第119話 集結の地(2)
宝石の丘への旅路、その出発地点に続々と旅の同行者が集まり始めていた。
俺は集合してきた面々と簡単に挨拶を交わしながら、その実力を推し量っていた。
「お前が錬金術士クレストフか。私はファルナだ。よろしく頼む」
「ああ、道中よろしくな」
ビーチェ達の後に集合地点へ辿り着いたファルナ剣闘士団は、六人全員が霊剣か妖剣の担い手という異様な集団だ。一人一人からただならぬ威圧感が漂っており、相当な修羅場をくぐってきたことが窺い知れる。
(……常に殺気が漲っているのは気になるが、実力は申し分なさそうだな)
腕が立つのならこの際、細かい素性は気にしない。個々の能力でも、集団の戦力でも彼女らには期待できそうだ。
「イリーナ、お前達もやはり来ていたか」
「ああ! タバルの旦那じゃないか。お疲れさん」
霊剣泗水を携えた傭兵隊長タバル。部下の傭兵達、約二十人を率いてやってきていた。
見たところ熟練の傭兵達のようだが、果たして宝石の丘への旅路でどれだけの役に立つか。隊長のタバルは霊剣の担い手のようだし期待できそうだが、はっきり言って他は戦力として微妙だ。数より質が重要である。
「んー! 一番乗りじゃなかったのか! ざ~んねーん!」
「出遅れとるのはわかりきっていたことじゃろうが」
「まあまあ、出発前から競争していても仕方ありませんて」
エリザ武闘術士団。たった三人だが、そこそこ強い武闘派術士達のようだ。
威勢のいい女拳闘術士が後の二人を引っ張っているのだろうか。猪突猛進で頭の弱そうな女だが、その辺は老術士の知恵と冷静な青年術士が均衡を保っているのかもしれない。
そして、次々と集合場所に到着する集団の中でも、三十人を超える特に大きな集団がやってきた。
獣と人の混血、屈強な体格と分厚い毛皮に覆われた亜人種達の兵団。彼らは自分達をグレミー獣爪兵団と名乗っていた。
「けぇーっ! しけた野郎どもだぜ。こんなやつらと連れ立っていくのかぁ?」
兵団の頭は狼人のグレミー。禍々しい気配と独特の意匠をした金属性の鉤爪を腕に装着しており、一目見て優秀な狩人だとわかる足運びをしている。分隊長の三人の亜人達も並外れた力を持っていそうだ。
「よおよお、てめえがこの、ぶっ飛んだ旅行を企画したクレストフって奴かぁ?」
亜人達を観察していたら、兵団長のグレミーが絡んできた。純人に比べ、多くは気性の荒いのが亜人の特徴だ。
「腕の立つ人間を出世払いでタダ働きさせようって言うんだから、ずうずうしい奴だよなぁ!」
「旅の糧食くらいは用立てるさ」
言うよりも見せた方が早いと、拠点に置いてあった干し肉を持ってくる。
鼻の良いグレミーは、その肉が香辛料の利いた上等な赤身の肉だと察したらしく、だらんと口元から長い舌をのぞかせた。
「へ……そんな食い物で釣ろうったって……」
「見るよりも実際に食べてみろ」
「うおっ!?」
俺が無造作に放り投げた高級干し肉を、口を使って空中で捕らえるグレミー。そのままむぐむぐと肉を噛み締める。
「ちっ……肉を放り投げるとか、食いもんを粗末にするんじゃねぇよ。これだから純人は……」
散々文句を言った挙句、干し肉で釣られてしまうあたりは狼人の
「あ、兄貴ぃ……」
分隊長である
試しにブチにも干し肉を投げてみる。
「ほれ」
「ぐぅああぅっ!! がふっ!!」
もの凄く恐ろしい形相で肉に喰らいついてきた。野生の血はやはり猛々しい。
俺がグレミーとブチを餌付けしている間、暇を持て余したビーチェは分隊長の熊人グズリと見つめあっていた。
「熊さん……」
「ん? 何だ、嬢ちゃん」
「
「ふは、俺の相手にはならんなぁ、野の獣ごときじゃあな」
自信満々に言ってのけるグズリに、目を輝かすビーチェ。
「うぉおらぁっ!! グズリ! てめえは何で、ガキと和んでやがるんだ! ちったあ、緊張感をもちやがれ!」
「あ、兄貴……干し肉、咥えたままじゃ説得力ねぇっすよ……」
口いっぱいに肉を頬張りながら言うブチもブチであった。
「やれやれ、これでは亜人が田舎者と思われてもしかたありませんな……」
唯一人、達観したように馬人のボーズが呟いていた。
「ワレ、クレストフか。ワイ、ガザンじゃ。コンゴ魔獣討伐隊の長やっとる」
「……魔獣討伐隊? 随分と大変な
コンゴ魔獣討伐隊。五組の屈強な騎士と屈強な術士で組まれた隊である。
俺と同じ術士とは思えない、というよりも女であるのかさえ疑わしい身体の鍛え方をした術士達がいる。装備も戦士のような格好で、巨大棍棒や極太の槍を持った姿は山賊ではないかと見間違えてしまうほどだ。
宝石の丘への道は秘境が続く。魔獣の類とも遭遇するかもしれない。魔獣を専門に討伐している騎士と術士なら、かなりの強敵と遭遇しても戦えるだろう。
「期待、するといい。コンゴの戦士は皆、精強」
「そのようだな。戦闘になった時には頼らせてもらおう」
術士はともかく、単純に騎士が五人もいるのは思いがけない大きな戦力だ。
騎士は例え三流であっても、一騎当千の兵だ。その騎士が数多く参加することは、この旅の安全率を高めてくれる。
そしてまた一集団、強力な助っ人がやってきていた。
「貴公が準一級術士のクレストフ殿か! 私の名はベルガル・トラード! 我ら
「ああ、俺がクレストフだ。王国の協力、感謝する」
差出した右手をベルガルは何の警戒もなく握り返してきて、ぐぐっ、と力を入れたかと思うと目を見開いて意外そうな顔で驚いていた。
「やや!? 術士という割には、なかなかの筋力をしている……。ううむ、お主、相当鍛えているな?」
「本職の騎士にそう言われると悪い気はしないな」
「うむ! 気に入ったぞ! 術士共はどいつもこいつも非力で頼りないと思っていたのだが、ここに集まった術士はそうでもないようだな。感心感心!」
俺の手を握りながら、コンゴ魔獣討伐隊の術士達を見て力強く納得するベルガル。頼むからあちらの術士と俺を一緒に見ないでほしい。
「……なんにしろ、王国からの助力は本当にありがたい。騎士団を一つ寄越してくれるとは奮発したもんだ」
「ぬわっはっは! この貸しは高くつくぞぉ!」
騎士隊長ベルガルは軽く言っているが、実際にこの借りは大きなものになるだろう。宝石の丘を見つけたあとの取り分は、相当な量を持って行かれるはずだ。王国としても、宝石の丘という国庫を潤す莫大な利権は見逃せなかったに違いない。
(それでも俺が十分な利を得る算段は取ってある……。精々、俺の為に働いてもらうとしよう)
表情には出さず、国選騎士団を出し抜くことを考えていると、不意に外套の裾を引っ張られる感触が生まれた。
どうせビーチェだろうと振り返ってみると、そこに見慣れた黒髪金眼の少女はおらず、代わりに丈の長いローブとレースのついたボレロを羽織った、小柄な少女が背後に立っていた。
体格に不釣合いなローブを引きずりながら、ガラスの瞳が上目遣いに見つめてくる。
「ちょっと、ちょっと。あんたでしょ、ここの洞窟の魔導人形作ったの」
作り物めいた美しい顔立ちの少女。しかし、その所作は幼さよりも老獪さを滲み出すもので、腰の曲がった小さな老婆を相手にしている錯覚に陥る。
(――いや、錯覚ではないな。本質は間違いなく、齢を重ねた……魔女か?)
よくよく少女を観察して見れば、身体のあちこちに継ぎ接ぎしたような切れ目がある。表面の質感こそ見た目は人のそれだが、実際は硬質の材料で作られた身体だろう。筋肉の脈動が一切なく、全体の動きに若干の固さがある。
(魔導人形の身体を有した傀儡術士か……)
「……確かに、ここの魔導人形は俺が配置したものだが」
「そ、見たわよ。洞窟上層部で、あんたの魔導人形。いい
「あ? ああ、そうか? まあ、魔導人形の
「それ。それよ。最近の若い傀儡術士はそれがわかってない奴多いのよ」
「そう言うあんたは年齢幾つなんだ。その身体は作り物だろう」
「歳を聞くんじゃない、呪うわよ」
どうやらかなりの高齢であるらしいことが、今のやり取りでわかった。
「古参の傀儡術士で、自我を人形に宿す……ひょっとしてあんた一級術士、傀儡の魔女ミラか?」
「あら、御明察。って言っても、少し考えればわかるわよね。近頃は人気ないのよ、人形使いは。後継者不足なのよね、やれやれ」
「俺は錬金術士だぞ」
「わかっているわよ。ただ、人形使いとしても見込みがあったから、そっちの方面に力を入れるのもお勧めするわ」
一級術士のお墨付きとなれば、術士としての将来は約束されたようなものだ。普通は喜んで師事するところだが、あいにくと俺は自分自身が一級術士になる予定なのだ。いまさら誰かの下につく気などない。
「まあ、そんなわけで。その、あれね。せっかくだし宝石の丘への旅路、付き合ってあげるわ。貴重な才能に、つまらない所であっさり死なれても面白くないし。他に知り合いも一人、同行する予定があるから」
「知り合いがいたのか。親しい間柄なのか?」
「別に。ただ危なっかしくて放っておけないだけよ。あんたみたいにね」
ミラの視線の先には、大声で仲間を鼓舞する騎士ベルガルの姿があった。感情の篭らないはずのガラスの瞳が、母が子を見るように優しげな光を湛えていた。そして、そんな視線が自分にも向けられるのに、俺はむず痒く居たたまれない気持ちになってしまった。
「……ともかく、一級術士の協力が得られるとは思っていなかった。歓迎する。旅程によっては数年の長旅になるかもしれないが……」
「気にしないでいいわよ。飽きたら途中でも帰るから」
「ああ、そうかい……好きにしてくれ……」
一級術士は自己中心的な人間が多いと言われるが、ミラもまた例外ではなかったようだ。
あまり期待しすぎるのは危険かもしれない。
もっとも、初めから『同行者』を募っているのであって、『協力者』を募っているわけではない。
お互いが利益のために利用しあう関係。
少しでも宝石の丘へ到達できる可能性を高めるための策に過ぎない。
群れを成せば生存率が上がる。ただそれだけの関係だ。
つい仲間意識を持ってしまいそうになる自分を戒め、俺は次なる同行者達との顔合わせに向かうのであった。
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