【ダンジョンレベル 13 : 洞窟攻略都市】

第93話 ダンジョンは観光名所

※関連ストーリー 『借金返済』参照

――――――――――


 眼下に見える大きな街を眺め、俺達はしばし呆然と洞窟の入り口に突っ立っていた。

「街があるな……」

「街ができているねぇ……」

「村がなくなって、街ができた?」

 ビーチェも混乱した様子で疑問を投げかけてくる。

 無論、俺にも正しい答えなど返せない。ひょっとしたら蜃気楼ではないのか、と自分自身でもまだ疑っているくらいなのだから。


「……とりあえず、山を下りてみるか」

「賛成! ここでこうしているより、実際に見に行ったほうが早いよね!」

「街……この格好で、大丈夫?」

 俺は土埃を被った外套姿、ビーチェは薄汚れた無地の衣服、ジュエルに至っては皺のついた羽衣一枚。

 それぞれ素性に相応の格好と言えなくもないが、三人並ぶと統一性のない、なんともちぐはぐな印象になる。

 そして何より、一見して汚い。


 遠目に見てもしっかりとした大きな街だ。

 このままの格好で通りを歩けば注目を集めてしまうかもしれない。

「まず汚れだけは、途中にある森の泉で落とすとしよう」

「水浴びだねー。ボス、ボクの苔を落としてよ」

 当たり前のように舐めた口を利くジュエルを、俺はその場に蹴り転がした。

「……お前はいつから、俺に命令できる立場になったんだ? ええ?」

「すいません、自分でやります。というか、ボスのお背中を流させてください~」


 平伏するジュエルを足蹴にしながら、俺はビーチェの服装を改めて見直した。

 思えば随分前に黒猫商会から服を買って以来、数枚の衣服をビーチェは着回していた。

 丈夫な綿の布地ではあるが、過酷な洞窟環境にさらされて、もうだいぶくたびれてしまったように見える。

「ビーチェの衣服は新調した方が良さそうだな。街へ入ったら服飾店を探してみよう」

「……! 服、買ってくれるの?」

「洞窟での働きを考えれば安い報酬だろうがな」

「服、どんなのにしよう……」

 頬を染め、目を輝かせて、まだ見ぬ衣装にビーチェは想いを馳せていた。


「あー、いいな、いいなー、ビーチェってばー」

 服を買ってもらえることになったビーチェをジュエルは羨ましがり、妄想に耽るビーチェの周囲をはたはたと飛び回る。

 うっとうしいことこの上ない。

「ジュエル、お前も精霊とは言え、羽衣一枚じゃ街中で目立つだろ。何か適当な服でも見繕ってやる」

「え、ボクに服? いらない。邪魔だもん」

「…………」

 少しばかり仏心を出してみればこの拒絶である。ビーチェを羨ましがっていたのはなんだったのか。

 本当に精霊というやつは理解できない。



 山と平地の境まで下りた地点で、俺はそこに見覚えのないものが設置されているのに気が付いた。

「誰だ? こんなものを勝手に設置したのは?」

 山をぐるりと囲むように棘の付いた鉄条網の柵が備えられていた。

 そもそも山の裾野には絞殺菩提樹が群生しているので、侵入者を阻むのに柵を設置する必要などないのだ。

 俺がやった事と言えば、絞殺菩提樹が裾野より先に生息域を伸ばさないように呪詛をかけたくらいのもの。

 こんな意味のない鉄条網を敷いた覚えはない。


「クレス、向こうに何かある」

 敷かれた鉄条網に沿ってずっと遠くを見やれば、石造りの壁と金属製の門がある。

 これもまた見覚えのないものだ。

「関所のようだな……一体誰が作って――」

 言いかけて、俺は心当たりにすぐ思い至った。

(……あの令嬢、どういうつもりだ? 山の管理は俺に任せて、手を出すつもりはないと言っていたのに……)

 この土地で自由な勝手が許されるのは、フェロー伯爵家の他にない。


「どうする、クレス? あっちから外へ出る?」

「構うな。ここは俺達の管理する山だ。どこから出ようと勝手だ。ジュエル、鉄条網を通れるようにこじ開けろ」

「イエッサー! 関所破りだね! お手の物だよっ!」

 ジュエルは鉄条網を掴み、上下に大きく広げて通り道を作った。硬質の石の肌を持つジュエルにとって鉄条網の棘など、どうと言う物でもなかった。

「服を引っ掛けないように注意しろ」

 ジュエルが通った後、ビーチェをくぐらせて、俺も鉄条網に開いた隙間を通り抜けた。


「ボスー、鉄条網は元に戻しておくー?」

「放っておけ、こんなものあってないようなものだ」

 ここはこのままにして行っても問題はないだろう。

 なにしろ鉄条網を越えたすぐ先には、もっと凶悪な関門が待ち構えているのだから。


 俺達は歪んだ鉄条網を尻目に、永眠火山の麓へと下りていく。

 地平線まで広がる朝露の砂漠リフタスフェルトへ下り立てば、蜃気楼に浮かぶ街の姿が見えてきていた。




 山を下り街へと入った俺は、実際にその場の活気を間近に見て唖然とした。

「まるで交易都市だな……」

 防壁などの街を覆う囲いは一切なく、広く放射状に建物が立ち並んでいる。

 初めに街の端に辿り着いた時は、ちらほらと雑多な物品を売る浮浪者のような人間が地べたに座り込んでいただけだったが、街の中心へ向かうにつれ出稼ぎの農民や猟師の姿が目に付くようになり、次第に行商人の馬車や仮組みされた露店が目立つようになる。そして、おそらくは召喚術で移転してきたのであろう建造物が立ち並ぶ。


 宿屋に酒場、衣装店に武具工房、珍しいものでは魔導用品店から医療薬品店、果ては教会に娼館まであった。

 中心部に近づくほど人の数も増え、押し寄せる波のような人の群れにビーチェが目を丸くして立ち竦んでいた。

「離れて迷子になるなよ」

「ん……離れない」

 ビーチェは人の流れに必死に抗い、俺の後ろを付いてきた。背の低い彼女は前から来る人に時折ぶつかられ、真っ直ぐに進めず蛇行しながら歩いている。

 見かねた俺は今にも雑踏に呑まれてしまいそうなビーチェの手を引き、とりあえず服飾店を探して街の通りを進む。

 実用的で質のよい品物を取り扱っている店がないか、店頭に並ぶ品を歩きながら物色していった。


「ねえね、ボス! あそこのお店なんか良さそうだよー!」

 通りを先行して歩いていたジュエルが、適当な服飾店を探し出してきた。

 店頭に並ぶ品物はざっと見ただけでも縫製の具合などしっかりした物が並び、旅や冒険にも十分に耐えそうな衣類が揃っていた。

 子供向けの服も置いてあり、それも実用的な素材と意匠で作られている。

「価格は全体的に少し高めのようだが、質は悪くないな……。ビーチェ、この店で気に入った服を選べ。大きさが合ってさえいれば、どれを選んでも外れはないだろう」

「わ、わかった。ここで選ぶ」


 こういう店に入るのが初めてなのか、ビーチェは緊張した面持ちで恐る恐る店内へと入っていった。

 俺は店内に入る前に、他にもいい服飾店がないか周囲を見回してみた。

 ここまで俺達が歩いてきた道で幾つか衣類を扱う店はあったが、どれも大人向けの品物を取り扱う店だった。

 街を歩く人の姿を見ても、目に付くのは商人や冒険者風の人間ばかりで、子供の姿は全くと言って良いほど見かけない。

 店の品物も購買層を意識してか、大人向けの品物が多い。どうもこの近くで、子供向けの品物を用意してあるのは目の前の店ぐらいのようだ。


 他の店を探すのは諦めて、俺もビーチェの後に続いて店へと入ることにした。

 店の中ではジュエルが子供服を物色して、ビーチェの体にあれこれあてがっていた。

「う~ん、ボクのセンスとしては、こっちも捨てがたいなー」

「ジュエルが選ぶ服、大胆すぎる……」

 ビーチェの体にあてがわれた服は、みぞおちから下の布地を切ったシャツに、股上の浅いホットパンツである。

 おそらく健康的な子供向けの衣装なのだろうが、発育次第では蠱惑的な服装になりそうだ。

 もっとも、発育が悪いビーチェの体形では歳相応の格好にしかならないだろう。


 店の奥まで入ってみると、楽しそうに服を選ぶ二人にちらちらと視線を送る店の主人が居た。

 汚い格好のビーチェに対して店主は露骨に顔をしかめている。店の品物を汚されはしないかと気が気でないのだろう。

「ビーチェ、服は決まったか?」

 声をかけた俺の姿に店主は目を丸くし、その視線が宝石の付いた首輪チョーカーに釘付けになった。

 さらに耳飾りイヤリングや銀の腕輪ブレスレットにも目が移り、ごくりと唾を飲み込む。

 一瞬の硬直があった後、店主は慌てて勘定台から飛び出してくると、手揉みしながら商売人の笑顔を浮かべ俺の前に立った。


「ようこそ、いらっしゃいませ! 旅の方ですかな? お嬢さんのお召し物を探しておいでで?」

 俺の姿を見て、今まで乞食か何かと思っていたビーチェが、実は旅装を着ていた金持ちの子女だろうと当たりをつけたのだろう。

 環境の苛酷な朝露の砂漠を越えて来たばかりなら、誰だって旅装は汚れてみすぼらしいものになる。

 店主は俺への対応をしながら、改めてビーチェのことを観察して一人納得したような顔をしている。

「肌の綺麗なお嬢さんには、こちらの白いワンピースドレスなどいかがでしょう?」

 なるほど、砂漠にありながら日焼けのない白い肌のビーチェを見て、深窓の令嬢とでも勘違いしたか。

 ビーチェの肌が白いのは地下深層で生活していたからなわけだが、そんなことを予想できる人間はいないだろう。


 俺は店主が差し出した服をビーチェの体に軽く合わせる。

 鏡で自分の姿を見たビーチェが、恥ずかしげに顔をうつむかせた。

「丈はこのままでも合っていそうだな、一着もらおう。他にも何着か替えがいる。ビーチェ、お前も早く自分で選べ。あちこち店を回るのも面倒だから、ここで揃えてしまうぞ」

「ま、待って……迷う……」

 やや慌てた様子で、それでも真剣に店内の服を選び始める。その様子を微笑ましげに眺めている店主。

 一度に数着もの服が売れると確信したのだから、店主が喜色満面な笑顔になるのも無理はないかもしれない。


 結局、店主の勧めで買った服が三着ほど、ビーチェが自分で選んだのが普段着一式、それにジュエルが独自の感性で選んだシャツとホットパンツの組み合わせを買うことになった。

「この服でいいのか?」

「ん、動きやすいから、普段はこれがいい」

 ビーチェが自分で選んだのは、上下黒色の袖なしシャツとフレアスカートだった。そのほか寒いときに羽織るものとして、これもまた黒色のボレロを一着だけ購入した。

 その場で着替えてみると、長く伸びた黒髪と相まって少女の形をした闇がわだかまっている様に見える。

 これらの服を単品で見れば少女の好みそうな意匠だが、全て黒色というのが独特の雰囲気を醸し出していた。

「まあ……黒は闇の精霊を象徴する色とも言うしな。似合いと言えば似合いか」

 上から下まで漆黒の服飾は、ビーチェの白い肌と金色の瞳をよく際立たせていた。




 衣料品の購入が済んだ後、情報収集として服飾店の店主に話を聞いたところ、この街はごく最近になってできた街で間違いないようだった。

 だが、詳しく経緯を聞いてみればどうにも荒唐無稽な話であった。

 そもそも街ができたのは、山の洞窟に悪魔が現れたことがきっかけであると言う。

 悪魔は供物と生贄を要求し、それに従わない近隣の村を滅ぼして、地下では魔界を再現しているのだとか。実際にこの街も滅んだ村の跡地に造られているし、大量の幻想種が洞窟から溢れ出したのも目撃されている。


(……そういえば、古代遺跡の召喚陣については、まだ連盟に報告をしていなかったな……)

 目先の利益確保を優先してしまったが、ここまで騒ぎになっているのなら今からでも一報は入れておくべきだろう。

 それにしても一連の出来事を全て悪魔の所業にしてしまうというのは、いささか乱暴な話である。


 ――愚かな世間の誤解だ、とここまでは半ば呆れて聞き流していたのだが、続く話に俺の眉はひそめられた。


 悪魔の出現に対して、この山の地主であるフェロー伯爵家は、領主の責任を持って山の周囲に結界を張り巡らせる工事を行い、危険な魔物の拡散を防いだ。しかし、魔物を滅ぼす軍隊を送り込む余裕はない。そこで、洞窟の悪魔に多額の懸賞金をかけ、勇士を募ってのダンジョン攻略が広く呼びかけられたのだそうだ。

 この街はダンジョン攻略の為の拠点として、召喚術を駆使した物資輸送によりここ数ヶ月であっというまに築かれた。

 一攫千金を狙った冒険者が街に集い、人の集まるところに利益を見出した商人も集まり、人が人を呼んで街の規模は小都市水準にまで膨れ上がった。

 領主館を中心として街は放射状に拡大し、いまやフェロー伯爵領でも有数の交易都市に成長しつつある……。


 ここまでの話を聞いた俺は、ビーチェとジュエルを連れて即座に店を出ると、街の中心部を目指した。

(……ふざけた真似をして……きっちり問いただしてやる!)

 街の中心にある領主館、そこに、あの食えない貴族令嬢がいるのは間違いなかった。




 領主館の外観はこぢんまりとしていたが、造りはしっかりしていることから、これも適当な物件を召喚術で移転させてきたもののようだった。

 入り口の受付で『この街の代表者』との面会を求めると、受付嬢は俺を待たせることなく奥へと通した。まるで俺が来ることを想定していたかのような対応である。

 面会に手間取らないのは結構なことだが、なんとなく俺は気に入らなかった。

 待ち受けられていた、そんな気配が漂っている。


 案内された領主館の応接室には既に、この館の主である伯爵令嬢が椅子に腰掛けて待っていた。肩に流した艶やかな金髪はいつもながら豪奢な印象を与えるが、特別に着飾っている様子はなく、待ち受けていたというよりは単にここでずっと仕事をしていたようだ。

 それでも、伯爵令嬢には俺の突然の訪問に対する動揺は微塵も見られなかった。心構えはとっくにできていたということか。

「いったいどういうつもりだ? やけに洞窟への侵入者が多いと思えば、全てあんたの差し金か?」

 挨拶もろくにしないまま俺は本題を切り出した。

 目の前の女に礼を尽くす義理はもうないのだし、あちらも俺が文句を言いに来た事くらい承知だろう。


「久しぶりにお会いしたというのに、随分なご挨拶ですのね」

 目を通していた書類を机の脇に置いて、伯爵令嬢は機嫌を悪くした様子も見せず、口元を歪めて微笑んだ。

「貴方の言い方ですと、まるで私が悪者のように聞こえてよ。傷つきますわ。鉱山のことは全てお任せしていますのに、どうして私の差し金などと?」

「よくもまあ、そんな白々しい嘘を吐けたものだ。永眠火山に柵を巡らせて、関所を築いたのはあんたの仕業だろう」

「あら? 何か不都合がおありになって? 野盗の類が逃げ込まないよう関所を設けているだけですわ。山の管理は貴方にお任せしていますけど、その周辺の治安を維持するのは領主の仕事ですもの」


「その関所を越えて、洞窟に入り込んだ冒険者共が採掘場を荒らしているんだが?」

「関所はあくまで手配書の出ているような賊を捕らえる為のものですから。当然、一般の旅行者まで引き止めはしませんわ」

「ほほお? その一般の旅行者とやらが、洞窟で盗掘した宝石を売り捌いているという話も聞いたんだけどな」


 大規模な鉱脈はあらかた俺が掘り尽くしてしまったが、小規模の鉱脈ならば手付かずのまま残っている。

 冒険者達にとっては掘り当てればまさに一攫千金となるのだ。

 俺にとっては利益の小さい鉱脈などわざわざ採掘するに値しないのだが、それを目当てに洞窟奥深くまで侵入して勝手に荒らされるのは許せない。

「山の管理は貴方に一任していると申しましたでしょう? 取り締まりの必要があるなら、山の中でなさってはいかが?」

「そんな面倒なことやっていられるか!」

「……では放置も仕方ありませんわね。あ、でも、気になさる必要はありませんわ。伯爵家としては山の外に危険が及ばなければ、それ以上の管理責任は求めませんから」

 この状況で、採掘事業に被害が出るのも俺の責任だと言うのか?

 ふざけている。


 俺はつい今しがたまで伯爵令嬢が読んでいた書類を机の上から取り上げる。

「実際にはいない悪魔の噂を持ち上げ懸賞金までかけて、意図的にこの街へ人を集めたんだろうが。土地の貸借や資材の販売、商業活動と冒険行為に対する税の徴収……いったいどれだけ稼いだ?」

 机にあった書類には金銭の動きが細かに記された表が載せられていた。

 ダンジョン攻略で一攫千金を夢見る冒険者、自らの武威を示さんと奮起する騎士、彼らの雄姿を見届けんと集まる野次馬、そんな観光名所の街に物資を届ける商売人達。世界各国から来る冒険者、騎士、術士、観光客で街は、そして伯爵領は莫大な経済的利益を得て潤っていた。

 冒険者たちは伯爵領にお金を落とす良いカモとなっているのだ。よもや、これで何も知らないなどという言い訳が通るはずもない。


 だが、伯爵令嬢は悠然とした態度を崩さず、むしろ開き直って俺の手から書類を取り返した。

「街ができたのは自然の成り行きですわ。そうなれば領主としては当然、街の収支を監督する義務が生じるでしょう?」

 伯爵令嬢がいっぱしの領主気取りか、と喉まで出掛かった言葉を飲み込む。事実、この女は普段から領主の仕事を無難にこなしているのだろう。ついこの間まで我が侭なお嬢様といった感じが抜け切らなかったのに、しばらく会わないうちに大人の貴族としての落ち着きが所作に表れるようになっていた。

(……身勝手なところと狡猾さが増して最悪だな……順調にいやらしい貴族へと成長していやがる……)

 鉱山へ入り込む人間の制限に関して、伯爵令嬢の協力を得られないのはこれまでと変わらないことだ。ここでいくらごねても取り付く島がない。


 ――ならばいっそ、こちらも考え方を変えるまで。

(……そうとも、貴族の小娘の浅はかな考えなんて、容易に覆せるのだから……)

 余裕の笑みを浮かべている伯爵令嬢に対し、俺は怒りの心情を殺して冷静な思考を取り戻す。

「ふん……。……まあ、いいさ。正直なところ、もはや俺にとってはどうでもいいことだ。これ以上、俺が鉱山開発にこだわる理由もなくなったのだからな」

「!? それはどういうことですの? もういい、とは……」

 てっきり俺が猛抗議を繰り返すとでも思っていたのだろう。そしてそれを軽くあしらうだけの自信もあったに違いない。

 しかし、俺があっさりと引いたことで、伯爵令嬢は肩透かしをくらったように前へ乗り出した。


「鉱山に残る屑石は欲しい奴らにくれてやる。あんたもせいぜい、魅力的なダンジョンを演出して客寄せすることだな」

「あら……それはまた豪気なことで……。どういう気の移り変わりなのかしら」

「次の事業への投資だ」

 話についてこられない伯爵令嬢は、その美しい顔立ちを愁眉で歪めた。

 素のままの表情を垣間見て、俺は胸の内で溜飲を下げながら悪辣な笑みを浮かべる。


 他人の事業に横槍を入れて利益を掠め取ろうとする者達。

 俺はそんな欲深な連中を尻目に、より強欲と言えるであろう宝石の丘への旅路に向けた仕込みを始めるのだ。


 伯爵令嬢が都合よく、洞窟のほど近くに一大拠点を作ってくれたのだ。これを利用しない手はないだろう。

 この街には、人も、物資も、いくらでも集まってくるのだから。

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