第81話 熱水鉱床

※関連ストーリー 『思わぬ天敵』参照

――――――――――


 湿気を多分に含み、肌にべたつく洞窟の空気は掘り進めるにつれてその温度を高めていく。

「暑い……クレス、暑い……」

「ああ……暑いな。他に何も言うことがないほど、暑いな……」

 俺もビーチェも裸に近い格好で採掘現場を歩いていたが、とうとう脱ぐものもなくなって耐えられない温度になってきた。


「限界だ! 節約などと言っていられない。冷却用の術式を使うからビーチェ、お前もひとまず着替えろ」

 俺は暑さを我慢して衣服を着込み、外套を羽織った。すぐに熱気が体の内にこもり、珠の汗が皮膚に浮かんでくる。

 ビーチェも渋々ながら衣服を手に取るが、すぐには着替えずに裸のまま辺りをうろついていた。

 既に着替えを済ませて体に熱がこもり始めた俺は、ビーチェが着替え終わるのを待たず、懐から氷晶石の魔導回路を取り出して召喚術を行使する。


(――世界座標、『凍れる大陸』に指定完了――)

 脳裏に描くのは遥か遠方に存在する極寒の大地。

 彼の地から呼び寄せるのは大地そのもの。

『――彼方かなたより此方こなたへ――。万年凍土、来たれ!』


 俺とビーチェの足元に光の粒が舞い踊り、大地が常に凍りついているという氷の大陸から、大量の凍土が召喚される。

 凍土は召喚されてすぐ辺りに白い冷気を放ち、洞窟内の気温を下げてくれた。熱を含んだ衣服が急速に冷えていく感覚も心地よい。

「ふぅ……生き返るようだな」

「涼しーい……」

 ビーチェは霜のついた凍土の上に寝そべって、火照った体を存分に冷ましていた。

「しかしこれもどの程度の時間もつか……」

 地熱は無尽蔵とも言える熱量で洞窟内の空気を暖めている。

 定期的に冷却用の術式を行使しなければ、この場にも長くはいられないだろう。


 幸なことに氷晶石は備蓄が沢山あった。また、氷晶石に新しく魔導回路を刻み込むのもそう難しい部類の作業ではない。

 ここは消耗品として割り切って、大胆に使っていくべきだと判断した。




 凍土の召喚によって洞窟の空気が冷え、快適な環境になったことで作業もはかどるようになっていた。

 快調に採掘作業が進む中、俺は新たな鉱脈を探して洞窟の岩壁を調べていた。


「ん……この石英脈はもしや……」

 花崗岩で形成された洞窟の壁に、白い石英の筋が無数に走っているのを見つけた。

 細長く伸びる結晶の筋。

「熱水鉱脈か」

 マグマに熱せられた地下深くの水分が様々な鉱物を溶かし込み、岩石の割れ目を通過しながら結晶化した鉱脈である。

 そいつを辿って掘り進めていくと、岩石が一度溶けて固まった後のような、大規模に変質した岩石地帯を発見した。

「熱水の影響で変質したようだな。この鉱床はもしかすると、もしかするかもしれない……」


 熱水鉱脈が導く先に何があるのか、その可能性に思い至った俺は自然と口の端が吊り上がり、笑みを漏らさずにはいられなかった。

「ク、クレス? 暑くて、おかしくなっちゃった?」

 一人で笑みを浮かべている俺を見て心配したのか、ビーチェが凍土の氷を額へと当ててくれる。

 冷たくて気持ちがいい。頭が冷えて冷静になった俺は再び、熱水鉱脈の先に見つけた鉱床を念入りに調べ始める。

「ジュエル! ノーム達を連れて、ここを集中的に掘り返してくれ!!」

「イエッサー、ボス! 何かな、何かな、何があるのかな?」


 確信に満ちた俺の声に、ジュエルもまたこの鉱床に埋まっているお宝の気配を感じ取ったらしい。さすがに貴き石の精霊ジュエルスピリッツというだけのことはある。宝石や貴金属の類には鼻が利くのだ。

「掘るよ、掘るよ~。ボク、掘っちゃうよー、掘り当てちゃうよ~」

 掘り進める坑道の全てが結晶質の岩石で、所々に大きな水晶の塊が散見される。ジュエルが高速回転させている鋼鉄の錐は、水晶と激しく衝突して火花を散らし、刃のあちこちを欠けさせながらも水晶塊を砕き散らしていた。


「こ、これは……!?」

 その水晶の塊に挟まれるようにして、ひっそりと存在している金色の輝きに俺は目を見張った。

「き――、『金』だ!!」

 俺の声にジュエルは驚いたのか、二本の鋼鉄の錐を誤って接触させてあらぬ方向に弾き飛ばしてしまう。

 ひっくり返ったジュエルを踏み台にして、俺は水晶塊の割れ目に潜む黄金の輝きへと駆け寄った。

「間違いない……黄鉄鉱や黄銅鉱とは違う。紛れもない、金だ……!!」

 母岩たる水晶から金塊を取り上げ、俺はその輝きを頭上に掲げた。


「見ろ、ジュエル、金だぞ! 金塊だ!」

「うぉおおぉー、金だね~」

「馬鹿野郎! 金だって言っているだろ! 拝め、崇めろ!」

「ははーっ! ってボス、なんだか性格が豹変しているよ……」

 ジュエルは地面に這いつくばり、俺が頭上に掲げる金塊に頭を垂れた。

 金は重量単価でこそ貴石に劣るものの、貴金属としての価値の高さは宝石よりも広く一般に共通認識されている。

 それ故に、人はこの黄金に、他の物にはない無二の価値観を持つのだ。


 金塊の発見に興奮した俺は、一歩離れた場所で呆けているビーチェにも間近で金塊を見せてやる。

「見ろ、ビーチェ、これが自然の生み出した奇跡、金だ!」

「金? 金って、金貨の金?」

「そうだ、金貨の金だぞ。これで金貨が両手一杯分あると思え」

「おおぉー……金、すごい」

 ビーチェもまた金塊の価値をようやく理解できたのか、恐れおののくように後ずさると、ジュエルの隣に跪いて金塊へ向け祈りを捧げた。

「お金持ちになれますように……」

「こらこらビーチェ、そのお金の元がここにあるんだが……」


 一つ目の金塊が見つかってからほどなく、赤ん坊の頭ほどの大きさをした新たな金塊が採掘された。

 俺も、ジュエルもビーチェも、そして何故かノームも狂喜乱舞である。

 鉱山開発が始まって以来のゴールドラッシュは、この後も数週間に渡り続いた。掘れば掘るだけ黄金の輝きが目に飛び込んでくる。

 それでもなお採掘しきれない熱水鉱床の金塊は、俺に寝食を忘れさせ倒れこむまでに魅了してくれた。

 ビーチェ曰く、俺は倒れた後もうわ言でジュエルに掘削の指示を出し続けていたらしい。

 こうも人の心を惑わすとは。

 ――金塊は、恐ろしい。



 ◇◆◇◆◇


 ゴールドラッシュが一段落して、心身ともに正常な状態を取り戻した俺は、口の端だけは緩めながらも冷静に現在の総資産額を計算していた。

 途中で何回か計算間違いに気が付き、一喜一憂しながら最終確認した鉱山開発の収益は、結局のところ当初予定を大幅に上回る利益を上げていた。

「これだけの資金が確保できれば、もう宝石の丘へ向かっても良い頃合だな」

「ええっ!? もう行っちゃうの!」

 思わずこぼした俺の言葉に、せわしなくぱたぱたと水晶翅を動かしながら、ジュエルが焦ったような声を上げた。


「意外だな……不満なのか? お前だって採掘作業はいい加減に飽きてきただろ」

「あー、んー……そうだけど、せっかくだからもうちょっと掘り進めてみたらどうかなーって。資金が多いに越したことはないでしょ?」

 どうにも怪しげな態度だった。ただ単に貴石の摘み食いを続けたいのかとも思ったのだが、ジュエルには『もうちょっとだけ』掘り進めたい理由が他に存在するようだ。

(……なんだ? あと少し掘ったところで何があるというんだ?)

 そんな態度を不審に思った俺は真正面からジュエルの頭を押さえ込み、その紅玉の瞳を覗き込みながら真意を問いただした。


「ジュエル……お前、俺に何か隠し事がないか?」

「ぶるぶるぶるっ!! そんなことないよ!」

 必死に頭を振って否定しようとするが、頭を抑えられたジュエルは目玉をぐりぐり左右に泳がせるぐらいしかできない。真っ直ぐに視線を向ける俺に対して、ジュエルはその視線から逃れようと目を逸らしていた。

「怪しい! 言え! 誓約の下、偽証は許さん! さてはお前『俺に嘘を吐いた』な!?」

「あうぐ、うぐうぐっ!」

 突然、ジュエルが口元を押さえて苦しみ出す。もがもがと言葉にならない呻き声を漏らしている。

 誓約による呪詛の効果だ。

 

「どうした、何を隠している? 正直に話せ!」

「ううぐ~っ!?」

 適当に誤魔化そうとしても無駄だ。誓約の下では俺に嘘を言えなくなる。ジュエルが口ごもっているのは正に、舌先の嘘で取り繕うという考えがあるからだ。

 誓約を破ろうとすれば即座に呪詛が発動し、真実以外は話せなくなる。

 口を押えて、目をぐるぐる回して、悶え続けるジュエルはとうとう――。


『ヴォ、ヴォヴォボ、ボグ、ウゾヅイデナイヨォォォオ――!!』

 ぐぁばっ、と腹が縦に裂けて巨大な口が開き、洞窟を揺らすほどの不気味な大音声が響き渡る。


『ォォオォォォ……』

「…………」

 ばっくりと開いた大口を目の前にして、俺は硬直していた。

 ずらりと結晶質の大きな牙が並んだ口の中には、底の見えない無明の闇が広がり、今も静かに風吠えのような音が漏れ出ている。

 不気味な音と共に、生温かな風が俺の顔に吹き付けてきた。

(……以前にも見た覚えはあるが……なんなのだろうか、この『口』は……)

 腹を縦に割り開いて現れるそれを口、と言ってよいかはわからない。だが牙が生えていて、そこから声も発したのだから、人間の基準でいえばそれは口なのだろう。


 そして、ジュエルは口を開いて言った。

 嘘はついていない、と。


「……そうか。嘘はついてないのか」

 ジュエルは上の口を自分の手で押さえたまま、こくこくと首を縦に振ってうなずいた。

「それなら、問題ない」

 俺が納得すると、ジュエルの腹に開いた大口は割れ目の跡も残さずぴったりと、静かに閉じた。



 釈然としない部分はあったが、俺は結局この話の真相は突き詰めなかった。

 これ以上つっこめば何かとてつもなく恐ろしいものを呼び覚ましてしまう気がしたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る