第120話 集結の地(3)
「クレス、旅の仲間、どんどん集まってきた」
「ああ、予想以上に参加者が多いな。まだ、許容範囲ではあるが」
続々と集まる旅の参加者達を前に、ビーチェはやや気後れした様子が見られる。もともと人見知りする性格ではあるので、ここまで大人数に囲まれて緊張しているのかもしれない。
「そろそろ、ジュエルの奴も解放しておくか。
俺は晶結封呪の呪詛を解いて、岩壁に埋まったままのジュエルを解放してやった。
「ふぃ~。ようやく解放されたよー。へっ、娑婆の空気はうまいぜ」
どこか擦れた感じのジュエルにビーチェが抱きつく。
「ジュエル、久しぶり」
「おーとっとっ? わあ、ビーチェだぁ! 久しぶりだねー。十年ぶりくらい? ちっとも変わらないねー」
「そんなに経ってないから」
解放されたばかりのジュエルは時間感覚を失っているのか、まるで見当違いのことをほざいている。
「あぁ~らぁ、かわいらしい精霊さんね。クレストフの契約精霊?」
暇そうに拠点の近くをぶらついていたメルヴィオーサが、解放されたばかりのジュエルを興味津々に撫で回す。
「おい、メルヴィオーサ。あんまり近づくとそいつは……」
「うわーい! 綺麗なお姉さん! もっと撫でて撫でてー!」
甘い扱いをすると調子に乗りやすいジュエルは、案の定メルヴィオーサの豊満な胸に飛び込んでいき、顔をうずめて乳房を揉み上げる。
「あらあら、甘えん坊さんねぇ。人恋しい精霊なのかしら。こんなに懐いてくれて、私もうれしいわぁ~」
「むふふー……」
そこはさすがメルヴィオーサというべきか、胸を揉みしだかれようが全く動じることなく、その柔らかな胸でジュエルを包み込んでしまう。
(まあ、お互いに嫌がっていないのなら別に構わんが……)
メルヴィオーサは変態なので、変態精霊のジュエルとは相性が良いのかもしれない。
一方で、ジュエルを生理的に受け付けない人間もいた。
「げっ……。変態精霊……!」
拠点で休む以外にすることがなく、俺とビーチェの後について来ていたエシュリーが露骨に顔を歪めている。癖なのか、お尻を両手で押さえながらじりじりと後退していく。
一緒に来ていたミレイアも女性の胸を揉み上げている精霊を見て、顔を引き攣らせながら一歩、後ずさっていた。
イリーナとセイリスは無反応だ。こちらは肝が据わっているというところか。
「おい、ジュエル。それにメルヴィオーサ、戯れはその辺りにしておけ。また次の一団が到着したようだ。どんなやつらが来たのか、確認しに行くぞ」
「はーい! でも、もうちょっと、もみもみ~」
「ねぇ、クレストフ? この精霊、私がもらってもいいかしらぁ? こぉんなに懐いてくれたんですもの」
「いいわけないだろうが。さっさと行くぞ」
「ああ~、もうちょっと~」
俺はジュエルの首根っこを掴んで、メルヴィオーサから引き剥がし連れていった。
拠点へとやってきた参加者の一団は、全員が複雑な魔導回路を刻み込んだ全身鎧に身を包んでいた。
「は、初めまして、ハミル魔導兵団の代表、レーニャといいます。魔導都市ハミルのハミル魔導学院から来ました。よろしくお願いします!」
武骨な魔導鎧の中から響いてくる若い女の声。自己紹介は定型的で、色々と不慣れな言動からも人生経験の浅さが窺える。
ハミル魔導学院と言えば、優秀な術士を多く輩出している組織だ。経験の浅い学生と言っても、術士としての力量は年齢以上に優れているに違いない。
「俺は連盟所属の準一級術士、クレストフだ。よろしくな」
レーニャとハミル魔導兵団の面々は準一級術士という肩書きを聞いて一斉に体を竦め、どこか落ち着かない様子でこそこそと仲間内で話をしている。
「すごい、すごい……! 準一級術士とか、初めて見たかも!」
「一級の傀儡術士ミラさまも来ているみたいですよ~。有名人ですよ~」
「あ、私もさっき、クレストフさんと親しげに話しているの見ました」
「あれ、あっちにいる女の人、二級の氷炎術士メルヴィオーサじゃない。やっばー、半端ないよねこの
学生らしいといえばらしいのだが、完全武装の魔導兵装を着込んだ状態で行われる女学生の会話はどうにも異様な光景に思えた。
集まり来る同行者達との顔合わせをしていた俺は、その中に見知った顔が来ているのに気がついた。
「おうおう、クレストフ! 久しぶりじゃないか! こんな地の底で再会することになるとは思いもしなかったけどな!」
「久しいな、ダミアン。よくここまで来てくれた」
精霊術士の集まった一団、幻想術士団の筆頭術士ダミアンとの再会だった。
ダミアンとは魔導技術連盟への登録年が同期だったこともあって、何かと一緒に仕事をすることが多く、付き合いも長い。
「あのクレストフが他人を頼りにするなんて、よほど大掛かりな仕事だと思ってな。相当うまい話なんだろう?」
「手紙の詳細は見ただろう?
「ははは、そうかそうか。どうやら気合いを入れてきて正解だったみたいだな。今回は優秀な仲間も連れてきているぜ」
そう言ってダミアンは後ろに居並ぶ幻想術士団の仲間を紹介する。全員が紺の外套に青頭巾を被っている。俺の訝しげな表情を見て警戒していると取ったのか、彼らは次々に青頭巾をめくって挨拶してくる。
「初めまして、グレゴリーと申します」
「ミルド……だ」
だが、俺が気になったのは姿格好ではなかった。違和感は全員が青頭巾をめくってさらに強まった。
「彼らが……お前の仲間か?」
「おう、幻想術士団の仲間だ。全員がなにかしらの精霊と契約している」
「……全員、男だな。同行者に一人も女がいないとは、女好きのお前にしては珍しい」
俺の指摘に幻想術士団の面々が苦笑している。皆、ダミアンがどういう男かは承知しているらしい。ダミアンもまた苦々しい顔をしていた。
「ああ、女どもは置いてきた」
ダミアン自身の意図だと知って俺はますます首を捻った。
一から説明しないと俺が納得しないと悟ったのか、ダミアンは事情を詳しく話し始める。
「まーなんというかな、やった女達にことごとく子供の認知を迫られて困っていたわけよ。そこへお前さんから大きな仕事の依頼が来た。だからよ、『でかい仕事で一発当てたら全員まとめて面倒みてやる』って言って振り切ってきたのさ。身重の体じゃ、さすがにこの辺境までは追って来られないだろうしな」
「お前、最悪だな」
「うわ~い、女たらしー!」
「人としてどうかと思う……」
俺の隣にいたジュエルとビーチェが素直な感想を漏らす。
そして、一緒について来ていたミレイア一行やメルヴィオーサも口々に非難の声をあげた。
「最低です……」
「あーいるいる、こういう奴……」
「女の敵め」
「ちんかす野郎が」
「抑制の利かない猿ねー。やだちょっとこっち見ないで、妊娠するでしょ」
しっしっ、と手を振るメルヴィオーサの胸に、ダミアンは食い入るような視線を送っていた。
「お? おお!? 美人に、美少女がいっぱい!?」
非難の声もどこ吹く風、ダミアンは気にした様子もなく、自分を罵った女性陣を端から順に無遠慮な視線で眺め回す。
「いやいやクレストフ、お前さんこそどうしちまったんだ? 美女と美少女をこんなに引き連れて、羨ましいハーレムじゃないか」
「お前と一緒にするな。たまたま集まった人員だ」
「へえ、そうか? それにしちゃあ、綺麗どころが揃っている感じだが……」
「面倒は起こしてくれるなよ……」
注意しておかなければ無節操に手を出してしまいそうだ。昔からこんな調子であったし、ダミアンの性格は死ぬまで直ることはないのだろう。
諦観した想いで下心丸見えなダミアンの挙動を監視していると、そのいやらしい目つきが急に真剣なものへと変わり、一点に止まった。
視線の先には四枚の水晶翅をはためかせて宙に浮く、精霊ジュエルがいた。
「ほぉー……こいつがお前さんの言っていた
「んん~? お兄さん、精霊の匂いがするね~?」
ダミアンはふわふわと近づいてきたジュエルに手を伸ばし、震える翅に触れようとする。
途端に、じわりと地面から水が滲みだす。
「おっとっと、これ以上の接近はやめておこう。こちらの契約精霊が嫉妬する」
不用意にジュエルがダミアンへ近づいた為、ダミアンの契約精霊が威嚇をしたのだろう。
ジュエルにとってはどうという威嚇でもなかったのか、自分から距離を取ったダミアンを不思議そうに眺めている。
「何にしてもこれからの旅路、頼むぞ。色々な意味でな」
「どういう意味を含んでいるのかわからんが、まあ任せておけ」
俺は旧友と固く握手を交わし、旅の協力を約束しあった。
◇◆◇◆◇
宝石の丘への探索に参加する者達と顔合わせをする錬金術士クレストフ。
今、彼の人物は黒猫商会の猫人チキータと挨拶を交わしていた。
「ご無沙汰しておりましたクレストフ様。黒猫商会のチキータ、微力ながらお手伝いに参りました」
「補佐役のカグロと申します。クレストフ様、以後お見知りおきを」
「道中での物資の手配は任せる。頼んだぞ」
チキータが代表を務め、カグロ以下の烏人を部下として率いる黒猫チキータ商隊。
烏人は亜人の中でも突出して知能が高く、魔導も扱える。召喚術で物資を呼び寄せるなど、旅先での物資調達もお手の物だろう。
拠点には数多くの『お客』が集まっており、挨拶もそこそこに早速チキータ商隊は商売を始めていた。
彼らの姿を遠巻きに見ながら、四人の修道女が周囲には聞こえない小さな声で囁きあう。
「マ、マーガレット姉さま、あの幻想種……」
「ええ、一目見て確信しました。あれが標的――」
「
「ね、どうする、もう仕掛ける? 殺しちゃう?」
逸るエイミーの動きを手で制して、マーガレットは方針を告げた。
「今は周囲に人が多すぎます。邪魔が入らない機会を待って、確実に葬りましょう」
「まあ、それが妥当だな。先走るなよエイミー」
次女のジョゼフィーヌがエイミーに釘を差すと、不服そうにしながらもエイミーは引き下がった。
「あ、あの……マーガレットお、お姉さま。他にも気になる幻想種がいるのですが……」
三女のエリザベスは宝石喰らいとは別の方向に目を向けていた。
マーガレットが視線を追うと、そこには青頭巾を被った術士の姿があった。
「あ……、あの術士は、幻想種を連れています……」
「それが、どうかしましたか?」
「た、たぶん、魔導因子の固有波動から見て、聖霊教会で有害指定されている幻想種、『三日月湖の水妖』ではないかと……」
「間違いないのか?」
「て、手配書で見た固有波動のパターンと……い、一致します……」
エリザベスはかなりはっきりとした口調で言い切った。間違いはないのだろう。
「じゃ~あ~? あいつらも悪魔を使役する教会の敵、ってわけ?」
「罪状は?」
「ゆ、遊泳中の子供ばかり、湖の底に引き込んで……三百年間で犠牲者は延べ、は、八十人以上……」
その罪状を聞いて、マーガレットは深い溜め息を吐いた。人間に使役されている今、さすがにかつての様な悪行を続けているとは思わないが、それで罪が帳消しになるわけではない。契約から解放されて自由になれば、この手の精霊は必ず同じことを繰り返す。
「本来の標的ではありませんが……彼らもまた罪深き
「いずれ、機会を見つけて裁くとしましょう。悪魔とその契約者、共々に」
本人の知らぬ間に、黒き聖帽の四姉妹は幻想術士団を悪魔契約者と断定した。
彼らもまた悪魔を庇護する咎人、クレストフに次ぐ抹殺対象として認識されたのである。
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