【ダンジョンレベル 16 : 終わりなき洞穴】
第118話 集結の地
俺は、待っていた。
地の底深くに潜って拠点を作り、宝石の丘へ向かう準備を進めながら。
集結の地で一人、同行者達が現れるのを待ち続けていた。
今、ここにいるのは俺一人だけだ。
おかげで静かに、集中して、新たな魔導回路の開発に取り組むことができている。
……ぅゎ~ん……ぅゎぁ~ん……。
遠くから蚊の鳴くような声が聞こえてくる。物悲しい響きを含んだその声は、ただひたすら助けを求めていた。
しかし、俺は一切気にせずに新型魔導回路の開発に勤しんでいた。
最初に屑宝石から幾種類もの魔導回路を作りだし、転写用の処理を施して作業台に並べていく。
そして、これら複数の魔導回路を転写する先、本命の宝石を作業台の中心に据えて、俺は一つ一つ丁寧に魔導回路の転写を行っていた。
黒々と光る
幾つかの術式を複合的に組み合わせることで、儀式呪法の魔導回路は完成する。
本来ならば多種多様な魔導回路を刻む為の広大な面積に加え、魔導因子を供給する多数の人員を必要とするのが儀式呪法である。だが俺は、純度が高く耐久力のある結晶に魔導回路を立体的に刻み込むことで、回路の集積密度を高めていた。
また、天然の宝石はそれ自体が高密度に魔導因子を貯蔵しているので、これに魔導回路を直接刻み込むことで、魔導因子の散逸による魔力損失を抑えることができ、手の平に握り込める程度の結晶でも大規模な儀式呪法並みの術式を行使できるようになるのだ。
(……後は人造結晶にも魔導因子を貯蔵する方法を開発できれば完璧なんだが、そっちの研究にはまだまだ時間がかかりそうだな。研究用の宝石も大量に必要になってくる。宝石の丘まで辿り着けば、宝石の在庫を心配する必要もなくなるわけだが……)
新しい魔導回路の開発を行う一方で、脳裏では次の研究のことを考え始めていた。そんな工作と思索に没頭していた俺の耳に、ふと遠くからか細い声が聞こえてくる。
……ぅぁぁ~ん……ぅゎぁぁ~ん……。
……とりあえず、聞こえなかったことにしよう。これが完成するまでは相手をしている暇はない。
部品となる基本単位の魔導回路を準備し、転写して、それらを接続する緻密な作業をこなし、あと少しで完成なのだ。
ここまで来て『振り出しに戻る』など考えられない。
いまここで奴を解放して、もし完成間近の至極の一品を喰われようものなら、俺は今度こそ奴を手にかけてしまうかもしれない。
(冷静になれ……今ここで奴を消してしまったら、宝石の丘への道が断たれてしまう。とにかく、今は相手にしなければいい。新型魔導回路が完成したら、後は肌身離さず俺が持っていればいいだけのこと……)
一度、集中をしてしまえば遠くから聞こえてくるか細い声など気にならなくなった。
作業を始めてから何刻ほど経った頃か、俺は静かに息を吐き出しながら作業台の上に散らばった屑石を掻き集めて端に寄せた。
「完成だ……」
深く輝く闇色の宝石を摘み上げ、魔導回路の仕上がり具合をじっくりと確かめる。
間違いなく過去にない最高傑作となった。いざというときには切り札として、存分に力を発揮してくれることだろう。
緊張を解いて大きく肩を回すと、関節がぱしぱしと音を発した。随分と長い時間、作業に没頭していたので体も固くなってしまっている。
(少し、散歩でもするか)
地下深くの洞窟では岩肌ばかりで散歩といっても風情も何もないが仕方ない。
久々に拠点から出て、なんとはなしに見上げた岩壁に、半身を埋め込まれた状態で項垂れている一匹の
「そう言えばすっかり忘れていたな、お前のこと」
「ううぅ……ボスひどい~……」
喧しい精霊ジュエルは俺の作業の邪魔をするばかりか、研究中の魔導回路を散々に喰い散らかしたため、近くの岩壁に埋め込んで水晶で固めてあったのだ。
だが、集合期日も近づいていることだし、そろそろ解放してもいいかもしれない。
「聞くだけ無駄だとは思うが、聞いておくぞ。ジュエル、少しは反省したか?」
「はいは~い! 反省した! 反省しました! もう二度と、決して、金輪際、ボスの宝石には手を出しません! だから、ここから早く出して~」
「……返事が軽いな。もう少し反省が必要か」
「待って! 待って! 行かないで! 本当に反省しているから~!!」
喚くジュエルを放って、俺は拠点へと引き返した。
拠点へ戻る途中、斥候として辺りを巡回していた眷属の吸血蝙蝠から下層部に人間の気配あり、と信号が送られてきた。
「ようやく誰かしら、旅の同行者が来たか……」
遅刻者は無視して置いて行くだけだが、早めに来た者はそれなりに相手してやらねばなるまい。それに、時間があるのなら同行者の素性や能力を知っておくのも悪いことではない。
岩壁に幾つも掘られた横穴。下層部拠点には、旅の同行者が出発までの間、英気を養うための部屋を用意した。
その入り口の前に、一人の見知った女が立っていた。紫色に染め上げた長髪の目立つ、豊満な胸を持つ若い女術士だ。
「早いな。お前が一番乗りだ。――氷炎術士、メルヴィオーサ」
メルヴィオーサは俺が声をかけると妖艶に腰をくねらせて、わざとらしく切れ込みの入ったドレススカートから太股を覗かせる。
「ほんっとうにごぶさたね、クレストフ。宝石の丘への同行者募集、見たわよ。ちょっと来るのが早かったかしら。でもまあ久しぶりの再会だし、積もる話もあるからいいわよねぇ?」
意味もなく色香を振り撒き、俺の肩へとしな垂れかかってくる。俺はすぐにメルヴィオーサを振りほどいて距離を取る。
「馴れ馴れしくするな」
「んもー、相変わらず誘惑しがいがないわぁ~」
こんなやり取りはいつものことだ。いちいち反応したり、構ってなどいられない。
「それにしても、招待状なしによくここまで来られたな」
「あら、そんなものあったの? でもまあ、私には必要なかったわねぇ」
ひらひらと手を振って、ここまで来るのが何でもないように言ってくれる。守護者と直接対決したなら、いくらメルヴィオーサでも倒すのは難しいはずだ。
だが、単純な戦闘技能だけでなく、様々な用途の術式を修得しているメルヴィオーサのことだ。ここまで隠密系の術式か何かでうまく守護者達をやり過ごしてきたのだろう。
そうこうして適当にメルヴィオーサの相手をしているうちに、眷属の吸血蝙蝠が再び人間の気配を感知してきた。今度は五人組のようだ。
「どうやら、次の団体が到着したようだな。お前との話は後だ。そこの洞窟に休憩用の部屋を用意してあるから、出発予定日まで好きに使え」
「もう、つれないわねー」
休憩できる場所を教えてやったのに、メルヴィオーサは拠点へ入っていく様子がない。どうも俺と一緒に他の旅の同行者達を迎えるつもりらしかった。
(……まあ、好奇心旺盛なこいつのことだ。一人で部屋に篭っているのも性に合わないんだろうな)
それきり俺も文句を言うことなく、次なる客の到来を待った。
吸血蝙蝠の連絡があってからしばしの時間を置いて、女ばかりの五人組がやってきた。
彼女らは冒険者や術士、それに騎士もいるようだった。
そして、いま一人。
あちこち跳ねて伸び放題の黒髪に、特徴的な金の瞳をした背丈の小さい少女。
白い法衣を着た女術士の陰に隠れているが、見紛うことなく街に置いてきたはずのビーチェだった。
俺は真っ直ぐに四人とビーチェの元へ歩み寄った。
彼女らが何か言うより前に、先手を切って俺はビーチェに向けて言葉を発した。
「ビーチェ。何故、お前がここにいる」
「…………」
言いつけを破って来たことに後ろめたさがあるのか、ビーチェは視線を逸らして黙り込んだ。
俺は即座に手の甲でビーチェを張り倒した。
ばちん、と肉と肉がぶつかり合う音がして、ビーチェはその場に尻餅をつく。
白法衣の女が慌ててビーチェの背中を支え、何か言いたそうに俺を睨んできた。
俺は女の視線を無視して、ただビーチェを真っ直ぐ見据えて言い放った。
「街に居ろと言っただろう! 今すぐに帰れ!」
「あ、あぅ……。や、やだ……!」
ビーチェは震える足でよろよろと立ち上がり、喉から絞り出すような声を出して俺の命令を拒絶した。
退かぬ構えを見せるビーチェに、半端な言い方では帰りそうもないと思った俺はより強く言い含める。
「ふざけるな。遊びじゃない、命を懸けているんだ!」
「クレスと……。それでもクレスと……! 一緒に居たいからっ……!!」
すかさず言い返してくるビーチェの言葉に俺は一瞬、言葉が詰まった。
「このっ……!」
涙に潤んだ金色の瞳が見返してくる。
その目を見ると胸の内で途端に怒りが霧散していった。
魔眼の威圧に負けたわけではない。
むしろ逆だった。
ビーチェの瞳からは一切の威圧感が失せ、ただ決意に満ちた光が宿っていた。
いつの間にか魔眼を制御できるようになっていたのか。
――俺とて、別にこの瞳を遠ざけたかったわけではない。
連れて行けば帰還の成功率が低くなることが目に見えていた。俺だけならばともかく、ビーチェが生きて帰ることのできる保証はない。それでもここまでやってきた少女の気持ちを思えば、俺もまた覚悟を決めなければいけないのかもしれない。
「……ここまで来たんだ、覚悟はできているんだろう」
正面で向き合ったビーチェの目はまっすぐに俺を見て揺るがない。既に覚悟は決まっているようだ。
「俺はお前のことまで助ける余裕はない。自分の身は自分で守れ」
「うん」
「途中で力尽きれば、俺はお前を容赦なく置いていく」
「わかった」
「それでも、一緒に来るんだな?」
「それでも一緒に行く」
ビーチェの意思を確認し、俺も覚悟を決めた。
「よし……。それならもう帰れとは言わない」
俺はビーチェを抱き寄せて、頭を撫でてやった。久しぶりの感覚でぎこちない手つきになってしまったが、それでもビーチェは嬉しそうに目を細めた。
「よくここまで来た、ビーチェ。俺も……また会えたことが嬉しい」
「クレスも?」
「できることなら一緒にいたいと思っていたさ」
それは確かな本音だ。
感情より理性で判断し、ビーチェを街に置いてきたのだが、結局はこうして一緒に行くことになってしまった。
こうなることがわかっていたなら出発前にもっと同じ時間を共有できていた、そのことを今更ながら後悔している自覚があった。
「あらあら、妬けるわね~」
「茶化すな」
隣を見れば、メルヴィオーサがにやにやと下品に笑っている。メルヴィオーサの姿を見て、ビーチェが怯えたように俺の背中に隠れる。ビーチェもきっと気が付いたのだろう、この女の変態性に。
俺の背中に隠れたついでに、これまでの鬱憤を晴らすかのようにがっしりと腰にしがみついてきたビーチェであったが、ふと辺りを見回して怪訝な顔をした。
「クレス、ジュエルは?」
「あ? ああ、あいつなら……あそこだ」
拠点から少し離れた岩壁に体を半分埋め込まれ、その上から水晶で固められたジュエルを指差す。
「何で……?」
「懲罰だ」
「クレス、やりすぎ」
「それだけのことをしでかしたということだ」
「…………そっか」
感情の篭らない俺の言葉に、賢いビーチェはどれほどのことが起きたのか察してくれたようだ。
やはり、ビーチェとは一緒にいて気分がいい。
宝石の丘への旅路でこの少女を失うかもしれない恐怖はあったが、今だけは共にいられる幸せを感受することにした。
◇◆◇◆◇
俺とビーチェの話し合いが一段落したところで、白い法衣を着た女術士が静々と前へ出てきた。
「慕われているんですね……少し、嫉妬してしまいそう」
よくわからないことをぼそぼそと言っているが、それは独り言のようだった。
女術士は姿勢を正し、丁寧な口調で自己紹介を始めた。
「ご挨拶遅れました。改めまして、魔導技術連盟所属の三級医療術士、ミレイアと申します」
「医療術士か、珍しいな。準一級術士のクレストフだ。どうもビーチェが世話になっていたようだな。感謝する」
「あ、いえ……世話になっていたのはこちらの方かも……」
「うん? どういうことだ?」
何故かしどろもどろになって言いよどむミレイア。その場にいた他の者達も微妙な表情で視線を逸らしている。ビーチェだけは一人きょとんとして無反応だった。
俺はとりあえず細かいことは気にせず、改めてミレイア以外の人員を見やった。
「あ……ああっ……!?」
すると、金縁白塗装の鎧を着た、何処かで見たような気のする女騎士が、目を大きく見開いて鼻息荒く近寄ってきた。後ろで一括りにした長い髪が揺れている。
女騎士は素早く俺の両手を取ると、胸元辺りに持ち上げて叫ぶ。
「師匠!」
「誰が師匠だ」
突然、意味不明な言動をとる女騎士に対して、俺は手を振り払って一歩下がる。女騎士は少し悲しそうな顔をしたが、すぐに気を取り直したのか背筋をぴんと伸ばして声を張り上げる。
「私は騎士協会所属、セイリス。クレストフ殿! 貴方に指南して頂いたおかげで、念願の騎士になることができました!」
「指南? そんな覚えはないが……」
「わかっています、当時の私など一介の剣士に過ぎませんでした。しかし、例え貴方が覚えておられなくても、私は恩義を忘れてはいません! 是非、師匠と呼ばせてください!!」
「断る」
はっきりと拒否したにも関わらず、セイリスは怯むことなく詰め寄ってくる。
「ではせめて、心の師匠として敬わせてください!」
「まあ、それは勝手だが……俺は術士だぞ?」
「関係ありません。師匠は術も剣も優れた使い手。その事実を私は知っています!」
「もう、好きにしてくれ。それで、その自称弟子は宝石の丘へ同行するつもりで来たのか? そうなら歓迎するが、違うなら帰れ」
「お供させてください! よろしくお願い致します!!」
どういう勘違いかはわからなかったが、見たところ正規の騎士には違いなく、腕もそれなりに立つように見えた。戦力としては申し分ないだろう。性格はかなり問題がありそうだが、同行を断る理由はなかった。
「よろしければ私も同行させてもらえますか。宝石の丘へ」
それまで脇で静かに俺達のやり取りを見ていたミレイアが発言する。
「いいんだな? 往復で何年かかるかも知れないんだぞ。興味本位で同行できる旅じゃない」
「ええ、承知しています。貴方とビーチェの行く末を見届けさせてください」
「俺とビーチェの、ね。まあ、いい。目的は何にしろ、宝石の丘へ向かうというのなら同行を許可する」
やや気になるところのある人物だが、しっかりとした覚悟は持っているようだ。ビーチェとも仲が良い様子だし、医療術士ともなれば旅路では頼れる存在となるだろう。
一方、宝石の丘への同行を申し出た二人とは対照的に及び腰になっている少女が一人いた。露出の多い革製の服を着て、土色のバンダナで髪をまとめた少女だ。
「うぇ、ミレイア、マジ? なぁ、ちょっとよく考えた方がいいと思うけど。セイリスもさ?」
「私は師匠について行くぞ! 願ってもない修行の旅だ。その宝石の丘へ到達できれば、騎士としても箔がつく」
「危険は大きいけど、一生遊んで暮らせる財宝が手に入る、ってのは魅力だね。あたしもその話、乗った」
「イリーナまで……!?」
冒険者風の女、イリーナも宝石の丘へ同行するらしい。多少、剣は使えるようだがどこまで戦力になるかは未知数だ。冒険者なのでダンジョン攻略などの面では知識や技術を期待できるかもしれない。
「エシュリーは行かないのか? 一緒に行こう! 私達ならどんな困難な道でもきっと進むことができる!」
セイリスがかなり強引にエシュリーと呼ばれた少女を誘っている。エシュリーは岩陰にしゃがみこんで何やらぶつくさと独り言を漏らしていた。
「……皆、先へ進むとか……あたし一人じゃ帰れないじゃんか……。……嫌だなぁ。……でも、もし宝石の丘に辿り着ければ……今までの失敗がひっくり返るほどの大成功だよな……うん、うん」
やがて、心の整理がついたのかエシュリーは立ち上がり、俺の正面に向き直った。
「よ、よし。あたしも行く、決めた! あたしはエシュリー! 大盗――」
「だいとう?」
「……やべっ。い、いや、あたしはしがない猟師で」
言い間違いでもしたのか、慌てふためく猟師エシュリー。
俺はエシュリーの顔をじっくりと観察し、上から下まで眺め回した。
エシュリーは居心地悪そうに表情を固くし、何故か後ろ手で尻を隠していた。肉付きは悪くない。それなりに修羅場もくぐっているのだろう。
「……そうか。道中は険しい地形を行くことになるから、猟師の勘は当てにさせてもらおう」
「ぇ、えぇ~……? ……こいつ、あたしのこと覚えてないのかよ……」
俺の激励が気に入らなかったのか、ぶつぶつと小さな声で再び独り言を漏らしている。猟師というのは単独で狩りをすることも多いと聞くし、独り言が癖になっているのかもしれない。
「なんにせよ、地下深くまで足を運んで疲れもしただろう。とりあえず、出発前に休憩できるよう拠点に部屋を用意しておいた。水や食糧もあるから、遠慮なく休んでくれ。ビーチェ、お前もな」
「部屋はクレスと一緒がいい」
「ああ、わかったわかった。じゃあ、後でな。俺はまだやることがある」
「やること?」
「ああ」
俺は数匹の吸血蝙蝠から、拠点へと向かってくる幾つもの集団の気配を捉えていた。
「ついでだ、ビーチェも顔を出しておけ。地獄の参道を共に行く、道連れの出迎えにな」
間もなく、底なしの洞窟・最下層に
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