第210話 都合が悪い事実
――語り部のリラート『宝石の丘の冒険譚・第十四節』――
傷つき休む戦士達、しばしの安息訪れて
医療術士ミレイアに、黒き聖帽の四姉妹
癒しの術を持つ者は、体を癒し、心を満たす
傷一つなく健全なるは、精霊術士ダミアン率いる、幻想術士団が男達
治癒を勧める四姉妹、心の癒しも勤めと語り、彼らと共に姿消す
髪を濡らして戻るは四姉妹、服の乱れは誰知ることぞ
幻想術士団が男達、それきり消えて、姿くらます
──────────
「カスクートの殺人姉妹に襲われた!? それは本当なのかい? 疑うわけじゃないが、間違いなくあの殺人姉妹だったと?」
「間違いない。騎士と術士の二人組で、双子姉妹の暗殺者なら他にはありえないだろう」
魔導技術連盟のカナリス新支部へと戻ってきた俺達は、帰りが遅いことを心配していたセドリックに事情を聞かれた。今は新支部にある会議室に移動して、街中で暗殺者に襲われた経緯を話しているところだ。
「そうか……やっぱり噂の暗殺者が動いていたのか……。けれど何故、君達が襲われたんだ? 奴らの標的はミルトン支部長のはずでは……」
「急遽、標的の優先順位が変わったのかもしれないな。旧支部に顔を出した直後だ。必然だろう」
「旧支部に……旧支部に行ったのかい!? 君達!!」
冷静な騎士セドリックらしからぬ慌てぶりである。動揺して声が裏返ってしまっている。まあ、驚くのも無理はない。敵の本拠地に殴り込みへ行ったも同然なのだから。
「あはははっ! お兄さんってば最高だわぁ。真正面から旧支部に乗り込んできたとか」
いつの間にか会議室の中に潜り込んでいたメルヴィが、はしたなくも大きく口を開け、腹を抱えながら笑っている。
『随分と無謀なことをしたものね、呆れたわ』
メルヴィの胸元から這い出してきた妖精人形のミランダが、表情の変わらない顔で、しかし呆れた様子のよくわかる声音で呟いた。
「向こうから何か仕掛けてくれば、旧支部を潰す口実になるからな」
「あたしは生きた心地がしなかったよ……マシドさん怖すぎ」
あの筋肉婆の威圧感を思い出したのか、レリィは冗談ぬきで青ざめた顔をして体を震わせた。純粋な武力ならレリィの方が上と俺は見ているのだが、やはり実戦経験の違いが本能的に力の差として感じ取られるのかもしれない。
「ねえ、旧支部にリーガンって子が居たでしょ? 元気にしていたかしら?」
「リーガン? 誰だそいつは」
「あぁ……ほら、あの怒り狂っていた受付の女の人じゃないの」
レリィに「受付の……」と言われてようやく思い至る。
「そう言えば居たか、そんな奴も。何でメルヴィが知っているんだ?」
「まーねー、メルヴィちゃんてば顔が広いからぁ。術士の知り合いも多いのよ。まあでもそっかー、怒り狂っていたかー。ぷぷぷ……突然のことで驚いたんでしょうね~」
「メルヴィ、それ以上は旧支部のことで茶化すんじゃない」
よほど笑いのツボにはまったのか口元に手を当てながら、メルヴィは笑いを堪えつつも我慢できずに吹き出していた。セドリックは苦りきった表情でそんな彼女をたしなめている。だが、注意をしたセドリックに対するメルヴィの反応は、急に冷ややかなものへと変わった。
「あらぁ、あなただって知らない仲じゃないでしょ。ねえ、セドリック?」
「………………」
何か都合の悪い事情でもあるのか、セドリックは表情をより険しく歪めて、しかし反論らしいことも言わずに黙り込んでしまう。メルヴィとセドリック、この二人にしては随分と険悪な雰囲気だ。
「おい、ミランダ……。何だ、この不快な雰囲気は。訳ありの事情でもあるのか? 新支部と旧支部で争っているが、実は男女の関係にあるとか……」
『私の口からは何とも言えないわね。本人も話したくはないようだから』
メルヴィの胸元に挟まったミランダに顔を近づけて尋ねてみるが、この妖精人形は知ったような素振りを見せながらも答えは教えてくれなかった。
「こら、クレス。君はどこに向かって話しかけているの!」
メルヴィの胸元に顔を近づけていた俺の後頭部をレリィが軽く小突く。軽くといっても騎士の一撃。全く油断していた俺は勢いのままメルヴィの胸元に顔を突っ込んでしまう。
「ぶっ!!」
『うぶぶっ!?』
「や~ん! お兄さんてば、大胆!」
ミランダの小さな頭が俺の
「わわっ! クレス! だからもう、なにやってるの! あたしが小突いた勢いを良いことに、女の子の胸に口づけするとか計画的犯行だよ!? 事故じゃ済まされないんだからね!? は、早くそこから顔をどけなさい!」
「あほかっ!! 不意にお前の腕力で後ろから小突かれたら、熊でもよろけるぞ! それより、この痴女の腕を解くのを手伝え! こいつ、腕力強化の術式まで使ってやがる!」
「あら、バレた?」
わりと本気でレリィが俺とメルヴィを引き剥がしにかかり、ようやく俺は脂肪の窒息地獄から解放された。人によっては天国かもしれないが、少なくとも挟まれたミランダには地獄であったのは間違いないようだ。メルヴィの胸の隙間から、半身をぐったりと前に垂れ下げている。
「それでぇ、旧支部の印象はどうだったかしら? 何か思うところはあった?」
うなだれたミランダを胸元から引っ張り出し、指で摘まんでぷらぷらと揺らしながら旧支部の印象など今更な話を聞いてくる。
「別に、大したことはなかったな。放っておいても潰れそうな雰囲気だった」
「そうね、お兄さんがそう感じたのなら、それが事実ね」
「含みのある言い方だな。寂れた旧支部の様子に、それ以上の何があると言うんだ」
「別にぃー、なぁんにもないわよ。ただ、事実って言っただけよぉ。そうよねぇ、セド
「……もう旧支部の話はいいだろう。僕は警備に戻る」
最後まで精彩を欠いたセドリックは、陰鬱な表情のままミルトン支部長の警護へと戻っていった。
「メルヴィ、今さっきのやり取りはどういうことだ? セドリックは何を隠している?」
「うーん、それは私の口から話すのは契約違反になるかなぁ~。さっきの話も結構、きわどい攻めだったしぃ。これ以上、私に何をやらせようって言うの、お兄さんてば!」
「もういい、それ以上は喋るな」
「えぇ~、随分とあっさり退くのね。ちょっとがっかり。尋問と称して、あんなことやこーんなことをお兄さんにされちゃうかも、って期待していたのに~」
メルヴィはおどけているが、契約と言うからには口封じの呪詛を交わしている危険性もある。口封じの呪詛は、契約上、喋ってはいけないことを喋られなくする呪詛だ。効果は呪詛のかけ方に依存するが、初めから
それゆえの気遣いだったのだが、メルヴィには不要だったようだ。
そして、今一人――。
「あーんなことや、こーんなこと……。ど、どんなことをするつもりで……。はっ……! クレス、駄目だからね!?」
状況を全く理解できていない駄目な娘もいた。
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