第140話 水晶の小路
目を閉じて、浅い眠りに沈んでいた俺は、ふと理由もなく違和感を覚えて目を開けた。
改めてその場の人員を見回してから気づいた。休憩をしている間に、人が減っていることに。
「どうもおかしいな。いつの間にか人数が減っている……」
「あの、クレストフさん……ダミアンさんが見当たらないのですが。他の幻想術士団の人達も……」
ハミル魔導兵団の学級長レーニャが不安そうな表情で俺に声をかけてきた。
確かに、言われてみればダミアン達の姿が見えない。
ダミアンの姿を探して周辺を見て回る俺に、黒い修道服と看護帽を被った聖霊教会の修道女が話しかけてくる。
「幻想術士団の方々なら、先にいかれましたよ」
「何? 先に行った? どういうことだ、それは」
聖霊教会の四姉妹、長女マーガレットが聞き捨てならないことを言い出す。
「ええ……少し先の様子を見てくる、と。お引き止めしたのですが」
「……らしくないな。ここまで来て焦ったのか? どうして勝手に動いた、ダミアン……」
先に何があるかわからない状況での偵察は危険すぎる。
(こうした偵察の時にこそ使える、無駄に頑丈な精霊ジュエルがいるというのに……)
「うぅん? なーに、ボス? そんなに改めて見つめちゃ、ボク恥ずかしいよ~」
「黙ってろ、色ボケ精霊」
「ぶー、ぶー! ボスのいけずー!」
腑に落ちない点はあるが、ダミアン達の姿が見えないのは事実だ。この問題を放置するわけにもいかない。
「ビーチェ、お前はここで待っていろ。動くなよ。少し、周辺を見てくる。ジュエル、お前はついて来い!」
「あ、クレス……! 私も――」
「イエッサー、ボス! 偵察だね! ビーチェはいい子で待っていてねぇ~」
先の様子を見ることで、ダミアン達が何かの危険に巻き込まれたか、あるいは別の理由で戻ってこないのか、原因がわかるかもしれない。
俺はジュエルを引き連れて、洞窟の奥へと足を進めた。
入り組んだ細い道が続いていた。
徐々に分岐路が増え、迷路のようになっていく。
「……まるで、底なしの洞窟そのものだな……」
「そうだね~、迷子になっちゃいそうだよね」
「………………おい、まさかとは思うがお前――」
「冗談、冗談だよぉ~、ボス。ちゃんと向かうべき方向はわかっているしー、ボスだって皆が待っている場所は座標で把握しているでしょ?」
「それも……そうだな……」
改めて冷静に考えれば焦る必要など全くなかった。ジュエルの軽い冗談も受け流せないほど、俺は余裕がなくなっていたようだ。
「あまり複雑な道が続くようなら一旦戻って、他の連中と合流してから進んだ方がいいかもな」
「そうかもねー。あ、でも、せっかくだからもうちょっとだけ進んでみない? たぶん、そろそろだと思うんだー」
「あ? 何がそろそろなんだ?」
「ほら、見てよ、ボス」
そう言ってジュエルが指差したのは洞窟の先の曲がり角だ。
その隅っこに、魔導ランプの青い光を反射して光る、小さな水晶が見て取れた。
「水晶……ということは……」
俺は急ぎ、角を曲がってその先の光景を見た。
――水晶の
数え切れないほどの水晶の
「ボス、わかった? 宝石の丘がね、近いんだよ」
「ああ……ようやく、実感が湧いてきた。宝石の丘に近づいているんだな……」
水晶の小路を進むほどに、その輝きに目が奪われて心が落ち着かなくなる。ついつい後方に置いてきたビーチェ達のことを忘れて、足を進めてしまいそうになる。
「ダミアン……まさかこれを見て先を急いだのか?」
だが、それだけのことでダミアンが抜け駆けをするとは思えない。女には目のない男だが、宝石に心を奪われてしまう性格ではなかったはずだ。
そもそも出立の時、宝石の丘には旅の同行者全員でも分けきれない財宝が存在すると説明している。単独でわざわざ危険を冒して先を急ぐ必要はないのである。
だがもし、先を急ぐ合理的な理由があったとしたらどうだろう。
(もしや……今回の旅に隠された裏事情に気が付いたのか?)
だとしたら、抜け駆けを考える可能性は誰にでもある。
元々は俺が他の同行者を最後の最後で出し抜くために用意した布石だ。
もっとも、俺自身としてはここまで人数が減ってしまったことと、ビーチェというお荷物を背負ったが為に選択肢から外して無駄になった布石なのだが。
(……しかし、そこまではさすがに他の人間が知るわけもない。抜け駆けの有利に思い至ったのなら、悪いように捉えられるのが普通だな……)
自身に後ろめたいところのある俺は、ダミアンが裏切るとは思えない一方で、疑心暗鬼の考えもまた消し去ることができなかった。
「ボス……? ボス……! ボス!!」
ジュエルの焦ったような呼びかけで、俺は思考に耽っていた意識を引き戻す。
――振り返った視界には、黒い人影と高速で迫る金属質の塊が飛び込んでくる。
宝石の丘を前にして、裏切りに走る者達。その最悪の可能性が今、俺の目前に迫ってきていた。
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