第151話 ジュエルズヒルズの大晶洞
いつ誰が異界の狭間に落ちてしまうとも知れぬ不可思議な洞窟。
一行は
隧道のあちこちに水晶の結晶塊が生えており、その数は進むに連れて増えてくる。
「水晶の数がかなり増えてきた気がするな。目的地が近いということなのか?」
騎士ベルガルの質問に、俺は確信を持てないまま曖昧に頷いた。
「……先行したジュエルがある地点で待っている。おそらくは、そこが
ここまで過酷な道のりだった。多くの同行者が脱落し、ビーチェも行方不明になってしまった。
それでも足を前に進めるのは、行く先に想像もできないような栄光があると信じているからだ。
払った犠牲は確かに大きかった。しかし、宝石の丘へ辿り着きさえすれば全てが報われる。
俺も、生き残った同行者達も、皆が同じことを考えていただろう。
自分達がいったいどれほどの犠牲を払ったのか、そんな感覚はとっくに麻痺していたのだ。
「光だ……」
傭兵隊長タバルがぽつりと漏らした言葉に、他の全員が俯いていた顔を上げて前方を見た。
まだずっと遠くだが、確かに光の点が先に見える。
洞窟内を放射状に光が突き抜け、大きな水晶を通して虹色に分光している。
自然と歩みが速まった。きっとあの先に、宝石の丘があるのだと。
誰もが駆け足になるなか、俺もまたなりふり構わず走り出した。一番前へと飛び出して洞窟の出口、光の世界へと顔を出す。
――
洞窟を抜けると、そこは地平線まで光り輝く絶景であった。
陽の光を乱反射して輝く茶と緑の小粒な結晶、
半貴石だが全て結晶性の高い石だった。そこいらの石を袋に詰めて首都で売れば、同じ重さの銀貨になって返ってくるだろう。いや、物によっては金貨に化けるかもしれない。
宝石の砂利道をしばらく進むと、やがて茶色の岩肌をした巨岩の丘が目の前に聳え立った。宝石の丘に相応しくない岩石の塊かと思えば、それらは全て結晶質の
鮮やかな赤色をした
丘の上には小さな緑の森があり、こんなところにも植物が生えるのかと驚かされた。だが、実際にその森を間近で見て、さらに驚かされることになる。
それは木々の繁茂した森ではなく、巨大な柱状に成長した
もう何一つ疑うことはない。
ここには俺の求める全てのものがある。
この場所こそが、紛うことなき『
言葉もなく佇む俺の隣に、猟師エシュリーが目を大きく見開いてふらふら歩み出る。
「夢じゃないよな……あたしたち本当に、宝石の丘に辿り着いたのか……」
足元の小石を拾い上げ、それが純度の高い
「師匠……ここが、宝石の丘なのですね……。私達が目指してきた……」
敢えて確認するまでもないことだろう。それは問いを口にした本人もわかっているはずだ。
だから、俺もわざわざ言葉を返すことはしなかった。
「こんな美しい場所があるなんて、世界は広いな……。イリーナやミレイアにも見せてやりたかった……」
丘の上に立ち、眼下の美しい景色を眺望しながら、騎士セイリスは感慨深げに呟いていた。
「あ、あははっ!? 何よ、これ! 本当に宝石ばかりじゃないの! 一生分の富、一生分の魔導素材! いえ、一世代では使い切れない財産だわ、すごい! すごいわ!!」
紫のドレススカートが翻り、切れ目から足が覗くのも気にせず、氷炎術士メルヴィオーサは周囲の全方位を見回すようにくるくると回りながら踊っていた。
宝石の丘は地平線まで輝く結晶の大地で、この地へ宝石採掘をしに来たのならどこから手をつけていいか、逆にわからなくなりそうなほどである。
宝石の丘で踊るメルヴィオーサとは少し離れて、国選騎士団の面々も任務達成を互いに祝福している。
「ついに辿り着いたか……皆、ご苦労だった。これで国に胸を張って帰れるというものだ。ミラ殿にもいい土産話ができる」
騎士隊長ベルガルは宝石の丘到達の報告を王国、そして親交のある傀儡術士ミラに持ち帰ることができることに安堵と喜びを感じていた。
彼にとっては宝石の価値よりも、前人未到の秘境に到達できたことこそが何よりの栄誉だった。
任務達成に湧く国選騎士団とは対照的に、宝石の丘の窪地にある泉の前で、ハミル魔導兵団の女学生達が静かに黙祷を捧げていた。
「……これでせめて、皆の犠牲に報いることができたかな……」
宝石の丘で跪き、学級長のレーニャは涙を流していた。残り少なくなった仲間達と慰めあいながら、宝石の丘に辿り着けた喜びを噛み締めあっている。
「犠牲……か。結局、俺一人でここまで辿り着いてしまった……。俺は、どうすれば死んだお前らに報いることができる……?」
唯一人、暗く疲れ切った表情で天を仰ぐ傭兵隊長タバル。
見るもの全てがぎらぎらと輝き、光を散らして存在を主張する宝石ばかりの場においても、空だけはいつもと変わらない空っぽな青色を見せていた。
宝石の丘に辿り着いた一行は思い思いに散らばり、感慨に耽ったり歓声を上げるなどしていた。しかし、あまりにも大量の宝石を前にしてどうしていいかわからず、しばらくはただ恍惚とした表情で宝石の丘を走って回ることぐらいしかできなかった。
そんな同行者の姿を見て、俺はようやく実感というものを覚え始めていた。
「……辿り着いたんだ……。伝説の地、ここが――
宝石の丘、その伝承にある通りの光景が俺の目の前に広がっている。いつ誰が遺した伝説かは定かでないが、古代の文献によれば全てのものが宝石で構成された世界、その中心には巨大な結晶でつくられた大晶洞が存在するという。
「ははっ……。はっはっはっはぁー――!! 見渡す限り宝石の山! これが全て、俺のものに!! あり余る富と、名声が約束された!! 俺は、成し遂げたぁっ!!」
――全てだ。目の前にある宝石全てが自分のものだ。
勢いよく宝石の丘を駆け下り、俺は一心不乱にあちこちで送還用の陣を構築する。
帰還した後、自由に召喚術で呼び寄せることができるように、できるだけ多くの陣を敷いておくのだ。
その行動に触発されて、夢現だった他の者達も慌てて陣の構築を始める。これだけ広大な宝石の丘だ。競い合って急ぐ必要性は全くないのだが、目の前の光景が夢ではなく現実だと、その利益を確定して安心したいと思うのは人間の
送還陣を構築できない騎士は、座標計を持ち出してその場の世界座標を計測し、位置座標を明確に示す楔を打ち込んだ。これを起点に、信頼できる召喚術士の協力で後から宝石を召喚するのだ。
送還陣で囲うほどの確実性はないが、これだけの密度で周囲に宝石が存在していれば、世界座標を起点にして適当に召喚を行っても問題なく宝石を手元に呼び寄せることができるだろう。
緑柱石の樹海を駆け抜けて、世界座標の楔を打ち込み、次々と送還陣を構築していく。
宝石の丘を広く自分の領域にしたいと思う欲望は際限なく、俺の足を前へ前へと駆り立てた。しかし、宝石の丘は広大で、欲望の広がりをどこまでも助長するばかりだった。
気がつけば同行者達は各々の取り分を確保するために、宝石の丘で散り散りとなっていた。
……樹海を抜けたその果てに俺が見たのは、この世のものとは思えぬ幻想的な光景だった。
空を見上げるほどに大きな
晶洞を奥へ進むと五色の光……黄、緑、青、紫、そして褐色に煌く正八面体の巨大
「これが……
文献にあった、伝説の大晶洞かどうかはわからない。だが真偽を語るなど、もはや無意味。厳然たる事実として、目の前にこうして
時間を忘れて、俺は大晶洞の中心に座り込んでいた。陽の光がうっすらと透けて、晶洞の内部に仄かな光を届けている。
柔らかな陽射しが色取り取りの結晶を通過して、まるで宝石そのものが自ら光を発しているかのような輝きを放つ。
心の底から美しい、と感じた。
この光景を眼に焼き付けておこうと本気で思えた。
写真や録場機で映像を記録しても、今の自分が抱く感動は伝えきれないだろう。
自身の目で実際に見た者にしかわからない、心を震わせる景色というものがあるのだ。
陽が傾き、血のように紅い斜陽が大晶洞に差し込んできた。蛍石の結晶内部に炎の如く光が揺らめいている。
乱反射した紅い光が暗がりを照らし、今まで気がつかなかった大晶洞の奥へと通じる道を明らかにする。人が潜り抜けられるだけの小さな穴だ。
腰を屈めて穴を通り抜けると、大晶洞の外へと出られた。
そこは視界が大きく開けた、見渡す限り平坦な白銀の砂漠だった。平地に吹き渡る風をものともせず、銀砂は舞い上がることなく大地を為していた。
地平まで障害物の一切ない銀の砂漠が続くそこに、何か不自然な影が一つ存在していた。
銀の砂漠の真ん中で、
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