第181話 騎士認定試験
レリィが住み込みの修行を始めて二ヶ月が経った。
訓練の途中で挫けそうになることもあったが、彼女は挫折を乗り越え、本気で騎士の道を目指し始めていた。
「少し乱取り稽古をするか。
長い木の棒を振って形の練習をしているレリィに、こちらも同じような木の棒を持ち出して話しかける。
「クレスって術士でしょ? 棒術なんかできるの?」
レリィは理解できない様子で呆けているが、軽く棒術の基本の形を決めてみせると驚いて構えの姿勢を取った。
本能的な危機感に対して体が自然に動くのは良い兆候だ。構えにも無駄がなくなり、修練の成果が出ていると言えよう。
「見ての通り、武闘術士としてもやっていけるだけの腕はあるつもりだ。まあ、お前が闘気なしの条件なら負けることはないだろうよ」
「む! それは自信過剰じゃないのかなぁー?」
レリィの表情が引き締まり、膝を曲げ、腰を低くして突進の構えを取る。乱取り稽古となると修練の形はどこへやら、独自の戦闘体勢へと移行する。
それを迎え撃つべく、こちらも棒を肩に担いで構えた。棒術の構えというより、大型の棍棒術の構えなのだが、慣れた動きの方が実力は発揮できるだろう。レリィ相手となれば手を抜くことはできない。
「さ、どこからでも打ちかかってこい」
「それじゃぁお言葉に甘えてぇっ!!」
どんっ、と地面を蹴って低い姿勢のまま、棒を後ろに振りかぶりながらレリィが突進してくる。速い、だが素直すぎる突進。
突っ込む勢いのまま掬い上げるように繰り出されるレリィの一撃を、肩から振り下ろした棒で真っ向から叩き伏せる。
「えっ!? 嘘っ!?」
驚きの声はレリィの口から出た。
先手を打ったレリィに対して、後手で対応した反撃の動き。レリィは速さでも力でも自分が上回ると思っていたようだから、初手を完全に潰されたことが意外だったのだろう。だがそれで隙を見せているようではまだまだ甘い。
「脇が、がら空きだぞ!」
「ぎゃふっ!?」
レリィの棒を地面に押さえつけた状態から、隙のできた脇腹に蹴りを放つ。爪先がレリィの脇腹、そのやや上の肋骨に食い込む。
堪らず地面を転がって距離を取るレリィ。急所に攻撃を受けても武器となる棒は放さず、転がりながらすぐに体勢を立て直すのは大したものだ。
蹴りつけた足先は厚手の布で作られた靴に覆われている。レリィは胸の横を押さえて軽く咳き込んでいるが、たぶん痣もできない程度の打撃のはずだ。ただ、純粋な衝撃によって肺から空気が強制的に吐き出されたのだろう。
「はぁっ、はぁっ……。くぅっ、ちょっと油断してたかも。君がここまでやるなんて知らなかったよ」
「実戦ではその一度の油断が命取りになるぞ。常に全力で敵を迎え撃て」
「言われるまでもなく、本気で行くからね!」
そうして乱取り稽古は一刻ほどのあいだ続いた。
全力で打ち合いを続けた結果、レリィの打撃は一回たりとも通らなかったが、一刻が経過する頃にはこちらが体力的にもたなくなってしまった。自分自身、ここ最近はろくに鍛錬していなかったので体が鈍っていたのかもしれない。
適当に切り上げてしまったが、レリィは一本も取れずに終わるのが不服らしく、再戦を約束させられた。そんな約束をしなくとも、これから毎日のように訓練で乱取り稽古は行うつもりだったのだが。
更に一ヶ月が経過し、レリィは騎士としての教養を最低限のところまで学び、棒術の訓練も一刻の内に一本くらいは有効打を決められるようになってきた。これまで野生児のような暮らしをしてきて何事も粗暴なレリィであったが、ようやく表に出しても恥ずかしくない程度には育ったと言えるだろう。
(……そろそろ、頃合いか……)
正式に騎士として登録するための認定試験を受けさせる時が来たのだ。
騎士として認定される為には、有力者の推薦があることと高額の受験料・登録料を納めるほか、三つ目の条件がある。
それは、課題として与えられた任務をこなすこと。任務に失敗したときは、改めて認定試験の受験料を納め、再挑戦する必要がある。
認定試験は騎士協会に申請を行うが、今回は魔導技術連盟を通して推薦した関係から、試験内容は連盟が提示することになった。騎士協会と魔導技術連盟のあからさまな癒着で、不正をしたければどうぞしてくださいと言わんばかりである。
とは言っても、試験官はあの風来の才媛だった。
「来たね。人生の伴侶は決まったのかい?」
魔導技術連盟の本部を訪れると、既に話は通っていたのか風来の才媛が入り口で出迎えてくれた。しかし、伝えたのは騎士に推薦したい人物がいるということであって、人生の伴侶が決まったなどと寝惚けたことを連絡した覚えはない。
「変な言い回しをするな。あんたの所とは違うんだ」
「そうかい? まあ、君が騎士と組むことを決めてくれただけでも喜ばしいことだよ。さて、騎士認定試験の内容だけれど……」
風来の才媛は身内相手だからといって手を抜くような人物ではない。どうせ、試験のついでに面倒な依頼を押しつけてくるに決まっている。
「実はちょうど君に指名の依頼がある。ただね、これを彼女の騎士認定試験の任務にするかは、よく考えてほしい」
「考えるまでもない。次に決まった任務にはレリィを連れて行く。それを騎士認定の試験とさせてもらう」
こんなところで駆け引きをしても始まらない。即断即決である。
「……君の思い切りの良さには感服するけれどね。友人として先に忠告しておくよ。急ぐ必要がないなら、この依頼は断った方がいい」
「…………。依頼を断れだと? そんな必要がどうしてある」
この期に及んで何を言い出すのか。そもそも、そんな断った方が良いような依頼を、わざわざ報せたのはどういうつもりか。
「お得意様の依頼らしいのだけど、連盟の幹部連中が妙に
「俺に指名の依頼で、連盟幹部共のごり押しか……。確かに胡散臭いが、依頼内容と報酬はどうなっている?」
「依頼内容は……ある場所において、決まった期間に調査を行うこと。対象は『幸の光』」
「また、それか……」
この女が渋ったのにも納得がいった。
まだ前回の調査で残された謎が解明されていない内に、再び同じような依頼とくればどう考えても怪しい。しかも、連盟の幹部共が一枚噛んでいるとなれば、何かあると疑うべきだ。
「報酬は調査そのものについて支払われる。金貨四〇〇枚。まあ、君が受けるかどうかは自由だ。念を押しておくけれど……私は、あまり薦めないよ――」
「構わない。その依頼、受けよう」
女が忠告を言い終わるや受注を決める。
「クレストフ……まさか、高額の報酬に釣られたわけではなかろうね……?」
「くどい、何度も言わせるな」
ここで依頼を断れば、連盟の幹部共が騒ぐに決まっている。受けるにせよ、受けないにせよ、ろくな展開は用意されていないはずだ。ならば真正面から受けて立ち、小賢しい企みごと依頼を解決してしまった方がいい。
ついでに多額の報酬も手に入る。迷うことなどなかった。
「前回の件で、少しはわかってくれているかと思ったのだけど……すぐには無理のようだね、考えを改めるのは」
「さて何のことかな。悔い改めるようなことは身に覚えがない」
心当たりは勿論あったが、肩を竦めてとぼけてやる。女はこめかみを押さえながら小さく呻いた。
「……同じことは何度も言わないよ。強いて言うなら、可愛い君のパートナーをもう少し気遣ってやるべきじゃないかな? 街中で呪詛を受けたという話も聞く。事は君だけの問題ではない。彼女も既に巻き込まれているのだから」
「随分と心配をしてくれるな? もしかして、呪詛を掛けた人物に心当たりでもあるのか」
「――ま、心当たりは幾つかね。だが君が敵を作り過ぎるから、断定できるほどに絞りきれないんだ。交友関係の改善をお勧めするね」
「それこそ余計なお世話だ。改めるつもりはない」
女はいつまでも渋い顔をしていたが、こちらが意見を変えないとみると、諦めて依頼の受注と騎士認定試験の手続きを済ませた。
「……幸とは、宝石よりも価値あるもの」
連盟本部からの帰り際、女が背中越しに声をかけてきたが、どうせいつもの説教だろうと聞き流して立ち去った。
「心の片隅にでも覚えていてほしい」
後ろは顧みずに、意味もなく手だけを振ってやる。
ふぅ、と女の溜息が聞こえてくる。
「幸せが逃げそうだよ、まったく……」
最後まで女は文句を言っていた。
「認定試験の内容が決まったぞ」
邸宅で待機していたレリィに、騎士認定試験の内容を伝えた。
「今日から数えて、ちょうど一ヶ月後。東の遠方にある『
「幸の光って……確かなの?」
レリィが疑念を抱くのも無理はない。幸の光と噂になって、実際に調べてみれば全くの別物だったという話は、ついこの間も経験したばかりである。
「確信はない。だが可能性はある。ならば出向いて真相を確かめるまでだ」
今回も別物である確率の方が高いだろう。それでも、詳しく調べてみるまで結論は出せない。その為の調査だ。
「目的地は遠い。あまり悠長にもしていられないな。出立は明後日だ。距離が遠く途中に街もないから、水や食糧を馬車に積んでいくことになる。予備として工房にも、旅先で召喚できる物資を集めておく必要があるし、明日はその準備だ、手伝えよ」
「りょーかい、了解。にしても硝子の砂漠かー……。ねえ、そこってどんな所なの?」
「俺も行ったことはないが、硝子質の砂と岩だけしかない不毛の大地と聞いている。砂漠だけあって昼夜の寒暖差は激しいらしい。防寒具なんかも必要になるぞ」
硝子の砂漠は小さな国程度の広さを持ち、ある地点を中心に砂漠が円形に広がっている。
当面の目的地はその中心地点となる。そこに何があるのか、あるいはそこで何が起こるのか見極めるのが、今回の仕事である。
「遠く東の大地まで旅行かぁ、楽しみだなー。あ、でも騎士認定試験なんだよね、真面目にやらないと!」
期待半分、緊張半分、と言ったところか、レリィはやや浮かれた様子で出立の準備を進めていた。
(……さて、この元気が最後まで保てるといいが……)
レリィの様子を見て感じた杞憂。それは、ある程度は予想通りの展開となるのだった。
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