第82話 眠れる地下遺跡

 金塊の採掘によって、宝石の丘へ向かうのに十分な資金を集めることができた。

(もうこれ以上、掘削を続ける必要はないわけだが……)

 引き上げても良い頃合だと内心で思いながらも、俺はなんとなく惰性で掘削作業を続けていた。


 ジュエルが貴石採掘の続行を望んだこともあり、その理由を考える間くらいは洞窟に留まっても損はないだろうと考えたからだ。

 しかし、いくら考えてもジュエルが積極的な理由で採掘作業を続ける理由には思い至らなかった。

(……まさかとは思うが……俺の知らないうちに宝石貯蔵庫の中身を食ってしまったとか!? その帳尻合わせに新たな採掘を――)

 ありえない。

 以前にジュエルが金庫破りをしてから、本宅にある宝石貯蔵庫の守護はより強固なものになっているし、洞窟内で一時保管するときも対ジュエル用の鉄血粘菌を警備にあたらせている。

(わからないな……ジュエルにしてもこんな所で摘み食いを続けるよりは、宝石の丘へ向かった方が腹一杯の貴石を食えるだろうし)


 それとも宝石の丘を後回しにしてもいいほどの大規模な鉱床がまだ眠っているというのか。

 もしそうなら、ここで引き返してしまうのは少しもったいない気もする。

 なにしろ宝石の丘は遥か遠方の地にある。辿り着けるかどうかも不確かな場所での利益を期待するより、確保が容易な目先の利益に走るのは堅実で合理的な判断だからだ。

 幸なことにノーム達もまだまだ掘削の意思があるようで、俺が指示を出さなくても勝手に穴を掘っている。

(もう少しだけ様子を見てもいいか。別に、宝石の丘は逃げたりしないからな……)

 結局、俺は目先の利益を取ることにした。




「ボスっ! ボスー!! 大変、大変!」

 掘削を続けていたジュエルが大慌てで俺の元へと駆け寄ってきた。それだけで、嫌な予感がした。

「ボ……ボク、とんでもないものを掘り起こしちゃったかもしれない……!!」

 大仰に両腕を振り回し、翅をばたつかせながら身振り手振りでとんでもなさを主張している。むしろ、ろくでもない雰囲気が漂っていた。

「そうか、そいつは御苦労なことだな。がんばって埋め戻しておけよ」

 俺はジュエルに埋め立ての指示を出して、言うが早いか拠点に戻るため歩き出した。今日は拠点に引き篭もりたい気分なのだ。

「あれ、いやあの、ボス? 何を掘り起こしたのか聞かないの? とんでもないものを……」

「面倒だ。埋め戻せ。そして別の坑道を掘れ」


 俺の素気ない態度にジュエルは本気で困った様子になり頭を抱えていた。

「う、うーん……ノーム達がもう勝手に掘り進めちゃっているから、今から埋め戻すのは難しいんだけどな~。とりあえず一度、現場を見に来てよ、ボス!!」

「おい!? 埋めてしまえと言っただろうが! やめろ、俺を面倒事に巻き込むな!」

 むりやり俺の服の袖を引っ張って連れて行こうとするジュエル。意外にも強い力で、半ば引きずられるように連行される。

「だから嫌だったんだ! もう引き上げて宝石の丘へ向かうと言ったぞ俺は!」

「まだ何も見ないうちから否定しないでよ、ボス!」

 ジュエルが騒いでいることなど、どうせろくでもないことに決まっている。やはり目先の利益に囚われて寄り道などせずに、さっさと宝石の丘へ向かえば良かったのだ。



 ジュエルが掘り進めた坑道の半ばで、ビーチェが一人突っ立っていた。

 その先では忙しく坑道を掘っている地の精ノーム達の姿がある。

「ビーチェ、待ったー?」

「ジュエル、遅い」

 ビーチェはノーム達の掘る坑道の奥へは行かずに、ジュエルと俺の到着を待っていたらしい。

「クレス、この先にとんでもないものがある」

「お前までそんなことを言うのか……」

 坑道の先を指差すビーチェに、俺は思わず顔をしかめた。


 ここまで来てしまったからには仕方がない。

 埋めろとは言ったが、埋める前に対象物を見ておいても損はないだろう。

 変な物だったらその場で埋め立てればいい。

 淡い褐色に煌く日長石ヘリオライトを掲げ、まったくもって億劫な気分で坑道の奥を覗き見ると、その先は巨大な空間になっていて古びた建物の立ち並ぶ風景が広がっていた。朽ち果ててどれほどの時間が過ぎ去ったのかも定かではない、廃墟となりながらも所々に魔導技術の片鱗を残した旧時代の街並み。

「とんでもないものと言うから、ガス溜まりでも掘り当てたのかと思えば……古代遺跡じゃないか、先に言え」

「ボスが詳しい話も聞かずに埋め戻せとか……」

「埋め戻すなんてとんでもない。これはこれで貴重な発見だからな」

 趣深い古代の空気に、俺の沈んでいた気分は急浮上した。


(こういった遺跡には、古代における魔導文明の遺産が眠っていることもある……。有用な技術はうまく復元したいところだ)

 約二千五百年前に遡る魔導開闢の時より、幾度かの大災厄を経て、魔導技術は発展と衰退を繰り返し今に至る。

 現在では失われてしまった魔導技術も、まれにこうした遺跡から発見されることがある。

 滅びた街の中心には、荘厳な佇まいを見せるひときわ大きな建造物が半ば土砂に埋もれる形で存在していた。ノーム達はどういうわけか、こぞってこの建物の掘り返しに当たっていた。

「神殿か……」

 過去にはここで神霊でも崇めていたのか、供物を捧げる大きな祭壇のようなものが据えられている。そして、祭壇を挟む両の壁にはおどろおどろしい巨大な悪魔の石像が彫り込まれていた。


(祭壇の様式から見て魔導開闢期の末期、神々の衰退期とも呼ばれる時期に作られたものに違いない)

 神が貶められ、超越種という化け物として討伐対象になった時代。実存する神を崇める者は人類の敵、邪教集団と見なされ迫害された歴史がある。

 そう遠くない過去の歴史であり、古代遺跡としてはわりと新しい部類のものであった。


「クレス、クレス、これ、何? この床の模様」

 古代遺跡の床面を指差して、ビーチェが興味津々に尋ねてくる。見たこともないものばかりで、何であっても珍しいのだろう。

「これは古代の魔導回路だ。ほとんど壊れていて使い物にはなりそうもないが……」

 どんな用途で使われていた魔導回路なのかは、機能を停止している今、一目見ただけでは正確なところがわからない。だが、一方向に単純な魔導回路が反復して刻まれていることから、移動を補助する機能を持たせた道ではないだろうか。

「おそらく運搬床だろう。重い荷物や大勢の人を、道へ沿って自動的に運ぶ機能があったはずだ」


 この手の魔導回路は他の遺跡からも似たようなものが数多く発見されている。

 古代の魔導回路としては再現も簡単な部類なのだが、これを大規模に設置してもいかんせん起動するための魔導因子の供給ができない。

 術士一人が魔導因子を搾り出し続ければ、十人程度を早歩きの速度で運ぶぐらいはできる。

 しかし、長距離を進もうと思ったら当然それなりの長時間に渡り魔導因子を供給し続けねばならず、その間に術者は魔導回路の負荷で確実に廃人と化す。

 勿論、そんな無理な運用ができるわけもなく、もしこの運搬床を使おうと思ったら精霊機関が別に必要になってくる。

「原動力として精霊機関が幾つも必要になるから、割に合わないんだよな。古代では今よりも精霊機関が多用されていたから、こういう贅沢で非効率な魔導回路も成り立っていたわけさ」

 とりあえずこの床の魔導回路はわざわざ研究する価値もないということだ。


「じゃあ、あれは? あのとんがり帽子みたいなの」

「あれは……」

 神殿の周囲に、鈍い光沢を放つ黄鉄色の巻貝が幾つも転がっていた。大きさは人の胴体ほどはあろうか。

 海底火山に生息する『硫鉄貝』に似ていなくもないが、よく見れば巻貝の表面に魔導回路が刻まれている。

「あれも古代の遺産か……」

 俺達が近づくと、思い思いに転がっていた巻貝が一斉に動き出し、その突端を天に向けてぴたりと静止した。

 合成獣とも違う特異な風体、刻み込まれた魔導回路、そして古代の遺跡に生息する。これはまともな生き物ではない。人工的に造られた魔導生物だ。


 魔導生物とは、生命の設計図である遺伝子に魔導回路の形成という機能を組み込まれた生き物のことである。

 体へ単純に魔導回路を刻み込むのとは違って、遺伝子に組み込む為、その形質は子供にまで引き継がれる。遺伝子の書き換えによって体が変質することもあり、自然界には生まれ得ない形質を持った生物が誕生する時がある。

 もっとも、遺伝子を弄られた結果、生殖機能を失ってしまう場合も多いので人間に用いられることは少ない手法である。

 だが、この黄鉄の巻貝は世代交代を繰り返しながら、この地下でうまく生きながらえてきたようだ。


「魔導生物……この神殿の守護者として命令を受けているのか……?」

 邪教と見られていたなら敵も多かったことだろう。自衛の為に守護者を配置するのはありうることだ。

 このまま無視して進むのは危険な気がした。

 迂回して先へ進もうかと思った矢先、黄鉄巻貝が小刻みに振動を始め、ジジジ……と奇妙な音を漏らす。

 巻貝の突端から小さな火花が飛んだのを俺は見逃さなかった。ビーチェを背後に隠し、ジュエルへと指示を飛ばす。

「臨戦態勢をとれ、ジュエル! 鋼鉄の錐だ!」

「ヒャッハー!! あの巻貝を突き殺せばいいんだね、ボス! 任せてよ、あんな動きの遅い奴らボク一人で――」


 ジュエルが鋼鉄の錐を出した瞬間、目の前が閃光に包まれ、遅れて空気を引き裂く破裂音が遺跡全体に響き渡った。

「あぴゃーっ!?」

 巻貝の突端から放たれた稲妻が、ジュエルの構える鋼鉄の錐へ引き寄せられるように収束していた。

「よし、完璧な避雷針だな」

 放電を終え、巻貝が電気を再充電している間に、俺もまた反撃の術式を準備する。


(――削り取れ――)

二四弾塊にしだんかい!』

 まずは鉄礬柘榴石アルマンディンの魔導回路で、全ての黄鉄巻貝に向けて攻撃を仕掛けた。

 朽ちて砕けた床面から湧き出す無数の二十四面体結晶。それらが急加速をつけて撃ち出される。

 しかし、結晶の礫は巻貝の硬い外殻に阻まれ、全て弾かれてしまった。黄鉄巻貝の体勢を崩すこともできず、やつらは何事もなかったかのように再充電を続けている。

(この程度の攻撃では効果なし、か。ならば――)


 続けて懐から取り出したのは、六角錐の結晶が対を成す双子の水晶。

 意識を集中して、水晶に刻まれた回路へ魔導因子を流し込む。

(――貫け――)

双晶そうしょうの剣!』

 呪詛を吐き、双子水晶を神殿の床に突き立てる。

 小さな結晶が床を滑るように前方へと成長していき、黄鉄巻貝の目前まで到達すると爆発的に膨れ上がった。

 鋭い形状をした二本の巨大水晶が地面から生え、澄んだ金属音を上げて黄鉄巻貝を真下から突き上げる。


 剣の如き双晶が黄鉄巻貝を串刺しにして絶命させた。

 外殻は硬いだろうが、中身まで同等の硬度ではない。床にへばりついた腹だけは柔らかいと見たが、どうやら当たりだったらしい。

「もう一度だ」

 再び術式の発動に意識を集中する。

 その間にも黄鉄巻貝からの電撃は放たれているが、全てジュエルが避雷針となって受け止めている。


『双晶の剣!』

 幾度も幾度も同じ呪詛を放ち、双子水晶の魔導回路が負荷で砕け散る頃には、神殿前に無惨な屍を晒す巻貝の山ができていた。


「あうう……し、痺れ……」

「お疲れ様、ジュエル……」

「気をつけろビーチェ、帯電しているからジュエルには触れるな」

 避雷針の役目を見事に果たしたジュエルを労おうと不用意に近づいたビーチェを制する。ビーチェからは、憐れみの視線だけがジュエルに注がれていた。



 黄鉄巻貝を排除して一息ついた俺達は、神殿の祭壇奥を必死に掘り起こそうとしているノーム達を眺めながら、その行動理由について考えていた。

「結局、この神殿には何があるんだろうな。ノーム達はどうしてここを掘り返そうとしているんだ?」

「さあね~。ノームは相変わらず『正しい均衡と循環を取り戻す』って言っているよ」

「ノームの言うこと、よくわからない」

「俺も理解できん」

 とりあえず祭壇奥を掘り起こしているノーム達は放っておくことにした。

 それよりも古代遺跡にまだ使える魔導回路が遺されていないか探すことにした俺達は、神殿を後にしようとしていた。


 その背後で、岩の擦れるような異音が鳴り響く。

「……今の音はなんだ?」

「あ、あ……クレス、後ろ……!」

 後ろを振り返ると、突如として出現した二つの巨大な影が俺達を挟み込むように立っていた。

 つい先ほどまで、祭壇前にノーム以外の気配はなかった。だから俺は、突然そいつがその場に現れたように思った。

 しかし、二つの影を日長石の灯りで照らして、そうではないことを悟った。

 こいつらは初めからここにいた。


 供物を捧げる大きな祭壇。

 祭壇を挟む両の壁には巨大な悪魔の石像が彫り込まれていたはずだが、今や石の彫像は影も形もなくなっている。

 その代わりに祭壇の前には、二体の動く石像が立っていた。

「どうやら、こいつらが本当の守護者だったようだな……」

 壁に溶け込むように鎮座していたのは、石像と見紛うばかりの風体をした古代の魔導人形だった。

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