第116話 英雄の足跡

※関連ストーリー 『深き地に生きる者』参照

――――――――――


 地下深く、底なしの洞窟の下層部には、土人ドワーフ達の住む地底の街が広がっていた。

 光苔の灯りが地底の街を淡く照らし、岩壁をくりぬいて造られた穴蔵を陰影濃く浮き上がらせている。


「ふにゃぁ……これはすごいです……!」

 ここまで深い地下において、土人達の街が存在していることにチキータは驚き、感嘆の声を上げた。

「このような地底に街があるとは驚きです」

 烏人のカグロも好奇心で黒目を光らせ、土人の集落に視線を注ぐ。


 土人は皆が皆、ぼさぼさに伸びた髪や髭で表情は窺いにくかったが、彼らもまた黒猫チキータ商隊と黒い修道女の四姉妹を物珍しそうな様子で眺めていた。


「これは……新たな販路の予感! カグロ! 出張店舗の用意を!」

「商隊長、どのような品揃えで?」

「食糧、衣類、生活雑貨……地下になさそうなものを種類多く!」

「承知しました。直ちに手配します」

「それから、買い取りも積極的に行っていくから。土人の鍛冶製品は地上で高く売れるに違いないしね!」

「全く同意見です。では物々交換を持ちかけてみましょう」


 商機を見逃さず、阿吽の呼吸で動き出す黒猫チキータ商隊。

 烏人のカグロは、他の烏人を呼び集めて物資召喚の手配を進める。その間にチキータが土人達へ朗らかに話しかけ、行商の根回しに奔走する。

 彼らは商人。例え地の底、世界の果てまで行ったとしても、その商魂に一切の曇りはなかった。


 ◇◆◇◆◇


 一方、マーガレットら黒き聖帽の四姉妹は土人の集落で奇妙な物を見つけていた。

 集落の広場に据え置かれた、真っ黒な石で作られた像。

 人のようでいて人とは思えない、身体から結晶を生やした異形の姿を象る像は、台座にはっきりとこう書かれていた。


 ――解放の英雄、クレストフ――。


 その刻印を見た四姉妹は情報収集をするため、集落のあちこちに散った。長女のマーガレットは近くにいた土人に詳細を尋ねていた。

「……もし、そこの土人の方。この像の人物はひょっとして、錬金術士クレストフのことでしょうか?」

「ああん? なんだ、外の客人。解放者クレストフを知っているのか? そうかそうかぁ、まああれほどの傑物なら地上で名が知られていてもおかしくないわなぁ」


 ぼさぼさ髪で髭面の土人が、まるで自分のことのように自慢げな態度で説明を始める。


「解放者クレストフはな、白亜の迷宮に巣くっていた宝玉の大蛇グローツラングという怪物精霊を屈服させて、俺達土人の集落を解放した英雄よぉ。おかげで今では地上とも交流ができて、ほれあんたらみたいな客人も増えてきた。今日は行商人も来ているようだし、日々の退屈を鍛冶仕事で紛らわしていた俺達からすれば、珍しいものばかりで楽しくなっちまう。英雄さまさまだな」


 クレストフをべた褒めする土人に丁重な礼を言って、マーガレットは他の姉妹と合流した。

 土人達の証言には多分に主観が混じり、信憑性に欠ける情報も多かったが、クレストフという術士が像のような異形の姿をしていたことは間違いないようだった。


「どう思いますか? 術士クレストフの、この姿は……」

「ま、まま、魔人化の呪詛……でしょうか。き、禁呪……を使ったのかもしれません……」

「許しがたいことだな」

「やだもー。悪魔と契約して、禁呪も使うとか、けがれすぎじゃない?」

 錬金術士クレストフが原型である異形の像を前に、四姉妹は口々に非難の声を漏らしていた。


「しかし、この石像だけでは証拠に乏しいですね」

「そんなの、本人を追い詰めてみればわかると思うけどなー」

「た、確かに……自分の命が、か、懸かる状況なら……」

「正体を現すかもしれん、ということか」

 相変わらずの単純思考で、しかし的を射た四女エイミーの意見に、三女のエリザベスと次女のジョゼフィーヌも頷いた。


「でもさあ、証拠なんてそもそも必要あるの? どちらにしても、殺すんでしょ?」

「罪状を明確にしておけば、後々の連盟との折衝で役に立つのですよ」

 体を黒い水晶に覆われた魔人。禁呪を使ったその姿を録場機で捉え公開してしまえば、クレストフは聖霊教会のみならず魔導技術連盟からも追われる身となり、窮地に追い込まれることだろう。単純に、クレストフを抹殺した後、連盟から報復を受ける危険も減らすことができる。


「大義が立てば、仕事の後始末も容易ということか」

「そ、そうですよ、エイミーちゃん。よ、よよ、世の中には、大人の事情というのが、あ、あるんです」

「ふーん。けど、ることは変わらないんでしょ?」

「ええ、変わりません。術士クレストフが、この洞窟を生きて出ることはありません」

 マーガレットはあくまで平静にクレストフの死を宣告する。

「大罪を犯した悪魔、宝石喰らいともども浄化の炎で灰にして差し上げましょう。その為にも、今は標的の懐深くへ忍び込むことが肝要です」


 マーガレットは黒い魔人の像を背に、遠くで出店を開き始めている黒猫商会を冷めた目で見つめていた。

「打算で動く人間は扱いやすい……。術士クレストフも、そういう性格だと付け入りやすいのですがね」


 まだ見ぬ標的をいかに追い詰めるか、狩る者の凄みがマーガレットの表情には滲み出ているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る