第106話 集う強者ども(3)

※関連ストーリー 『集う強者ども』『集う強者ども(2)』参照

――――――――――


 底なしの洞窟、中層部。

 地下河川を辿り、地底湖を望む地点までやってきたタバル傭兵隊は、目の前の光景に唖然としていた。

 

「なんだというんだ、これは……」

 彼らの目の前には樹海が広がっていた。

 洞窟の壁を植物の地下茎が覆い、地底湖から水を吸い上げるように岩の天井からは根が垂れ下がっている。

 ここは、絞殺菩提樹が作り出した地下樹海。

 ただでさえ入り組んだ洞窟が、木の根によってさらに複雑化している。


「ええい、鬱陶しい!」

 タバルは霊剣泗水を閃かせ、垂れ下がる木々の根を切り払った。

 すると木々の根がざわりと脈打ち、細長く垂れ下がった絞殺菩提樹の根がタバル傭兵隊に向かって絡みついてくる。

「た、隊長!? この木、動いていますぜ!」

「永眠火山の樹海にあった食獣植物と同じか!? 全員、武器を抜け! 首を括られるなよ!」


 無数の蔓が地底湖への侵入者をくびり殺そうと四方八方から襲い来る。

「ちぃっ、これでは先に進めん……」

 タバルは舌打ちをしながら、ひたすら霊剣を振るっていた。

 蔓の攻撃自体は単調だ。傭兵隊が円陣を組んで反撃すれば死角はなく、安全に迎え撃つことができている。

 だが、円陣を崩さずに先へ進もうとすると、どうしても歩みは遅くなってしまう。

 迂闊に奥へ進みすぎて、蔓に囲われた地点で体力が尽きでもすれば今度は逃げ出すこともできなくなるだろう。


(――どうする。一度、出直して対策を練るか?)

 タバルが撤退もやむなしかと考え始めたとき、傭兵隊に近づいてくる足音が聞こえた。

「隊長、他の冒険者が来たぞ!」

「なに? こんなときに面倒な。いいか、なるべく敵対はしないように心がけろ。向こうが危害を加えてくるつもりなら容赦はするな!」

 ひとまずタバルは傭兵達に現状維持を伝えた。

 新手の冒険者がどう動くか、それによって自分達の行動も大きく変わってくる。


 タバルは絞殺菩提樹との戦闘の隙を見て、近づいてくる冒険者達に目をやった。

 彼らは真っ直ぐにこちらへと駆け寄ってくる。

「助太刀するよ!」

 勢いよく走りこんできたのは白い胴着を着た女だった。


火拳ひけん焼鏝やきごて!!』

 脇に構えた両拳が、真っ赤な炎に包み込まれた。

 侵入者を鞭打たんとしなる絞殺菩提樹の蔓を、火炎をまとった手刀が焼き切る。

「拳闘術士か!」

 飛び込んできた女拳闘術士は次々に襲い来る蔓を手刀で焼き切っていく。


「くぅぉらぁ! エリザ! 一人で先走るでないわ!」

 後に続いて、黒い外套を羽織った老人が現れる。老人は手に身の丈と同じ長さの杖を握り締め、果敢にも蠢く蔓の只中に突っ込んでいく。

氷刃ひょうじん段平だんびら!!』

 老人の杖に氷の刃が成長し、迫り来た無数の蔓を一刀のもとに薙ぎ払う。

 こちらは武器を術式で強化する武闘術士のようだ。


「待ってくださいよ~! オジロさん!」

 さらに白い貫頭衣を着た青年が、先端にスパイクのついた戦棍メイスを振るいながら、エリザとオジロの二人を追いかけてくる。

「アニック! おぬしは遅いぞ!」

「お二人が速いんですよ!」

 軽口を飛ばしあいながらも絞殺菩提樹からの攻撃は、しっかりと捌いている。青年もまた術士のようであるが、振るわれる戦棍の威力からして、身体強化の術式でも使っているのかもしれない。太く硬い蔓もなんなく打ち払っている。


 期せずして共闘することになったタバル傭兵隊とエリザ武闘術士団であったが、絞殺菩提樹の圧倒的な蔓の数を前にして、道を切り拓くにはまだ戦力が足りなかった。

「くぅっ! このままではまずいか……」

「ふぅむ……どうにも埒が明かんのぉ」

 タバルも、オジロも、言葉にしなくともその場の全員が先の見えない膠着状態に焦りを感じ始めていた。


 そんな膠着を破ったのは、新たに現れた一団による斬り込みがきっかけだった。

 その場に足を止めるタバル傭兵隊とエリザ武闘術士団をよそに、六つの人影が走り抜ける。

 鋭い剣閃が風を切り、絞殺菩提樹の硬い蔓を草でも刈り取るかのように断ち切っていく。

「なんだ!?」

「おぉっ!?」

 駆け抜ける影にタバルが警戒し、オジロが驚きの声を上げる。


 蔓に絡みつかれ、引き千切ってはまた絡まれを繰り返していたエリザの横を、青白い剣閃が通り過ぎる。

「わあ!? なになに!?」

 悪戦苦闘していた蔓の抵抗が急になくなり、エリザは体を泳がせた。

 周囲を見渡せば、絞殺菩提樹の蔓が滑らかな断面をさらして切り落とされていた。


 あちらこちらで閃く刃の照り返し。

 次々と斬り飛ばされていく蔓を、エリザやタバル一行は呆然と眺めていた。

 既に戦いの前線は移動して、絞殺菩提樹の蔓は地底湖の手前まで押し込まれている。

 剣を振るっているのは六人の女剣士達で、いずれも並々ならぬ剣技の使い手であるようだった。


「凄まじい剣技だ……。それにこの切り口、見事としか言いようがない……」

 タバルは地に落ちた植物の蔓を拾い上げて断面を間近に見る。

 切断面はまるで加工された家具の如く滑らかで、丁寧にかんながけかやすりがけをしたかのようだ。

 鋼鉄製の剣で普通に斬ったら、どれほど切れ味が鋭くてもここまで綺麗にいかないだろう。


 六人の女剣士達が戦闘に突入してからまもなく、絞殺菩提樹は湖の一画にまで刈り込まれた。

 思わぬ形での共同戦線は、冒険者たちの勝利に終わった。



 後から参戦してきた六人の女剣士達、彼女らはファルナ剣闘士団という流れの傭兵らしい。

 国内の有名な傭兵団なら一通り知っているタバルでも彼女らの名前は聞いたことがなかった。

 これほどの腕を持った傭兵団が無名であるなど考えにくいので、国外から来たのであろうと推測していた。


 タバル傭兵団とエリザ武闘術士団の面々は、絞殺菩提樹をいとも簡単に切り払ってしまった六人の女剣闘士達を前に、奇妙な緊張感を持って相対していた。

 ここにいる者達は皆、宝石の丘を目指して集まっている。

 お互い競争相手でもあり、協力関係となるかもしれない微妙な間柄だ。

 集合地点はまだ洞窟の奥であるし、この先の行動を共にするべきかどうか迷ったのだ。


 だが、その迷いを断ち切ったのはファルナ剣闘士団であった。

 団長のファルナが冷めた視線をタバルへと寄越して、低く重みのある声を発する。

「お前、霊剣一本でこの先に行くつもりか? ……他の連中は置いて行ったほうが利口だな。死ぬぞ、全員」

 この言葉にタバル傭兵隊の面々が殺気立つ。喧嘩腰で詰め寄ろうとする彼らに対して、ファルナ剣闘士団はただ、無感情に彼らの行動を窺っているだけだった。

 数の上ではタバル傭兵隊の方が三倍以上も多い。しかし、数の威圧をものともしない不気味な圧迫感がファルナ剣闘士団からは滲み出していた。

 特に、団長のファルナは別格である。眇められた凶悪な目つきは、近づく者を問答無用で切り捨てんとする殺気を発して周囲を威圧している。


 息を呑み、この一種異様な雰囲気は何に由来するものか考えて、タバルは彼女らの腰に古ぼけた刀剣がぶら下がっているのに気が付いた。

 それらの刀剣からは、鞘に収まっているにも関わらず異様な剣気が漂っていた。タバルは自身の腰にさげた霊剣泗水を軽く握り、ファルナ剣闘士団のそれが近しいものであると確信した。

「まさか……六人全員が霊剣の担い手なのか?」

「さすがにそれくらいは気づくようだな。察しの通りさ」

 ファルナ剣闘士団がそれぞれ腰に帯びた刀剣を軽く持ち上げ、鞘から僅かに刀身を覗かせる。

 すると、明らかに普通の剣とは異なる気配が、覗いた刃から漏れ出してくる。

「ただし、半数は妖剣の類だけどな」

 禍々しい妖気を放つ妖剣、そして静謐な霊気を漂わせる霊剣。希少とされる霊剣・妖剣が一度にこれだけの数集まると、いったい何の大安売りなのかと錯覚してしまう。


 タバル傭兵隊の面々は、隊長であるタバルが担う霊剣泗水の切れ味を知っている。

 それと同格の剣が六本、剣士としての腕も確かな人間が携えていることに畏怖を覚えた。

 自分たちの粗末な武器で戦えば、間違いなく剣を打ち合わせた時点で得物を破壊され、敗北するはずだ。


「まあ、なんにしても! 草刈り手伝ってくれてありがとうね! エリザ武闘術士団の代表として、お礼を言っておくわ!」

 タバル傭兵隊が一様に押し黙るなか、声高な少女の声が沈黙の空気を破る。

「ま、あたし達だけでもどうにかなったと思うけど、手早く片付いたことは認めてあげる!」

 植物の蔓相手に悪戦苦闘していたのは棚に上げ、明らかな実力者であるファルナに臆することなく笑みを向ける。

 空気を読まない発言のあと、エリザの右手が握手を求め差し出された。


 無造作に差し出されたエリザの掌をファルナは一瞥すると、その手は取らずに背を向ける。

「甘ったれが。お前は死ぬよ、確実に」

 吐き捨てられた台詞の意味をエリザは一瞬、理解できなかった。

 だがすぐに、感謝の気持ちを跳ね除けられた上に侮辱されたとわかると、見る見るうちに顔を真っ赤に染め上げる。

「なっ……、なっ……何でそんなことわかるのよ!! あんたなんかに!」


 食ってかかるエリザを、ファルナは細めた横目で見下して、答えを返した。

「他人の死には鼻が利くんだ。漂ってくるんだよ、もうすぐ死にそうな奴からは死臭がさ」

 実際に死臭が臭うわけではなく、死地における人の生き死にに関する直感というやつだろう。断言するファルナの雰囲気は、言われれば信じてしまいそうな説得力を持っていた。


「納得いかない! 納得いかなーいっ! あたしだって、さっきはまだ本気だしていなかったんだから!」

 ただ一人、ファルナの言い分に納得できないエリザ。

 自分が確実に死ぬ、と断言されれば誰だって否定したくなるのは当然であろうが。


 そんなエリザを相手にせず、その場を立ち去る動きを見せたファルナ剣闘士団であったが、湖の方へ足を運びかけて六人全員が同時に動きを止めた。

 急速に緊迫感を高めて、それぞれが剣に手をかける。


 ファルナは鋸のように荒れた刃の妖刀を抜き放ち、無視するつもりだったはずのエリザに向かって振り返る。

「いいさ、見せてやる。格の違いってやつをな。ちょうどよく、手合せの相手が来たみたいだし、な……」

 ファルナの言葉に、遅まきながらタバル傭兵隊とエリザ武闘術士団は、新手の敵の出現に気がついた。


 いつの間にか、地底湖のほとりに佇む人影がある。

 ――否、それは人ではなく、人の骨格をしたもの。

 そしてその骨格さえ、水晶で構成されているという異質な存在。


 底なしの洞窟・中層部の守護者。

 水晶髑髏の餓骨兵である。


 気配なく佇む水晶髑髏の暗い眼窩を直視して、エリザの背筋に言い知れぬ悪寒が走る。


「引っ込んでいろ。邪魔だ」

 ファルナの言葉はエリザに向けて放たれたものだったが、近くにいたタバル傭兵隊が言葉に込められた強制力に後ろへと退いた。

 言われた当のエリザは頬を膨らませて不服な顔をしたが、結局は何も言わずに引き下がった。


 餓骨兵は六角錐柱の水晶棍を構えて、ゆっくりとファルナ剣闘士団のもとへ近づいてくる。


 髑髏の暗い眼窩に青白い光が灯り、餓骨兵とファルナ剣闘士団の戦端が開かれた。

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