第209話 カスクートの殺人姉妹
――語り部のリラート『宝石の丘の冒険譚・第十三節』――
相思相愛、恋人二人。マルクスとユリアは愛し合う
死闘極まる最中に、密かに抜け出し、姿を消した
魔剣を追いし剣聖アズー
担う聖剣、
マルクス追って、姿を消した
恋に溺れしユリアの末路、マルクスが凶刃胸に立つ
苦い血の味、
愛を知らぬは魔剣の奴隷、裏切りこそが愉悦なり
正しき道と邪悪な外道、互いを折らんと剣は交わり
青い剣閃走りぬけ、赤黒き火花が舞い散り消える
剣神教会の名の下に、魔剣は折られ朽ち果てる
──────────
カスクートの殺人姉妹は、姉ヘリオスが三流騎士、妹セレネは四級の武闘術士。
標的がよくありがちな騎士と術士の二人組であれば、騎士に騎士をぶつけ、術士に術士をぶつけても、相手が格上なら勝敗は見えている。
それを崩すための仕掛けが双子の特性。
双子の容姿は区別がつかず、騎士の姉は杖を持ち、妹は剣を持つ。そしてお互いを姉妹逆転して呼び合うため、騎士と術士の役割がよそから見れば逆転しているという罠だ。
初動、相手の動きを警戒して様子見をする状況を狙い、術士の妹が騎士を翻弄する間に、騎士の姉が術士を先に潰してしまう。先手必勝の襲撃方法。
術士なら、術士が相手となれば警戒するのは呪詛の類である。敵が接近戦の得意な武闘術士であっても、その攻撃力は術士の域を超えることはなく、同格の術士なら防衛術式で対応できる。
しかしそれが騎士の一撃ならば、生半可な防衛術式は意味を成さず、一刀のもとに斬り伏せられる。接近戦で、術士が騎士に敵わないのは常識である。
それでも、俺は初撃で倒れることはなかった。
黄土の盾のほかにも強固な防衛術式が、二重三重の安全装置として自動的に働くようになっていたからだ。
先程の一撃で
「……頑丈な術士ね、殺しがいがあるわ!!」
嬉々として淡い薄紅色の闘気をまとった杖で殴りかかってくる殺人姉妹の姉ヘリオス。現状、追い詰められているのは俺の方だが、初撃で俺を打ち倒せなかったのはあちらにとっても誤算だったのだろう。息もつかせず連撃を繰り出してくる様子は、よく観察すれば焦っているようにも見える。
(さすがに騎士だけあって、一撃が重い。……が、捌き切れないほどでもないな)
既に何度も打ち合ってみてわかる。暗殺者としてはそこそこの腕、奇襲も見事だったが、騎士としての腕前はやはり三流。
薄紅色の闘気をまとった武骨な杖が左右上下から叩き込まれ、俺の持つ三斜藍晶刃に罅を入れ、ついには打ち砕く。ヘリオスの表情に笑みが刻まれた。
自分が優位に立ったと確信した笑み、その一瞬の隙に、俺は新たな術式を発動する。
左手に握りしめる濃い褐色をした斧石の魔蔵結晶。名前の如く斧のように扁平で楔状の刃を持ち、磨き上げたガラスのような光沢がある結晶だ。
(――組み成せ――)
『
藍色の光を発して三斜藍晶刃が砕け散り、それとほぼ同時に褐色の光を放ちながら巨大な結晶の斧が生み出される。
突如として出現した巨大な斧に、ヘリオスは表情を強張らせて足を止めた。
「――三流が。さっきの返礼だ!!」
焦げ色の光が斧の刃から
頑強な闘気による護りにも揺らぎがある。不意を突いて強烈な攻撃を叩き込めば打ち破ることもできるのだ。もっとも、一級術士である俺だからこそ、闘気を打ち破るほどの威力を込めた呪詛が放てるのだが。
「ぐっ……こいつ! 本当に術士なの!? 攻撃の重さが尋常じゃない……!」
褐石断頭斧を一振りするごとに武骨な刃から焦げ茶色の波動が
大斧による攻撃はどうしても大雑把な動きになってしまうが、三流騎士相手に隙を見せるほど俺の立ち回りは甘くない。戦況は劣勢から膠着状態へ移り、次第に俺が優勢となっていった。こうなれば決着の行く末は見えたも同然だ。
「せいっ! やぁっ! はぁああっ!!」
レリィが気合いの声と共に水晶棍を上から、下から、横からと息つく間もない連撃を殺人姉妹の妹セレネに浴びせかける。始めこそセレネが魔導剣を使った剣舞でレリィを惑わしていたようだが、数分としないうちにレリィは相手の剣筋を見極め、今はもう完全に形成は逆転している。
セレネの魔導剣は風系統の術式で剣の速度を加速させる効果があるようだが、なにしろ騎士のレリィと打ち合うには威力が足りない。もう一方の手に持ったナイフには毒でも塗られているのだろうが、これも警戒したレリィには闘気で硬化した皮膚に阻まれてしまう。並みの術士が扱う半端な攻撃など、闘気を自在に扱う騎士には通用しないのだ。
「ヘリオス姉さん! これ以上はもたない!」
「セレネ……! ちっ、ここは一旦――」
退却の気配を見せる殺人姉妹。だが、いつまた狙ってくるかわからない暗殺者をここで逃がすわけにはいかない。
(――撃て――)
『焦圧雷火!!』
どん、と腹に響く破裂音が一瞬遅れて轟いた。
雷の衝撃に、ヘリオスはもんどりうって倒れる。
「姉さん!?」
セレネの悲痛な叫びにも俺は追撃の手を緩めず、今度は妹のセレネに向けて術式を放つ。
(――穿て――)
『鮮血の
右手の中指に嵌めた
「きゃぁあああっ!!」
食用の豚肉とは異なる、肉の焼ける不快な臭気。その場で身を仰け反らし、焼け付く痛みから逃れようとするセレネを執拗に狙い、灼熱の光線で左肩から首筋、頬を撫でるように焼いていく。
「レリィ、今の内にとどめをさせ!」
「え、でも……!?」
凄惨な光景に腰が引けたのか、レリィは追撃を躊躇していた。その逡巡を突いて、雷の衝撃から復活したヘリオスが、セレネを庇うように抱え上げると大きく跳躍し、店の窓を突き破って逃走した。
逃走に全力を尽くした動きだ。街の地形にそれほど詳しくない俺達では、あれを追うのは無理だろう。
「逃がしたか……。だが、あの深手ではしばらく目立った活動はできまい」
荒れ果てた店内を見回し、ひとまず暗殺者が罠を残して去った形跡もないことを確認してレリィに向き直る。
「ご、ごめん。クレス……あたし、見逃しちゃった……」
自分でも失態だとわかっているのだろう。レリィは面目なさそうな顔で俯いている。
「相手は暗殺者だ。これまでにも何人と数え切れないほど人を殺してきている。毒も使うし、騙まし討ちもする。こちらが情をかけてやる理由はないからな。次は――」
ごつん、とレリィは自分の額を拳で殴り、力の篭った目をして顔を上げた。
「次は、きちんと倒すよ。あの人達は野放しにしておいたらいけない人だもの。次はきっと……」
拳を握り締めるレリィに、それ以上の説教は不要と判断した俺は続く言葉を胸の内に収めた。
「さて、店には迷惑をかけたが別に悪いのは俺達じゃない。幸運にも店員や他の客もいないことだし、とっととこの場を離れるぞ」
まるっきり悪役の台詞を吐いて、俺は店の裏口から外へ出る経路を確認する。その間、レリィは店の隅にあったテーブルの下へと潜り込み、何かごそごそと漁っていた。尻だけ突き出されて、紐下着が丸出しになっているが、俺は敢えて指摘せずにレリィの行動を見守ってやる。
「あぁ、クレス。これ、戦闘の最中に落としていたよ。大事な物なんじゃないの?」
そう言ってレリィが渡してきたのは、俺が肌身離さず持っていた棒状結晶の首飾りだ。
「おっと……うっかり忘れるところだった。危ない、危ない……。お前もよく見ていたな」
これは常に持ち歩いていないと不安になる、大事なものだ。こんなつまらない騒動で失くしてしまっては後悔してもしきれない。
(――組み成せ、
『
引き千切れた銀の鎖を術式で修復し、自分の首へとかける。
「よし、新支部へ戻るぞ」
暗殺者との戦闘で荒れ果てた店を後にして、俺達は街の雑踏へと紛れ込み、足早に魔導技術連盟カナリス新支部へと戻るのだった。
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