【ダンジョンレベル 15 : 金輪奈落】

第110話 地獄の門番

※関連ストーリー 『眠れる地下遺跡』参照

――――――――――


 ――底なしの洞窟・中層部――。


 水晶髑髏の守護者が守る領域を抜け、女五人の集団が身を寄せ合って下層部を目指していた。


「なあ、ビーチェ? 本当にこっちの道であっているのか? 真っ暗だし、道は複雑だし、すっげー不安なんだけど……」

 土色のバンダナで髪をまとめた小柄な少女エシュリーが、さらに体格の小さい少女、洞窟の道案内として集団を先導していたビーチェに疑念を投げかける。


「大丈夫、問題ない。道は覚えているから、間違いない」

「迷いなく進んでいくのがむしろ怖いんだよなぁ……」

 ビーチェはここまで全く迷うことなく道を選んできている。

 彼女に先導されるまでは、洞窟の上層部さえさんざん迷いながら進めないでいただけに、こうもあっさり深部へと潜っていくと、二度と地上に戻れないのではないかという薄ら寒い恐怖に襲われるのだ。


「エシュリーは心配性だね。ビーチェがここの洞窟を知り尽くしているのは、もうわかっているだろう?」

 背中に飾り気のない鋼の長剣を背負い、真っ赤な髪留めの帯を額に巻いた冒険者の若い女、イリーナがエシュリーの臆病を軽く鼻で笑った。

 馬鹿にされたようで少しむかついたエシュリーであったが、事実としてイリーナのように豪胆に振る舞えない自分の小心を否定できなかった。


「ここはビーチェを信じて先へ進みましょう。いざとなれば、道中に設置してきた番号座標を辿って戻ることはできますから」

 薄手の生地で織られた白い法衣を揺らし、番号座標の魔導回路が刻み込まれた杭を錫杖で打ち込みながら、術士のミレイアがエシュリーの不安をやんわりと取り除く。

「ミレイア、私も手伝おう」

「助かります、セイリス」

 ミレイアの作業を横手で眺めていた白い鎧の女騎士セイリスが、固い地面に杭を打ち込む作業に加わった。

 セイリスが軽く闘気を込めて杭の頭を小突くと、ミレイアがいくら錫杖を叩きつけても刺さらなかった地面に杭の先端が深く食い込む。


「…………」

 そんな作業風景を眺めながら、エシュリーは自分一人だけが場違いな人間であるように感じていた。

 ビーチェは洞窟のことを知り尽くしているし、イリーナは冒険者として探索も戦闘も適度にこなせる。

 セイリスは単純馬鹿だが騎士の戦闘力は極めて高く、ミレイアは医療術士として治癒の術式を使えるだけでなく、探索用の基本的な術式も扱うことができた。


(……なんかあたしだけ役に立ってないような気がするんだよな……)

 仲間の誰も彼女を役立たずだとは言わないが、エシュリー自身はどこか疎外感を覚えていた。


 エシュリーには元盗賊、そして猟師としての危機感知能力や罠に関する知識がある。

 十分に仲間の役には立っているのだが、残念ながら本人にその自覚はなかった。




 洞窟をさらに下って行くと、大きく開けた空間に出た。

「あら……なんだか不思議な場所に着きましたね」

 ミレイアが感嘆の混じった溜息を吐いて立ち止まる。

 エシュリーも目の前に広がる光景を見て、心が躍った。


 彼女達が見たものは地底に広がる古代遺跡であった。

 地の精霊ノームによって綺麗に掘り起こされた遺跡は、古代の街並みがいかなるものであったか容易に想像がつくほど、古びてなおその外観は失われていなかった。

 本来なら風化してしまうところ、土の中に眠り続けることで現代まで形を保ってきたのだろう。


(……お宝の匂いがするな……急がないなら物色したいんだけど……)

 セイリスやミレイアを見れば彼女らは古代遺跡を珍しそうに眺めているだけで、そこに金目のものがあるかもしれない、などと浅ましいことは考えていないようだった。

 冒険者のイリーナは物の見方がエシュリーに近いようだが、この遺跡に関してはあまり興味がないのか、他の者とはまた違って退屈そうにあくびをしている。


 ここへ来てビーチェが少しだけ迷いを見せた。

「前よりも、掘り起こされてる……」

 古代遺跡を見回して呆然と呟くビーチェの足元に、遺跡の陰から茶色と灰色の毛玉が飛び出してきて絡み付く。

 そして次々とビーチェを取り囲むように現れる無数の毛玉。


「わっ! なんだこいつら!」

「毛玉、かね?」

「毛玉、のようだな」

「いいえ、違います。これはノームですよ」


 口々に驚きの声が上がるなか、ミレイアは冷静にその正体を見ていた。

 ビーチェに至っては最初から警戒もなく、慣れた様子で毛玉と戯れている。

「ノーム……。皆、掘り続けていたの?」

 胸元に毛玉を抱き上げてビーチェが語りかけると、毛玉達は肯定の意を示すようにその場で元気よく飛び跳ねた。

「すごい……ノームがあんなに懐いて……。ビーチェは精霊に好かれる体質なのでしょうか」


 ミレイアがビーチェの精霊との接し方に感心する一方で、エシュリーは一つ当然の疑問を口にした。

「なあ、それよりこいつら、なんで古代遺跡なんて掘り返しているんだ? 精霊が人間の遺跡を掘り返す意味あるのか?」

「さあ……それはわかりませんけど。何かしら、精霊なりの理由はあると思いますよ」

 術士のミレイアでも、ノームが穴を掘る理由には思い至らないらしい。

「ビーチェは何か知っているのかい?」

 イリーナが何気なく聞いた質問に、ビーチェはノームの毛玉を指で櫛梳きながら何気なく答えた。


「均衡と循環を保つため。歪みが生じないよう、世界の秩序を守っているの」

 淀みなく答えたビーチェに全員が目を丸くする。

「え? な、なんだって? どういうことだよ?」

「ビーチェはその、わかっているのかい? ノームの気持ちが?」

「む、むぅ……難しい。哲学か?」

「……そこまで精霊のことがわかるなんて、やっぱりすごいですね……」

 誰もが理解しえない答えだったが、とりあえずまた一つビーチェに関する謎が増えたのは確かだった。



「それでよー、ビーチェ? この先の道はわかるのかー?」

「確か、こっち……」

 若干の迷いはあるようだが、確かな足取りで遺跡のうち最も大きな建造物の中へ入っていくビーチェ。

 後に続いてセイリス、ミレイア、イリーナ、そしてエシュリーが最後尾で続いた。


 古い建築様式の神殿奥には、供物を捧げる大きな祭壇のようなものが据えられている。

 その祭壇の後ろには、今にも動き出しそうな躍動感を持った不気味な石像が立っていた。

 石像は四本の長い腕に長槍と大鎌、そして特殊な意匠の剣と石英の円盾を携えて、まさに阿修羅の如き威容を見せていた。


「こっち……」

 ビーチェは巨大な石像の股下を潜り、その後ろに隠されるようにしてあった大扉へと向かう。


「なんだか妙な威圧感があるな」

「セイリスも感じますか? 誰かに見られているような……」

「なんとも気持ちの悪いことだね」

 ビーチェに続いていく前の三人を見て、とりあえず罠の類はなさそうだとエシュリーは警戒を解いた。

 本来なら、先頭に出て罠の有無を確かめるのがエシュリーの役回りなのだろうが、どうにも嫌な予感がして足が進まなかった。


「くそっ、あたしは別にびびっちゃいねーぞ。慎重なだけなんだ……」

 最後にエシュリーが石像の股下を潜ろうとしたとき、ずずっ……、と石と石が擦れあう不快な音が頭上から響いた。

「ん? ――あ。ひゃあぁぁっ!? ぐえっ……」

 服の後ろ襟を引っ張られるような違和感を覚えた直後、頭上の石像と目があった。そして、石像の腕が自分の襟を槍先で引っ掛けていると認識した瞬間に、首が絞まる勢いでエシュリーは空中に吊り上げられていた。


「エシュリー!?」

 エシュリーのすぐ前を歩いていたイリーナが異変に気が付いて駆けつける。

 だが、動き出した四つ腕の石像が大鎌で牽制するため、迂闊に飛び込めなかった。

 ミレイアとセイリス、そしてビーチェも遅れて異変に気が付き、エシュリーを助けようと動く石像と対峙する。


「下がってイリーナ! これは石の魔獣ガーゴイルです! 並みの剣では歯が立ちません!」

「けど、このままだとエシュリーがやばいって! 首が絞まってる!」

「私が行く!!」

 群青色に光る闘気を棚引かせ、セイリスがガーゴイルに向かって走り出す。


 闘気を纏ったダマスカス鋼の長剣が閃き、目にも止まらぬ連撃がガーゴイルに叩き込まれる。

 しかし、そのことごとくをガーゴイルは大鎌と円盾で器用に防いでしまった。

 それでも大鎌の刃は一部欠けて、円盾にも小さな罅が入った。

 攻撃を続ければ武器の破壊も可能、だがそれには少なからず時間がかかる。


 依然として、長槍の先にエシュリーは吊り下げられており、血の気が引いて顔が青くなってきていた。

 エシュリーは完全に首が絞まった状態である。既に意識は朦朧として、あと数分で死に至るかもしれない。


「いけない……これ以上、長引かせては――」

 セイリスが攻めあぐね、ミレイアが最悪の予想を思い描いたとき、ビーチェがガーゴイルの前に飛び出して叫んだ。

「めっ!! 襲いかかっちゃ、ダメ!」


 ビーチェの叫びにガーゴイルが動きを止めて、戦闘態勢を解除した。

 長槍の先が地面に落とされ、襟首を引っ掛けられていたエシュリーも床に落ちる。

 激しく咳き込みながらも必死に深呼吸を繰り返し、エシュリーはどうにか血の気を取り戻した。


「し、死ぬかと思った……」

「エシュリー! 無事ですか!?」

 ミレイアがエシュリーを助け起こし、体の具合を確かめる。いまだ動悸は激しいものの呼吸は落ち着いてきて、体が正常な機能を取り戻しつつあるのがエシュリー自身にも感じられた。


「このガーゴイル、本当に動きを止めたのかねぇ?」

「ビーチェ、今のはいったい……」

 イリーナが用心深くガーゴイルの動向を窺い、セイリスはビーチェの一声でガーゴイルが完全停止したことに当惑する。

 ビーチェは何の恐れもなくガーゴイルへと近づき、その腕に手を重ねて懐かしむような表情を見せた。


「……ガーゴイル、クレスと一緒に作った……」

 ビーチェの発言に他の四人は唖然とする。

 もうこの少女が何を言い出しても驚くまいと思っていたはずなのに、こうも立て続けに衝撃の事実が発覚すると素直に驚くほかない。


「……そうか、師匠とビーチェで作ったのか、これは。ううん、すごい……」

 変なところで感心するセイリス。

「しっかし、いよいよもってその追っかけている錬金術士は怪物……いや、傑物だね」

 人の手でこんなものが作り出せるという事実に、一介の冒険者でしかないイリーナは畏敬の念を抱く。


「ははは……ま、あいつはなー、超強いし、容赦ないし、ほんっと会いたくないわ……あたし。やっぱりもう、帰りたい……」

 そして、今更ながらエシュリーは錬金術士クレストフの恐ろしさを思い出していた。


 皆がそれぞれの想いを抱き、どっしりと構えるガーゴイルをしばらく見上げていた。

「クレス……」

「ビーチェ、思い入れがあるのですね……」

 少女の視線に切ない想いを読み取り、ミレイアはやるせなさに胸を痛めていた。

 ビーチェにどう声をかけていいのかわからずに一人で煩悶としている。


「ああもうっ……!」

 やや興奮した様子で岩陰にしゃがみ込み、しかし押し殺した声でミレイアは何やら壁に向かって呟いていた。

「なんて、なんて健気で、不憫な子……。こんないい子を放って、クレストフという術士は何をしているのでしょう……!」


 ミレイアは元からビーチェに強く肩入れしていたが、一緒に洞窟探索を進めるうちにますます彼女への思い入れは強くなったようだ。同時に、ビーチェの保護者であったはずのクレストフに対する不満も。


 古代遺跡の祭壇を前に、五人は各々の想いを捧げる。


 動かぬ石の魔獣が、無機質な瞳で彼らを見守っていた。

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