第206話 不可解な侵入者(2)

 ――語り部のリラート『宝石の丘の冒険譚・第十節』――


 断崖続く渓谷に、葦の茂りし沼地が開き

 天頂夜空に満月浮かび、遠く獣の呼び声響く

 小山の如く現れし、悪鬼羅刹の超越種

 黒き毛並みに銀の角、赤き瞳に鋸の歯牙

 コンゴ魔獣討伐隊の騎士ガザン、先陣切って突撃す

 咆哮上げる怪物が、振るう大腕、大地を叩く

 ガザン含める騎士五人、一撃の下、絶命す

 残るコンゴの術士達、抗うすべなく薙ぎ払われて、

 コンゴの戦士は息絶えた


──────────


 カナリス新支部に夜襲を掛けてきた侵入者。

 俺とレリィの二人に撃退され、床に倒れ伏した魔導兵達は全員、魔導鎧を剥ぎ取った状態にしてから『束縛の呪詛』でこれ以上の抵抗ができないように、銀の鎖で縛り上げられていた。

「それにしても襲撃してきた鎧の中身がこんな子達だったなんてね。ちょっと複雑な気持ちかな……」

 鎧の中身はまだ若い少女達だった。


 魔導鎧を脱がされて、床に転がる少女達を眺めながら、レリィは都合の悪そうな顔をしていた。傍から見れば、俺達がいたいけな少女を縛り上げて悪事を働いているように見えてしまうことだろう。転がされた七人のうち、俺が戦闘不能に追い込んだ幾人かはかなりの重症だ。放置すれば死んでしまうかもしれなかったが、こちらの方が人数も少ない今は警戒を解くわけにもいかなかった。


「ま……鎧の中身は、半ば予想がついていたことではあるが……どうしたものかな」

 単純な肉体強化と風系術式の効果を付与する魔導鎧、それに合わせた魔導回路を少女達は体に刻み込んでいた。この手の魔導兵装を主武装とする術士達の組織には心当たりがあった。

「その特徴ある魔導鎧。お前達、魔導都市ハミルの術士だな。旧支部に金で雇われたのか?」

 ハミル魔導都市は魔導技術連盟の副本部がある地域で、首都の連盟本部に準ずる規模の術士が集まり組織されている。そちらはそちらで運営は独立しているため、内情については俺もよくは知らなかった。

 全くの別組織とみてもいいだけに、俺としては個人的に関わりあいたくない連中だ。何しろ向こうの組織は常に、連盟本部に対抗心を燃やしていて事あるごとに張り合ってくるのだから。


 縛られた少女達は真っ直ぐに俺を睨み返しながら、問いかけには口をつぐんで決して答えようとはしなかった。

 決然とした表情を見るに、簡単には口を割りそうもない。


 この場で尋問を続けたところで時間の無駄かもしれないと思い始めた頃、中央ロビーと地下へ続く廊下を塞いだ水晶の壁から、硬い物で何度も叩く音が聞こえてきた。

「ちょっとぉ~? お兄さんでしょ、この水晶の壁ー! 何があったのかしらぁ?」

 くぐもった声が水晶壁の向こうから投げかけられる。どうやらメルヴィが異変に気がついて起きてきたようだ。

「クレストフ、僕だ! セドリックだ! いったい何があったんだ!? ひとまずこの壁をどかしてはくれないだろうか!」

 セドリックも一緒か。なら、もう壁を取り払っても危険はないだろう。今晩の襲撃者は床に転がった七人で全てと見てよさそうだが、仮に伏兵が居てもレリィとセドリックの騎士二人がいれば対処できる。


『砕け散れ』

 俺の一声で、廊下を塞いでいた水晶の壁が砕け散る。白い砂となって崩れる水晶の向こう側から、メルヴィとセドリックが駆け寄ってきた。そうして、床に倒れた七人もの少女達を目に入れて足を止めた。

「この少女達はいったい……?」

「あらぁ~。お兄さんてば、レリィお姉さんだけじゃ不足で、こんなにたくさん女の子連れ込んだのかしら? 盛んね~」

「ちょっと!? 違うから! 不足とか満足とかそういう話じゃないからね!?」

「くだらない冗談はよせ。襲撃者だ。夜襲を受けたんだよ」

「夜襲!? ではこの子達が襲撃者……」

 肌着姿で転がる少女達が襲撃者とは信じがたいのか、セドリックはその場に突っ立って考え込んでしまった。


「とりあえず確認しておきたいんだが、ミルトン支部長は無事だろうな?」

「うん? ああ、もちろん。ミルトン支部長なら、僕らの後について来ているよ。……支部長! この場は大丈夫そうですので、こちらへ!」

 セドリックに促されて、廊下から姿を見せるミルトン支部長。中央ロビーに入ってすぐ、床に転がる縛られた少女達を見て一瞬だけ驚いた顔をするが、すぐに平静に戻ると怪我をした少女達の元に近づいて慎重に様子をうかがい始めた。


「ミルトン支部長。彼女らは襲撃者だ。身動きは封じてあるが、あまり不用意に近づかない方がいい」

「うむ……まあそうなのだろうが。腹部に傷を負った者と、全身に火傷を負った者。襲撃者とは言え、この二人だけは治療をしないと死んでしまうな。傷を塞いだところで、この束縛が解かれる事はないかね?」

「問題ない。完全に縛り上げてあるし、魔導兵装を取り上げられたこいつらに反撃の手段はない」

「ならば治療だけ済ませてしまおう」


 ミルトン支部長はごく簡単なことのように言うと、目を閉じて意識の集中に入った。全身に刻み込まれた魔導回路が活性状態を示し、体から淡い光が放たれる。

(――流れ出るをとどめよ――)

『血漿凝固!!』

 腹部に楔の一撃を受けた少女、その傷口から流れ出ていた血が急速に固まる。

 ミルトンは続けて別の術式を発動させた。


(――破れるを塞げ――)

『皮肉再生!!』

 血の止まった傷口から肉が盛り上がり、かさぶたを押し剥がしながら新たな皮膚が再生する。

 目を見張るばかりの再生速度だ。さすがは準一級の医療術士である。


(――ただれるをならせ――)

『真皮変換!!』

 ミルトンは続けて、全身に火傷を負った少女にも治癒の術式を施して、ひとまず命の危機に瀕していた者の治療を終えた。実に手際よく、傷痕も残さず怪我を癒す医療術の腕前からは、確かに魔導技術連盟の支部を治めるだけの実力が感じられた。


「大した手並みだ。さすが準一級の医療術士……これは易々と真似できるものではないな」

 俺の魔導結晶は理論上、どのような術式の魔導回路も再現できるものだが、細かい意識集中の必要な術式操作までは完全に真似ることができない。特に、治癒の術式が難しいとされるのは、複雑な生体組織を回復させるのに魔導回路の機構だけでは足りず、術士にも高い技能が必要とされるためだ。

 俺のような専門外の人間が治癒の術式を行うと、かなり非効率で余分な魔導回路を組み、多量の魔導因子を消費してしまう。自然治癒力の活性化くらいならどうにかできるのだが、能動的に生体を修復するのはやはり難しい。


(……それでも、準一級術士が身に刻む魔導回路を転写できれば、あとは術式制御の問題だけになるんだが。まあ、簡単に自分の魔導技術を明かすわけもないから望みは薄いか……)

 攻勢術式と防衛術式に関しては他の一級術士にも劣らない自負がある。だが、治癒術だけは三級の医療術士にも劣ることを認めねばなるまい。対費用効果コストパフォーマンスを無視すれば瀕死の人間を全快させるくらいのことはできるが、それとて短期間に何度も実行できる術式ではない。

(……いっそこの男が暗殺されて死んでしまえば、死体から魔導回路を写し取ることもできるな……)

 半分は冗談の考えだが、そこまで俺が欲するほどミルトンの治癒術は優れたものだった。


「彼女らの素性だが……」

 ミルトン支部長の重たい声が、危険な思考に傾いていた俺の意識を引き戻す。

「最近になって旧支部に所属したばかりの術士達のはずだ。まさか、こうも隠すつもりなく、自分の手の者を襲撃に寄越すとは……マシドも耄碌もうろくしたものだ……」

 旧支部のマシド支部長は武闘派で、元より策を弄する性格ではないらしい。それだけに短絡的な行動に走りがちで、現状は支部同士の全面戦争になっていないだけましなのだとか。しかし、このまま歯止めがかからなければ、どこまでも襲撃は過激になっていくだろう。

「旧支部への対応は後で考えるとして。それよりも……」

 俺はロビーを見回して、相変わらずこの場に限られた人間しかいないことに疑問を抱く。


「他の警備に当たっている術士共は何をやっているんだ? 傭兵の姿も見当たらない」

 あれだけの激しい戦闘があったにも関わらず、中央ロビーには新支部の警備に当たっていた術士や傭兵が一人も現れなかったのだ。

「あ、そういえば……ティガとか、他の人達がいないね。今の騒ぎで気が付かないってことはないと思うけど……」

 遅れてレリィもそのことに気がつくと、警備の人員が詰めている仮眠室へと様子を見に駆けて行った。俺もひとまずロビーの方はセドリックに任せて、駆け足でレリィの後を追う。


 仮眠室はロビーの端に目立たないよう小さな入り口がある。

「レリィ! 少し様子がおかしい。部屋へ入るときは警戒しておけ」

 念の為にレリィへ注意を促すと、何の警戒もなしに仮眠室へ入ろうとしていたのか体を硬直させ、振り返って頭を掻きながら俺が来るのを待っている。

 俺が仮眠室の前まで来るとレリィは無言で頷き、突入の合図をしてくる。俺も無言で頷いて仮眠室への突入を許可した。


 壁の模様と一体化した扉をレリィがゆっくりと押し開く。そして中を覗きこんだレリィは目を見開き、慌てて室内へと走りこんでいく。

「おい! だから警戒しろと……!」

 レリィを追いかけて飛び込んだ仮眠室は、収容人数が最大五十人とされているだけあって、かなり広い間取りになっている。

 そんな室内には異様な光景が広がっていた。


 警備として詰めていた術士や傭兵が部屋の至るところでうつぶせに倒れていたり、仰向けになりひっくり返っていた。とても仮眠の末に寝坊したという状況ではない。

 その中には虎人ティガの姿も見られる。ティガは口から涎を垂らして白目を剥きながら、テーブルの上に仰向けで倒れていた。心臓の悪い人間が見たら、ショック死しそうな形相である。

「し、死んでる……?」

 レリィの口から、かすれた声が漏れ出た。


「あほか、よく確認しろ」

 俺はレリィの後ろ頭を軽く小突いてから、近くに倒れていた若い女の術士の腕を取った。

 血色は悪くない。呼吸もしているし、体温もある。脈だって正常である。不自然ではあるが本当にただ寝ているだけだ。試しに頬を二、三度叩いてみるが、深く眠っているのかこれと言って反応がない。

「……命に別状はなさそうだが、昏睡に近い状態にあるな。睡眠薬でも盛られたか」

 部屋の隅に大きな水差しと、紙のコップが多数置いてある。遅効性の呪詛を込めた睡眠薬なら、昼間の内に入れ替わり立ち替わり警備の人間が睡眠薬入りの水を飲み、夜中になって全員が昏睡状態になるよう仕掛けておくことも可能だ。もっとも、ここまで完璧に効果時間を調整して眠らせるのは相当に高度な技術が必要となる。


「あー、本当だわ。ティガもちゃんと生きてる」

 恐る恐る仰向けになったティガの胸に手を当てて、心臓が動いていることを確認して安心するレリィ。ティガの恐るべき有り様は単にこいつの寝相の問題だったようだ。

 寝台で横にならずにあちこちで人が倒れているのは、急に抗えない睡魔に襲われたためだろう。強烈な睡魔に襲われて、その場で眠りについてしまったのならこの状況にも説明がつく。


「しかし、妙だな。ここまで強力な昏睡の呪詛を使える術士は、敵の中にいたようには思えないが」

 襲撃してきた術士の少女達は全員、魔導兵装を操るだけの能力しか持たず、このような絡め手が可能な術式を身に付けていなかった。使えるのなら俺達との戦闘で使用していてもおかしくない。むしろ、積極的に使ってくるはずだ。

(七人の襲撃者の他に外部からの侵入者は感知できなかった。だとすれば、護衛の中に敵が紛れ込んでいて睡眠薬を盛ったと考えるのが妥当だな……)


 敵が既に内部に入り込んでいるとすると、もはや護衛の人間達は信用することができなくなる。そもそも肝心な時に敵の術中にはまって眠りこけているとか、そんな失態を犯す連中など戦力に加えられない。敵の工作員が紛れ込みやすくなるだけで害しかないのだ。

「面倒な事態になってきたな……」

「ティガ! 起きなさーい!! もう、朝だよー! あ、違う、まだ夜中だった」

 昏睡状態にある警備の人間達を叩き起こして回るレリィをしり目に、俺は今後の対策と行動をどうすべきか考え始めていた。



 襲撃者達を一室に閉じ込めて見張りを立ててから、俺とレリィは戦闘の疲れもあって部屋に戻り休むことにした。そこへ、まるで当たり前のように背後からついて来るメルヴィ。何食わぬ顔でそのまま寝室に入り込んできた。

「今日は怖いことがあったでしょ? だから、眠るのにもやっぱり一人じゃ心細くて」

 しおらしくするメルヴィに、困った顔でこちらを見てくるレリィ。俺に、どうしろというのか。

 無言で、冷たく追い返す役回りを押し付けてくるとはやり口が汚い。

「その喋る妖精人形と一緒でも心細いのか?」

「ミランダのこと? 駄目よ、この子はぁ。口ばっかりでなんにもできないんだから」

『随分な言われようだわ……。ま、この人形の体じゃ、確かに何もできないけれど』

 相変わらずメルヴィの胸の谷間に挟まって、もがくばかりの妖精人形ミランダ。なるほど、これは心もとない。

 どう追い返したものかと思案しているうちに、メルヴィが名案を思いついたとでも言うように手をぽんと打った。


「じゃあ、今日はお姉さんのベッドで寝る!」

「へ? あたしのベッドで?」

「一緒に寝ましょ、レリィお姉さん!」

「わ、わわ、ちょっと待って……」

 そう言ってメルヴィは人形のミランダを俺の方に放り投げると、自分はレリィの腕を引っ張ってベッドに引きずり込んだ。

 とりあえず女同士なら問題なかろう。俺は問題が解決したことに一安心して、自分のベッドで横になる。ミランダは枕元に置いてやった。

『いいのかしら、あの娘達、放っておいて』

「気にするな。女同士、適当に仲良くやるだろう」

 ベッドの上を這い寄ってきたミランダは、枕の隅に頭を乗せると小さな両手を腹の前で組んで、まるで人間が寝るときのような姿勢で仰向けになった。この魔導人形にも睡眠が必要なのだろうか。


「ねえ、クレス~……この子、どうにかしてよー……」

「一緒に寝たいとか言っているものを、俺にはどうにもできないだろう。お前が責任とって添い寝してやれ」

「裏切り者~……あっ!?」

 恨みがましい視線をこちらによこしていたレリィが突然、顔を赤くしながら変な声を上げる。

「お姉さんの体……あったかい……」

「……やだ、メルヴィ、そんなに強くしがみつかないで……」

「胸もお尻も柔らかい……抱き心地、最高かも~。あ、ここも、ふふ可愛いっ」

「やめてってば……そんなところ触っちゃ……だ、だめ……」


 宙に伸びたレリィの腕がぷるぷると震えている。やがて、掛け布の中にレリィの腕は引きずり込まれ、代わりにメルヴィの服が放り出されてくる。

 また脱いだのか……。

「……ん、ううっ……! あ、メルヴィ……本当に、こんなことしちゃ駄目だってば……」

「大丈夫だよぉ、お姉さん……。身を任せてくれれば、私が気持ちよぉくしてあげるから……」

「…………」

 俺は黙って、隣で暴れる掛け布を眺めていた。時折、レリィが拒絶する声が聞こえてくるが、次第に甘い声だけが漏れだしてくるようになっていった。


 こいつらは俺の寝ている横で何をしているんだ?

 下手に想像すると眠れなくなると判断した俺は、強い自制心で感情を殺し無の境地に至り、ほどなくして深い眠りへとついた。

 その間もずっと、少女達の悩ましい声は続いていた。

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