第177話 予期せぬ邂逅

 連盟の会合から一週間ほど経った頃、自宅に一人の客が訪ねてきた。魔導技術連盟では『風来の才媛』と呼ばれている女性の一級術士である。

 女は応接室の革張りのソファに深く腰掛けると、足を組んで踏ん反り返り、天井を見上げながら唐突に話を切り出した。


「それで、例の件なのだけれど。光の正体は掴めたかな」

 横柄な態度で、というよりは完全に寛いだ様子で、自身の質問にすら大した興味もなさそうに問いかけてくる。女に対して何か文句の一つも言ってやりたくなったが、結局は苦言を飲み込んで今回の件について淡々と話を始める。


「どうと言うことはない。本命とは違った。こいつが犯人さ」

 懐から一つの結晶を取り出して机の上に置く。その結晶体の中には、金属の鱗を持った怪物が圧縮して封じられていた。


「調査に訪れた森で古代の遺跡を見つけた。こいつはそこの守護者だ。敵と相対すると背中に生やした発光器官を輝かせて視界を奪う。以前に目撃されたのはこいつの光だろう」

 女は組んでいた足を解き、身を乗り出してその結晶体を覗き込む。

 ひとしきり眺めた後、今度は結晶をつまみ上げて様々な角度から観察を始めた。


「古代の光学兵器を搭載した守護者、か……また、珍しいのに当たったね。君の強運にはいつも驚かされる」

 遠回しだが女にとっては最大の賛辞の言葉である。それがわかっているだけに、女の鼻を明かすことができたのは実に痛快な気分であった。


「証拠物件として必要ならやるよ」

「いいのかい? 気前がいいね」

「追加料金で金貨八枚だ」

 破格で魅力的なこの提案に、女は何故か苦虫を噛み潰したような顔になる。


「……お返しするよ。確認は私がした。それで十分さ。連盟が常に資金難なのは君も知っているだろう?」

「その割には、道楽みたいな依頼ばかり俺のところに回って来るんだが?」

「確かに依頼主の多くは、金の有り余っているような王侯貴族だけれどね。連盟は仲介役に過ぎない」


 実際に仕事を請け負うのは術士個人であり、連盟という組織には僅かな仲介料が入るばかりである。その為、連盟という組織自体には儲けが少なく、必然的に外部からの寄付と言う形で資金を得るのが常套手段となっている。


「そう言えば、そういう話だったな。しかし、だったらなおのこと、この『証拠品』は依頼主に渡すのがいいのではないか? 好事家連中なら、これに金貨十枚は出すだろうよ。……なに、証拠品だから連盟が預かったとかなんとか、理由を付けて勿体ぶればいい。すぐに食いつくさ。差額は連盟の儲けになる」

「君は商売上手だ。いつもながら感心するよ」

「連盟の人間が金銭に無頓着すぎるんだ。あんたも含めてな」


 金銭の管理については、正しい使い道がなされているかどうか、連盟に多額の寄付をしていることもあって、自分が監査役を務めている。その上での助言であったが、耳の痛い話だったらしい――女はすぐに結晶に封じられた守護者へと話を戻した。


「それにしても、その守護者。いったい何を護っていたんだろう。私は少し興味が出てきたね」

「ここから先は考古学士の仕事だ。暇なら調査してみればいい。……遺跡への入り方は、教えて欲しければ別料金だがな」

「君は……本当に商売上手だよ」

 女は降参したとばかりに両手を上げる。


「まあな。ところで……あの遺跡、つい最近、俺より先に調査へ訪れた者がいたのか?」

 何気なく、会話の流れの中に潜ませた問いかけに、ふっ……と、女の目つきが変わった。

「それは、どういう意味だろう? あの遺跡は十五年前、盗掘にあって以来、発見したのは君が始めて、という話だったね」

 才媛の名は伊達ではない。この問いかけが、口調の通りに軽々しい内容ではないことを瞬時に見抜いていた。


「発見して、生きて戻って来られたのは、な。実際には五年前、村の猟師と術士が探し当てていた。その後にも……もう一人。こちらも死体になっていたが、死後数週間かそこら。死んだのは、最近になって光が目撃された頃に重なるんじゃないか?」

 正式な依頼が出される前に、既に何者かが動いて詳細な下調べを行っていた。


「危険があるとわかっていて、俺に何の情報も与えず再調査に行かせたのだとしたら、誰かは知らないがこれは明確な悪意だな。俺は、俺に不利益を与えた者には容赦しない。調べて敵の正体が割れれば、俺の方で勝手に処理するが……構わないだろう?」

「待て。ああ、待ってくれ。とりあえず君は動かないでくれ。きっと話がややこしくなる」

 この事実を受けて女は沈痛な面持ちで俯き、長い思索に入った。

 やがて、不意に顔を上げて口を開く。


「……ちなみに、その死体は身分証明になるような物を持っていたかい?」

「身分証明も何も、そいつは最近まで連盟に所属していた術士だ。死体を調べたければ言ってくれ。現場はそのまま、結晶系の呪詛で凍結保存してある。あんたが直に調べると言うのなら……呪詛を解く『楔の名キーネーム』を教えてやる」

「お願いしよう、後で聞かせて欲しい。この件は、私の方で責任を持って調べておくよ」

 女の眼は鋭く、声には信頼に足る重みが感じられた。


(……ひとまず懸案事項は丸投げできた。俺の仕事はここまでだな……)

 女も『私の方で』と言った。つまりこれ以上、深入りするなと言っているのだ。敢えて口に出しはしないが、女の鋭い視線が何よりそのことを物語っていた。


「――ところで話は変わるけれど、以前に私が勧めたお見合い話、断ったそうだね?」

 先程と変わらず鋭い視線を向けてくる女。しかし、打って変わって出てきた本題は、見合い話の件であった。


「仕事以外の話はしたくないんだが」

「仕事より重要な話だよ」

 すかさず牽制の一言を被せてくる女。初めからこちらの話に重点を置くつもりで来たらしい。


「家柄も良く、そこそこ美人で、騎士としては一流とまで言えないけれど、十分に二流の腕前はある。実際に会って、彼女ほど好条件の相手は他にいないと思わなかったかい?」

「そうだな……、実際に会って相性が悪いと感じた。根っからの騎士様は、守るべき対象である術士が、自分より有能なことが気に入らないらしい。とかく自分が先行したがる性格のようでな。相棒にするには難しい。仕事に支障が出る」

「仕事を第一に考えるからそういう結論になる。君は少し、他人に対して甘くなった方がいい」

「俺は妥協するつもりはない」

「私が騎士であったなら、君を守ってやりたいところだけれど……」

「現実にあり得ない事を言うな。それに、護衛の騎士など俺には不要だ」

 話は平行線を辿る。いつものことであった。


「頑固だね。そこまで頑なに他人を拒むとは……。君はまだ『宝石の丘ジュエルズヒルズ』の一件を引きずっているのかい?」


 女の一言に思わず顔が歪む。胸の内がざわつき、吐き気にも似た不快感が喉の奥から込み上げてくる。


「……過去の話を蒸し返すな。終わった事だ」

「どうかな? 私には君が何かと理由をつけて、独りになろうとしているように見えるよ」

 どうにか平静を保って見返すが、女は全て見透かしたように厳しい表情を緩めない。ここで、自分が騎士と組むことを約束しなければ、一歩も引かない構えのようだ。


(……全く、面倒なことになった……この場をどう収めたものか――)


 重苦しい空気に耐えかねて女から視線を外すと、壁に埋め込まれた巨大な虎目石タイガーズ・アイが、来客を告げる金色の光を放ち明滅していた。


(……新たな客? 予定はなかったはずだが……誰だ?)

 未だに厳しい視線を向けてくる女をかわし、壁の虎目石に手をかざして入り口の様子を窺った。


(――見透かせ――)

『虎の観察眼……』


 応接室の虎目石と邸宅入り口にある虎目石が反応し、門扉の前の映像をクレスの脳裏に映し出す。そこには、一週間前に別れたレリィの姿があった。恥ずかしげもなく股を開き、門扉に嵌め込まれた虎目石を足蹴にしている。


(……今更、何の用事があって来た? いや、いずれにしても好都合か……)


「すまないが、来客のようだ。話の続きはまた今度にしてもらおう」

 これ幸いと、女を追い返す口実に客が来たことを告げる。だが、女はそれでも帰ろうとはしなかった。

「珍しいね。私以外にも、昼間から堂々と君を訪ねてくる客人がいるのかい? 是非とも紹介してもらいたいな」

 客が来たと言うのは追い返す口実で、嘘だと思っているのか。女の性格からして、実際にその客の姿を見ない限り納得しないだろう。


 仕方なく門扉を開ける操作をして、入り口にいるレリィを招き入れた。

 ……ほどなくして、玄関を抜けレリィが応接室に姿を現すと、ずっと厳しい表情だった女がまるで毒気を抜かれたように呆けた表情になる。

 風来の才媛がこんな顔するとは実に珍しい反応だった。


「えっと……仕事の話で相談に来たんだけど……お邪魔しちゃったかな?」

 応接室の中を見て、レリィは場都合が悪そうに口を開いた。


「――いいや、構わないさ。もう帰るところだったからね」

 レリィの言葉に逸早く答えを返したのは意外にも、面識などないはずの女の方だった。

 先程までの険のある表情はどこへやら、女は笑顔でレリィへ近づくと、その体を舐めるように眺め回す。


「……いい。均整の取れた美しい身体……非常に良い肉付きをしている。騎士の資質がありそうだ。いや、本当に世辞ではなくて、随分と鍛えているのだね」

「は? はあ、どうもありがとうございます……」

 どう受け答えしたものか困った様子で、レリィはその場に突っ立っていた。


「うん。薄っすらと、抑え切れない闘気が溢れ出ているのも若々しくて、いい。しかし、こんな可愛い娘をこっそり囲っているとは……なるほど。納得したよ。私から言うことはもう何もないな」

 にやり、と意地の悪そうな笑みを浮かべてこちらを見る。

 何を想像したのか、下品な女だ。それにしても一目でレリィの素養、抑え込まれた闘気まで見抜くとは相変わらず底が知れない。


「長々とお邪魔をしたね。用も済んだことだし、私はもう帰るよ。……お幸せに……」


 女は含み笑いと共に、耳元へ余計な一言を残して応接室から出ていった。

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