第154話 残した想い

「陣の配置はこれで全てやり尽くしたな……」

 宝石の丘を位置づける世界座標の設置。宝石の丘からいつでも召喚ができるように、片端から送還陣の構築も行った。これで帰還した後も好きなだけこの地の資源を召喚術で呼び寄せることができる。


 そして、今ひとつ残された仕事は、この地で果てた者の弔い。

 殆どの者が跡形もなくなっていたが、セイリスだけは遺体が形を残していた。『晶結封呪』によって水晶に閉じ込めて腐らないように保存し、この地で果てた理由がわかるよう墓標を刻んでおく。

 誰も墓参りに来ることはないだろうが、せめて彼女がこの地に辿り着いた栄誉だけは残してやりたかった。


(戻るのはやはり送還の陣で転移する方が安全だろうな……他の同行者も、もういないのだから)

 他の同行者が顕在なら、一緒に帰還の道を辿るつもりだった。だが、その必要もなくなってしまった。

 ここですべき事は全て終わった。後は、帰還するだけだ。

 唯一つ、心残りがあるとすれば――。


(ビーチェ……。水晶の小路まで戻って、探してみるか? ここからなら戻れないこともない)

 僅かな可能性を考えて、捜索を行うべきか思案する。


「駄目だ……!」

 俺は、すぐにその考えを否定した。

(危険すぎる! ジュエルがいなければ異界の狭間では正確な方向もわからない。永遠に彷徨い続けることになる! ようやく栄光を手にしたんだ……それを棒に振るようなことができるものか……)

 水晶の小路まで戻ってビーチェを探したい気持ちと、多大な犠牲を払って掴み取った栄光を離すまいという思いがせめぎ合い、俺の足をその場に縫い付けていた。


(それでもいましばらく、もう少しだけ待ってみるか……? それぐらいならば……)

 道標は残してきた。ひょっとしたら、ビーチェがそれに気づいて宝石の丘へ向かってきているかもしれない。

 俺は、今しばらく宝石の丘でビーチェを待つことに決めた。




 何日待ち続けたのか、あるいは何ヶ月待ち続けたのか、それとも何時間と待っていなかったのか。

 昼と夜が不定期に入れ替わり、時間の流れがわからなくなる宝石の丘で、俺はビーチェを待ち続けた。


 時折、何者かの呼び声が聞こえたかと思えば、どこからか迷い込んだ質の悪い幻想種であったりする。

 奴らは俺の存在を認識すると、しつこく憑依しようと迫ってきた。貴き石の精霊の加護を失った俺は、自力で幻想種を退けなければならない。

 もう何度と繰り返されている幻想種どもの陰湿な攻撃に、俺は幻影水晶ファントムクォーツの魔導回路で対抗する。


(――夢か、現か、存在を偽り、惑わせ――)

夢幻泡影むげんほうよう……』


 周囲に泡粒のような薄い影が立ち昇り、俺の姿から気配までを完全に覆い尽くす。

 すると纏わり付いてきた幻想種は俺の存在を見失い、幾らかの時間を宙でさまよい、やがて諦めたのか遠くへ飛び去り消えてしまった。

 幻惑の呪詛で幻想種を追い払い、術式を解除して一息吐こうとしたところ、手の中で幻影水晶ファントムクォーツの砕ける音が聞こえた。

「……負荷をかけすぎたか……」

 舌打ちを一つして、破片となった水晶屑を地面に打ち捨てる。

 これで幻想種に対抗できる術式を封じた手持ちの結晶はなくなってしまった。奴らを退ける決定的な手段を失った今、この状態で幻想種と遭遇すれば致命的な事態に追い込まれかねなかった。


(……ここまでか……)

 限界を悟ってから、俺の行動に迷いはなかった。


 身に着けていた魔導回路の刻まれている結晶の類を取り外す。耳に付けた天眼石アイズアゲートも例外ではない。

(少々、勿体無い気もするが、手間はかかっても再現可能な魔導回路だ。ここは思い切って捨てていこう)

 手持ちの魔導回路を全て外して、地面に放り出した。


 後は、経時発動型の送還術を起動して、陣の中で帰還を待つのみである。

 陣の外では、幻想種が遠く宝石の地平で漂っているのが見える。

 ここには、おそらくもう二度と戻っては来られないだろう。


「ビーチェは……もはや生きてはいまい……探すこともできない……」

 自身を納得させるかのように、俺は独り言を口に出していた。


 そもそも俺一人ならば送還術で一瞬の内に帰還できるが、魔導回路を身に刻んだビーチェに送還術は使えない。仮に見つけ出したとして、物資も人員も失った状態で共に帰還の道を歩き、生きて戻ることなど不可能だろう。

「もう、帰るしかないんだ……」


 送還の陣の中で、俺は最後までビーチェを探しに戻るか決めあぐねていた。

 だが、送還の時まで俺の足は一歩も動こうとはしなかった。


 やがて送還術が発動し、宝石の丘の風景が光に飲まれていく。

 その瞬間、遠くに――。


 遠くに人影が見えたように思えた。

 それはきっと錯覚だったのだろう。

 生きて再会を願う気持ちと、このまま見つからないでほしいと望む保身の感情。不安定な心が生み出した幻影。


 だから、最後に見えた影がビーチェであったなど、そんなことはありえないのだ。




 気が付けば俺は、見慣れた風景の部屋へと移動していた。

 戻ってきたのだ。自らの拠点である錬金工房へと。

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