第122話 旅の始まり
宝石の丘への旅。ついに、その出発の時がやってきた。
「同行者は全員、揃っているな」
俺は拠点前に集合した同行者を見回して、改めてその数の多さと質の高さに満足感を覚えた。
(……これだけの戦力があれば、余力を残して目的地につくこともできるだろう。無理をせず行程を進めればいい……)
「宝石の丘の場所は既に知れている。焦ることはない、進行速度は『馬の散歩』程度だ。移動のための騎獣を用意してあるので、必要な者には無料で貸し出そう」
「すまない、師匠。騎獣とは、どういった種類だろう? 馬ならば扱えるのだが……」
セイリスがやや不安そうに尋ねてくる。とりあえず師匠と呼ぶのは定着してしまったので、俺もその点は無視して答えを返す。
「馬に乗れるなら問題ない。貸し出す騎獣は『竜宮の魔女』が調教を施した
事前に、拠点の前に設営しておいた召喚陣から一体ずつ、光の粒と共に召喚される偽鶏竜。
体長は大の男の倍以上、細長い尻尾と首を有し、小さな頭部には大きな目玉と嘴状の口が付いていた。
「ほお! 立派な竜だ! さすが竜宮の魔女が仕込んだというだけあるな。どれ、一匹借りるとしようか」
国選騎士団の騎士隊長ベルガル、ほか数名の騎士が騎獣を借りる。
すると、次々に他の者達も騎獣を見て集まってくる。
騎士ナブラ・グゥが興味深げに偽鶏竜を撫でれば、妹のルゥも恐る恐る首筋を撫でている。人に馴れているのか特に嫌がる素振りも見せず、偽鶏竜は悠然と構えていた。
「大人しいね。これならルゥも平気そうだ。僕らも借してもらいたい」
「あ、あの! この騎獣は二人乗りできますか?」
グゥが騎獣を二匹借りようとしたところで、すかさずルゥが質問を挟んでくる。
「荷物や装備の重さにもよるが、平均的な大人の体重で二人ぐらいなら平気だろう。数はまだ用意できるが、二人で乗ってもらえるなら俺も召喚の手間が省けるな」
「じゃあ、それで! 兄さま、二人乗りで行きましょう!」
「でも、それだと竜に負担がかかるんじゃ……」
「いいえ! ルゥは体重軽いですから!」
結局、ルゥが押し切り、ナブラ兄妹は二人乗りで行くことになった。グゥは騎士にしては細身で軽装だから、術士のルゥと合わせても騎獣にかかる負担は大したこともないだろう。
「君、僕らにも一匹貸してもらおう」
ナブラ兄妹のやり取りを見ていた別の騎士と術士の組、マルクスとユリアもまた二人揃って騎獣を借りにきた。
優男風の騎士マルクスが甘ったるい声の調子でささやく。
「さあ、ユリア。僕らも二人で甘い旅路を行こうじゃないか……」
「やだもう、マルクスったら! 皆、見ているわ……」
確かに皆見ている。呆れ果てた表情で。
「クレス、クレス。私も一緒が――」
「俺は魔導回路の結晶重量がかなりあるから、一人乗りだ。ビーチェは操獣術も扱えるし、一人で問題ないだろう」
「ボス、ボス~。ボクは?」
「自前の翅で飛んでいけ」
しつこく一緒の騎獣に乗せろと言う二人を押しのけて、俺は偽鶏竜の召喚を続けた。
何人かは騎獣の貸し出しを申し出て、残りは各々で個人の騎獣を召喚したり、はたまた自分の足で走るつもりか準備運動をしていたりする者もいる。
幻想術士団の精霊術士達は、自らの足元で精霊現象を引き起こし、ある者は体を宙に浮かせ、またある者は地面との摩擦を減らして、様々な手段で機動力を確保していた。
ハミル魔導兵団は何らかの術式で移動速度を向上させているのか、身軽に準備運動をこなしている。重装備に見える魔導兵装は、長時間の行軍にも対応できるようだ。
ちなみに、つい先頃に同行することとなった剣聖アズーは騎獣を借りに来た。
「よし、全員の準備が整ったようだな。まずは宝石の丘へ繋がる道、『送還の門』へ案内しよう」
拠点の裏に幻惑の呪詛で隠しておいた広い通路、やや急勾配の坂道を偽鶏竜に跨って進んでいく。
送還の門は、発見当初こそ縦に深い穴の下に存在していたが、今は騎獣が通れるようになだらかな斜面へと整地してあった。
穴の底は拡張してあり、同行者達が全員集まっても空間に余裕のある広さを持っている。
そしてその中心地、ちょうど目線の高さに浮いている、虹色に輝く半透明の大きな球体。境界は曖昧で、薄く揺らめいている送還の門。
「こ、これが……送還の門!?」
「何と奇妙な……」
「え? これがどうなるの? ねえ、なんなのどうなるの?」
送還の門を前にして、誰とはなしにどよめきの声が上がった。
現存する古代呪法の一つ『送還の門』とは、そこに入るだけで決められた世界座標へと転移できる『送還の陣』の一種である。
一番の長所は、送還の陣では複雑な魔導回路や騎士の闘気は干渉を起こして送還を阻害してしまうところ、送還の門はその影響を受けずに移動が可能なのである。
送還の門を初めて見る者も多かったのだろう。少なからず動揺が広がっていたが、これから間違いなく秘境へ向かうのだという確信が高まり、誰も彼もが期待感に満ちた表情へと変わっていった。
ある程度、同行者達の様子が落ち着いたところで、俺は一度だけ咳払いをしてから、声を張り上げて旅の始まりを宣言する。
「出発の時が来た! これより我々は宝石の丘を目指す! 彼の地には、ここにいる全員でも分けきれない量の財宝が存在する! そして、我々が目的の地へ辿り着いたとき、伝説は実在の英雄譚となる! 富と、栄誉が、ここにいる全ての者に等しく約束されるだろう!」
俺自身、自然と熱の入ってしまった演説に同行者達もまた固唾を呑んで、近い将来に掴み取るであろう成功を夢想していた。
「宝石の丘を目指す者は俺に続け! 行くぞ!」
号令と共に、俺は先頭に立って送還の門へ飛び込んでいく。
すぐさまジュエルとビーチェが続き、すぐ傍にいたメルヴィオーサ、セイリス、ミレイア、イリーナが門に飛び込む。二の足を踏んでいたエシュリーの脇を傀儡の魔女ミラがとことこと歩いて門をくぐり、遅れを取るなとばかり国選騎士団が突っ込んでエシュリーもそれに巻き込まれた。
離れず寄り添う黒い影のように、黒猫チキータ商隊と修道女四姉妹が滑り込んで行ったところで、ようやく他の同行者達も一斉に動き出す。
亜人が、傭兵が、剣闘士が、巫女が、学士が、そして幾人もの騎士と術士が送還の門へ次々と呑み込まれていった。
「それじゃあ僕らも行こうか、ユリア」
「ええ、行きましょうマルクス」
遅れて恋人一組が送還の門へ飛び込んだ後、最後の最後に剣聖アズーが門をくぐった。
◇◆◇◆◇
誰もいなくなった送還の門、最寄りの拠点を複数の人影が徘徊していた。
透き通った水晶髑髏の餓骨兵三体が拠点から出てきて、送還の門の前に立ち塞がる。
錬金術士クレストフによって、送還の門を警護するために作り出された守護者達だ。
そして、クレストフの気配が底なしの洞窟より遠く離れた途端、活発に蠢き始める存在もいた。
グローツラングは気まぐれに穴を掘り、最深部の洞窟を更に拡張して、自分の住み心地の良い環境に作り変えようとしていた。
既にある坑道を崩して埋めて、新たに複雑な分岐点を持った隧道を掘り進めていく。
もはや、並大抵の冒険者では最深部にある送還の門に辿り着くことは叶わない。
また、宝石の丘へ向かった一行が戻った時、果たして帰還の道がわかるのかさえ怪しい状況だ。
地の底深く穿たれた洞穴は、そうして今も拡がり続けている。
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