ノームの終わりなき洞穴 宝石の丘 編
【ダンジョンレベル 14 : 狂争の坩堝】
第101話 氷炎術士メルヴィオーサ
大空洞に
切れ込みの入った絹のドレスローブから覗く太股には、まるで欲情を誘うかのような意匠で魔導回路が刻まれている。
女術士は太股に巻きつくように彫られた回路に指を這わせ、恍惚とした表情で魔導因子を流し込んでいく。
(――世界座標『トルクメニスの地獄門』より召喚――)
意識の集中に伴い、魔導回路は彼女の真白い脚よりなお白く輝き始める。
『逆巻け、炎熱気流!!』
洞窟の岩壁さえ焦がす火勢で高熱の陽炎が立ち昇り、二体の魔導人形は赤熱するまで炙り尽くされた。
「十分に熱が溜まった頃合いかしらねぇ」
真っ赤に焼けた体で鉄棒を振り回す鉄人形から距離を取り、鈍重な銅人形の動きにも注意を向けながら、次なる術式の集中に入る。
銘木・
「ああ……いいわ、高まる……」
紫檀の杖にも魔導回路が刻まれており、回路は女術士の太股と同様に白く発光していた。その様子から術式の補助か、増幅の効果を与える魔導具であることが窺える。
(――世界座標『
魔導回路がより強い輝きを発し、召喚術が発動する。
『吹けよ、地吹雪!!』
光の粒が立ち昇り、突如として氷雪の入り混じった猛吹雪が大空洞に吹き荒れる。
あっという間に二体の魔導人形は雪と氷に包まれ、赤熱した状態から急速冷却された。
極端な温度変化による膨張と収縮を経て、ばんっ、という破砕音と共に金属の素体に罅が走る。
「さあ、もう一度よ……今度は激しいのをお見舞いしてあげる!」
(――世界座標『トルクメニスの地獄門』より召喚――)
『逆巻け、炎熱気流!!』
最初と同じ召喚術が、氷雪に埋もれた鉄人形と銅人形に向けて放たれる。
一見して氷を溶かしているだけの無駄な行為にも見えたが、仕掛けられた術式の真骨頂はその後にあった。
(――世界座標『トルクメニスの地獄門』より召喚――)
再び、世界のいずこか、トルクメニスの地獄門より呼び出される。
『噴きだせ、
光の粒と共に召喚されたのは、地面から噴き出すように生じた白いガスであった。
厳密には不可視のガスであるそれは、噴出と同時に急膨張して空気中の水蒸気を凍らせ、即席の雲を作り出したのである。
だが、そのように稀有な地上の雲は、炎熱気流に呑まれて見る間に消失し――。
爆炎が、大空洞を揺るがした。
可燃性のガスが空気と混じり合い、引火したまま爆発限界に達して衝撃波を伴う火炎を撒き散らしたのだ。
爆発の衝撃は凄まじく、爆心地にあった二体の魔導人形は木っ端微塵に吹き飛ばされた。
事前に金属の素体に罅が入って脆くなっていたのも効いたのだろう。人形であったことさえ判別できない残骸へと成り果てていた。
もはや動かぬ金属塊と化した魔導人形を足蹴にして、女術士は吐き捨てるように呟いた。
「大したことないわねぇ。あの錬金術士がわざわざ仲間を募るほどのダンジョンには思えないわぁ。この私が来るまでもないじゃないの」
氷と炎の術式に長け、たった一人で魔窟の奥まで入り込んできた二級術士、その実力の高さを知る者達は彼女のことを『氷炎術士メルヴィオーサ』と呼ぶ。
「だいたい、おかしいと思ったのよー。鉱山開発事業なんて、そんな欠伸の出そうな仕事、あいつが好き好んでやるはずないものねぇ。この分だと宝石の丘なんて夢物語も怪しいものだわ。嘘っぱちの情報かしら?」
誰もいない大空洞で、メルヴィオーサはひたすら独り言を並べ立てる。長く独りでの仕事を続けてきた彼女は、いつからか心の声を口に出す癖がついていた。
彼女は元来、人見知りをする性格ではなく、更に言えばお喋りであった。独りで活動しているのも、めったなことでは他人の力を借りる必要がないということと、辺り構わず焼き尽くす戦闘方法が集団向きではないことが原因だった。
それ故にこの独り言も、話し相手がおらず抑圧された彼女の性格が表出したものと言える。
そうしてひとしきり文句を言い終えたメルヴィオーサであったが、ふと蹴りつけていた金属塊を見て眉を寄せた。異変に感づいた彼女はすぐに大空洞の出口へと移動して、坑道の端で振り返り大空洞の様子を窺う。
すると、見る見るうちに金属塊が寄り集まり、鉄と銅、二体の魔導人形が元の形状に戻り機能を復活させた。
「あら、これはこれは……。ふふふ、そうよねぇ。どうして気がつかなかったのかしら? この子達、あいつの創作ね」
たった今起こった現象を前にメルヴィオーサは目を細めて、赤い唇から含み笑いを漏らした。
「このダンジョンは雑魚と大物を篩い分ける試練、ということね。そうなんでしょう? ねえ、クレストフ……」
ここにはいない、しかし確実にこの洞窟の何処かにいるであろう彼の術士へ向けて、メルヴィオーサの一方的な独り言が呟かれる。
「さぁて? この先、奥深くにはいったい何があるのかしら。楽しみねぇ……うふふふ、疼いてきちゃうわ」
杖を股の間に挟み、擦り付けるようにしながら熱い吐息を漏らす。
「せいぜい楽しませて頂戴よぉ……。こんな僻地まで足を運んで来てやったんだから」
とかく、独り言の多い女であった。
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