第109話 集う強者ども(5)


「進め、進めーい! 敵を排除し、前進せよー!!」

 道を塞ぐ岩人形ロックゴーレムを粉砕し、犇めく合成獣を蹴散らして、騎士の一隊が列を組んで洞窟を突き進んでいた。

 後方には数人の術士がいて、敵を倒しながら進む騎士達の行軍にどうにか追いつこうと必死に走っている。


「前進、前進ー! 永夜の王国ナイトキングダムの騎士団が武威を知らしめよー!!」

 永夜の王国から派遣された国選騎士団を率いるのは、先頭に立って檄を飛ばす厳めしい顔つきの中年騎士。

 二流騎士の中でも特に集団戦闘の経験が豊富な、騎士隊長ベルガルである。琥珀色の闘気を全身から強く発して、前方に敵が現れようとも歩みを緩めることなく突き進んでいく。


「ベルガル隊長! 術士達が遅れています!」

「ぬぅん? 全体~、止まれ!」

 ベルガルの号令でぴたりと進行を止める騎士団の面々。

 そこに遅れて、汗だくの術士達が追いついてくる。


 息を切らしてその場に座り込む術士を見やり、ベルガルはやれやれと呆れた様子を見せる。

「まったく、これだから術士は軟弱で困る。この程度の行軍にもついてこられんのか」

「ベルガル隊長、彼らに体力を期待するのは酷というものでありましょう! 術士は術士ゆえ、騎士とは根本的に体のつくりが違うのであります!」

 術士を気遣うような、それでいてどこか見下したような発言をしたのは、まだ若い一人の騎士だった。

 彼もまた騎士らしく、体から柑子色こうじいろの闘気を静かに立ち昇らせている。


「うむ。まあ、仕方あるまい。物資調達の支援が術士の仕事だからな。しかし、行軍速度はなるべく落としたくはない。せめて、足手まといにならぬよう今のうちに休憩しておくことだ。この後も長距離の移動が続くぞ」

 騎士隊長ベルガルの厳しい言葉に、座り込んだ術士達は顔を青くした。

 彼らは物資調達要員として集められた術士だった。彼らに求められるのは適時、物資の召喚を行うことだけ。戦闘はすべて騎士団が請け負うという条件で、宝石の丘への行軍に参加したのだ。


 もっとも、国が出した人員募集の条件には『体力のある術士』という項目があって、実際に志願者の中から選ばれたのは比較的体力のある男性術士ばかりであった。

 その理由がよもやこんな強行軍を意味するとは、術士達の誰も予想していなかった。


「フリッド、哨戒任務を命ずる。休憩時間中、我らに害なすものが近づいてこないか警戒せよ」

「了解しました! 即時、哨戒任務に当たります」

 ベルガルは若手騎士フリッドを周囲の警戒に当たらせると、自らはどっしりと大岩に腰掛けて、疲弊した術士達の様子を見ながら今日の行軍予定をどこまで進めるか考えていた。

(……錬金術士クレストフが定めた集合日時まで、まだまだ日数はある。しかし、国家の威信もかけた宝石の丘への旅路。我ら国選騎士団こそ真っ先にその場へ駆けつけ、存在を示さねばなるまい……)


 準一級術士クレストフの探索している宝石の丘。王国がお抱えの騎士を選りすぐって騎士団を結成したのも、そこから得られるであろう莫大な利権を見逃すことができなかったからだ。

 しかし、ベルガルはこの任務に少なからず不満があった。

(……納得できんのは、術士の若造が行軍の指揮を執ることだ……)

 主催者であり唯一、宝石の丘への道を知る術士クレストフ。場所を突き止めたのは彼なのだから先頭を行くのは当然なのかもしれないが、ベルガルの騎士としての誇りが、術士の後塵を拝することに不満を抱かせていた。

(……ふん、術士風情が生意気な。頼りない小僧であったなら、早々に主導権を奪ってやるわい……)

 騎士ならば、術士を下に見るのは一般的な傾向だ。熟練の騎士であるベルガルもまた例外ではなかった。



「隊長! すぐ近くで怪しい奴を発見しました!」

 休憩には充分な時間が経った頃、哨戒任務に出していたフリッドが声を荒げながら戻ってきた。

 何事かとベルガルは腰掛けていた大岩から降り、フリッドの報告を受ける。


 フリッドが連れてきたのは、危険な洞窟にいるのが不思議なくらい幼い少女であった。

 小柄な体格に不釣り合いな大きさのローブを着込み、その上にレースをあしらったボレロを羽織っている。

「ちょっと、乱暴に扱わないでよ。粗忽そこつな連中ね、これだから王国の騎士は嫌なのよ」

 フリッドと押し問答をしている少女……いや幼女は、手首を掴むフリッドを振り払おうと体をよじる。

 途端、ベルガル含む騎士達の目の前で、幼女の手首から先が外れた。

 ぼとり、と小さな拳が地面に落ちる。


「うおおおっ!?」

 腰を抜かす騎士達。ベルガルもまた唖然と目の前に転がった手首を眺めていた。

「ちょっと! 手首が地面に落ちたじゃないの! ああ、もう汚れちゃった……」

 まるでハンカチを落としてしまったとでも言うように、軽い口調で手首を拾い上げ自分の腕へとくっつける幼女。

 手の平がぐぅぱぁと閉じ開きする。

 わけがわからなかった。


「おい、フリッド! いったい、何を連れてきたのだ!?」

「はっ! 今ご覧になったように、面妖な体を持つ娘が洞窟内をうろついていましたので、洞窟を守護する魔導人形の類かと思いまして、捕縛し連行した次第です!」

 フリッドの糞まじめな回答にベルガルは深くうなずいて納得した。

「そうか! 確かにこの娘は怪しい! よくやった!」

「はっ! ありがとうございます!」

 二人の騎士のやり取りに、休憩を終えて遠巻きに見ていた術士達は頭を抱えていた。


 騎士は強い。だがそれは肉体的にであって、割と多くの騎士は頭が弱い。

 いわゆる単純馬鹿が多いのである。

 今も、自分たちが『何』を連れてきてしまったのか、全くもって肝心な部分を理解していない。

 状況を一目見て、この幼女が何者であるか気づいてしまった術士達は、事態の収拾をどうつけるべきか密かに相談を始めていた。



「それで、お前は何者だ? 何故、洞窟をうろついていた?」

 屈強な騎士達が幼女を取り巻き詰問する。絵図だけ見ればひどく不穏な光景だが、当の幼女は臆することもなく、ベルガルの顔を見て衝撃的な言葉を放った。

「あら、誰かと思えばベルガルの坊やじゃない。奇遇ね、こんな場所で会うなんて」

 髭面の中年騎士を捕まえて坊や呼ばわりである。


 言われたベルガルは見も知らぬ幼女が自分の名を知っていることと、坊や呼ばわりされたことで頭に血が上り、顔を真っ赤にして憤慨した。

「なっ、んなっ……! 誰が坊やか!!  いいや、それよりも……! なぜ、私の名を知っている!?」

 唾を飛ばして幼女に詰め寄るベルガル。

 その顔を一度押しのけて、幼女は天に向けて立つベルガルの髭を引っ張りながら質問に答えた。

「なに言ってんの。この特徴的な癖髭、トラード騎士家の直系ぐらいしかいないでしょ。前に会った時はベルガル坊やもまだ洟垂はなたれで、髭も生やしていなかった頃だから……三十年ぶりくらい? 五代目当主のガウロン・トラードはまだ生きているのかしら?」


 次々と衝撃的な言葉がベルガルに向けられる。

 一方でベルガルは混乱の極みにあった。

(……トラード家のことを、親父のことを知っている? 三十年前? 何を言っているんだこの娘は!?)

 混乱するベルガルに、遠慮がちに近づいた術士の一人が耳打ちする。

「ベルガル騎士隊長殿、この方は『傀儡の魔女』、一級術士ミラ様です……」

「何? 魔女? 一級術士? ふむ、ふぅむ……むむむ……。はっ!? ま、まさか……」


 ベルガルは思い出した。

 三十年前の衝撃的な出会いを。

 騎士である父親の旧友にして、一時期は共に戦ったこともある術士、『傀儡の魔女』と呼ばれる女が屋敷を訪れた時のことを。

 父親の旧友と言うミラは、それにしては若すぎる妙齢の美しい淑女であった。

 騎士となったばかりで増長していたベルガルは初対面でいきなり彼女を口説いたのだが、ミラには全く相手にされなかった。

 憤ったベルガルは父親の制止も振り切ってミラに掴みかかり――。


 その後の記憶がない。


 後で屋敷の使用人を執拗に問い質したところ、ベルガルは裸で屋敷中を走り回っていたらしい。

 その間の記憶はやはりない。

 当時は何をされたのかまるでわからなかった。

 しかし、騎士の任務で術士と頻繁に関わるようになって、ようやく何をされたのかわかった。

 呪詛をかけられたのだ。


 闘気を纏っていれば呪詛に抗えたかもしれないが、隙を見せれば術士の手の平で踊らされる。

 その事実はベルガルの自尊心を深く傷つけ、同時に術士に対する油断のなさを培った。

 あれから三十年。

 屈辱の記憶も薄れ、術士に対する侮りが出始めた今この時の再会。


 昔とは違う。油断もない。

 こんな魔女など恐れるに足りず。

 これは慢心ではなく、経験と実力に裏打ちされた自信である。


 ベルガルは勇気を奮い立たせて、長年の、そして現在最も大きな疑念をミラにぶつけた。

「お前、本当の歳はいくつなのだ?」

 以前に会った時よりも幼い姿のミラ。それが生身でないことは容易に想像がついたが、では実年齢はいくつかと考え――。

「魔女に歳を尋ねるとはいい度胸ね。……呪うわよ」

「うぅっ!? ごほっ! ごほんっ!! いや、失礼! 淑女に尋ねる質問ではなかった! 忘れて頂きたい!!」

 『傀儡の魔女』から放たれる不気味な威圧感に、ベルガルは自らの言葉を即座に否定した。

 そして、彼女が何歳であるかという疑問を抱くのはやめた。




 旧交を温める、とは言い難い微妙な関係であったが、ミラとベルガルはお互いの情報を交換した。

 ベルガルの父、ガウロン・トラードが既に逝去している話をすれば、ミラは三十年前の彼女の体はガウロンの好みに合わせていたと暴露する。

 では今の姿は誰の好みかと問えば、微笑を浮かべて教えてはくれなかった。


 それなりに友好的な関係を築いて話が進むと、情報交換も直近の内容へと移っていった。

「なるほどねぇ、国の命令……。それで、ベル坊は宝石の丘を目指していると」

「……ミラ殿、そのベル坊というのは……」

 苦々しい表情で妙な呼称を正そうとするベルガルであったが、ミラはその呼び名を訂正するつもりはないようだった。

 幼女に坊や呼ばわりされる騎士とはこれいかに。


「逆にお聞きしてもよろしいか? ミラ殿は何故、この洞窟へ来られた? やはり、宝石の丘を目指して?」

「んん~? まあ、ここに来たきっかけはその話の真偽を探るためだったんだけど……。正直、もうそれはどうでもいいのよ」

 ミラは曖昧に言葉を濁す。

 ベルガルは切実に、この魔女と一緒に宝石の丘を目指さなければいけないのか、そうではないのか、どっちなのか、と今にも嘆きの声が漏れそうだった。


 しばしの沈黙のあと、魔女は決定的な意思を告げる。

「ちょっとね、錬金術士クレストフの扱う魔導技術が気になって……。本人に会ってみようと思っているのよ。その先、宝石の丘まで行くかは……まあ、気分次第ね。というわけで、しばらくよろしくね、ベル坊」

 単純馬鹿のベルガルでも割り切れない甘酸っぱい過去の記憶は、まだまだ彼を逃してはくれそうになかった。

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