第104話 闇に住む者たち
※極めて残酷な描写があります
――――――――――
――底なしの洞窟、上層部。
冒険者内では欲深き坑道と呼ばれる半貴石の採掘場に、冒険者の一団が足を踏み入れていた。
「ここいらも大分、複雑になってきたでなぁ~」
「素人どもがやたらめったら方向も考えずに掘るだぎゃあ、こんな入り組んだ迷路になるっけぇの」
「ほんだら、今日は少し奥まで足を伸ばすがや」
彼らは宝を求める冒険者というよりも、見たまま鉱山夫のような出で立ちだった。
事実、彼らは炭坑夫であったのだが、これまで働いていた炭掘りよりも稼ぎのいい宝石採掘に仕事を変えたのであった。
そんな彼らを坑道の奥から現れた灰色狼が取り囲む。
「んお? なんじゃ、狼ども。じゃませんと、あっち行っとれ!」
唸りを上げて威嚇する灰色狼をツルハシの一振りで一蹴する。ツルハシの先で小突かれた灰色狼は、「ぎぎゃん!」と悲鳴を上げて逃げ出した。
もともと炭掘りで鍛えられた体は、冒険者顔負けの筋力を有している。灰色狼など採掘の片手間に相手取れる程度のものだ。
「うおぉい、こっち来て見れ。なかなか良さそうな坑道があるどぉ」
「ほぉん……悪くぁねえか。したらば、ここで腰据えて掘ってみっか」
「どぉれどれ、そんじゃま早速……」
岩壁に三人の鉱山夫がツルハシを打ち込めば、小気味よい音色を奏でて半貴石が転がり出してくる。
赤い花弁の如き結晶を咲かす
「おぉ? いいんでねぇか? いいんでねぇかぁ?」
「だぁらあ言ったべよ。こん山の石は質がええ」
「おおう、おまんの言った通りだぎゃ。こりゃ、二等級は保証できるけぇ」
鉱山夫達は調子よく採掘を続けていく。
半日も掘り続ければ坑道もそれなりに掘り進み、半貴石の小山が出来上がった。
「ううし、今日はこんくらいにすんべぇ」
「だぁー、働いたぁなあ。腹へったわぁ、わしもう限界だぎゃ」
「ほんじゃあま、はよ酒場行って一杯ひっかけるがや」
半貴石の小山を三人で袋に分け、肩に担ぎ上げて帰路に着いた。
ずっしりとのしかかる半貴石の重さが、今日の稼ぎが上々であったことを伝えてくる。
「こん山でしばらく稼ぎゃあ、一財産築いて楽できるでなぁ」
「だはは、ちげえねえ」
「ぼろい仕事だぎゃ」
坑道を戻り始めてしばらく、鉱山夫達は雑談を交わしながら歩いていた。
そうして曲がり角に差し掛かり、肩に担いだ半貴石の袋を担ぎなおした時だった。
――がちん、と金属の噛み合う音が聞こえて。
「あんぎゃあああぁっ!?」
狭い坑道に鉱山夫の野太い悲鳴が響き渡った。
悲鳴を上げた男の足には、鋼鉄製のトラバサミががっちりと食い込んでいた。
「なんだぎゃぁっ!? こらぁ!?」
「暴れるでねぇ、今外してやんべ!」
足に噛み付いたトラバサミを外そうと別の男が腰を屈めた瞬間、ひゅぅっ、と風切り音が聞こえて、「ぐぎゃっ!」とくぐもった悲鳴が頭の上で発せられる。
首をめぐらせて見れば、トラバサミに挟まれた男とはまた別の一人が、体から幾本もの矢を生やしていた。
続けざまにどこからともなく矢が飛んできて、首、胸、目玉と次々に急所を貫いていく。更にもう一本、喉を矢に撃たれたところで鉱山夫の体は力を失い、仰向けに倒れる。どう見ても致命傷が多すぎた。
「ほげぇっ!?」
しゃがみこんでいた男は驚きのあまり腰を抜かして尻餅をついた。
途端に、地面から鋭く尖った鉄の杭が飛び出し、男の体を串刺しにしてしまう。
瞬時のことで、声を上げる間もなく絶命した。
「ひぃ、ひぃいいぃっ!!」
この場で生き残っているのはトラバサミに足を挟まれた男だけ。
周囲を見回してみるも、彼らに襲い掛かってきた悪意ある何者かの姿は見えない。
罠だ。あらかじめ仕掛けられていた罠に自分達は嵌まったのだと、混乱する思考の中でそれだけは理解できた。
しかし、行きの坑道ではこんな罠は仕掛けられていなかった。彼らが坑道で採掘をしている時間に仕掛けられたのかもしれない。
だとすると、この罠は明らかに自分達を狙った物だ。そして罠を張った者は彼らを生かして捕らえる気はないのが、殺傷力の高い罠の特性から知れた。
「い、嫌じゃぁ! こんなん所でおっ死んじまうなんてっ」
トラバサミに足を挟まれながらも、男は必死に地面を這いずってその場から逃げ出そうとした。
けれども、あらかじめ仕掛けられた罠は獲物を確実に仕留めるべく、二重三重に用意されていた。
逃げ出そうとする男の頭上から音もなく降ってきた数本の槍が、地面を這う男の心臓を背中から貫いた。
「ごぶっ……!」
苦鳴とも言えない、混じり合った血と空気の噴出す音が男の口から漏れる。
力なく崩れ落ちる男の肩から半貴石を詰めた袋が滑り落ち、色取り取りの輝きを洞窟の床に散らした。
三人の鉱山夫は仕事を終えて帰ろうとしたある日、底なしの洞窟であっけなく命を落とした。
ただその死因は、明らかに人の悪意がもたらしたものだった。
◇◆◇◆◇
「けっへっへっ……。労働、ご苦労様。お前らの掘り出してくれた宝石は、ありがたく頂戴するぜ」
体中を矢や槍に串刺しにされた鉱山夫達の死体に近づき、半貴石の詰まった袋を拾い上げる男がいた。
「おっと、罠を回収しておかねぇと……。けへへっ、袋の重みが嬉しくてつい後始末を忘れちまうところだった」
猫背で陰気な顔をした男が意識を集中して何事か呟くと、その場にあったトラバサミや鉄杭、矢に槍といった物品が全て光の粒と化して消え去る。送還術で、罠を保管先の倉庫に飛ばしたのだ。
この男は召喚術で罠を呼び出す召喚罠師、名をトラパンといった。罠召喚はそれなりに需要の高い術式であるが、召喚術士が専門に罠を扱う場合には、畏敬と侮蔑を込めて召喚罠師などと呼ばれる。
畏敬の念は猛獣を捕らえる優秀な狩人に対して、侮蔑はその技を人に使う外道に対して。トラパンは紛れもなく後者であった。
「おおい! 大量だぜ! 俺一人じゃ運べねえ、手伝え!」
トラパンが声を上げると、坑道の闇から冒険者風の女と全身黒ずくめの不気味な男が姿を現した。
「わあ、本当に大量ね。鉱山夫としては優秀だったのかしら、この男達」
「……また、俺の出番はなかったな……」
外道には外道の仲間がいる。姿を見せたこの二人もまた、堅気の人間ではなかった。
冒険者風の女は詐欺師ブラヒネ。人受けの良さそうな柔らかい笑みを顔に貼り付けた、肉感的な姿態の若い女だ。
鉱山夫達に底なしの洞窟の情報を与え、彼らが鉱脈を探して採掘するように仕向けた張本人である。
そしてもう一人、黒ずくめの男は暗殺者ゲヘル。
トラパンの罠で仕留めきれなかった獲物がいた場合、彼が直接殺す手筈になっていた。
冒険者を専門に狙って罠に嵌め、金品を強奪する暗殺集団。
彼らは洞窟に棲みついて悪行の限りを尽くしていた。
トラパンら三人は戦利品である半貴石を街の闇市で売り捌き、街外れの酒場で今後の計画を話し合うことにした。
蒸留酒を呷りながら、難しい顔をしてトラパンがぼやく。
「ブラヒネの顔も街中じゃあ不審に思われる頃合だし、そろそろやり方を変えるか。活動場所も移動しねぇとな」
「どうするつもり? もう街を出てしまうの?」
「馬鹿言え! こんな美味しい狩り場が他にあるかよ」
「……そうだな、手を引くにはまだ早い」
常に冷静な暗殺者ゲヘルも、まだここで稼ぐことができると判断していた。その言葉に機嫌を良くしたトラパンは、悪辣な笑みを浮かべて次の狩り場を決めた。
「洞窟の中層部手前に大空洞があったはずだ……。あの付近にゃ、採掘で深く掘られた複雑な坑道も数多くある。けへへっ……あの辺りで罠を張ることにしようぜ」
トラパンらは、始めのうちこそ上層部で馬鹿な冒険者を相手に活動していたが、もっと金目の物を持っていそうな獲物を探して、中層部の手前まで下りて罠を張ることにした。
「けへっ、仕込みは上々。後は獲物を誘い込むだけだ」
「……トラパン、五、六人の集団がこっちへ来るぞ……全員、若い女だ」
罠の仕込みを終えたトラパンに、偵察に出ていたゲヘルが声をかける。トラパンは舌なめずりをして邪悪な笑みを浮かべた。
(今回、仕掛けたのは麻痺毒を使った罠だからな。獲物を殺さずに捕らえる方向で用意しておいて正解だったぜ)
こんな辺境の洞窟に稼ぎに来るような冒険者など、大抵は寄る辺もない素性の連中ばかりである。殺そうが拐かそうが、どう扱おうと足がつきにくいのは結構なことだ。若い女なら殺さずに捕らえて、外国に奴隷として売り捌くこともできる。国内では表立った人身売買は認められていないが、闇市場では奉公人という肩書きで売られるのも珍しくない。
ついでに、一人くらい手元において弄ぶのも一興かとトラパンは考えていた。
「……けっへっへ、まぁた馬鹿な冒険者がやってきたぜ。ブラヒネ、お出迎えだ。綺麗に嵌めてやろうぜ」
「ええ、任せておいて。うまく釣ってくるわ」
詐欺師ブラヒネ、罠師トラパン、そして暗殺者ゲヘルによる冒険者狩りが始まった。
◇◆◇◆◇
ゲヘルの偵察した情報では、女の冒険者達は五、六人の集団で、それなりに質の良さそうな装備で身を固めているらしかった。ゲヘルがこの集団を獲物とみなした根拠は、防具類に比べて貧相な武器を手にしていたからだ。
自分の身を守ることに意識を傾け過ぎて、武器まで金の回らなかった典型的な冒険者の姿だった。それでも、中層部の手前までやってくるだけの腕はあるということだから、油断せずきっちり騙し切らねばならない。
ブラヒネは集団の近づく足音に耳を澄ませて、飛び出す機会を窺った。
やがて角を曲がった先の坑道から足音が響いてきた時点で、ブラヒネは息を切らした演技をしながら冒険者達の前へ姿を現す。
角を曲がって目にしたのは、ゲヘルの前情報どおり若い女ばかりの集団で六人、いずれも軽装で剣士風の装備をしていた。要所要所を見れば、金属製の胸当てや丈夫そうな革の服など、確かに金がかけられていそうな装備だ。大きな傷を付けずに手に入れられれば、街では高値で売れるだろう。
ただ武器の方は全員が古ぼけた刀剣を手にしており、こちらは金になりそうもなかった。
(身包み剥いだ後は、奴隷として売り飛ばすのが良さそうね)
ブラヒネの見た感じではそこそこ器量の良い女が揃っている。上玉とまでは言えないが十分に売れる容姿だ。少しばかり調教をして、付加価値をつけてやればきっと良い値段で売れるに違いない。
獲物を品定めしながらも、ブラヒネは彼女らを騙す演技を続けていた。精一杯、同情を誘うような身振りで助けを請う、ふりをしてみせる。
「助けてください! この先で私の仲間が獣に襲われているのです!」
地べたに崩れ落ちるように体を投げ出し、息も絶え絶えに女冒険者達に仲間の危機を訴えかける。
突然現れたブラヒネに困惑した様子の彼女らは、互いに顔を見合わせ小さな声で会話を始めた。
「ファルナ団長、どうします……?」
「そうだな……無視するわけにもいくまい」
六人の中では最年長に見える赤毛の女がこの集団のリーダーなのだろう。団長、と呼ばれたファルナが、ブラヒネの傍に寄ってきて手を差し伸べてくる。
「悪いが私達も慈善事業で洞窟に来ているわけじゃない。それ相応の対価を払えるなら助力を考えよう」
「そ、それなら、これでっ……! お願いです、手助けを!」
ブラヒネはファルナ団長と呼ばれた女に銀貨の詰まった袋を差し出す。獣相手に戦う程度なら報酬として十分な金額だ。もっとも、最後にはきっちり回収するつもりで渡しているだけだ。所詮は信用を得るための嘘である。
袋の中身を確かめて納得したのか、ファルナはブラヒネの手を取って立たせる。
「私達はとある僻地出身の剣闘士団だ。戦いの腕にはそれなりに自信がある。早速、お仲間の所へ案内してもらおうか」
「こっちです!」
あくまでも慌てた様子を装い、勢いのままに罠のある地点まで誘い込む。罠の設置領域まであと十歩、五歩……。
「あ――!」
ブラヒネは足がもつれたように見せかけて、盛大に転んでみせる。
罠の範囲はあと五歩先から三十歩まで、逃げ場のない坑道で広範囲に効果のある罠が張られている。
ちょうど中心地点で罠が発動するようになっているので、六人程度の隊列ならば多少前後の距離があっても全員を巻きこめるだろう。
「うくっ……すみません、足を挫いてしまって。お願いします、私は置いて先へ行ってください! 早く、仲間の元へ!」
倒れ込んだブラヒネを気遣って足を止めたファルナ達に、無念の表情で想いの全てを託す。
(――さあ、早く私の仲間の元へ。罠の只中へ!!)
愚かな獲物が罠にかかるのを、地面に伏して笑いを噛み殺しながら待った。
「どうしますか? ファルナ団長」
「こうなったら仕方ない……」
彼女らはしばらく逡巡したようだったが、一刻を争うと考えたのか立ち止まってはいなかった。
ファルナともう一人の団員はブラヒネの両脇を抱え上げ、歩みを前へ進め始めた。
「えっ? えっ?」
困惑したのはブラヒネだ。このまま一緒に連れて行かれたら自分も罠に巻き込まれてしまう。殺傷力の低い罠と言っても、嵌まれば相当の苦しみを味わうことになるのがわかっているのだ。さすがにこのままではいられなかった。
「あ、あのっ、ごめんなさい。私は足手まといだから、置いていってください。こんなことしているより、早く仲間の元へ……」
既に五歩進み罠の効果範囲に入った。必死にファルナ達だけを先へ行かせようと、ブラヒネは殊更に足を痛めたことを強調する。
これに対してファルナは努めて冷静に、慈愛の念さえ滲み出す笑みを浮かべてブラヒネに告げた。
「そんなに早く行きたければ、お前が行け――」
「ええ――?」
ブラヒネは二人がかりで肩と腰を持ち上げられ、思い切り前方の坑道へと投げ飛ばされる。
「ぶっ――!!」
胸から地べたに投げ出され、口の中に少しばかりの砂利が入り込んできた。
そしてブラヒネは顔を上げたとき自分が既に引き返せない罠の只中にいることに気づいた。
(――しまった――)
慌ててその場から逃げ出そうとしても遅かった。自動で発動した罠、無数の痺れ毒針の雨がブラヒネに向かって降り注いでくる。
「――き。きゃああああぁあ! ぎゃああああっ!!」
細く鋭い針が顔に、胸に、足に、腕に、ありとあらゆる部位に突き刺さり、ブラヒネの姿を針鼠状態にしてしまう。痛みと痺れに苛まれ、ブラヒネは地面の上をのた打ち回った。それがまた痛みを増幅する行為だとわかっていながらも、じっとしていられないほどの苦痛であったのだ。
「あああああっ! なんで? どうして!?」
地に這いつくばるブラヒネを冷たい視線でファルナが見下ろしている。
ファルナはブラヒネのことを一瞥すると、後ろに下がっていた団員に何やら指示を出した。
「きゃああああぁっ!」
「いやぁああああっ!」
次々と悲鳴を上げ始める団員の女達。しかし、それは全くの演技だ。
演技というのは当然それを見聞きする者がいて成り立つものだが……。
(こ、こいつらまさか――!?)
全身が痺れて動けなくなるなかで、ブラヒネは自分達の計画遂行手順を思い出し、彼女らの次の狙いが何であるのかにはっきりと思い至った。
「……ブラヒネ、獲物は仕留められたか……」
暗殺者ゲヘルが迂闊にも顔を出したところで、ファルナは無駄のない動作で距離を詰め、ざらり、と刃こぼれした刀剣を抜きゲヘルの首を掻っ切る。暗殺者顔負けの手並みである。
鋸刃のような刀で力強く引かれたゲヘルの首は、ぶぶぶっ、と気持ちの悪い音を立てながら切り落とされた。
「ふん、三流が」
吐き捨てるように呟くファルナの足元で、ごろごろとゲヘルの首が転がっている。
見かけからは想像もできない、ぞっとするほどの切れ味を発揮するファルナの刀。
刀身は錆びついたように赤茶けており、刃も鋸のようにぎざぎざと波打っている。
その抜き身の刀からは、錯覚ではなく禍々しい赤紫色の妖気が漏れ出していた。
(――あ、あれは、もしかして……妖刀というやつ?)
妖刀あるいは妖剣というものは、剣の格としては霊剣と同等だが、何より生き物を殺めることに特化した形状と性能を獲得している特異な刀剣である。モノによっては人心を惑わし、切れ味に魅了された担い手を殺人鬼にしてしまうという逸話もあるくらいだ。
「少なくともあと一人、罠を仕掛けた奴が近くにいるはずだ。探し出して、引きずり出せ!」
ファルナの命令に従い、他の五人もそれぞれ得物を手に取って坑道の奥へと走る。
最初から気づかれていたのだ。ブラヒネの嘘も、隠れていたゲヘルも、トラパンの仕掛けた罠も。
まもなく、争う声が奥から聞こえてきて、奥に潜んでいた罠師トラパンの両脇を二人の団員が捕まえて引きずって来た。
「は、放しやがれぇ! ちくしょうっ! ブラヒネ、しくじりやがったな!? ゲヘルもやられたのか、くそっ!!」
抵抗しようとするトラパンを地面に組み伏せ、手の空いている団員が地面に落ちた痺れ毒針をトラパンの体に何本も刺していく。
「ぎゃっ! やめっ! ひぃっ! いででっ! ぐああぁっ!」
数十本、これだけ刺さればトラパンも麻痺毒で身動きできなくなってしまっただろう。
「さて、何か言い残すことはあるか?」
ファルナが妖気を帯びた鋸刀をトラパンの鼻先に突きつける。
「ま、待ってくれ! 金ならある! 街に置いてあるんだ! もし見逃してくれるなら、あんたらにくれてやる! だから、頼む、殺さないでくれ!」
みっともなくも命乞いをするトラパン。だが、ファルナは眉一つ動かすことなく、冷徹な瞳でトラパンのことを見下している。
「ゴミどもが」
ぺっ、と唾をトラパンの顔めがけて吐き捨てる。
「私はお前らみたいなクズが大嫌いなんだ。無視して進もうかと思ったが、やはり駄目だ」
ファルナはトラパンとブラヒネを交互に見やり、汚らわしいものでも見たように表情を歪めた。そして、一転して狂喜の笑顔へと顔を変え、団員達に命令を下した。
「皮膚を剥ぎ、骨を削り、嬲り殺せ。精々、苦しむようにな」
ファルナが妖刀の鋸刃で、トラパンの耳をぞりぞりと切り落とす。
「あんぎゃぁあああー――っ!?」
ファルナ剣闘士団の団員達は次々に剣を抜き放つ。
そのどれもが異様な気配を漂わせた刀剣であることにブラヒネは気が付いた。
ひたり、とブラヒネの頬に冷たく輝く刃が当てられ、すっ……と撫でられたような感触の後、顔面が焼け付くように熱くなる。
「あっ!? ああっ!?」
麻痺毒のせいで痛みは感じなかったが、自分の頬の皮が薄く削がれたことが感触でわかった。
もう痺れて動かないはずの体がぶるぶると震え始め、腰の力が抜けて不様にも小便を垂れ流してしまう。
だが、ブラヒネにはもうそんなことに恥じ入る余裕などなくなっていた。
目の前でトラパンが、なます切りにされていく。トラパンは絶叫をあげながら、四肢の肉に次々切れ目を入れられていった。わざと血管の動脈を避けているのか、出血はさほど多くなく、トラパンの全身を薄っすら赤く染めるに留まっていた。
そうして散々切り刻み、痛めつけた末に、ごりごりと削るように腕や脚を切断され、骨ごと胴体から切り離される。
宣言通り、ファルナ剣闘士団はブラヒネらを嬲り殺しにしていた。
トラパンはまだ麻痺が浅かったのか痛みに悶え苦しみ、自分で自分の舌を噛み切ってしまった。トラパンの口からだらだらと鮮血が垂れている。それでもまだトラパンはすぐには死ねず、緩やかな死に身を晒されていた。
「次はお前の番だ」
感情を伴わない声が頭上から降ってきて、痛みの感じない体にごりごりと鋸刀の刃が侵入してきた。
背筋が凍りつくような、ただただ不快な感触だけが伝わってくる。
やがて多量の失血によりブラヒネは意識を失い、ばらばらの肉片となって二度と意識を取り戻すことはなかった。
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