第143話 悪魔祓い

「援軍、ですか……時間をかけ過ぎましたね」

 苦々しい口調でマーガレットが呟き、俺に対する攻撃を一旦止めて引き下がる。


「無関係の方々を巻き込むのは本意ではありませんが、邪魔をするのならば容赦いたしません」

 威嚇するように戦鎚を振るい、地面に打ち付けてみせる。

 ずしん、と響く振動にエシュリーが「ひぃっ」と小さく息を呑んだ。

 目の前にいるのはもはや温厚な修道女ではなく、悪魔を狩りに来た鬼女である。生半可な覚悟で立ち向かって勝てる相手ではないが、エシュリーを除くほかの面々はマーガレットの脅しにも怯む気配はなかった。


「師匠、彼女らは……」

「何度も言わせるな。敵だ、容赦するな」

「了解した!」

 セイリスは純粋なまでに敵味方の区別をつけるのが早い。それは戦士の気質なのか。今は良い方向でそれが働いているが、相手は一癖も二癖もある連中だ。潔さが隙とならないかは心配な点である。ジョゼフィーヌと睨みあうセイリスの背を見て、俺は一つ保険をかけておくことにした。

「ビーチェ、お前はセイリスの補助についてやれ。主戦闘はセイリスに任せろ。あくまでお前は補助だ」

「……!! わかった! 頑張る!」

 ビーチェは一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐにやる気に満ちた表情でセイリスの傍に立った。金色の瞳が爛々と輝き、ぼさぼさと伸びた黒髪が踊るように跳ねる。俺が、ビーチェを信頼して仕事を任せたことが伝わったのだろう。ビーチェもかなり戦闘慣れしてきているので、足手まといにはならないはずだ。


「騎士はともかく、そんな子供まで戦わせるとは……見下げ果てた奴だな、錬金術士クレストフ」

 セイリスの剣を戦棍で受け止めながら、ジョゼフィーヌが意外にもまともな意見をぶつけてくる。

 ……いや、そもそもこいつらは聖職者だった。いくら悪魔祓いという裏の暗殺業に手を染めているとは言え、平時は教義を説いて回る教会の伝道者として振る舞っているのだ。常識的な意見が出てもおかしくはないかもしれない。

 だが、それはビーチェの実力を侮っている証拠でもある。先ほどエイミーが足を止めざるを得なかった原因、闇の呪術を使ったのがビーチェであることに、まだ気がついていないに違いない。


 俺はジョゼフィーヌの言葉を聞き流しながら、四姉妹の中でも一番の危険人物と目されるマーガレットと向かい合っていた。

 先ほどから隠そうともしない殺気は、ほんのわずかでも隙を見せれば殺しにかかるつもりのようで、一瞬たりともこの女から意識を外すことはできなかった。

 とりあえず現状、もうしばらくこいつの相手は俺がしなければならないようだ。


「……俺はこいつらの『頭』を押さえる。残り二人は適当に頼んだぞ、メルヴィオーサ」

「軽く言ってくれるわね~。でも、まあいいわ。宝石の精霊さんも、あのままじゃ長くもたないでしょうし。早く片付いた人から、救出に向かいましょうか」

 メルヴィオーサは落ち着いた声で喋っているが、呪法に囚われるジュエルを横目で確認したときには目を見開いて驚いており、早く対処しなければ助からないという焦りは俺と同じくらいに感じている。事態を正確に理解している人間が俺以外にもいるのは非常に心強いことだ。


(……悪魔祓いの結界を破るには、騎士か、メルヴィオーサほどの使い手の術士でなければ無理だろう。ジュエルはすぐにでも助け出したいところだが、戦力を結界の破壊に分散するのは危険を伴う。速やかに敵を排除して、それからだな……)

 俺の見立てではセイリスの実力とビーチェの補助があれば、あのジョゼフィーヌという長身の女には対処できると踏んでいた。四姉妹の司令塔と見られるマーガレットも、単独で相手するなら俺一人で十分なはずだ。

 残り二人の悪魔祓いを相手するのも、二級術士のメルヴィオーサと二流騎士のナブラ・グゥが基軸となって戦えば苦戦はしないだろう。


「そうね……なら、配分はこうしましょう。私が手負いの一人、そこの顔色悪いのを相手にするわ。後は全員で残りの小さい女の子を叩きのめしなさい」

 メルヴィオーサは紫檀したんの杖でエリザベスを指し示し、自分の獲物として見定める。既に俺との交戦で修道服がぼろぼろになっており、見るからに顔色も悪くなっているのが一目瞭然である。


 一方で、援軍が来たにもかかわらず余裕の表情で笑みを浮かべてさえいる小柄な少女エイミー。武闘派の術士として動きは良いが、騎士ナブラ・グゥを相手にしては何もできないだろう。

「小さな女の子をよってたかってと言うのは騎士の道に反するな……。僕が一人で相手を――」

「兄様! 相手は聖霊教会の悪魔祓いですよ!? 油断は禁物です。二人でかかりましょう」

 やや気後れしているグゥに、ルゥの叱責が飛ぶ。それは油断をたしなめたと言うよりも、自分以外の女に情けをかける兄の行動が気に食わなかっただけかもしれない。


 そんなやり取りの中、一歩下がった場所からミレイアがメルヴィオーサに声をかける。

「メルヴィオーサさん、そちらは本当にお任せしても?」

「構わないわよぉ、なんなら相手を交換したっていいわぁ。どちらにしても私一人でどうにかなるでしょ」

「そうですか……では、お任せします」

「あら、そっけない」

 ミレイアは戦力の偏りを気にしたようにも見えたが、その実は別の理由からくる、ただの確認であったようだ。医療術士である彼女の立ち位置としては、全体に目を配って負傷者の治療をするのが役目だが、彼女はどうもナブラ・グゥの身が気にかかる様子だった。


「とは言っても、一人に対して五人がかりは逆に戦いにくくないかい? エシュリー、あんたの弓矢じゃ、接近戦をする人の邪魔になるから、メルヴィオーサの方を手伝ってやんな」

「えぇ~? あたしも戦うのかよ……。まぁ、手負いの相手で、二級術士も一緒にいるんなら……」

 イリーナの要請に渋々といった感じでエシュリーはメルヴィオーサの隣に並ぶ。そんな覇気のないエシュリーにメルヴィオーサは辛辣な言葉を投げかける。

「やる気ないなら下がっていなさいな。私の呪詛に巻き込まれても知らないわよ」

「うひぃい~……。あたし、後ろから弓矢で牽制しているから、がんばってください……」

 まるっきり弱腰のエシュリーにメルヴィオーサも呆れ果てたのか、それ以上は何も言わずに己の敵であるエリザベスに向き直った。


「い、いくら何でも、わ、わわ、私のことを、あ、侮りすぎではありませんか?」

 震えているのか、単にどもっているだけか、よくわからない感じのエリザベスに対して、メルヴィオーサは自信満々に胸を張って笑った。

「そんな貧相な成りでどの口が言うのかしらねぇ。貴女、既にぼろぼろじゃないの。普段から栄養の足りていなさそうな胸も見えているわよ」

「あ、あなたのような方には、わ、わからないんです……。う、生まれながらにある、と、富める者と貧しき者の、か、かか、格差が……」

 エリザベスは燃えて穴の開いた修道服を抱き寄せ、恥じるように身体を隠した。それから恨みがましい視線をメルヴィオーサと、ついでにエシュリーにも向けた。

「な、なんであたしの方まで見るんだよ……! あたしだってそんな、大したもんじゃ……」

「ご、ご自分の恵まれた器に、き、気づいていないのですね……。その、に、肉付き……き、きき、均衡の取れた体形……ああ、うらやましい……」

「ひぃいいっ!?」

 生理的な嫌悪感を与えるエリザベスの舐めるような視線に、エシュリーは思わず鳥肌を立てて震え上がった。


「あーあー、エリザベスお姉様を怒らせちゃった~。私、知ぃーらない。あの子、八つ裂きにされちゃうんですけどー、くくく……」

 メルヴィオーサ達のやり取りを眺めながら、エイミーは陽気に笑っている。

「君こそ、随分な余裕だね。戦力差で見れば君が一番、厳しい状況に追い込まれているのだけど?」

「ああ~ん?」

 騎士ナブラ・グゥの言葉にエイミーは機嫌を損ねた様子で、愛らしくぱっちりと開いていた目を凶悪にすがめる。


「ば~っかじゃないのぉ? 三流騎士が何、偉そうにしてんだか。闘気をだだ漏らしながら戦うしか能のないくせに、女三人後ろにはべらせてぇ? 余裕ぶっこいてんのはてめえだろうが! 全員、き肉にしてやんぞ、こらぁっ!!」

 剥き出しの悪意と暴虐さの滲み出るエイミーの台詞に、グゥは黙って剣を構えた。今すぐにでも襲いかかってきそうなエイミーの気迫に、ルゥもミレイアも押し黙って、僅かに膝を震わせていた。

「こりゃぁ……案外と一番、手に負えない奴かもしれないね……」

 緊迫度の増す空気を感じて、イリーナは小さく独り言を呟いていた。


 そして、誰からともなく、それぞれの戦端の幕が切られた。

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