【ダンジョンレベル X : 終わりなき追想】
第159話 終わりなき鉱山労働
ノームの終わりなき洞穴、追想編
時系列はクレストフが鉱山開発を始めて少し経った頃です。
──────────
鉱山夫の朝は早い。
朝、日の出る前に起きて身支度を整え、支給された超硬合金製のツルハシを担ぎ仕事場に向かう。
入り組んだ洞窟の奥はいつだって暗かった。反射板や明かり取りの天井穴を使って、外の光をうまく取り入れることで昼の間は辛うじて作業ができる。
陽の光が入り始める早朝から作業は始まり、陽が沈むまで坑道を掘り続けるのだ。
「おい! そっちの坑道、段々と曲がり始めているぞ! そこはまだ百歩ほどは真っ直ぐに掘り進め! 砕石の除去も同時進行でやれよ! 効率よく動け!」
現場監督から厳しい指示が飛ぶ。
若い人間の男だが、こいつには坑道で働く誰も逆らえない。恐ろしい呪術を使う錬金術士だ。逆らえば容赦なく消し炭にされてしまう。実際に仲間が――。
「そこっ! サボらずに働け! そんなことでは、いつまで経っても貴石の鉱脈に辿り着かないぞ!」
ほんのわずかな気の緩みを察知され、すかさず叱責が飛んでくる。
焼き殺されては堪らない。考えるより先にツルハシを振り上げて、岩壁を突き崩す。
今日はあと何回、ツルハシを振り下ろせばいいのだろう。
数えるだけ無駄とわかっていながらも、この苦行の終わりが近づくことを願いながら、今日もツルハシを振るう回数を数え続けるのだった。
陽が沈み、洞窟が闇に満たされるときが待ち遠しい……。
その日は大々的に坑道が改装されるとかで、恐ろしい錬金術士がなにやら呪術を用いて壁と天井の補強や、洞窟内を照らす灯りの設置を行っていた。壁を抉ってできた小さい穴に、光を放つ魔導石が埋め込まれる。
「これで坑道内の作業がしやすくなるな」
暖かみのある橙色の光が坑道を満たし、洞窟の奥の奥まで光が届くようになった。錬金術士の言う通り、手元が良く見えるようになったおかげで作業効率は格段に上がった。
だがその日、鉱山では思わぬ事態が起こっていた。
ツルハシを振るう回数がいつもより明らかに多いと気が付いた。いつもならとっくに仕事が終わっているはずの時間、それは周りの仲間も同じように感じていたことだったが、これまで陽が沈むのを作業終了の合図としていた為、ずっと明るいままの坑道で誰もがどこで作業を止めていいのかわからなかったのである。
今日に限って口うるさい現場監督の錬金術士は姿を見せていない。代わりに現場を仕切っていたのは、疲れ知らずの
声をかけてみるものの破砕音がうるさすぎて聞こえていない。仕方なく皆が作業を続けているが、とうに体力の限界に達していて疲労と睡魔が絶え間なく襲ってくる。気を抜けば倒れてしまいそうだ。
作業続行のまま次の日の朝を迎えた。
「ん? なんだ、今日はやけに準備がいいな。もう作業を始めているのか? よし、それじゃあ今日の掘削計画を指示するからな」
昨日は姿を見せなかった錬金術士が今日は現場監督として立つようだ。しかし、坑道内で働く者達の尋常でない状態については全く気が付いていないようだった。
そうして、休むことなく二日目の鉱山労働が始まった。
その日はまさに、地獄だった。
ツルハシを振るっていた仲間が突然倒れて昏睡状態に陥ったり、砕石を運んでいた奴がやはり倒れてそのまま目覚めなかったり、次々と倒れる仲間達に巻き込まれて予想外の事故も多発する。
ツルハシを誤って隣の奴の足に突き刺してしまうことがあれば、注意不足のまま天井近くの大岩にツルハシを打ち込んで落石に潰されてしまうなど散々だった。
「こらー!! お前達、集中しろ! 危ないだろうがっ!!」
とうとう錬金術士が怒りだしてしまった。
理由を必死に説明してみたのだが、錬金術士にはいまいち理解されていない様子だ。仕方がないのかもしれない。おそらく、錬金術士は昨日の朝から作業が続いているとは思っていないのだ。
その日は結局、事故多発により作業中断となり、片付けだけした後に作業を切り上げるよう指示が出された。皆、泥に沈むようにして眠りについた。
徹夜で作業を続けても事故を起こすばかりだと皆が理解したことで、錬金術士が作業終了の指示を出さなくても、現場から立ち去って床に就いたとわかれば勝手に作業を終わらせるようにした。
それでも、坑道内に灯りが設置されたことで以前より遅い時間まで作業が続くようになっていた。重労働の時間延長が、毎日じわじわと体を痛めつけてくる。
――このままでは体がもたない。
錬金術士殿とはどうも意思の疎通がうまくいかないので、昼の休憩時間に貴き石の精霊へ現状を訴えてみた。すると、精霊は途端に奮起して声を張り上げた。
「そんな! ボクの気がつかないところで、ボスがゴブベイ君達に過剰労働を強いていたなんて!! よくない! よくないよ、これは! よぉし……こうなったら、皆でストライキだ!!」
そう言うと、精霊はなにやら岩の塊を積み上げて坑道を封鎖し始めた。
この岩塊を盾にして、あの恐ろしい錬金術士と徹底抗戦すると息巻いている。大変なことになってしまった。そんな大事にするつもりはなかったのに。あの錬金術士が後でどんな報復をしてくるのか、恐ろしすぎて心胆が冷え切っていく。
もはやいくら止めようとしても精霊は聞く耳を持たず、とうとう岩塊の障壁を挟んで錬金術士と睨み合う形にまでなってしまった。
「ジュエルっ!! 今度はいったい何のつもりだ! 事と次第によっては許さないからな!」
「ぶーっ! ぶーっ! 雇用者の横暴に対して、ボクらは労働環境の改善を要求するぅー!!」
精霊の勢いに乗せられて、仲間達もツルハシを打ち合わせながら騒ぎ立てていた。
「何を言い出すのかと思えば……」
「長時間労働反対ー! 危険作業を廃止せよー! ボクらは十分な休養と、人間的尊厳のある生活を求めーるっ!!」
「そもそもお前達に人権などないだろ」
「えっ?」
錬金術士の冷たい声が坑道に響く。あまりにも感情を欠如した冷徹な声音に、騒いでいた全員が押し黙り坑道に静寂が満ちた。
「小鬼や狼どもは眷属を通して『服従の呪詛』がかけられている。それはつまり俺に隷属していることに他ならない。お前達は縛りを受けた家畜だ。人間の奴隷並みにさえ人権があるなどと勘違いするなよ」
静まり返った坑道に錬金術士の声がよく通る。一切の反論を許さない雰囲気の台詞を放たれて、精霊も二の句が継げないでいた。
「え……えっと、それはちょっとひどくないかな~ボス? ボクらもさ、今この時を一所懸命に生きているんだよ?」
「ジュエル、お前は俺の怒りを買って封印されるはずだったのを恩赦で一時的に許されているに過ぎないんだぞ? 小鬼共も本来なら俺の手で殲滅していたところを、生かして労働力として使ってやっているんだ」
「い、いやぁ、でも……」
「それのどこが不満だ?」
「…………」
皆で静々と、積み上げた岩塊を崩して外へ運び出す。
我々は負けた。ただ純粋な暴力に屈したのだ。
「――とは言え、長時間労働による作業効率の低下は確かなようだ。次の日の作業に支障が出ない程度には休めるよう、一日の作業時間を徹底的に管理していくことにしよう」
「え? いいの?」
「あぁ、別に構わん」
意外にもあっさりと錬金術士殿は労働時間の是正を行ってくれた。それでは先の闘争はいったい何であったのか。
「初めから詳しく事情を話していれば改善してやれたんだ。それを……お前がいきなり騒ぎ立てたんだろうが!」
「へぶっ!? ご、ごめんなさい……。早とちりでしたぁ……」
地面に突っ伏して、錬金術士に後頭部を踏まれながら謝罪する精霊。
もう少し円滑に意思の疎通ができたなら、こんな面倒事にはならなかったのかもしれない。
錬金術士の小鬼眷属ゴブベイは、切実にそう思ったのである。
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