第215話 そして全て敵になった

 ――語り部のリラート『宝石の丘の冒険譚・第十九節』――


 黒き聖帽の四姉妹、長女マーガレットは冷たく告げる

『……罪深く愚かな咎人に、天の神罰を与えたまえ……!』


 騎士殺しのエイミー伴い、マーガレットが鉄鎚振るう

 錬金術士クレストフ、騎士セイリスが相対し

 悪魔祓いと最後の死闘、繰り広げる


 さかしき者と小賢こざかしき者、エイミーが手管は封じられ

 錬金術士の手の上で、慈悲なき戦い決着す


 熟練戦士と新米騎士の戦いは、一方的なれども膠着し

 満身創痍の騎士セイリス、それでも決して膝は屈せず


 情けも容赦も切り捨てて、戦士の矜持も騎士の誇りも投げ捨てて

 絶対勝者のクレストフ、背後一撃、マーガレットを打ち倒し

 凄惨悲惨の死闘に幕を引く


 血を吐き、伏せる悪魔祓い

 最後の呪詛は破滅の予言

『あなたは、決して幸福を得られない』


──────────


 魔導技術連盟・新支部、その中庭で俺は背に剣を突きつけられていた。他ならぬ、護衛任務の仲間であったはずの騎士セドリックによって。

「どういうつもりだ、セドリック。お前が俺に剣を向ける理由があるのか?」

「あるとも。けれど、その理由を話す前に、君に確認しておきたいことがある」

 ふぅ、とセドリックは深い溜め息を吐きながら、脈絡のない言葉を口にした。


宝石の丘ジュエルズヒルズ、その旅路に同行した者達のことは覚えているかい」

「さあな。昔のことだ、細かくは覚えていない。それが俺の答えだ。お前の理由を聞かせてもらおう」

「……覚えていない、か。まあいいさ、確認はできた。僕が君に剣を向ける理由を教えよう。簡単な話さ。ミルトン支部長による暗殺は失敗に終わった。だけど復讐はまだ終わっていない」

「復讐だと?」

宝石の丘ジュエルズヒルズで君は多くの同行者を犠牲にしてきた。その無念を晴らす、復讐だよ」


 ――復讐。ミルトン支部長による暗殺の失敗。それは誰が、誰を暗殺しようとしたのか。

 もう考えるまでもなく決まっている。ミルトン支部長が俺を、一級術士クレストフを暗殺しようとしたのだ。カスクートの殺人姉妹を雇って。

「全てが、君を罰するために用意された舞台であった、ということだよ」

 相変わらず背中に剣を突きつけられたままでいる俺の正面に、支部長室で休んでいたはずのミルトン支部長が現れた。


 彼が俺を嵌めたのだということはわかる。ただわからないのは、誰のための復讐であったのか。買った恨みが多すぎて、彼らが誰の復讐に訪れたのかわからない。

 だがそれは俺にとって、何も特別なことではなかった。宝石の丘に限ってのことでもない。

 沈黙する俺の態度を見て、ミルトンは失望とも諦観とも見て取れる冷めた目をしていた。

「事ここに至っても、君はまだ気がついていないようだ。いや、それとも思い至るだけの情報を持っていないのか。情報を手にする機会はあったはずだが気にも留めなかったのかね? いずれにせよ君の所業は――罪深い」

 ミルトンの、そしてセドリックの言い方からすると、彼らは宝石の丘への旅路に同行した者達の縁者なのだろう。しかし、数多くいた同行者一人一人の素性まで俺が把握しているわけもない。

 知ろうとしなかった、というのが正しいか。知りたくもなかったのだ。死んでしまった同行者のことなど。


「全て用意した、と言ったろう? 君をここカナリスの街へ招いたのは私だよ。黒猫商会の名をかたらせてもらったのは、公正なやり口ではなかったが。まあ、暗殺者を差し向けているのだ、今更なことだと思わないかね」

 黒猫商会からの招待状、カナリスの街で休暇を勧めるあの手紙さえもミルトンの仕業だったか。

「そうなると、カスクートの姉妹を手配したのもミルトン、あんただったのか」

「ああ、そうだとも。我が娘ミレイアを死に追いやった君を罰するため、君をこの街へ招き私の護衛として傍に置きながら、暗殺者に狙わせた。もっとも、その企みは失敗に終わってしまった。私は元々、荒事は得意な方ではない。だから、私の復讐は失敗。これで終わりだ。後は……次に譲るとしよう」

「ミレイア……医療術士、三級術士のミレイアか……」

 彼女の死は、俺に関係するいざこざに巻き込まれて死んだも同然ではあった。俺が直接的に殺したわけではないにしろ恨まれて当然ではある。


「やっと一人、思い出したかい? それならば、僕の妹のことも思い出してもらいたいね」

 ずっと俺の背後を取っていたセドリックが静かな声で、しかしその内に怒りを秘めているだろう押し殺した声で尋ねてきた。俺は軽く鼻を鳴らし、不愉快な気分を隠さずに思うところを口にする。

「名前も知らないお前の妹のことなど知ったことか。自分の中で当たり前の認識が、他人にとっても同じだとは思わないことだな」

 セドリックの剣を握る手に力がこもる。

「セイリス……可愛い妹だったよ。騎士の闘気に目覚めなければ、宝石の丘へ向かおうなどと考えもしなかったろうに」

「セイリスだと……?」

 ――セイリス、彼女のことはよく覚えている。共に敵と戦い、宝石の丘まで辿り着いた同行者だ。だが、最後の最後で命を落としてしまった。

 立派な騎士だった。敬意を表して、彼女の亡骸は『晶結封呪』によって彼の地にて結晶に封じた。宝石の丘へと確かに辿り着いた栄誉を未来永劫残すために。


「覚えがあるだろう? 君が誑かしたんだ! 君のような男を師と仰ぎ、セイリスは死地に赴いてしまった!」

「……セイリスが俺を師と仰いだのは、彼女の勝手な都合だ。宝石の丘で死んだのも、仕方のない状況だった」

「巻き込んだのは君に違いないだろう」

「巻き込まれたという言い分は、随分な被害妄想だな。同行者は自主的に宝石の丘の旅路に参加した」

「信じられるものか! 君一人で生きて帰ってきておいて! 真に潔白だと言うなら、宝石の丘への旅路を記録した録場機を見せてみろ!」

「録場機を?」

「受け取っているはずだ。アカデメイアのテルミト教授より」


(――ああ、結局はそういうことか)

 急速に心が冷めていく。と同時に、抑えがたい怒りの感情が新たに湧き上がる。

 どいつもこいつも、あの旅路がいかに崇高で価値あるものであったか知りもせず、その経緯を疑い、無遠慮に真実をさらせと言う。

 見せられるはずがない。あれは宝石の丘へと至る道を示した重要な記録だ。あの旅路に参加していない者達に、それを見る権利のない者達に、易々と公開できるわけがない。


「……勝手なことを。俺が、俺達が、どれほどの犠牲を出して宝石の丘へ至ったのか。その苦難の末の成果を軽々しくもさらせと? ……ふざけるな!! 旅路に居合わせなかった者に、録場機の記録を見る資格などない!! 所詮はお前も宝石の丘への道を知りたいだけの俗物だろう! それが、旅路の果てに命を散らした者達への冒涜だとわかって言っているのか!!」

 だが、その犠牲にこそ疑念を持つ者が目前にいるのだ。彼の言うことは遺族の主張として一応の筋があると言えよう。けれども、録場機の記録を明かすことはできない。それはあの旅路に命を賭けた者達への裏切りだ。

「君こそ遺された者の気持ちを考えたことがあるのか? 宝石の丘へ旅に出て、君一人が生きて帰ってきて、他は全員死んでしまいました、と。そんなことで、納得できると思うのか!!」

 だからこそ、このやり取りは平行線にならざるをえない。


「録場機はある。そこに宝石の丘の旅路が記録されている。だが、公開するつもりはない。話し合いは無駄だ」

「……そうかい。そこまで拒まれては、やはり君が都合の悪い事実を隠蔽していると考えざるをえない――」

 俺の背後で、剣を手にしたセドリックから強い殺気が放たれる。群青色の闘気が全身から立ち昇り、ただ一歩前へと踏み込み、俺の心臓を貫こうと動く。

 至近距離で騎士に背後を取られた状況。並みの術士なら、どうあがいても抵抗しようのない体勢だ。しかし、それは並みの術士であればの話。

「侮るなよ、傲慢騎士がっ!」

「くっ――!?」


 意思一つ、――爆ぜろ――と念じた瞬間に、首輪チョーカーに嵌め込まれた宝石の一つが砕け散り、俺の周囲に強烈な衝撃波を発生させる。

 天然宝石に秘められた魔導因子を刹那の一瞬で爆発力に変換する魔蔵結晶。その威力は闘気をまとった一流騎士の突進さえ弾き返す。

 至近距離で衝撃波を受けたセドリックは、抗うこともできずに中庭の地面を吹き飛ばされて転がっていく。それでも、すぐさま地に膝を着いて衝撃の勢いを減じ、立ち上がって剣を構えなおす。

「これが君の返答か! クレストフ!」

「話し合いは無駄だ。二度も言わせるな」

「ならばこちらも剣を持って君に問い質すまで!」

「だから何度言わせる。……もう、お前に答える言葉などない!!」


 互いの殺気が膨れ上がり、避けられぬ戦いが始まった。

 戦争でも起こらない限りめったなことではないだろう。

 一級術士と一流騎士の戦いである。

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