【ダンジョンレベル 19 : 破滅の一本道】

第141話 黒い殺意

 高速で迫る金属質の塊。

 明確な殺意を持って振るわれたそれは、横合いから回りこむように俺の後頭部を狙ってきた。

 完璧な不意討ち。

 避ける余裕はない。


 致命的な一撃が俺の後ろ髪を撫でた瞬間、爆裂音と共に衝撃波が発生し、金属塊を黒い人影もろともに洞窟の壁まで弾き飛ばす。

 ――同時に、首に巻いた首輪チョーカーの宝石が一つ、俺の身代りに音を立てて砕け散った。

 命の危機に反応して自動防御の障壁を発動する術式、その魔導回路を刻み込み、術式の原動力たる魔導因子を貯蔵した特別製の結晶であった。


 黒い修道服が翻り、襲い掛かってきた下手人は壁に激突する寸前で不自然な突風に包まれ、空中で体勢を立て直して着地する。空気を操る術式で受け身を取ったようだ。

 猫のような身のこなしで受け身を取った敵の正体は、聖霊教会の修道女、四姉妹の次女ジョゼフィーヌだった。

 肩の辺りまで伸びる金髪を後ろで一括りにした、小麦肌で背丈の高い女だ。

 手には今しがた俺の後頭部を狙った、物騒な戦棍メイスが握られている。


「聖霊教会の伝道者が、暗殺を企てるとはどういう了見だ?」

 俺は内心の焦りを押し殺しながら、ジョゼフィーヌに問い質す。正直、今さっきの攻撃は自動防衛の術式が働いていなければ俺は即死していた。

「心当たりがあるだろう」

 ジョゼフィーヌは女にしては低い声で、言葉足らずの回答を返してくる。心当たり、というが聖霊教会に狙われるような覚えは一切ない。そもそも、これまで関わりが皆無であったと言っていい。問答無用で襲い掛かられるなど不可解な話だった。

 唯一、可能性があるとすれば禁呪についてだが、俺が禁呪を扱うことはジュエルとビーチェ以外には知られていないはずだ。

「その戦闘能力の高さ、異端審問官か? だが、お前の棍棒術は神官戦士の形に近いな。何者だ?」


 ジョゼフィーヌの高い戦闘能力も神官戦士ならばありうる。だが、彼らのような教会における護りの要がこんな辺境の地まで冒険に来ているのはおかしな話だ。

 いずれにしろ、これほどの手練れとまともに打ち合うのは賢明でない。

(……接近戦の選択肢はないな)

 俺は少しずつジョゼフィーヌとの距離を取ろうと、間合いを計りながら移動する。対するジョゼフィーヌは黙ったままその場から動こうとしない。

 ただ、油断なくこちらに視線を送っているだけだ。


 彼女の様子に違和感を覚えた俺は足を止めて、すぐに周囲を透視の術式で索敵した。

 だがそれも既に遅く、入り組んだ水晶の小路の四方から何者かが近づいてきていた。

(ちっ……最悪だ。いつの間にか囲まれていやがる……)

 これではもはや距離を取るどころではない。どうにかして囲いを突破しなければ圧倒的に不利な状況だ。


「私達が何者か……あなたがそれを知る意味があるとは思えませんが……」

 聖霊教会の四姉妹は自分達の存在を隠そうともせず、先ほど俺がジョゼフィーヌに問い質した答えを明かす。

「せめてもの礼儀としてお教えしましょう。私達は悪魔祓い。独自の権限と戦力でもって、しゅに仇なす悪魔を祓うが務め」

 波打つ黒髪を腰まで伸ばした四姉妹の長女、マーガレットが長柄の戦鎚を手にして俺の前に姿を現した。

 さらに、色白痩身で猫背の三女エリザベスは錫杖を手に、小柄で細身の四女エイミーは戦棍を持って、音もなくまるで闇から滲み出るようにして姿を現す。

 素人離れした足運びと隙のない構えから、彼女らが戦闘訓練を受けた武闘派の術士であることが嫌でもわかる。


「悪魔祓いが何故――」

「あわ、あわわわぁ……聖霊教会の、悪魔祓い~……!」

 慌てふためくジュエルを見て、何となくこいつら悪魔祓いが追ってきた理由に察しがつく。

 何をしたのかはわからない。しかし、四人も手練れの暗殺者が送りつけられてくるというのは、相当なことをしでかしたのだろう。

 特定の幻想種に対して聖霊教会から抹殺指令が出るのは極めて稀な事だ。


 マーガレットが一歩前へ出て、怯えるジュエルに視線を向けた。

「罪深き幻想種、あなたの罪状を今一度、読み上げましょう」

 そう言ってマーガレットは懐から古びた羊皮紙を取り出し、丸まったそれを広げてこちらにも見えるように掲げて見せた。

「かつて聖霊教会の権威の象徴として形作られた『教皇の三重冠さんじゅうかん』、これに象嵌ぞうがんされし『唯一無二の大宝玉』を呑み下した蛮行、例え千年の時を経ようとも許されざる大罪です」

 羊皮紙には罪状文が長々と書かれ、そこには聖霊教会の最高権力者である教皇の直筆と思われる署名がされていた。

「……さらには、浄化を思いとどまった教皇様の慈悲を仇で返す、『魂の監獄』からの脱獄。もはや情状酌量の余地はありません」


 『唯一無二の大宝玉』は、この世に二つとない巨大な金剛石であったと聞く。そしてそれは聖霊教会の絶対的な権威の象徴として、神の偶像に代わる人々の信仰対象となっていたのだ。

 神の姿を形作ることは冒涜に当たる。ましてそれを用いて教皇の権威を示すなど教義に反する。

 ならば別の形ある物で教皇の権威を示そうとしたのが、『教皇の三重冠』という金銀宝石をちりばめた冠であった。その神々しさは見る者を圧倒し、自然と人々に畏敬の念を抱かせた。


 だが、あろうことかその権威の象徴を、ジュエルが喰ってしまったのだという。

 それはまさに、教会の権威失墜にも繋がりかねない大事件であったのだろう。

(……どう考えても免罪は不可能だろうな……)


 マーガレットは罪状文を丁寧に懐へしまい込むと、戦鎚を軽く振るって戦闘の構えを見せる。

「邪まなる悪魔、宝石喰らいジュエルイーターの抹殺こそ我らに与えられた使命なのです」

 一切の揺らぎなく、使命を果たそうとする四姉妹の姿勢に、話し合いでの解決は無理だろうと俺は早々に理解した。

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