第111話 集う強者ども(6)

※関連ストーリー 『地獄の釜』『石の魔獣』参照

――――――――――


 地底に広がる古代遺跡の石畳を、青い頭巾を深く被った怪しげな装いの一団がゆっくりと歩いていた。

 薄暗闇と溶け合うように丈の長い紺の外套が揺れ、胸元に掲げた魔導ランプの青い光は、まるで死者の一団を導く人魂のようである。


「ここか?」

「ここのようですね」

 彼らは遺跡の建物の中でも一際大きな神殿を前に、地図を確認して頷き合った。

 間違いのないことを一度確認すると、後は迷うことなく神殿へと足を踏み入れる。


 先頭を行く青頭巾の男が魔導ランプを前へと突き出して建物内部を照らすと、奥の祭壇付近に四つ腕を持った巨大な石の魔獣ガーゴイルの影が浮かび上がった。

 ガーゴイルは地響きを鳴らしながら一歩、大きく前進してきた。

 青頭巾の一団に緊張感が走り、彼らの周囲で魔導因子が活性化する。いつでも魔導を使えるように戦闘態勢が取られたのだ。

 しかし、先頭に立つ男が腕を横に伸ばして静止の合図を送る。


「待て、全員落ち着け。これはたぶん、あれだ。この石の魔獣ガーゴイルはクレストフの支配下にあるやつだ。『招待状』を見せれば襲ってこない」

 先頭の男は懐から一欠けの水晶を取り出す。男にならって他の青頭巾達も水晶を取り出して、頭上に掲げる。

 ガーゴイルはゆっくりと首を巡らせて、青頭巾の一団が掲げた水晶を確認していく。

 全ての青頭巾が水晶を掲げていることを確認し終えると、ガーゴイルは静かに後退して元の定位置へと戻った。


「心配はいらないとわかっていても、冷汗がでますね」

「なに、招待状が無効でも押し通ればいいだけさ」

「無茶はよしてくださいよ、ダミアン。我々の目的は宝石の丘ジュエルズヒルズなんですから。出発地の集合場所に着く前に怪我でもしたら面倒です」

 先頭の男ダミアンの軽口に、すぐ隣にいた青頭巾が苦言を口にする。ダミアンは「はい、はい」と反省する素振りもない返答で適当にごまかしてしまった。


「それじゃあ先へ進むとしようぜ」

「ええ……。おや? ちょっと待ってください。何者か、複数の人間が近づいているようです」

 先へ進もうとするダミアンを止め、青頭巾の一人が周囲を窺うように耳を澄ませる。

 すると、不意に青頭巾の背後に半透明の白い人影が出現し、耳打ちするような仕草を見せてからすぐに消え去る。

 その光景は周りの者にもはっきりと見えていたが、誰一人としてそのことを言及する者はいなかった。


「どうだ、グレゴリー? 探れたか?」

「人数は十人以上。いずれも術士のようです」

 地下遺跡は静寂に支配されており、生き物の気配もまるで感じられない。

 だが、白い人影に囁かれたグレゴリーは確信を持って口にした。

「まだ、遺跡の端あたりを歩いています。分散して、探索をしていますね」

「そうなると飛び入りの参加者か……鉢合わせると厄介だな。先へ進むか」


 ダミアンはガーゴイルの股下を潜って、祭壇奥にある扉を通って暗い回廊へと入り込む。

 グレゴリーや他の青頭巾達も足早に奥へと進んだ。

 クレストフの招待状を持つダミアン達は扉を守護するガーゴイルに対して身内と認識されている。

 だが、今も遺跡の探索をしている連中は招待者ではない。招待者なら洞窟の地図もクレストフから受け取っているはずで、遺跡を虱潰しに探索しているのはつまり、宝石の丘への探索に同行しようとしている飛び入りの参加者だ。

 彼らがこの場に現れた時、ガーゴイルがどういう行動を取るのかは容易に予想できる。この場にいれば必要のない戦闘に巻き込まれる危険性が大きかった。


 ダミアンは全員が奥の回廊へと入ったところで扉を閉じた。

 魔導ランプの明かりだけが頼りの暗がりで、ダミアンは地面に腰を下ろすと他の面々にも座るように促した。

「後ろの連中がどれくらいの手練れか、気にならないか?」

 悪戯な笑みを浮かべるダミアンに困惑する青頭巾の面々。グレゴリーだけは「仕方がない」といった感じで苦笑している。

「旅の同行者となるかもしれない人達。そして、いずれ競争相手になるかもしれない相手です。少し探っておきますか?」

「ああ、やっぱり気になるよな。俺も調査は必要だと思う」

 ダミアンの思惑を理解した他の青頭巾達も異論はない様子で、後続の連中が神殿へと来るのを扉の裏で待つことになった。



 待つこと半刻ほど、にわかに神殿内が騒がしくなってきた。

「ようやく来たな」

「ええ、来ました。それでは観戦といきましょうか」

 グレゴリーが指をパチリと鳴らすと、先頃も背後に現れた半透明の白い人影が、今度は肉眼でもはっきりと見える形で姿を現した。

 薄っすらとした霞を纏う、少女のような外観の何者か。涼やかな緑色の瞳はどこか遠くを眺めているようにも見え、細く真っ白な素足は地に汚れることなく浮いており、それの周囲では常に風の流れが渦巻いていた。


風妖精シルフ、音を運んできておくれ」

 広く世界に分布し、気体の自然力を司る精霊、風妖精シルフ

 一般的に契約しやすい幻想種とされており、精霊術士ならばまずシルフと親交を深めよと言われるほど有名な精霊である。

 地域によってその性格は様々に異なるが、風の精霊と名付けられる通り、風に関わる精霊現象を引き起こしてくれる。

 グレゴリーが契約したシルフもまた地域色の強い『三陸三海トラキアの風精』として分類されていた。


 シルフはグレゴリーの呼びかけに応え、扉の隙間から風を運び、神殿内の音を回廊まで伝えてくれる。

 グレゴリーは音の伝達に成功すると満足そうな笑みを浮かべ、隣に座るダミアンともう一人別の精霊術士に声をかけた。

「ダミアン、ミルド、あとはあなた方の精霊の力を貸してもらえますか?」

「ああ、もちろんだ」

 ダミアンは気軽に請け合い、精霊術士ミルドはグレゴリーの要請に無言で頷いた。


「来い、水妖精ウンディーネ。浅き水の溜まりをここに」

 何もない場所に向かってダミアンが指示を出すと、地面がじわりと湿気を帯びて、回廊の床に浅い水溜りが生じた。水溜りは扉の下を通って神殿方向にも広がっていく。

 精霊は姿を見せなかったが、確かにそこにはウンディーネの存在が感じられた。


 水溜りが出来上がると、今度は精霊術士ミルドが前へ出る。

「……水鏡の精霊リフレクス、動くものの姿を映し出せ……」

 ミルドが契約を交わす精霊は『水鏡の精霊リフレクス』。水面の反射現象を操る精霊で、一般にはあまり認知されていない希少性の高い幻想種である。

 ミルドの呼びかけに応えたリフレクスは、水溜りの反射にちらちらと小さな姿を映りこませ、軽やかな舞を見せつけてから消えた。リフレクスが姿を隠した後、回廊の床に広げた水鏡に神殿内の様子が映し出された。



 水鏡に映し出されたのは、ガーゴイルと対峙する一団の姿であった。

 一団は術士達の集まりに違いないはずだが、その姿恰好はおよそ一般人が思い浮かべる術士像とはかけ離れていた。

 普通の人間が術士と聞いて思い浮かべるのは、それこそダミアン達のような目深の頭巾と丈の長い外套姿であろう。

 しかし、水鏡に映し出された一団は、複雑な文様の刻み込まれた全身鎧と盾、そして同様の意匠が施された剣などで武装しており、太古の時代の騎士ではないかと疑われそうな装いだ。


 無論、それらは単なる重武装とは異なる。

 術士が見れば一目瞭然、装備に刻み込まれた文様とは魔導回路である。

 彼らは魔導回路を刻み込んだ魔導剣や魔導鎧など、いわゆる魔導兵装に身を固めていたのだ。


「臆するな! 敵は一体! 私達、『ハミル魔導兵団』の力を示すのだ!」

『了解!!』

 リーダー格の魔導兵が檄を飛ばし、それに兵団員が力強く応える。

 魔導回路が活性化し、全身鎧の重量感を裏切る速度で縦横無尽に動き回る魔導の兵団。ガーゴイルを囲んで一斉に突撃していく。


 迎え撃つガーゴイルは四つ腕を広げ、祭壇付近に陣取っている。

 左右から暴風をまとって突撃する魔導兵に対して、長槍を突き出し、大鎌を振るって命を刈り取らんとする。


 魔導兵は巧みに風を操り空中で身を捻ると、ガーゴイルの攻撃を避けて懐へと飛び込んだ。

 一人の魔導兵が風をまとった掌底を打ち出し、さらにもう一人が炎を吹き出す魔導剣で突きかかる。

 しかし、掌底はガーゴイルの持つ石英の円盾に防がれ、炎の魔導剣も鞭の如くしなる尻尾で弾き返されてしまった。


 すかさず後続の魔導兵が間合いを詰めて攻撃を仕掛けるが、ガーゴイルも防戦一方ではない。

 ガーゴイルの顎が大きく開き、喉の奥からゴボゴボと不気味な水音を漏らし始める。

『ゴハァッ――!!』

 圧力をかけて噴出した水が拡散して、距離を詰めていた魔導兵の全身を濡らす。

 さらなる追撃としてガーゴイルは錬金術士クレストフの創作した魔導剣、『石変の剣』を掲げてその魔導回路を起動させた。


 半透明な苦灰石ドロマイトの刀身が白く輝き、どこからともなく細かな砂の粒子を召喚して周囲に撒き散らす。

 生み出された砂塵は魔導兵の鎧にこびりつくと、水分を吸収しながら結晶化していく。結晶は大きく成長していき、花びらのような形状を作り出した。それはまさに砂漠の薔薇、と形容するに相応しい。

「――――!?」

 魔導兵装から輝きが失われ、魔導兵の動きが極端に鈍る。結晶化した砂粒が魔導鎧の回路を寸断し、術式の発動を阻害したのだ。


 反対に、ガーゴイルの持つ大鎌に刻まれた魔導回路が仄かに発光し、一薙ぎで全方位に衝撃波を伴った突風を発生させる。

 衝撃波が魔導兵を襲い、彼らは一発で間合いの外へと吹き飛ばされてしまった。



 激しい戦闘の様子を水鏡の映像で観戦していた精霊術士達はこの戦況を冷静に分析していた。

「苦戦しているようですね」

「あのクレストフが仕込んだ魔導人形だからな。いやらしい状態遷移概念アルゴリズムを組んでやがる」

 四つの腕と一本の尻尾、そして手にした魔導兵装による複合攻撃が、ガーゴイルの動きを複雑にしていた。

 水と砂の結晶を用いて魔導回路の起動を封じるなど、まさに術士殺しの搦め手である。特に、今ガーゴイルと戦っているハミル魔導兵団には致命的な影響を与えたと言ってよい。

 魔導の力で動いていた全身鎧である。魔導が機能しなくなれば、ただ重いだけの鎧で足枷にしかならない。


「このまま、放っておいてよろしいので?」

「見知らぬ野郎共を手助けする義理もないだろ。招待状がない奴は、力を示して先へ進めってことだ」

「では、そろそろ行きますか?」

「まあ、待て。いい見世物だ。もう少しだけ高みの見物といこう」

「ふふっ、趣味が悪い……」


 魔導回路を封じられた兵を後方に下げながら戦うも、ハミル魔導兵団は次第に押され始めていた。

 統率の取れていた集団戦法が崩れ、いまや各個人が散発的な攻撃を繰り返すだけになっている。

 その積極性に欠ける攻勢は、ガーゴイルの強烈な反撃を許すこととなった。


 ガーゴイルが喉の奥でぐつぐつと煮え立つような水音を発する。

 そして、わずかに顎を開いた瞬間――。

『ジャッ――!!』

 高圧で噴出した一束の水流が、リーダー格の魔導兵の頭を吹き飛ばす。

 兜が勢いよく宙を舞い、残された体が半回転してうつ伏せに倒れ込んだ。

「ひゃあっ!?」

 傍らにいた仲間の魔導兵から甲高い悲鳴が上がる。


 ガーゴイルは大鎌を振るって、倒れた魔導兵の背中に刃を突き立てんと追い討ちをかけた。

 頭を失って倒れた魔導兵は、体を横に転がして大鎌の一撃を間一髪で避ける。

 転がった勢いで器用に起き上がり、頭のない魔導兵の鎧からくぐもった声を響かせる。

「うぅ……っ!? 今のは――?」

 水ブレスを顔面に受けた魔導兵であったが、吹き飛ばされたのは兜だけで、頭部は鎧の中に引っ込めていたらしい。

 かなりの衝撃があったのか、意識はあるものの若干の混乱があるようだった。


 兜が外れてあらわになった素顔は、まだ若い少女のものであった。

 戦闘の興奮で上気した頬に、水で濡れた髪が貼りついている。

 かなりの美少女だった。


 水鏡で観戦していたグレゴリーは思わず感嘆の溜め息を吐く。

「ほぉ、女だったのですね。あの武骨な鎧の中身は」

「助けるぞ」

「は?」

 真面目な顔で端的に言葉を発したダミアンに、グレゴリーは自分の耳を疑って聞き返した。いや、それは聞き返したというよりも、ダミアンの言葉に対して呆れた声が漏れたという方が正しいか。

「あんな可愛い女の子が戦っているのを黙って見ていたら、男じゃねえだろ!」

 先程まで助ける義理はないと言っていたダミアンが、発言を完全に翻してしまっている。

 その理由がひどく不純なものであることに、グレゴリーは呆れつつも納得していた。

「はぁ……、まあダミアンならそう言うとは思いましたよ……。戦っているのが、可愛い女の子ではねぇ……」


 精霊術士ダミアンは女たらしである。

 しかし、ただ女を弄ぶだけの軽い男ではなく、情熱的に愛を語り、完璧に落とすことを信条としている。

 もっともその結果として、数多くの女に股を開かせ、二股三股どころではない浮気者になっているわけだが。

 宝石の丘を目指す理由も半分は、関係を持った女達から逃げ出すための口実でしかない。

 結局、責任を取らずに女を放り出していることから、男として最低の屑野郎には違いなかった。

 そうして今も新たな浮気心を芽生えさせている。


 こうなってはもう、ダミアンの欲情を抑えることはできない。一応、グレゴリーら精霊術士を束ねる『幻想術士団』のリーダーだ。彼の方針にはなるべく応えるのが団員の勤めである。

「招待状があればガーゴイルは襲ってこないのでしたね?」

「襲われないのは、招待状を持っている人間だけだな。それ以外の人間の助けにはならねえ。それにいくら招待者でも、守護者に攻撃しかけたら反撃してくるかもな」

「やれやれ、どうして自分から面倒事に首を突っ込みますかね」

「そこに可愛い女の子がいるから!」

「わかってはいましたけど、下心剥き出し過ぎです……」

 もはや言い繕う素振りさえ見せないダミアンに、グレゴリーは諦めの表情を見せた。



 戦いはハミル魔導兵団に不利な方向へ動き始めていたが、突如としてガーゴイルの後ろから現れた一団によって戦況は覆される。

水妖精ウンディーネ! 豪雨をもたらせ!」

風妖精シルフ! 前方広範囲に、突風を!」

 ダミアンとグレゴリーの指示に従って、精霊達が嵐を模擬した現象を引き起こす。

 風に煽られた雨粒がハミル魔導兵団の鎧に吹き付けられ、ガーゴイルの『石変の剣』による魔導封じの結晶をさっぱりと洗い流した。


「はっはぁ!! 先手必勝! ウンディーネ、水の奔流であのデカブツをぶっ飛ばせ!!」

 ダミアンの背後に女性の姿をかたどった青く半透明な体の精霊が出現する。

 『三日月湖の水妖』、それがダミアンの契約精霊である。

 ダミアンの背に覆いかぶさるようにして出現したウンディーネは、何もない空中に巨大な水球を生み出すと、ふぅっ、と息を吹きかけるような仕草で水球を水の奔流と化し、ガーゴイル目掛けて撃ち出した。


 招待者であるダミアンからの攻撃に反応が遅れたガーゴイルは、水の奔流をまともに受けて押し流され、遺跡の壁へと強かに打ちつけられる。

「ほらよっ、今が好機だぜ、お嬢さん!」

「――はっ!? 全員、風の攻勢魔導兵装、構え!!」

 ダミアンの声に、ハミル魔導兵団のリーダーは我を取り戻し、兵団に総攻撃の指令を下す。

「撃てぇ――っ!!」


 爆音が遺跡に轟き、砂煙が盛大に舞い上がる。

 一点集約された風の魔導は、衝撃波の威力を倍増してガーゴイルの体をばらばらに引きちぎった。

 ガーゴイルの腕や脚、首や尻尾が四散して辺りに転がっていく。

 砂煙が収まり視界が開けると、ガーゴイルが背を預けていた遺跡の壁には無数の罅割れが走っていた。

「へぇ、なかなかの威力ですね……」

 ハミル魔導兵団の一斉攻撃は、風の精霊を従えるグレゴリーが手放しで讃えるほどの破壊力であった。



「どのような素性の人かわかりませんが、助かりました。私の名前はレーニャ。ハミル魔導兵団の代表としてお礼を言わせてください。ありがとうございます」

 兜を小脇に抱えた魔導兵団の代表、レーニャは縮れ癖のついた金髪を頬に貼り付けたまま、びしょ濡れの鎧を重たそうに動かしながら、ダミアンに握手を求めた。

「いや、いやぁ! 気にしないでくれ、レーニャ。君みたいに可愛い女の子の危機を見たら、助けずにはいられないからね」

「え? か、可愛い? 私のことですか?」

 戦闘中は勇ましく思えたレーニャであったが、改めて会話をしてみると思った以上に年齢は若く、反応も初々しい感じだった。


「いい……。いいよ、レーニャ……。可愛すぎる。ねえ、どうだろう? この先、一緒に洞窟の探索を進めないかい? 俺達としても、戦力は多い方が道中安心なんだ」

「あ、で、でも……。すいません、まず学級会を開いて皆に聞いてみないと」

「学級会?」

 聞き慣れない言葉にダミアンが首を傾げていると、レーニャは兵団の仲間を集めてなにやら会議を始めてしまった。


「えー。それでは第五十六期、十五回、学級会を始めたいと思います」

「レーニャ学級長! その前に魔導兵装を一旦、脱いでもよろしいでしょうか! 水で濡れてしまって気持ちが悪いです!」

「あ、すいません! 気が回らなくて……。じゃあ皆、楽な格好で」

 いそいそと魔導兵装を脱ぎ始めるハミル魔導兵団の面々。全身鎧はさぞ窮屈なのだろう。次々に兜を外し、手足の兵装を外していく。

 ほどなくして武骨な魔導鎧から出てきたのは、全員がうら若き少女だった。


「これはっ……!? 驚きましたね……まさか全員が若い少女とは……ねぇ、ダミアン――」

「やばい。ここ天国かよ。目の保養だこれ」

 鼻の下を伸ばして、眼前の光景に目を細めるダミアン。言われてグレゴリーも少女達を見やり、不覚ながら頬を緩めてしまった。


 魔導鎧の下は、露出の多い下着しか彼女達は身に着けていなかった。

 下着と言っても布地は厚く、水に濡れても透けたりはしていない。

 どちらかといえば水着に近いものなのだろう。ハミル魔導兵団の少女達もダミアン達を前にして恥じるところがない。

 若い少女達のきめ細かい真っ白な肌には、魔導回路が薄っすらと透けて見えた。

 おそらく、魔導兵装と皮膚の魔導回路を接続しやすいように、露出の多い下着を身に着けているのだろう。理にかなっている。


「それでは改めて、学級会を始めます。議題は、先ほど私達を助けてくれた幻想術士団と、この先の行動を共にするかどうかです。宝石の丘を目指すに当たって長い付き合いになるかもしれません。皆の意見を聞かせてください」

 不意に自分達のことを議題にあげられて、ダミアンとグレゴリーは顔を見合わせた。この奇妙な会議はどうやら全員の意思確認をするものらしい。代表一人で判断できないとレーニャは考え、会議を設けたのだろう。


「私は同行するのがいいと思うけど……」

「でも、それだと実習の規則に反しない?」

「経過は問わない結果を示せと、いつも学院長は言っているからいいんじゃない?」

 『実習』や『学院長』と彼女らの素性を想像させる単語が飛び交う。どうやら、彼女達は傭兵などの類とは違う、学術機関の抱える実践部隊のようだった。


「け、けどぉ……。男の人達と同伴するって、やらしくないですか~」

「そうそう。級長は男を知らないから、危なっかしくて見ていられない。たぶん、あのダミアンとかいうおっさん、かなりの数の女を食ってるよ……」

 ちらり、と鋭い視線を送ってきた一人の少女に、ダミアンは微笑を浮かべて応えてみる。

 少女はゴミを見るような冷たい目つきでダミアンを一睨みすると、再び学級会の話し合いに戻る。

「やっぱ、駄目だね。あいつ、女たらしだよ。級長なんか、あっさり落とされるから。近づいちゃ駄目」

「でも、危ないところを助けてもらったし……」

 会議は紛糾しているようだった。

 それもこれもどうやら、ダミアンの行動が不審に思われているらしい。


「あー、君達、相談中にすまない。少し、事情を聞きたいんだけど、いいかな?」

 ダミアンでは信用されないと思ったグレゴリーは、自ら少女達の会議に割って入っていく。とりあえず、疑り深い視線を向けてくる少女は無視して、話しやすそうなレーニャに質問を振ってみる。

「君達はもしかして……学生なのかな?」

「あ、はい。私達はハミル魔導学院の生徒です。魔導都市ハミルはご存知ですか? ここからは遠く離れていますけど、結構大きな都市なんですよ」

「もちろん知っているよ。ハミル魔導学院と言えば、優秀な術士を多く輩出している機関だからね。魔導技術連盟にもそこの卒業生が多く所属している」

「ああ! やっぱり、連盟ってすごい大きな組織なんですね。私達も術士登録はしているんですけど、連盟のお仕事を受けた経験は少なくて、恥ずかしながら連盟の事情には疎いんです」


 グレゴリーは抱いていた疑問が解けて得心がいった。彼女達の実力にそぐわない年齢と言動の幼さは、魔導の先端教育機関で純粋培養された術士であったからだ。

「ちなみに、君の術士等級は?」

「私は三級です。他の皆も大体、三級か四級ですよ」

「なるほど、その若さで三級はすごい。僕は今でこそ二級だけど、三級術士になれたのは二十歳になってからだね」

「いいえ、私なんか大した事ないです。三級まではともかく、二級に上がるのはまた大きな壁があると聞いています。事実、ハミル魔導学院でも、ここ十年ほど卒業生に二級以上の術士が出ていないことが問題になっていますし……」


 上級術士の低年齢化が進んでいる背景にも、こうした効率のいい術士の養成機関が増えてきたからだとされている。しかし、画一的な教育方針は三級程度の術士を数多く養成するのには向いていても、そこから更に殻を破った独創性のある術士を生み出すことは苦手としていた。

 彼女らがこうして出先でまで会議をしているのも、強い統率力を持ったリーダーが生み出せなかった結果だ。皆、良くも悪くも平均的で、優劣がないのだ。


 とは言え、元々が優秀な術士の集まりだ。このまま放っておけば、ハミル魔導兵団が危機に陥る寸前までダミアン達が観戦していたことに気が付く者が出てくるかもしれない。

 信頼を失って敵対関係になるくらいなら、無理に共闘しようとせずにここで別れた方が無難である。

「会議が揉めていたようだから、ちょっと口を出させてもらうけどね。僕らは別に、無理に一緒に行こうとは思っていないんだ。でも、君達も宝石の丘を目指しているんだよね? 目的地が同じであるなら、必然的に同じ道を行くことになる。その上で良好な関係を築ければいいと考えているんだ。初対面の相手だし、信頼できないのなら、わざと出発の時間をずらして以後は不干渉とするのでも構わない。どうだろう? 君達にとって都合がいいのはどの選択かな?」


 再度、レーニャ達は相談を始めた。

「どう思う? こっちの都合に合わせてくれるみたいだけど」

「悪くないね。あっちの女たらしの言うことよりは信用できそう。たぶん、今の人、童貞だよ」

 話の流れと全く関係ない指摘が混じるのにグレゴリーは表情を引き攣らせたが、おおむね会議は良い方向へ転がり始めたようだった。



「それでは、ハミル魔導兵団と幻想術士団は、宝石の丘への出発地点に着くまでは協力関係を維持する、ということでいいですか?」

「ああ、それで構わないよ。いいですね、ダミアン?」

「お? おう、もちろんだとも! 仲良くしような、レーニャ!」

 馴れ馴れしくレーニャの手を取るダミアンを、グレゴリーは後ろから軽く小突いて引き離した。

「お願いですから、まだ学生の、少女に手を出すのだけはやめてくださいね?」

「硬いなー、グレゴリー。彼女らはもう、立派な淑女だぞ」

「手を出すのだけは! やめてください、ね?」

「お、おう……」


 血走ったグレゴリーの目に込められた切実な訴えに、さしものダミアンも引き下がった。

 向こうの方でも、目つきの悪い少女がレーニャの迂闊さを注意していた。


 こうして、幻想術士団とハミル魔導兵団は協力関係となり、ひとまず宝石の丘への出発地点まで行動を共にすることとなった。



 ◇◆◇◆◇



 つい先頃まで激しい戦闘のあった古代遺跡は、今では物音一つしないほどに静まり返っていた。

 そんな静寂を破るように、がやがやと騒々しい声と足音が遺跡の隅に開いた穴から聞こえてきた。

 穴の縁に長い梯子がかけられて、ずんぐりむっくりとした体格の男達が次々に登ってくる。


「あちゃ~、これまた派手にやらかしたな」

 純人と比べると極端に背が低い、髭面の亜人種、土人ドワーフであった。

「おーい、こっちゃ来ーい! 人形が転がっとるわ」


 壊されたガーゴイルを囲み、思案する土人達。

「ばらばらだけんど、主要部分の損傷はねぇな」

「そだな、錬金術士の兄ちゃんに貰った設計図みりゃ、なんとかなんだろう」

 言いながら土人たちは、散らばったガーゴイルの部品を回収して修理を始める。

「おおい! 遺跡から足りねえ部品持って来いや!」

「あいよぉ、任せとけぇ!」


 錬金術士クレストフによって、土人達の地底集落は地上と繋がった。

 彼らは地底で暮らし続けることを選んだが、今後は地上の人々が地底にやってくることも十分に考えられた。

 こんな場所までやってくるのは、お宝目当ての冒険者がほとんどだろうから、土人達としては自分達の集落が荒らされないか心配もあった。

 そこで、地上との道を繋げた錬金術士との間である取引が行われた。


 錬金術士クレストフが魔導人形の守護者『石の魔獣ガーゴイル』を提供するのに対して、土人はそれを管理・運用すると共に、古代遺跡の保全・修復作業を担うことになっていた。

 ガーゴイルの設計図を受け取った土人は、現存するガーゴイルを運用するだけでなく、古代遺跡から新たに発掘されたガーゴイルも修理して、自分達の思うように動かす技術を獲得していた。

 たまに土人達では扱えない遺物が発掘された場合にはクレストフに譲渡することを条件に、土人は地底での暮らしを確固たるものにしたのである。


「よおっし、これで完成だぁな!」

「ふぅ、いい仕事したべ」

「ああ、でもよ? なおった、っちゃあ……なおったけどよ。こいつ、腕六本もあったっけか?」

「いやあ、設計図じゃ四本だな」

「まあ、ちゃんと動くしいいんじゃねえか」

「いいべ、いいべ」


 土人によって修理されたガーゴイルは、何故か腕が六本、尾は四本に増えて、顔もまた無駄に三つもくっついて、伝説の神『阿修羅』の御姿へとまた一歩近づいたのだった。

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