第205話 不可解な侵入者

 ――語り部のリラート『宝石の丘の冒険譚・第九節』――


 秘境の洞窟迷い込み、幻想種族の巣を通る

 意思弱き者、自我奪われて、惑いさらわれ姿消す

 騎士、術士、精霊、霊剣、妖しの力を退ける

 力なき者は抗えず、傭兵、獣人、さらわれる

 鬣狗人はいえなびとのブチは抗えず、ふらふらふらり、霧の彼方へ消え去った

 傭兵隊長タバルは一人、霊剣持って退ける。傭兵達は全員消えた

 狼人のグレミーも、妖爪持って退ける。獣人達は全員消えた

 熊人グズリも憑依され、魔獣と化して吠え猛る

 獣爪兵団、頭のグレミー前に立ち、魔獣グズリに引導渡す


──────────


 ミルトン支部長の護衛任務を始めて二日目の晩。その夜もまた俺は侵入者の存在を感知した。


 建物の中央ロビーを何者かが通過したことを、感知装置の魔導結晶が警報を伝えてくる。

 びりびりと断続的な電流が体を走り、眠りから瞬時に覚醒する。

 昨晩はメルヴィによる予想外の襲撃を受けたこともあり、いっそうの警戒をしていた。

 人が建物の中を歩く振動を察知して報せる仕掛けをあちらこちらに予め設置しておいたのだが、早速役に立ったようだ。ただ、建物の中央ロビー方向からやってくるということはメルヴィではないようだ。


 招かれざる来客の正体を把握するため、さらにもう一つ、仕掛けておいた術式を発動する。

(――見透かせ――)

『虎の観察眼……』

 虎目石の魔導回路に意識を集中すれば、中央ロビーに仕掛けた対の虎目石から映像が脳裏に送られてくる。

 人影は七つ。この時間にこの場所を七人もの人間が歩いてくる、それは異常な事態だった。護衛の術士達なら二人一組での巡回が基本であるし、何より今は中央ロビーの巡回時間とは違うはずだ。


(こいつら、いったいどこから侵入したんだ?)

 新支部の建物の入り口は、夜の間に関しては頑丈に施錠して封鎖されている。さらには警備の武闘派術士が何人も見回りを行っているのだ。あれほど大人数で、こうも堂々と中央ロビーに侵入してくるとはどういうことなのか。

(他の護衛連中は何をしているんだ。気がついていないのか? このままだと何の障害もなく、侵入者がミルトン支部長の部屋まで辿り着いてしまうぞ)

 中央ロビーと繋がっている仮眠室には、虎人のティガを含む護衛の傭兵や術士も詰めている。彼らが誰一人、迎撃に出向いていないのは不自然だ。

(……何か、妙な呪詛でも使われたか。敵の侵入に気がついているのは俺と――)


 そこまで思考をめぐらせて隣のベッドに視線を向ければ、既に目を覚まして軽く準備運動をしているレリィの姿があった。軽銀の胸当てを着込み、俺があらかじめ貸し与えていた六角錐柱の水晶棍を握り締めている。

「敵、が来たんだよね、クレス。どうするの、すぐ迎撃に出る?」

 直感だけで敵の侵入に気がつくとは、なかなか頼もしい相棒だ。もし、何も気がつかずに寝こけていたら尻を引っ叩いて起こすところだったが、レリィにはその必要もなかった。

「いくぞ。本格的な戦闘になる。油断はするなよ」

「りょーかい!」

 ぱしっ、と拳と手の平を打ち合わせてから、レリィは部屋の扉を開けると足早に廊下を進んでいく。俺も外套を羽織って部屋を出ると、レリィの後方に位置取って中央ロビーを目指した。



 中央ロビーは薄暗く、窓から差し込む月明かりだけでは侵入者の影がかろうじて見えるかどうか。

(――照らし出せ――)

 日長石ヘリオライトの魔導結晶を取り出し、ロビーの真ん中へと放り投げる。

『煌く陽光!!』

 瞬時に橙色の光が広がり、ロビー全体を照らし出す。闇に乗じて奇襲を受けているのはこちらなのだから、何も暗い闇の中で戦う理由もない。

 人影の姿が鮮明になり、正体があらわとなった七人の侵入者を見て、俺はその格好に眉をひそめた。


 複雑な文様の刻み込まれた全身鎧と盾、そして同様の意匠が施された剣で武装する七人の侵入者達。

 侵入者達は魔導回路を刻み込んだ魔導剣や魔導鎧など、全員が全員いわゆる魔導兵装に身を固めているようだった。

(あの魔導兵装は――いや、考えるのは後だ。今は奴らへの対応が先……)


 日長石の放つ眩い光が、戦闘開始の合図となった。

 魔導兵七人が剣を構え、散開しながら突撃してくる。

 鎧に刻まれた魔導回路が活性化し、幾何学模様の白い光の筋を浮かび上がらせた。


 敵の突撃に備えて、懐から魔導回路を刻んだ水晶の群晶クラスターを取り出す。

(――地殻を糧に、壁となせ――)

 判断は瞬時、意識集中はごく自然に。

『白き群晶!!』

 術式発動の合図、『楔の名キーネーム』を唱えれば、一瞬の内に巨大な水晶群が床の上に形成されて支部長室に続く廊下の入り口を完全封鎖する。

 元より結晶中に魔力の源たる魔導因子を貯蔵した群晶だ。わざわざ脳内から魔導因子を搾り出す時間を必要とせず、術式は即座に発動する。これでまず、敵がミルトン支部長の部屋まで到達することは難しくなった。


「クレス!? 廊下を封鎖しちゃうって、そんなことして大丈夫なの……? 後片付けとか、どうするのこれ!?」

 襲撃者が七人も現れているというのに、建物への被害を心配するとは相変わらずレリィの感覚は的外れである。それに、実際のところ問題はないのだ。

「お前が心配することじゃない。俺の意思一つで、その水晶も簡単に砕ける」


 術式で生み出した水晶の壁は、召喚術で地殻中の適当な岩石を呼び出すと同時に、結晶構造を変成して水晶に作り変えたものだ。

 単純な物質変成だけでは建物の石材を分解してしまうので、敢えて原料となる岩石をよそから召喚している。加えて、岩石を水晶に作りかえる際に呪術的な仕掛けを施してあるので、俺の意思によって自由に破砕することが可能だ。


 ここまでの仕込みが魔導回路の機能として刻み込まれており、術式発動に必要な魔導因子も結晶中に貯蔵済み。

 本来なら複雑な意識集中と大量の魔導因子が必要な術式だが、人工結晶に緻密な回路を形成しつつ大量に魔導因子を保有させる独自の技術によって、ごく簡単な意識集中と楔の名を一言唱えるだけで術式が発動するようになっている。


 これこそ、俺が一級術士として大成した際に完成させた『魔蔵結晶』である。

 外部から魔導因子を回路に注入して術式を発動する魔導結晶と異なり、初めから魔導因子を内蔵しているため、瞬時に強力な術式を発動できる。

 宝石の丘の冒険で大量に手に入れた、高密度の魔導因子を含んだ良質な天然宝石の数々。それらを惜しみなく研究のために費やした結果の産物だ。


「レリィ! 俺のそばに奴らを近づけるな!」

「はいはい! 君のことはしっかり守るから。敵の撃破はお願いね!」

 迫り来る魔導兵を前にして、レリィは八つ結いにした髪留めのうち三つを解いた。即座に翠色の光が髪から立ち昇り、レリィの全身に闘気がみなぎる。敵の実力、伏兵の存在まで考えて、長期戦も想定するなら妥当な力配分。

 六角錐柱の水晶棍を後ろに振りかぶりながら、一足飛びに跳躍して魔導兵に殴りかかった。

「たぁああっ!!」

 敵の予測を超える速度で接近したレリィは、先頭にいた魔導兵に横殴りの一撃をくらわせる。闘気が翠色の閃光となって炸裂し、衝撃で魔導兵の体が吹き飛んで後方にいた二人を巻き込みながら転倒させる。

「どんなもんよ!!」


 ――先手必勝。互いの手の内が見えない初撃において、痛烈な一撃を与えた方が圧倒的に有利となるのは間違いない。特に、人数差がある戦闘において、なるべく早い段階で敵の数を減らすのは定石である。

 俺は黄鉄鉱の魔蔵結晶を握り締めると、術式発動の意思を込める。

(――押し潰せ――)

 金色に輝く正立方体の黄鉄鉱を、手首のひねりを利かせて転倒した魔導兵に投げつけ、楔の名キーネームを発する。

『立方晶弾!!』

 結晶が輝きを増しながら巨大化し、五つの金属塊となって魔導兵に降り注ぐ。

 転倒していた魔導兵のうち二人は横っ飛びに体を投げ出して回避するが、一番下敷きになっていた魔導兵は逃げ遅れて金属質の立方体に押し潰される。魔導鎧は多少、凹んだ程度で中身は無事なようだが、一抱えほどもある金属塊にのしかかられて身動きが取れなくなった。生半可な重量ではないから、魔導鎧の出力をもってしても自力で抜け出すことはできないだろう。これでまず、一人脱落。


「さあ、かかってきなさい! あたしが相手になってあげるから!」

 気合いを発するレリィに対して、残る魔導兵は臆することなく向かってくる。

 左右から二人ずつ、距離を詰めてきていた魔導兵が突然、旋風に包まれてその突進速度を増した。

 魔導鎧の本領発揮か。

「気をつけろ! 風系統の術式で速度を上げてくるぞ!」

 レリィに注意を促しながら、牽制用の魔蔵結晶を複数、懐から選び出す。敵と交錯するレリィを巻き込まないように、術式もまた選んで使う必要がある。


 旋風に包まれながら突進する魔導兵。彼らの持つ魔導剣が赤く発光し、灼熱の炎をまとってレリィを襲う。

「こんなもの、ただのハッタリでしょ!!」

 振り下ろされる炎の魔導剣を水晶棍で下から弾き上げ、空いた胴体にすかさず棍の先端を突き入れる。闘気を集中させた突きが鎧を打ち破り、魔導兵を大きく仰け反らせた。

 すかさず加勢に入ろうとする魔導兵三人には俺が牽制の術式を放つ。使うのは、再び黄鉄鉱の魔蔵結晶。敵にも見えるように前方へかざして、術式を発動する。

 魔導兵達が先ほどと同じ攻撃を警戒して身構えている。回避してから一気に間合いを詰める算段か。だが、甘い。


(――焼き尽くせ――)

 同じ黄鉄鉱でも、刻まれる魔導回路が一種類とは限らない。

『六面猛火!!』

 黄鉄鉱の魔蔵結晶が赤い閃光を放って弾け飛び、六つの火球が魔導兵三人を襲う。魔導兵二人に一つずつ、残る一人に四つの火球が集中する。

 二人は飛んでくる火球に直撃されて怯み、もう一人は四発の火球を同時に受けて、魔導鎧を赤熱させながら床を転げ回る。火球一つなら魔導鎧の作り出す風の防御もあって軽い火傷で済むかもしれないが、四つ同時に受けては鎧の温度上昇が急激で熱を逃がす余裕もあるまい。


 さらに間髪入れず、レリィに体勢を崩されて尻餅をついた魔導兵にも追い討ちをかける。

(――貫け――)

 敵を穿ち貫く意思をこめるのはタイタニウム元素エレメントの結晶、くさび石の魔導回路だ。

『輝く楔!!』

 槍状に尖った黄金の楔が生成され、風を切って勢いよく射出される。鎧が壊れた腹部へと楔が突き刺さり、魔導兵は声もなく仰向けに倒れ伏す。


「これで三人――」

 仕留めた数を確認する間に、レリィが火球で怯んだ魔導兵の一人を打ち倒していた。仕留めたのは四人、これで残りが三人だ。

 最初にレリィによって転倒させられた二人の魔導兵も体勢を立て直してきたが、もはや形勢は完全にこちらへ傾いたと言って良い。

 レリィが魔導兵三人を牽制して動きを止めている間に、俺は距離を取って止めの術式の準備に入った。

 右手に鉄礬柘榴石アルマンディン、左手に電気石トルマリンの魔蔵結晶を握る。


「一気にたたみかけるぞ。退け、レリィ!!」

 俺の言葉に反応したレリィは瞬時に横っ飛びで移動して、俺から敵への射線を譲る。魔導兵達は一瞬、対応が遅れた。俺にとってはその一瞬で事が足りる。


 右手を突き出し、鉄礬柘榴石アルマンディンの魔蔵結晶を発動させる。

(――削り取れ――)

二四弾塊にしだんかい!!』

 二十四面体をした鉄礬柘榴石の結晶が無数に出現し、岩の嵐となって魔導兵を襲った。魔導鎧はなかなかに頑丈だが、鉄礬柘榴石の硬度に耐えるほどではなかった。見る見るうちに外装が削れていき、魔導鎧の回路が露出して崩壊していく。


 魔導鎧が機能を停止し、風の防御壁を失ったところで、俺はとどめの一撃として左手に持つ電気石トルマリンの魔蔵結晶を発動させた。

(――撃て――)

『焦圧雷火!!』

 電気石は青く発光し、稲妻と化して空間を裂き、轟音と共に魔導兵三人を雷撃で撃ち抜いた。魔導鎧が機能していればこうも簡単に貫通はしないだろうが、術式による防御がなければこの通りである。

 魔導兵三人は電撃に身を震わせ、次々と膝から崩れ落ちていった。


 戦闘が終わり、中央ロビーが夜の静寂を取り戻すと、倒れ伏す七人の魔導兵の呻き声だけがはっきりと聞こえてくる。

 護衛任務、二日目の夜。

 魔導技術連盟カナリス新支部の襲撃事件は、ひとまず幕を下ろした。

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