第153話 宝石喰らい

※関連ストーリー 『忌まわしき力』、『集結の地』参照

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 極彩色の岩塊が寄り集まった身体に、濁りきった巨大な水晶を生やした醜悪なる怪物。

 それはさながら、大岩を積み上げて油絵の具を無秩序に塗りたくったような、そんな乱暴な造形であった。


 ――宝石喰らいジュエルイーター――。


 その名が示す通り、宝石喰らいは出現するやいなや周辺の宝石を喰らい始めた。

 自らが生み出した卵塊には近寄らず、おそらくは過去に産み落とされた卵の残骸であろう宝石を、腹に開いた大きな口と牙で噛み砕き呑みこんでいく。


 ひとしきり辺りの宝石を呑み込むと宝石喰らいは再び大きな口を開き、喉奥にある無明の闇から取り込んだばかりの宝石を高速で撃ち出した。

 ――ぶぶぁっ!! と、破裂音を発して、輝く結晶が雨霰あめあられの如く周囲一帯に降り注ぐ。


 恐るべき加速を持って飛来する鋭く尖った結晶。その一つ一つが魔力を帯びているのか、着弾と同時に衝撃波を発して弾け飛ぶ。

 飛び来る結晶の一つが俺の眼前へと迫り、自動で展開された防御術式の衝撃波と相討ちになって砕け散った。それでも一部を防ぎきれなかったのか、砕け散った破片が頬を浅く切りつけた。


 頬を伝う血を指先で拭い、赤色に染まった手を見て俺は改めて理解した。

「迷いなく俺を傷つけるか……」

 契約が有効である間は、ジュエルには俺を傷つけることはできない。害を与えようと考えることもできないはずなのだ。

 ジュエルの攻撃が俺を害した事実。それはつまり契約の完全な破棄を意味する。

 懐を探り、ジュエルとの契約の証である『契約の石』を取り出すと、そこには大きく罅が入っていた。


 契約は、その契約内容の履行によって自動的に破棄される。継続的な効果を持つ契約も、大抵は期限というものがある。

 ジュエルとの契約は俺を宝石の丘へ連れてくることだった。だから、契約は履行され、自動的に破棄されたのだ。

 いまや俺とジュエルの間の繋がりは完全に切れていた。


 なにより、怪物・宝石喰らいジュエルイーターと化したアレは、もう俺の知るジュエルとは言えない。

 ジュエルは一度死に、全く別のものへ変化したとみるべきだろう。

 もはや目の前の存在と意思疎通をすることは叶わないのだ。


 宝石喰らいは次に撃ち出す結晶弾の補充でもしているのか、近辺の宝石を喰らっている。ただやはり、宝石の卵塊にだけは牙を立てず、一粒の結晶弾も当てないように振る舞っているようだ。

 これが、貴き石の精霊ジュエルスピリッツの本性、古き文献にあった宝石喰らいなる真の姿。

 道中で遭遇した超越種とも異なる存在。

 ただ精霊の卵を守護するように在る、嵐の如き『現象』そのもの。


「な……なんですか、あれは……?」

 派手な音を聞きつけたのか、ハミル魔導兵団の女学生達と学級長レーニャが大晶洞を通り抜けてやってきた。

 宝石喰らいがハミル魔導兵団へと向き直る。宝石喰らいには目も耳もないが、人の存在は感知できるのか、唯一つある大きな口をレーニャへ見せ付けるようにばっくりと開いた。

「な……なに? 何する気ですか……!?」

 恐れおののくレーニャはその場から逃げようと一歩後ずさるが、深い夜空のような宝石喰らいの大口に吸い込まれそうな錯覚を覚え、足を止めてしまった。


 悲鳴が上がる間もなかった。

 宝石喰らいは口の中の無明の闇から無数の結晶弾を放ち、異形の怪物を前にして怯える彼女らを情け容赦なく蹂躙していく。

 結晶弾の雨がハミル魔導兵団の重厚な魔導鎧を紙くずのように貫き、引き裂き、内部から破裂させた。

 注意を喚起する間もない、一瞬のことだった。


「な、んで……どうして……? ここまで来て――」

 口々に無念の声を漏らしながら、倒れていくハミル魔導兵団。

 学級長のレーニャもまた全身を結晶弾に貫かれ、地に膝をついている。既に足元には血溜まりができていて、どうやっても助けようがない。


 青ざめた苦しげな表情で、レーニャは恨みがましい視線を傍らに佇む俺に向けた。

「どうして、ですか……? 貴方は……私達を騙して、いたんですか……? ……ここまで、ここまで来てどうして……?」

 ごぼっ、とレーニャは大量の鮮血を吐き出して、膝をついたまま絶命した。

 事情など知るはずもないレーニャにしてみれば、俺が裏切ったと思ったのかもしれない。いや、この状況を見れば誰でもそう思うか。

 先頃、宝石喰らいが発した大音声での言葉は、宝石の丘全域に響き渡っていたはずだ。


 宝石喰らいが再び辺りの宝石を喰らい始めたところで、俺は直ちにこの怪物から距離を取るべく、大晶洞を潜り宝石の丘を駆け抜けた。

 途中で、逆方向からやって来た国選騎士団とすれ違う。

「待たれよ! クレストフ殿! 先程の恐ろしげな声はなんであったのだ? それに、凄まじい爆音が聞こえたぞ!」

 騎士隊長ベルガルが俺を見咎め、呼び止めた。

 だが、すぐ後ろに宝石喰らいが迫っている中、悠長に説明をしている暇はない。

「話をしている余裕はない! すぐに宝石の丘から引き上げる!」

「なんだと!? まだ、送還の陣や世界座標の楔も設置が終わっていないぞ!?」

「もうそんなことをしている状況では――」


 背後を振り返ったとき、遠くで無数の輝きが閃いた。

 俺は咄嗟に、近くにあった緑柱石の巨大樹の裏へ身を潜めた。

 次の瞬間には結晶弾の嵐が国選騎士団を襲い、闘気をまとった騎士を盾と鎧ごと貫いてしまう。

(……あの結晶弾、騎士の闘気さえ貫通する威力なのか……!?)

 地に突き刺さった結晶を見て、俺は戦慄した。

 禍々しい紫紺色の光を放射する真っ黒な結晶。その結晶を俺はよく知っていた。


 騎士達の盾と鎧を貫いたのは、俺の持ちうる最高秘術『金剛黒化こんごうこっか』の禁呪で生成される、魔力を帯びた結晶そのものだった。


「なぜ、この結晶がここに――」


 宝玉の大蛇グローツラングとの戦闘で俺が使った禁呪、あれは紫紺の結晶を生成して、自身の体の一部と化す呪術だ。

 以前、ジュエルは俺の体から剥がれ落ちた黒い結晶を食っていたことがある。その時はただ、ジュエルの食い意地をたしなめた程度だったが、かつて取り込んだ宝石類も今現在の宝石喰らいが吐き出しているとすれば――。


(――禁呪で生み出された結晶、だとすれば……防ぐ手段はない――)

 俺が身を潜めた緑柱石の大樹も、半ば深くまで結晶弾が潜り込み、そこを起点にして大きな罅が走っている。ここにも長くは隠れていられないだろう。


「待て! 一人で逃げるつもりか!? わ、我らを謀ったのか、錬金術士クレストフ……!!」

 全身を血塗れにしながら馬鹿力で俺の肩を掴み、騎士隊長ベルガルが追い縋ってくる。

「あれは……あの怪物は! 貴殿の精霊が化けたものではないのか!?」

 俺は血に濡れたベルガルの手を強引に振りほどいた。血液が潤滑剤となって、ベルガルの手が俺の肩から滑り落ちる。

 それを決定的な破約と受け取ったか、ベルガルは絶望の表情を見せた後、もう俺には見向きもせずに生き残った騎士達を率いて宝石喰らいへと立ち向かっていった。


「……我らが栄光を失うわけにはいかん! あの怪物を討ち果たせ! 国選騎士団の最後の意地を見せよ!!」

 盾を構え、闘気を集中して防御を固めながら、数人の騎士が宝石喰らいへと突貫していく。

 ときの声を上げて突き進む騎士達に、宝石喰らいが結晶弾を吐き散らした。

 数え切れないほど撃ち出された輝く結晶弾に、暗く鈍い紫紺の輝きを秘めた結晶が幾つか混じる。


 それまでどうにか結晶弾を防いでいた騎士の盾に亀裂が走り、紫紺の結晶が楔となって一気に破壊が進む。

 盾を砕かれた騎士達は結晶弾の嵐へまともに身をさらすことになり、次々と宝石の丘の大地に倒れ伏していく。


「ぐぅっ……宝石の丘……ここが私の死に場所だというのか…………」

 最後まで生き残っていた騎士隊長ベルガルもまた、宝石喰らいの足元にさえ辿り着けぬまま力尽きた。




 至福の時間は終わった。

 赤碧玉ジャスパーの丘の上に立ち、猟師エシュリー、氷炎術士メルヴィオーサ、傭兵隊長タバルの三人は眼下の惨状を呆然と見下ろしていた。

「はは……マジかよ。こりゃ駄目だ……どうにもならないって。……やっぱ、あたしさ、どこまでも運がなかったんだな……」

「……これが、一人生き残った俺への報いというわけか……。ならば、潔く受けいれよう……」

 完全に先の希望を諦めたエシュリーとタバル。

「ふざけんじゃないわよ! なんでこんなことになっているの!? くそくそくそっ!」

 メルヴィオーサはまだ現実を受け入れられないのか、必死に送還の陣の構築を再開している。少しでも多くの利益を持ち帰ることを考えてのことだが、今はとにかく生き残ることを最優先とすべきであり、彼女もまた正常な判断力を失っていた。


 ハミル魔導兵団と国選騎士団が蹂躙される姿を見届けて、タバルは一人、宝石喰らいに向かい走り出した。

 霊剣泗水を引き抜いて、雄叫びを上げながら赤碧玉の丘を駆け下りていく。

「傭兵隊長タバル! 宝石の丘にあり!! 俺は、ここまで来たっ!!」

 丘の端から盛大に跳んで、宝石喰らいへと向かい飛び掛っていく。

 自由落下の加速を味方につけてタバルが全身全霊を込めて突き入れた霊剣泗水は、宝石喰らいの岩肌に深々と突き刺さった。


 その瞬間に宝石喰らいの岩肌が盛り上がり、突如として濁った水晶が生え出して、霊剣泗水を握ったタバルを突き上げる。

 突き上げをくらって宙に放り出されたタバルに、追撃の結晶弾が容赦なく撃ちこまれる。

 誇り高き傭兵隊長は霊剣泗水を残して、宝石の輝きの中に散っていった。


 宝石喰らいはさらに、辺り一帯へ絨毯爆撃のように結晶弾を撃ち続ける。

 宝石の嵐が赤碧玉の丘を舐めるように一掃した。

 炸裂する結晶弾の余波でメルヴィオーサは丘の上から転げ落ちた。直撃を受けなかったことだけは幸いで、即死は免れた。

 だが、同じく丘の上に立っていたはずのエシュリーは姿が見えなくなっていた。丘の上は一様に梨地模様の凸凹面を見せており、一分の隙もないほどに結晶弾が撃ち込まれ、全てを削り取っていったのだとわかる。


「嘘でしょ……冗談じゃないわよ、こんな所で死ぬなんてありえないわよ!」

 悲痛な叫びを上げて、メルヴィオーサは足を引きずりながらもその場から逃げ出した。

 この宝石の丘で、どこに逃げればいいか方向もわからないまま、ただ逃げ出した。




 緑柱石の樹海へと逃げ込んだ俺は一旦、立ち止まって乱れた息を整える。

 ベルガルに掴まれた肩が今更になって痛んできた。相当に強い力で握られたのだろう、これだから馬鹿力の騎士というやつは嫌いだ。

 もうとっくに死んでしまっただろう騎士に対する、場違いな怒りと憎しみが俺の中で渦巻いていた。そんなことを考えるくらいなら、この場を生き残る術を冷静に考えなければならないというのに。

「師匠! 師匠っ!!」

 苛立たしい思いを抱きながら休んでいた俺に、騎士セイリスの声が届く。この混乱の中でまだ生きていたのは運が良い。


「セイリスか……。ここは危険だ。宝石の丘にはもういられない。入り口まで戻って、外へ出ればあるいは生き残れるかもしれん」

 宝石喰らいはあくまでも宝石の丘の守護者だ。あれが宝石の丘と認識する領域を抜け出せば、追撃してくることはないだろう。

「……状況はよくわかりませんが、潮時ということですね」

「そうだ。助かりたければ、他の連中の安否は気にかけるな。すぐにこの場を離れて――」

 言いかけた言葉を途中で飲み込んだのは、禍々しい気配が近くまで迫るのを肌で感じたからだった。直感は正しく、緑柱石の樹海の外に、極彩色の蠢く岩の塊が見え隠れしていた。

「もう、ここまで追って来たのか……」

 かなりの距離を離したと思っていたのだが、宝石喰らいは図体のわりに移動速度が速いようだ。


「くっ……化け物め!」

「よせ! 構わず逃げるぞ!」

 宝石喰らい相手に剣を構えようとするセイリスを止め、俺は緑柱石の樹海を隠れ蓑にしながら、セイリスの手を引いて逃げ出した。

 だが、幾らも走らないうちにセイリスが手を振りほどき、その場に立ち止まった。

「おい! 立ち止まっている暇はないぞ!」

「何か……攻撃が来ます! 師匠、私の後ろに隠れてください!」

 群青色の闘気を目一杯に立ち昇らせて、セイリスは防御の体勢を取る。


 宝石喰らいを見れば、いつの間にか奴は俺達の方を向いて大口を開いていた。あのまま逃げていれば背中から撃ち殺されていた。

 しかし、このまま突っ立っていてもそれは同じことだ。

「セイリス、奴の攻撃は避けろ! 受けるんじゃない!!」

 俺は身を縮めながら、近くにあった紅玉ルビーの大岩の陰に飛び込む。俺の言葉に反応はしたものの、僅かに逡巡していたセイリスは間に合わなかった。


 視界を埋め尽くすほどの宝石の弾がセイリスに降り注ぎ、前方に向けて構えた盾を強かに打ち据えた。瞬く間に盾は凹んでいき、結晶弾がセイリスの体にぶち当たって次々と炸裂していく。

 それでも結晶弾の猛攻に耐えぬくセイリスは、この追い詰められた局面で一流の騎士にも匹敵する闘気を発したといえる。

 だが、終わりは無慈悲に訪れた。

 均衡を破ったのは一欠けの黒い結晶。禍々しき紫紺の光を放つ結晶の破片が、一本の矢となってセイリスを貫いた。

 盾を構えて結晶弾を防いでいたセイリスであったが、紫紺の結晶に鎧ごと腹を貫かれて崩れ落ちる。


「セイリス……! しっかりしろ、馬鹿野郎! 避けろと言ったのに……!!」

 結晶弾の嵐がやんだ隙に、俺はセイリスの体を紅玉の大岩の裏に引きずり込んだ。全身が結晶弾による衝撃で傷つき、紫紺の結晶が貫いた腹部からは止め処なく血が流れ落ちていた。

 ほとんど虫の息となったセイリスは、震える腕を必死に持ち上げて俺の手を弱々しく握ってくる。

「…………師匠……私は、立派な騎士となれたのでしょうか……? ……父や兄に、誇れるだけの騎士に……」

「ああ、認めてやるとも。お前は立派な騎士だよ。誰に対してだって、誇っていい。一流の騎士だ」

「……ありがとうございました……師匠……。……私は……貴方に出会えたことが――」

 握った手から完全に力が抜けて、穏やかな表情をしたままセイリスは逝った。



 息を引き取ったセイリスの亡骸を紅玉の大岩にもたれさせ、俺は手持ちの魔導回路の確認を始めた。

 宝石喰らいはどうも簡単には逃がしてくれそうもない。背を向けて逃げるところに、あれほどの速度と物量の結晶弾を撃ちこまれたら確実に死ぬ。

 ならばどうにかして、宝石喰らいを排除しなければならない。それ以外に生き残る道はない。


 尋常な術式では全く通用しないだろう。

 持ちうる術式でも、とりわけ強力な禁呪に頼る。穢れた力でも何でも使わねば、目の前のあれは滅ぼせない。

 だが、『金剛黒化こんごうこっか』の禁呪でも、消耗戦になった挙句に敗北する恐れがある。同等の硬さをもった紫紺の結晶弾を防御しきれるか、それも未知数だ。

 一撃で確実に仕留められる大技で、勝負を決めるしかない。


 俺は懐の一番奥から取り出した、鈍く光り輝く暗色金剛石アダマンタイトの魔導回路を手の平に握りこみ、覚悟を決めた。

 この一撃に、全てを懸ける。


 静かに意識を集中し、暗色金剛石アダマンタイトの魔導回路を活性化させる。


(――異界座標『深淵の獄門』に指定完了――)


 術式の発動に必要な魔導因子は、結晶そのものに十分な量が蓄積されている。

 後はただ、発動の鍵となる楔の名を唱えるだけだ。


 息を整え、目を見開き、俺は宝石喰らいと対峙するべく大岩の陰から飛び出した。

 呪詛を発動すれば、確実に敵を葬ることができる。

 何も迷う必要はないその状況で、俺は動きを止めた。

 目前には宝石喰らいが巨体をさらしている。まだこちらの動きは察知していない。攻撃を仕掛けるには絶好の機会だった。

 それでも動きを止めたのは、宝石喰らいのすぐ傍に、足を挫いたのか地面に座り込んだメルヴィオーサの姿が目に入ったからだ。


 一瞬、彼女との間で視線が交錯する。

 攻撃を躊躇ってしまった俺と、足手まといを自覚したメルヴィオーサの悲しげな表情。


 だが、ここで呪詛を放たなければ、次の瞬間には俺の方が結晶弾で撃ち抜かれてしまう。

 長いようでいて一瞬の判断を迫られた俺は、覚悟を決めて宝石喰らいを睨み据える。メルヴィオーサの姿は敢えて視界から外した。


 ――犠牲もやむなし。

「呪うなら呪え!!」

 俺はメルヴィオーサを見捨てる覚悟を決めた。

 如何なる存在をも無に帰す、絶対死の禁呪を発動する。


『現出せよ、原初奈落タルタロス!!』


 暗色金剛石アダマンタイトが輝きを失い、真っ黒に染まっていく。

 罅が走り、黒い霧となって暗色金剛石アダマンタイトが砕け散ると同時、宝石喰らいの足元に暗い影が広がった。

 光を遮って作られた影ではない。光さえも呑み込む異界の門が宝石喰らいの直下に開かれたのだ。


 ぉごごぉおおおおおおおおお――!!


 宝石喰らいが、怨嗟に満ちたおぞましい叫びを上げた。

 闇が宝石喰らいの岩の体を侵食して、真っ黒に染め上げていく。

 原初奈落、その闇に引きずり込まれれば、如何なる存在も絶対の死から逃れることはできない。

 これが『異界現出』を制御してなされる、錬金術士クレストフ・フォン・ベルヌウェレの新たなる最高秘術である。

 宝石喰らいの巨体は闇と同化しながら、開かれた異界の門へと徐々に沈んでいった。


 その傍らに、足を崩して座り込むメルヴィオーサがいた。

 呪術に巻き込まれた彼女もまた、ゆっくり闇と同化されつつあった。

 メルヴィオーサは俺を見て穏やかに微笑し、全てを諦めた表情で闇に沈んでいった。



 まもなく、宝石喰らいは完全に奈落の闇へと沈んだ。

 氷炎術士メルヴィオーサもまた、黄泉への旅路を共にしたのだった。

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