第130話 屎泥地獄
毒蟲の溢れる樹海を抜けて、俺達一行は大きな湖沼の手前まで来ていた。
「クレストフよぉ。これ、本当に行くのか?」
「……他に道があれば俺も遠慮したいが」
ダミアンが顔を歪めて、俺に進行の是非を問い質してくる。
沼はとても大きく、海ではないかと錯覚するほどだ。
ここを渡るとなれば船が必要になる。
「行くのかぁ……」
「行くしかないな」
無論、こんなこともあろうかと大型船から小型船まで、いつでも召喚できるように手配済みであった。
しかし、それでも一行が二の足を踏む理由がこの沼にはあった。
「ぬぐぅおおおっ……!? なんだこりゃぁぁ……鼻が、鼻が捻じ曲がる……!! 火山地帯の比じゃねぇぞっ!!」
沼のほとりで鼻を押さえながら、苦しみのた打ち回る獣人達。
茶色く濁った沼の水面には、どろりとした粘性の高い汚物が浮き上がり、耐え難い臭気を放っている。
見た目も、臭気も、沼に浮かぶものはまさしくアレなのだが、これだけの量の排泄物を出す生き物が近辺にいるようには見えなかった。それとも、この沼の中に潜んでいるとでもいうのだろうか。
「あ、兄貴、俺だめ。も、もうも、だめだぁ……吐きそ……げぇろろろ~!!」
鼻の良いグレミーやブチは特に影響を受けてしまっているようだ。身体能力の高い獣人であるが、環境に敏感過ぎるのは逆に弱点となるということか。
「にゃぁあ、おつらそうですにゃぁ。ガスマスク、使います? 一日金貨一枚で貸し出しますよぉ?」
そう言いながら、獣人達にガスマスクを配っているのは猫人チキータだ。黒猫商会の面々は臭いが漂い始めた頃から、早々とガスマスクを付けて対処していた。
俺もガスマスクを付けようかと考えたが、酷いのは臭気だけで、人体に致命的な影響のあるようなガスではないとわかったので使わずにいた。慣れてくれば鼻が馬鹿になって、何も感じなくなるだろう。
「クレス……臭い」
「俺が臭いかのように言うな。しばらく我慢すれば気にならなくなる」
顔をしかめて臭さを訴えるビーチェに俺は素気無い答えを返した。
ここでこうしていても仕方がない。船を用意して、沼を渡る準備をしなければならないのだ。
「チキータ! 魔導推進式の大型船を召喚する、手伝え」
「はいぃ~! 毎度ありがとうございます!」
こうして、汚物の湖沼を渡る船旅が始まったのだった。
汚物の浮かぶ水面を裂いて、魔導推進式の大型船がゆっくりとした巡航速度で進んでいく。
粘性の高いこの沼地では、機械推進式の動力ではすぐに壊れてしまう可能性が高かった。幸にも、船を動かすのに十分な数の術士が揃っていたので、交代で舵を取れば半日は休めるだけの余裕もある。
「……とは言え、外の景色は最悪、窓を開ければ耐え難い臭気が入り込んでくる。これでは気が滅入るばかりだな……」
船の中にある客室まで、完全には臭いの侵入を防ぎきれていない。獣人は船の中でもガスマスクをしているし、純人であっても漂う仄かな臭気が気になって、食欲も湧かない状態だ。
この船旅がいつまで続くのか、ここもまたある意味で地獄に違いなかった。
ところが一晩あけると、獣人達は皆、ガスマスクを外していた。
「グレミー、臭いは平気なのか?」
「あ? 平気じゃねぇよ。ただ鼻がもう、利かなくなってきただけだ、くそがっ! 飯がまずいぜ……」
ぶちぶちと文句を垂れながら、グレミーは干し肉を飲み込むように食べていた。鼻がいかれてしまって、味わって食べる気にもなれないのだろう。
「にゃぁあ、残念です。ガスマスクは一日で不要になってしまいました」
チキータは獣人達から大量のガスマスクを返却され、溜め息を吐きながら片付けていた。
三日目。慣れてきたとは言え、時々臭気が鼻を通り抜けるような感覚があり、その度に軽い吐き気を催すのは初日から変わっていない。加えて、水面を進んでいることもあって常に微弱な揺れを体に受けるため、軽い船酔いも重なって皆の体調は優れなかった。
「食事、喉を通らないわ、あたし」
「同じく……」
「わ、私もだ……」
イリーナとエシュリー、それにセイリスが食堂で、食事を前にしながら手を付けずに固まっていた。
「皆さん、いくら食欲がないからと言って、何も食べないと体に悪いですよ」
食事の進まない他の人間をよそに、ミレイアは黙々とピーナッツバターを塗りつけたパンを口にしていた。
「よく食えるよなぁミレイアは」
「鼻で呼吸をすると、どうしても臭いが食事の邪魔をしますから。息を止めて素早く咀嚼した後に飲み込むんです」
感心するエシュリーにミレイアはしれっとした表情で食事を続ける。
「いや、そういう技術的なことじゃなくてさ。そのピーナッツバターとか、外の沼に浮かんでいるアレみたいじゃん?」
「ぶふぅっ……!!」
ミレイアの頬が内部爆発して、顔が耳まで真っ赤に染まる。
「はぐぅむ…………。げほっ……かはっ! けほっ!」
盛大に噴き出したと思いきや、口から食べ物が飛び出すのを、頬を膨らませることで辛うじて防いでいた。だが、無理やり飲み込んだ食べ物が気管に入ったのか、涙ぐむほどに激しく咳き込んでいる。
「ああっ……! ごめん、ごめん! 余計なこと言った!」
「え、えしゅりぃ~……」
恨みがましい視線でミレイアはエシュリーを睨む。
これはどう見てもエシュリーの配慮が足りないとしか思えない。ミレイアでさえ、沼の臭いやアレな風景が平気とは言っていないのだ。
「み、水を……」
まだ、喉の変な場所に食べ物がつっかえているのか、ミレイアは水を求めて食堂をさまよう。
涙で視界がかすんで、ろくに前が見えないようだ。
「水なら、ここに。どうぞ」
「あ、ありがとう……」
顔を上に向けて、ぐいっ、ぐいっと勢いよく水を飲み干すミレイア。一息ついて前を見ると、水を差し出してくれたナブラ・グゥがミレイアの顔を心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫ですか? ひどく苦しげな様子でしたが」
「え? あ、あの! 大丈夫です、あ、ありがとうございました! 失礼します!」
「あ、ちょっと待って」
醜態を間近で見られていたとわかり、赤面して慌てて立ち去ろうとするミレイアに、グゥが声をかけて制止する。
「その水筒、僕のなんだけど……」
「お、お返しします!!」
さらに顔を赤くしながら水筒をグゥに返すと、ミレイアはもうその場にいられないとばかりに走って食堂を後にしてしまった。
グゥは受け取った水筒に残る水をまじまじと見つめて――。
「兄様、その水筒、私が洗ってきます。先ほどの女性が噴き出しかけた食べ物、混じっているかもしれません」
「あ、ああ……いや、そんなことはないと思うけど」
「兄様。もう、水もほとんど残っていないでしょう。私が洗ってきます」
「いや、別にルゥがそんなことしなくてもいいんだよ?」
「洗ってきます」
「そうかい……。じゃあ、頼むよ……」
たかだか水筒の水ひとつに、何やら未練がましいグゥとそれを強硬に取り上げようとする妹のルゥ。
「何をやっているんだろうな、あいつらは……」
そんなやり取りを食堂の隅から眺めながら、俺は息を止めて菜っ葉で包んだ干し肉を自身の口にねじ込んだ。
普段より咀嚼を早めて、喉の奥へと飲み下す。
(……なるほど。これなら食べられそうだ……)
次々に食事を口に運ぶ俺を見て、ビーチェが首を傾げる。
「クレス、臭くないの?」
「ああ、平気だ。息を止めていればな」
「美味しい?」
「味はわからないな」
「そう……」
未だに食事に手をつけようとしないビーチェ。
その後ろの席では恋人同士のマルクスとユリアが、お互いに食事を食べさせあっていた。
「マルクス、はいあ~ん」
「ふ、ふぅ……ユリア……さすがの僕も臭いが気になって、君の献身的な一匙も受け付けないよ……」
「そんな! 私の善意を受け入れてくれないの!?」
「ああっ、そうじゃないんだ! 許しておくれユリア、全てはこの地獄のような世界が悪いんだ! きっと僕はこのまま、食事も喉を通らぬまま衰弱していくだろう。それでも空腹になんてならない。なぜなら、君の愛でお腹が満たされているからさ!!」
「ああ、マルクス! そんなことを言わずに一口でも食べて! このままでは倒れてしまうわ」
「ユリアこそ、ここ数日まともに食事をしていないだろう? 僕のことはいい。ユリアの方こそ、何か食べておくれ」
「ごめんなさい……私もつらいの……。どうしても食欲が湧かなくて……」
「じゃあこうしよう、お互いに一口ずつ。愛の交換だ。これは食べ物じゃない、愛だよ」
「そうね、これは食べ物じゃない。私達は互いの愛を口にするのね。それならきっと大丈夫、私も受け入れられるわ!」
地獄の世界にも負けない臭い芝居を始めた二人は、お互いに匙を握り締めて、湯気立つスープをすくってお互いの口へとそれを運んだ。二人同時に匙を口にして一飲みする。
『くっさ~い!』
愛の臭さは何も変わらなかった。
「そら、ビーチェ。お前も食べろ」
なかなか食事の進まないビーチェに、俺はパンを目の前に差し出してやる。
ビーチェも意を決したのか、深呼吸してからパンに齧りついた。
もぐもぐと咀嚼するが、途中で息が続かなくなったのか鼻から呼吸してしまい……。
「ぐむっ!?」
ビーチェは口を押さえてしばらく悶絶していた。
四日目の真昼のことだった。
突然、船が大きく揺れて、明らかなほどに進行速度が遅くなった。
「どうした? 何があった?」
「わからない。急に進むのが遅くなった。その前に、何かに衝突したような気もする」
ちょうど舵を取っていたコンゴ魔獣討伐隊の術士、筋骨隆々の女が落ち着いた声音で答えた。
相変わらずこの女が術士であることが、いやむしろこれが女だというのが信じられない体格の良さなのだが、どうやら心の方まで男勝りの太い肝を持っていたようだ。
「とりあえず、外の様子を見てくる必要があるな。誰か偵察に行ってくれるか?」
皆が一斉に視線を逸らし、俺の要請に応える者は一人もいなかった。
「まあ、そうだろうな……何かあったときは甲板に出てもらうとして、ひとまずの偵察には……」
船旅になってから舵のすぐそばで寝そべってばかりいたお気楽な奴を指名する。
「頼んだぞ、万能精霊ジュエル!」
「わ、ボク!? 万能精霊って……むふふん、まあ、ボクに任せてくれれば偵察くらいどうってことないけどね」
俺の安いおだてに気を良くしたジュエルは、ぽん、と平たい胸を一度叩くと船の甲板へと飛び出していった。
軽快に飛んでいったジュエルを見て、ダミアンが呆れたように呟く。
「扱いやすいなー、お前さんの精霊……」
「まあ、あいつにとっては臭気も別に気にならないようだしな。いつもの使い走り――」
いつもと変わらぬ使い走り、そう言いかけた時、船の甲板からジュエルの悲鳴が上がった。
あいつがちょっとしたことで騒ぐのはいつものことだが、甲板へ出てすぐにというのが不吉な予感を覚える。
「……間近に、脅威が迫っているということか?」
このまま無視するわけにもいくまい。
「チキータ、ガスマスクをよこせ。甲板へ出る」
「はいぃ、毎度ご利用ありがとうございますー」
猫人商人の笑顔と共にガスマスクを受け取って、臭気の漏れがないようにしっかりと装着する。
「獣人は無理しなくていいが、他の者は一緒に出てもらうぞ。わかっているだろうが、俺に何かあればこの旅は道半ばで終わる。臆病風に吹かれ、手助けを渋って後悔するなよ」
自分自身を脅迫の材料とする俺の言葉に、外へ出るのを渋っていた連中も覚悟を決めたのか、チキータからガスマスクを借りて甲板へ出る準備を始めた。ただそれでも動きは鈍く、できれば誰か他の人が行ってはくれまいかという雰囲気がにじみ出ていた。
「まったく、どいつもこいつも尻込みしてだめね。さっさと行って、ちゃっちゃと片付けるわよ」
真っ先に甲板へ出る準備を整えたのは傀儡の魔女ミラ。もっとも彼女の場合は臭気をあまり感じない人形の体なので、忌避感がないというだけだろう。
「ほら、ベル坊あんたも来なさい。それとも、国選騎士団ともあろう連中が、臭いの嫌とか言って働かないつもり? それでこの旅が失敗したら、どう言い訳するつもりよ」
「む、うむ……そうだな。国選騎士団、出るぞ!!」
『お、おお~……!』
いまいちやる気の見られない国選騎士団だったが、ベルガルはミラの命令に、騎士団員はベルガルの命令には逆らえないのか、嫌そうな顔をしながらも外へ出る準備に取り掛かる。
「ワイらも、出る。コンゴの戦士、恐れることない」
コンゴ魔獣討伐隊の騎士ガザンが仲間と共に前へ進み出る。いずれもガスマスクはつけていない。
「臭いは平気なのか?」
「くさい、そう思わなければ、気にしない。これ、コンゴの暗示術」
自己催眠の技術だろうが、あの臭気をくさくないと思い込めるのなら大したものだ。普通はどんなに思い込もうとしたところで身体が拒否反応を起こす。
(……だが、気にならないと言うなら心強いな。このガスマスクは視界が悪すぎる。機敏に動ける者は居た方がいい……)
結局、あまり大勢で甲板へ出ても動きにくいという建前で、俺とミラ、国選騎士団、そしてコンゴ魔獣討伐隊が外へ出ることになった。それと――。
「師匠、私もついていきます!」
しっかりとガスマスクを装着したセイリスもついてきた。白銀の鎧に黒いガスマスクという異様だが、この際、見てくれなど気にはしていられないだろう。騎士が一人増えるというだけで、戦力としても非常に助かる。
「よし、準備はいいな。行くぞ」
そして俺は甲板へ続く扉を開ける。果たして、目の前に広がっていた光景は――。
――汚物。汚物の群れだ。
そうとしか形容しようのない物体が、船の甲板を這いずり回っていた。
即座に警戒態勢に入る国選騎士団とコンゴ魔獣討伐隊。動き回る異形の物体を前に、しかし迂闊には攻撃を仕掛けず様子を窺う。
そんな中、蠢く汚物の塊が一つ、こちらに向かって這い寄って来た。
「師匠! 危ない!」
すかさずセイリスが前へ出て、長剣を一閃する。ぶばっ、と汚物の塊が半ばから斬り飛ばされ、その内の一部がセイリスの顔と体へ盛大に飛び散った。
「………………」
「……セイリス、無言で俺に近づくのはやめろ。とりあえず、そこで止まれ」
ガスマスクで表情は見えないが、全身が汚物まみれになってひどく落ち込んだ様子のセイリスは、甲板の中心で立ち尽くしていた。
――そして今ひとつ、セイリスが斬り飛ばした汚物の塊の半分が、俺に向かってじりじりと近づいて来ていた。
「うひぃ~ん、ボス~、助けて~」
小山になった汚物の塊から、情けないジュエルの声が聞こえてくる。全身が茶色の汚泥にまみれ、小山の下敷きになった状態でジュエルが甲板を這っていたのだ。
「………………」
正直、言葉がでなかった。助けたくない、と心底から思ってしまったのだ。
それよりも、気になるのは無数に這い回る汚物の小山の方だ。最初はジュエルが汚物を被って動いているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。蠢く汚物の小山は一つではない。無数の汚物が甲板を這いずっている。
「とりあえず状況確認をしよう。あの汚物、動いているように見えるんだが、生き物だよな?」
「クレストフ、ワレ、冷静だな」
「この場合、冷徹と言うのよ」
ガザンとミラがとやかく言うのは無視して、俺は蠢く汚物を観察し、それがおそらく粘菌系の生き物であることに当たりをつけた。
「見たことのない種類の粘菌だね。この辺りにしか生息しない固有種ではないかな?」
いつの間にか甲板に上がってきていたテルミト教授が、ジュエルにまとわりついた汚泥の一部を匙でガラス瓶に掬い取る。
瓶の中ではちぎられた汚物の一部がぶるぶると動いている。
「……危険はないのか?」
騎士ベルガルが、剣の先すら触れるのが汚らわしいと言わんばかりに腰を引きながら、テルミト教授に尋ねる。
「動きは遅いし、私達が攻撃を仕掛けても反撃してこない。強烈に臭うだけで、毒性も持っていないようだし、必要以上に恐れる必要はないようだね。ま、これだけ汚れているから、病原菌の幾らか持っていても不思議はないが」
テルミト教授の説明にぎょっとしたベルガルは、相変わらず甲板の中心で棒立ちになっているセイリスを見て、結局は手出ししないのが得策と判断したのか蠢く汚物から距離を取った。
「しかしこれは見たこともない生き物だよ。新種なら大発見だ。クレストフ君、これの名前を考えてもらえるかね」
「俺が名前をつけてもいいのですか?」
「当然だよ。一番にこの甲板へあがり、この生き物を発見したのは君だ」
「あれ? ボクは? ボクのことは~? ねえ、この粘菌、ボクが名前つけるよ。臭くて汚い糞便粘菌ってどうかな~?」
「おほん、一番に発見した『人』はクレストフ君だからね」
糞便粘菌に潰されながらまだ余裕のありそうなジュエルを尻目に、俺はこの粘菌の学術名称を考えてみた。
「無難に
「いいんじゃないかな、わかりやすくて。同じ名前の粘菌はいなかったと思うよ。さて、あとは彼らの生態がどんなものかだが……」
先ほどから汚泥粘菌は甲板をのろのろと這いまわっているだけで、積極的にこちらへ近づいてこようとはしない。
甲板から周囲の沼地を見てみると、あちこちにこの生物は浮かんでおり、船底にべったりと無数の汚泥粘菌がくっついているのが見て取れる。船の航行を止めるほどではないが、こいつらがまとわりついたおかげで進行速度が落ちたのだろう。
「いつの間にこんなにも……」
「航行している間にくっついて来てしまったのかもしれないね」
とりあえず積極的に襲い掛かってくることはなさそうなのだが、それならばなぜジュエルは潰されているのだろうか。
「ジュエル、お前、この粘菌に何かしたか?」
「ええ~? ちょっと汚い塊が船の上にあったから、ボク自慢の鋼鉄の錐で突っついただけだよ? そうしたら、錐にこびりついちゃって、慌てて高速回転させて弾き飛ばそうとしたんだけど、どんどん巻き込まれて……」
なるほど、ジュエルが掘削用に使っていた錐で突っつき、高速回転させたところで粘性の高い粘菌が絡みついてしまったのか。
船底にくっついたのも、押し分けるように進んだことで次々と粘菌がへばりついたのかもしれない。
「自業自得だな。お前、臭いから船の中に入ってくるなよ」
「えええー!! そんな酷いー! ボスが偵察してくるように言ったのにー!!」
「あ……師匠、私は……?」
文句を垂れるジュエル。しかし、実際こいつをこのまま船の中に戻すわけにはいかない。もちろん、セイリスもだ。
「とりあえず甲板の上も掃除したいな……水系統の術式が得意な奴に頼むか」
コンゴ魔獣討伐隊の術士に確認したが、彼らの中には水系統の術式が得意なものはいなかった。専ら戦闘補助の術式を扱っており、自然力を活用した術はあまり使わないらしい。
「ということで、お前の
「はぁ!? 嫌だよ、おい! 外に出るとか。それに俺の水妖精もそんな仕事させたら、さすがに怒るぞ!」
「そこはまあ、怒りの勢いのままに押し流してもらえれば……」
「おおい、クレストフ!? その理屈、わけわかんねーよ!?」
俺はなんだかんだと舌先三寸でダミアンを言いくるめ、甲板掃除に水妖精を借り出した。
汚泥粘菌を大量の水流でもって押し流し、ついでにジュエルとセイリスにこびりついた粘菌も洗い流す。
「甲板はこれで片付いたな。平常運航に戻るぞ」
通常より若干ゆっくりとした巡航速度を維持して、魔導推進船は汚泥粘菌の生息する水域を抜けていった。
死者こそ出なかったが、ここはまさしく生き地獄と呼ぶに相応しい領域だった。できることなら、二度と通りたくない道だ。
「この土地にも名前をつけるとするなら、
まだ宝石の丘にすら辿り着いていなかったが、帰還の道程を考えるに鬱屈とした気分にさせられるのだった。
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