第123話 未開座標

 虹色の空間、送還の門をくぐった俺は、一瞬の目眩を感じた直後に見知らぬ場所へと降り立っていた。


 荒涼とした大地が広がる世界。

 空は茶色い岩石で閉ざされ、所々に穴が開いて陽が差し込んでいる。

 地底の超巨大空洞、その壮大さは底なしの洞窟に幾つもあった大空洞をはるかに凌ぐ大きさである。


「尋常ではない光景だな……大災厄の影響で生まれた空間か……?」

 都市規模の強制転移が無数に発生した大災厄であれば、大気圏空間と地底領域が入れ替わっていてもおかしくはない。


「ここどこ? 広い」

「うわーお、懐かしい風景だねー。昔を思い出すよー」

 かつて宝石の丘から辿ってきた道を懐かしみ、ジュエルは超巨大空洞に広がる土色の空を飛び回る。

 俺達に遅れて他の同行者達も続々と送還されてくるが、皆一様に目の前の光景を唖然として眺めていた。


「まるで別世界だな。これが送還の門での転移というやつか」

 タバル傭兵隊長が、いまだ信じられないといった様子で驚きの声を漏らす。

 ここにいる殆どの人間が送還の門による転移は経験したことがないはずだ。

 特に騎士や魔導回路を自身の体に刻んだ術士は、通常の送還術による転移もできない。一般人でさえ、悪意ある召喚から身を守るため結界印を体に刻むか、結界石など召喚を拒絶するものを持ち歩いている世の中だ。

 それが全くの無条件で別の場所へ転移できるというのは驚くべきことであろう。


(別の場所……。そうだ、ここの座標はどうなっている?)

 思考の中でふと湧いた疑問。

 俺と同じことを考えた人間が何人もいたのか、各々が現在の世界座標を確認する作業を始めていた。


「ふむふむ……。どうやら我々は元いた底なしの洞窟からは、随分と遠い彼方の地へと運ばれてきたようだ。ほほう、これは面白い……。どうやらここは既知の座標に該当しない、未開座標だね」

 現在地の世界座標を数値化する魔導回路、世界座標計ワールドコーディネーターの計測値を見て、テルミト教授はここが人類の記録にない世界座標と判断していた。

 テルミト教授の持つ世界座標計は四角い懐中時計型で、三次元座標を示す三列の数字盤に、有効数字十五桁の座標値が緑色の燐光を発して表示されている。


「ふーん……一般に知られている座標とは、大きくかけ離れた位置に送還されてきたみたいよ。この座標だと、何もない地中の座標と思われていた場所でしょうね」

 傀儡の魔女ミラも現在地の世界座標を確認した後、召喚で呼び出した世界座標目録ワールドインデックスと照らし合わせて、やはり未開座標であることを確信していた。

 当てずっぽうで座標指定しても、通常の送還術でここへ辿り着くことは確率的に不可能であろう。


「ここが今回の旅の基点となる地だ。念の為、世界座標を記録しておこう」

 世界座標をより厳密に定義するために、座標を刻んだ楔を地面に打ち込み、皆がここの世界座標を記録した。

 世界座標を知ると言うことは、送還術で現地へと直接転移してきたり、その地の存在を召喚したりする際に役立つ。

 秘境ともなればその価値は極めて高く、それ故に多くの者は、価値ある領域の世界座標について他人には簡単に教えず秘匿する。


 宝石の丘へと到達して世界座標を正確に把握したとしても、ここに集まった者達がそれを赤の他人に漏らすことはまずない。秘境の恩恵を独占できる人数は少ない方が自分達にとって利益があると明らかだからだ。


「旅路はまだ始まったばかりだ。未開の地と浮かれている暇はない。すぐに出発だ! ジュエル、道案内をしろ」

「了解、ボス!」

 俺はジュエルに先導を任せ、偽鶏竜の手綱を握り直して前進を開始した。

 ここからが本当の、宝石の丘への旅路となる。


 向かう先、茶色い地平線の彼方には、幾筋もの光の柱が降り注いでいた。

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