せ。うまく振る舞えよ」
「ひぇえ~……。難易度高いなー……」
ようやく事態が呑み込めたのか、レリィは頭を抱えて唸る。
「……レリィさん、どうかしたんですか?」
「大したことじゃない。落ち着いたのなら行くぞ。だいぶ、無駄な時間を取られてしまった」
ようやく体に力も戻ったのか、ナタニアが頭を抱えるレリィを訝しげに見ながら俺の隣に並ぶ。
「そうですね、行きましょうか。私もアリエルには一言、文句を言わないと気が済みません! だいたい、あの子はいつも自分勝手なんです! そのせいで孤立しても全く反省しないんですから!」
冗談なのか本気なのかわからない気合いの入れようで、ナタニアは拳を握りしめる。なんとなくだが、ナタニアとアリエルの関係性が俺にもわかった。
「いい友人なんだな」
「そうなんです! いい友人で……え? 今の話で、なんでそうなるんです?」
話の流れが全く理解できないといった表情でナタニアは眉を寄せる。
そんな反応が微笑ましく、つい口元を歪めて笑ってしまった。孤立してしまう友人を放っておけず寄り添おうとするナタニアと、面倒くさそうに付き合いながらも友人の身が気になってしまうアリエル。
少し遠くにある背の高い木の上で、太陽の光を反射してきらりと光るものがある。
俺は、左手中指の指輪にはめた
その正体は双眼鏡でこちらの様子をうかがうアリエルだった。せっかくなので手を振ってやると、アリエルは驚いて木の枝から落ちかける。
「あの……先輩? いったい何を……」
「気にするな。熱心な監視者に向けて、俺達の無事を伝えてやっただけだ」
「は……はあ……? あっ! アリエル! あんなところに隠れていたんですね! 先輩、すいません。私はここでお別れです! こら~! アリエル! あなた一人だけ逃げて――」
木の枝からぶら下がるアリエルを発見したナタニアは、友人へと文句を言うために走り去っていった。あっさりとした別れではあったが、学院内にいればまた会う機会もあることだろう。ふとそこまで考えて、自分の中に芽生えた小さな好意に苦笑する。ほんの数時間、共に行動しただけの人間に対して、また会いたいと思うのは我ながら珍しい。
「先輩、なんて呼ばれるのも悪くはなかったな」
仲良く言い争うナタニアとアリエルの姿を尻目に、俺はレリィを連れてゲストハウスへと向かう。別れが済んでしまえば、浮ついた感情は直ちに静まった。アカデメイアへとやってきた目的を思い返せば、自然と気は引き締まるのであった。
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