第207話 敵地急襲

 ――語り部のリラート『宝石の丘の冒険譚・第十一節』――


 屍山血河を築き上げ、人食う貪欲の怪物ベヒモス、猛威を奮う 

 咆哮轟き、ハミルの鎧は砕け、一人また一人と食い殺される


 ファルナ剣闘士団、剣に魂売り渡し、剣妖と化して挑みゆく

 剣の間合いは果てなく遠く、ベヒモスが一踏み、無惨に蹴散らす

 妖剣が担い手三人は、妖魔と化して心失い、敵も味方も見失う

 剣聖アズーが割って入り、狂える剣士を介錯す


 呪術結社赤札の、イバラノヒメが護りに立ちて

 城塞砲台召喚し、砲撃放つはアカデメイア学士達

 直撃砲火は表皮を焦がし肉抉る

 それでも止まらぬ怪物は、腕を一薙ぎ、死を振り撒いた


──────────


 襲撃のあった翌朝は何事もなかったかのように穏やかな目覚めとなった。

「はぁー! いい朝ねぇ。とっても清々しい!」

 メルヴィは年の若さもあるのだろうが、肌がつやつやと輝いて、朝から元気一杯な様子だ。一方で一緒に寝ていたレリィは憔悴しきった顔をしていた。

「ううぅっ……あたし汚された……汚されちゃったよ……」

 朝、起きてすぐにレリィの姿は見当たらなかったのだが、どうやら新支部内にあるシャワー室へ水浴びに行っていたらしい。あえて聞くつもりもないが、汚れは流し落とせたのだろうか。


 ちなみに、捕まえた敵の術士達は新支部の一室で拘束しておくことになった。自警団では扱いきれないと判断された為だ。

 なるべく公正な判断の下で事を片付けたいと考えるミルトン支部長の意見もあり、後日、カナリス地方警察に引き渡されることになる。

 拷問でもして口を割らせたかったが、カナリスの街中での犯罪なので、取調べの権利は地方警察が優先となるらしい。自治組織が主体で治安を維持している今の時代、大きい組織では魔導技術連盟や騎士協会、ほかにも傭兵組合や冒険者組合など警察の代行となりうる組織は多いが、あくまでも治安維持の手本は警察組織というのが基本だ。

(だが、警察に任せておいたらいつまで経っても問題は解決しない。ミルトン支部長は一ヶ月で決着をつける算段があるようだが、それもどこまで確実性があるのやら……)

 何事も他人任せにしておいて良いことなどありはしない。信頼できるのは自分の行動だ。


 俺は改めて今回の襲撃時の状況を詳しく洗い出し、侵入経路の調査を始めた。

 調べてみると不可解なのが、襲撃者達がまるで突然、建物内に出現したかのような印象を受けることだ。やはり内部の手引きがあったのかもしれない。

「レリィ、昼間の内も、新支部の建物内であっても警戒を強めておけ。怪しい奴やおかしな動きをしている奴がいたら、俺に報告しろ」

「えー、おかしな動きって言われても何がそうなのかわからないよ? あたしから見れば術士の人達は皆、怪しいし……」

 そう言いながら、喋る妖精人形を胸元に挟んだメルヴィに視線を向ける。まあ、確かに怪しい。この新支部で一番、怪しい人物と言っても過言ではない。

 今のところ悪意のようなものは感じないが、本人にその気がなくても別の誰かに利用されていることもある。警戒はしておくにこしたこともないだろう。


「はぁ~……」

 具体的な文句を言うわけではなかったが、ひたすら溜め息を吐き続けるレリィが鬱陶しい。昨晩のことはご愁傷様としか言いようがないのだが、実際にそれを言ったらますます機嫌は悪くなるだろう。ここはひとまず、うまい飯でも食べさせて忘れさせるしかない。

「セドリック。俺達は午前中、外へ食事に出るが構わないか? 昨日の今日で昼間から襲撃される可能性は低いだろうし、他の連中が守りについているようだからな」

 半ば強引に外出することを決めてしまうと、セドリックは苦笑しながらも許可を出した。

「なるべくここにいて欲しいところだけどね……。すまないがどこの店で食事をするつもりか教えてくれないかい。あまり遠くに出られると、何かあった時に困るからね。食事を済ませたら、すぐ戻ってきてほしい」

 できれば街で時間をかけて情報収集もしたかったのだが、セドリックにはなるべく寄り道はせずに戻るよう言われてしまった。

 それでも一度、直接に顔を出して確かめなければならない場所がある。こうなるとレリィには悪いが食事前に用事を済ませた方が良さそうだ。



 観光都市、運河の街カナリスは今日も栄えていた。

 街中は、魔導技術連盟新支部が襲撃された事実など知るはずもなく、いつも通りの活気に満ちている。

「鬱陶しいほどの人の数だな。せっかくの閑静な観光地も、人が増えすぎては価値が下がるというのに」

「まー、その価値を下げている観光客っていうのが、他ならないあたし達なんだけどね」

「土産物屋にばかり集る有象無象の観光客と俺を一緒にするな。噂と流行に乗せられてやってくるだけの人間には、この街本来の雰囲気を楽しもうという心の余裕もないだろう」

「ほほー、その点、クレスは違うと?」

「当たり前だ。今、こうして向かっている先も、本来であればこの街のあるべき姿を残している場所だ」

「ふーん……なんだか周りの風景が寂れた雰囲気になってきているように感じるけど……これが?」


 大通りは露店が立ち並び賑わいも華やかだが、一本裏道を行けば喧騒とはかけ離れた静かな路地が続く。所々に細い水路が設けられており、小さな船がぎりぎりで擦れ違うことのできる程度の幅で、街のあちこちへと繋げられている。

 カナリスは元々、海路運河を行き来する交易を主な商売として発展してきた街だ。都市運河も昔から張り巡らされていたが、これが観光名所として客を呼び込むようになったのはつい最近の話である。それまでは街の住民が生活する都市部よりも、郊外の港近くの方が賑わっていたのだ。

 そして今、俺達は都市の中心部から郊外へ向けて歩みを進めていた。


「……あまりゆっくりと歩いている時間もない。ここからは船を使おう」

 すぐ脇の水路に停泊している渡し舟の船頭に声をかけ、目的地を告げる。

「魔導技術連盟、旧支部まで頼む」

「ちょっとクレス、そこって……」

 文句を言いかけたレリィを手で制し、先に小船の上へと押しやって乗せる。細かい説明を省かれたことにレリィは不満顔だったが、俺に考えがあるだろうことは理解しているのか、黙って船の縁に肘を着き、水路を流れる水に目を向けた。


 狭い水路を右へ左へと抜けていき、都市に賑わう人の喧騒も聞こえなくなった頃、水路は広い運河へと繋がって無数の船が停泊する船着場に到着する。

 船を降りたすぐそばに、古めかしい造りをした煉瓦の建物が真っ先に目に入る。長い年月を経た建物にしか出せない独特の重厚感と言えば聞こえはいいが、詰まるところ古いまま改修されずに今日まで来てしまったのだと察せられる。

「ねえ、クレス。ひょっとしてここが旧支部?」

「ああ。新支部ができてから活気を失っているとは聞いていたが、ここまで廃れているとは思わなかった。今はどれだけの術士が登録しているのか……」

 入り口を見ても人の出入りはほとんど見られない。さびれているとは言え、元は街一つの術士を抱える支部だったのだ。こうも人気がないのは不自然に感じられた。


「行くぞ」

「え!? 建物の中にまで入るの!? さすがにそれはまずいでしょ!」

「何故だ? 俺は連盟本部の一級術士だぞ。抜き打ちの査察として様子を見に来ることは何も不自然じゃない」

「それはクレスの口実でしょ! 向こうからしたら新支部に肩入れしている人間なんだから、いきなり襲われるかもしれないし!」

「その時はお前が撃退すればいいことだ。正当性はこちらにある。それに、俺が新支部にどこまで関わっているかについて旧支部がどこまで把握しているか、探りを入れておきたい。全て承知の上で刺客を送り込んできたのなら、それ相応の報復も考えないとな」

「あー、やだやだ、怖い怖い。一級術士の考え方って、どうしてそう物騒な方向に行くのかなー」

「お前は俺以外の一級術士なんて『風来の才媛』くらいしか知らないだろうが」

「じゃあ、他の良識ある一級術士なら、こんなときはどう行動するの?」

 しばし考えて、結論は明確に出た。


「とりあえず建物内に踏み込んで、首謀者と疑わしい奴を呪詛にかけるだろうな。白も黒と糾弾できるだけの罪の証拠をでっちあげて、早期解決を図りながらも、真の首謀者は裏でこっそり始末する――」

「なにそれ一級術士、怖すぎるんですけど……。あぁ……もういいかも、聞きたくない……頭痛くなってきたわ、あたし」

 ぐだぐだと文句を言ってみたところで、俺の行動に変更はない。レリィも覚悟を決めたのか、沈痛な面持ちで溜め息を吐くと表情を引き締めて旧支部の門扉を開く。


 先程、入り口前で心に抱いた違和感は建物の中に入ってより強まった。

 旧支部の建物の中には誰もおらず、もぬけの殻の状態。灯りは数の少ない小さな窓から差し込む日の光だけで、受付の前にも魔導ランプの光一つ付けられていなかった。

(……人の気配がまるでない。不自然さも極まったな。罠か……?)

 無人の受付へ近づいていくと、古びた床板が軋んでぎしぎしと音を立てる。

「誰?」

 受付カウンターの裏から声が聞こえる。と、同時に一人の若い女がその場に立ち上がり、姿を現した。


 受付カウンターの陰にいたのは、薄桃色の肩掛けを羽織った若い女の術士だった。

 肩下辺りまで伸びた波打つ金髪に、やや太目の眉が特徴的な垂れ目がちの容姿であるが、警戒した面持ちから感じられるのは強気の意思。

「け、結晶術士クレストフ!? 何でお前がここに!? い、いったい何の用事よ、こんなところに来て!!」

 丸く磨かれた青金石ラピス・ラズリを象嵌した杖を胸の前に構え、ぶっきらぼうな口調で用件を問い質してくる。

「俺の顔も名前も知っているとは話が早い。新支部の動向は調べがついているということだな」

「あ、そっ、それは……、偶々たまたまよ! 悪名高いお前のことなんて、連盟の術士なら知っていて当然でしょ!! それより、何の用事かって聞いているのよ!!」

 今更、言い繕って隠す意味もないと思うのだが、旧支部としては秘密裏に新支部へ探りを入れているつもりなのかもしれない。この分だと新支部襲撃の件も、素直に白状することはなさそうだ。


「ふん。しかし、自分のところの支部を『こんなところ』とは。自分で言うだけあって、まともな受付もできないようだし……。廃れていくのも仕方がないな、これは」

「なんですってぇ!? た、確かに寂れた雰囲気とか漂っているけど……。わ、私が一声かければ、それなりの人員が集まるんだから! この支部内で妙なことは考えないことね!」

 あまりに少ない人の影に罠かと警戒していたのだが、この様子を見ると単純にまともな人員がいなかっただけのようだ。この若い女の術士も受付カウンターの陰にはいたが、本業が受付担当というわけでもないのだろう、この態度からして。

(当てが外れたか……。てっきり、大勢の武闘派術士に囲まれる、と期待していたのだが……)

 相手がわかりやすい敵対行動に出てくれた方が、早期解決が図れて、後手に回って防衛する手間もなくなるのだが、簡単には挑発に乗ってくれないようだ。

 それでも、鎌をかけるぐらいはしておくことにした。何かしらの言質が取れれば、旧支部の組織そのものを解体する口実として、後からいくらでも利用できる。


「まあこんな落ち目の支部の事情など、どうでもいい。今日は、魔導技術連盟の本部所属である一級術士として査察に来ただけだ。もう知っているとは思うが昨晩、カナリス新支部へ七人の武装術士による襲撃があった。それに関して、旧支部の関係者に話を聞く必要があってな」

「は、はぁ? 何のことよ。意味がわからないわね……」

 微妙に口調がどもり、目が泳ぐ女。

 だが残念ながら、襲撃事件を周知の事実として誤認させ、言質を得ることはできなかった。知っていればそれだけで襲撃者との関係を認めたようなものなのだが、さすがに昨日の今日で乗り込んできては、会話で慎重になるのも当然か。

 俺はできるだけ相手の感情を逆撫でするように、高慢な態度を取りながら手近な椅子を引き寄せて勝手に腰をかける。レリィは俺の演技に気がついているのか、何も言わずに渋い顔をしたまま突っ立っていた。


「襲撃してきた七人はハミル魔導都市出身で、旧支部に登録をしている術士という話だが、事実か?」

「ハミルの術士なんて知らないわよ。襲撃事件を起こすような奴ら、うちの支部の人間じゃないから! それに登録する術士の数だって多いんだし、全ての人間を管理できるわけないでしょ。一人一人の行動にまで連盟が責任取る義務もないはずよ」

 実際、十級術士から含めた連盟の登録者は数えるのも馬鹿らしくなるほどの人数がいる。連盟支部のある街なら、そこに暮らす住人の四分の一くらいは登録していてもおかしくない。名前だけ登録して、術士としての活動は小遣い稼ぎ程度という者も少なくないのだ。いくら連盟でも、それだけの数の術士を事細かに管理することはできないし、その義務もない。あくまでも術士の仕事を斡旋したり補助したりするのが連盟の役割であり、術士個別の活動については関与しないのが普通だ。


「だが、カナリス旧支部の場合は事情が違うな。いまや新支部に人を取られて、連盟としての活動が縮小している旧支部は新規登録の術士など数える程度だろうし、五級以上の実力を持った術士なら積極的に取り込んだはずだ。特に最近は武闘派の術士をまとめて、特定個人の利益確保に旧支部の運営方針を向けているとも聞く……」

「盛大に人員の引き抜きをやった新支部がそれを言うの!? ふざけないで……人を虚仮こけにするのも大概にしなさいよ!!」

 女は太い眉を吊り上げ、垂れた目を見開いて怒りをあらわにする。そこには本気の殺意すら混じっており、黙っていたレリィが一歩前へ出て俺と女の間に立ち塞がるほどの剣幕であった。


「何事だい、リーガン!! 騒がしいねぇ……!」

 騒ぎを聞きつけたのか旧支部の奥から、こげ茶色の外套マントに身を包む、背筋が綺麗に伸びた体格の良い老婆が姿を現した。

 外套の上からでもわかるほどに鍛え抜かれた体と、周囲を圧倒する存在感から、老婆の素性にはすぐに思い至る。

「マ、マシド支部長……! すいません、でも新支部の回し者が来ていて!」

 リーガンと呼ばれた女が不躾にも俺を指差しながら、老婆の大きな背中へとその身を隠す。

「あんたが旧支部の代表、マシド支部長か」

「ああん? 誰だい、小僧? 可愛らしい騎士に守られて、随分とでかい態度じゃないか」

 俺よりも頭一つ分は大きい上背で見下ろしてきたマシド支部長は、レリィの腰の太さほどありそうな上腕をぴくぴくと動かしながら、胸筋の前で交差して仁王立ちしている。


「クレス……この人、相当に腕が立つ感じだけど、大丈夫? 変な挑発しないでよ」

 隣に立っていたレリィが口に手を当てながら、俺にこっそりと耳打ちしてくる。マシドの風体を見て、戦闘は不利と思ったのだろうか。いらぬ心配をしているレリィに俺も一応、口元に手を当ててレリィの耳元に囁く。対面するマシドはそんな俺達のこそこそとしたやり取りにも眉一つ動かすことはなかった。

「……心配するな、格闘能力は間違いなくお前の方が上だ。俺一人でも負ける要素はない」

 準一級の武闘術士マシド、その威圧感は大したものだが、単純な殴り合いになれば闘気をまとったレリィの方が勝るだろう。術士は、第一級の実力と合わせて絡め手を使うことにより騎士に対抗しうることもあるが、基本的には真っ向勝負で騎士に勝てるものではない。

 ましてや格上である一級術士の俺がいる以上、ろくな戦力に数えられそうもないリーガンを加えたところで、この場の優位は俺達の方にある。


「俺は連盟本部の一級術士、クレストフだ。今日は抜き打ちでカナリス旧支部の査察に来ている。新支部襲撃事件について、詳しい話を聞かせてもらおう」

「へぇ? 小僧があの『結晶』の一級術士だっていうのかい? 人は見かけによらないとはこの事だね。聞いた話で想像していたよりも随分と若く見える」

 理由はよくわからないが、今のやり取りでマシド支部長はやや態度を軟化したのか、胸の前に組んでいた腕を解き、俺と同様に手近な椅子へどっかりと腰をおろした。話をする気はあるということか。

 不服そうな顔で口を出そうとするリーガンを、マシドは太い腕で遮って押し止める。

「リーガン、あんたはもういい。この場はあたしに任せな」

「ですが、マシド支部長。危険です! この男と話すことなんてありません! すぐにでも叩き出して――」

「黙ってな、リーガン!! この男の相手について、あんたは関わるんじゃない。他の事はいくらでも自由にしていいけどね、あたしがこの場で判断して決めたことには従ってもらうよ!」

 有無を言わせぬ剣幕にリーガンも二の句が告げられず、そのまま静かに奥へと引っ込んでいった。恨めしげな視線を俺に向けながら、奥の廊下を曲がるぎりぎりまでこちらを睨んでいた。


「態度の悪い秘書ですまないね。あれでここの古株だし、優秀なんだが……」

「あれが秘書だと? 冗談のつもりか?」

「ここ最近の新支部とのいざこざが始まった頃から、精神的にも不安定でね」

「だったら他の人間に仕事を任せればいいものを」

「見ての通り、今うちの術士達には休暇をやっていて人がいないんだ」

「休暇? 旧支部にも仕事がないわけじゃないだろう。そんなことで魔導技術連盟としての責務を果たせているのか?」

「そんなもん、うちで用が足りなきゃ新支部に行けばいい話さ。馬鹿なことを聞くんじゃないよ」

 新支部による人員の引き抜きや、仕事の横取り、ほかのあらゆる活動に対して圧力が掛けられているのだろう。ミルトン支部長が一ヶ月で解決すると言ったのは、こうした武力とは別の方向からの攻勢を進めていたからかもしれない。


「……そこまでして新支部とやりあう必要性があるのか? もう結末は見えただろう。新支部を武力制圧したところで、旧支部がカナリスの魔導技術連盟として認められることはない。最悪、連盟本部に統合されて終わりだ」

「例えカナリスの連盟支部が両方潰れたとしても、ミルトンの勝手を許すわけにはいかないさね。あいつの暴走はあたしが止めてみせる。その後のことは、若い連中に任せるさ」

「ミルトンの暴走……そういうふうに見ているのか、こちらでは。それに、後のことも考えている、と」

 聞いていた話とは少し違うが、陣営が敵同士ならお互いを悪く見ていることはおかしくない。問題はどちらがどこまで真実を語っているのか、あるいは両方とも真実で全員ろくでもない連中なのか。

「念の為の確認だが、昨晩、新支部が七名の武装術士に襲撃されたことは知っているか? それがどうも、旧支部に所属する術士らしいのだが」

「さてね。あたしは今さっき起きたばかりで、世間で起きた騒ぎなんざ知るわけもない。うちの術士じゃないかって話は、リーガンが術士登録の手続きやらを受け持っているから、あの子が知らないと言うなら知らないさ」

 何とも投げやりな回答だが、嘘をついているようには見えない。もっとも、マシドは見た目そのままの脳味噌筋肉婆でもなさそうなので、ポーカーフェイスや腹芸も得意な可能性はある。

 色々と鎌をかけてやりたかったが、マシド相手では動揺の一つも読み取れそうにない。


「用が済んだなら帰りな。ミルトンの奴がなんのつもりであんたを寄こしたか知らないが、もう話し合いで解決できる段階はとうに過ぎているのさ」

 マシドの声には、強い決意や覚悟も感じられたが、なによりもあきらめの念が感じられた。

「あんたがどういう理由で事に巻き込まれたか、それも知ったことじゃないが、あたしから言えることは、命が惜しけりゃミルトンのところの護衛なんぞやめて、とっととこの町から出て行けってことだけだ。これ以上、余計なことは言わないからねぇ」

 意味深な忠告だけしてそれ以上、マシド支部長が語ることはなかった。

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