第226話 探せる者を探せ
――かつて、遠く秘境の地で置き去りにしてきた一人の娘、黒い髪に金色の瞳をした少女ビーチェ。自らが拾い、育て、いつしか情を移すようになっていた彼女を、俺は
いや、正確なことを言うなら、ビーチェはまだ生きている。失ったというより、生き別れになったというのが正しい。
だが、異界の狭間に迷い込んでしまったと思われるビーチェの救出は、限りなく不可能に近いことだった。それゆえに、ビーチェが生きている確信を持ちながらも、俺はその事実から目を背け続けてきたのだ。
けれど一年あまりの時を経て、俺はようやくビーチェの問題と向き合う決心をしていた。見て見ぬふりをして問題から逃げ続ける限り、いつまでも俺の心は晴れることなく、重い枷に縛られて幸福は遠のいていく。それに気がついたのは、少なからずレリィの影響があるだろう。その他にもこの一年の間に出会った人々の思いが、善意にせよ悪意にしろ、俺の背中を押していた。
俺は本格的にビーチェ捜索に取り組む決意を固めた。もしかすると人生の全てを捧げることになるかもしれないが、己自身の救済、曇りなき幸福がそこにしかないのであれば、困難であろうとも挑戦する以外に道はない。そもそも、宝石の丘への到達にしても、かなり無謀な挑戦だったのだ。ならば、親しい少女一人を探し出すことになんの無理があろうか。しかも、その少女の生存自体は確認できているのだ。死者を蘇らせようというのでもない。
(……極めて困難ではあるが、決して不可能ではない。そんな挑戦、今までだって何度もやってきたことだ……)
心を決めてからの行動は迷うことなく迅速だった。
まずは宝石の丘までの複雑な道を迷わず踏破できる探索術士、それも第一級の力量を持つ人物の協力を仰ぐことにした。
信頼できる一級の探索術士と言えば、俺が知っている人物では『風来の才媛』以外にいない。自身の金と権限と実力をもって魔導技術連盟に働きかけ、なんとか『風来』に長期間の協力を取り付けようと奔走した。
俺も含めて一級術士が二人も、長期に渡り本部を離れるのは許可できないというのが連盟の基本姿勢であることは承知していた。連盟との交渉は難航したが、当の本人である風来の才媛は二つ返事で了承し、最大の難関と思われた古参の魔女『深緑』『竜宮』『王水』の三人が許可を出したことで、可能となった。
『風来』本人に至っては「いいとも。私の騎士も一緒に連れて行こう。新婚旅行がまだだったから、そのついでに秘境探索へ行くのも悪くない」などと、自分の伴侶たる一流騎士まで連れて行くことを約束してくれた。
ただ、一つ条件があるとすれば、現場の混乱を避けるため出発と帰還の時期だけは厳密に決めることとされた。その目処が立たなければ、無計画に宝石の丘へ行かせることはできないと。そこまでが魔導技術連盟の最大の譲歩であった。
(……宝石の丘への道を行って帰ってくるだけなら、おおよその期間は定められる。以前よりも短い時間で往復できる自信もある……)
宝石の丘への道は、各中継地点に刻んできた世界座標と録場機に記録された情報を元に辿ることになる。それ自体の難易度はさして高くない。一度は通った道だ。
問題はその後、異界の狭間に迷い込んだかもしれないビーチェをどうやって探し出すかだ。宝石の丘自体も半ば異界に呑み込まれたような空間だ。探索術士とは別に、異界法則に詳しい術士が旅の共に必要となるかもしれない。
しかし、異界法則に詳しい術士というのは、ほぼ間違いなく禁忌の領域に手を出している術士だ。異界の法則が現世へと溢れ出てくる『異界現出』という現象は、世界をめちゃくちゃに創り変えてしまう危険を孕んでいる。
今より約二千年前、
地球大気の対流圏境界から地殻最下層までを含む空間領域で、都市規模の強制転移が各地で一斉に起きた未曾有の大災害である。
その原因は定かではないが、一説によれば異界そのものを現世に呼び込もうとした儀式呪法の暴走によって、無秩序な召喚と連鎖的な送還が引き起こされたのだという。人類は異界から無尽蔵のエネルギーを得られるはずだったが、流れ込んだ無尽蔵のエネルギーが暴走すればどうなるか、それを世に知らしめた災厄だった。
そんな現象の研究に手を出す術士がまともなわけもない。下手をすれば再びの大災厄を引き起こしかねないからだ。
(……だが、あるいは大災厄に関する研究をしている術士なら、その危険性を重々理解しているだろうから、自らが災厄を引き起こすような馬鹿な真似はしない……かもしれない)
こればかりは術士が常識人であることを祈るばかりだ。俺に祈る神などいないが、それでも禁忌にどっぷり染まった術士と仲良く仕事をしなければならない状況なら、何かよくわからない宇宙のエネルギーに向かって祈りを捧げたくもなる。俺自身も禁忌に触れる術式を密かに扱うことはあるが、それでもそんなものを専門に研究しようと思ったことはない。金儲けにも使いにくい、という理由はあるが。
いずれにせよ探索術士のほかに、『異界法則に詳しく大災厄の危険もよく理解した常識的な研究者』を探してこなければならない。前者は風来の才媛に任せるとして、後者は条件に見合った人物を探し出すまでに困難を極めるのが容易に想像できた。
(……候補を挙げるとすれば選択肢は一つしかないな……)
世界のあらゆる知を集約した、人材の宝庫にして変人達の巣窟。
学術機関アカデメイアで探すのが最も可能性の高い選択肢だった。
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