第80話 振るわれたツルハシ

※関連ストーリー 『隷従を強いる』参照

――――――――――


 沸き立つ鉱泉を見つけ、洞窟風呂で心身共に癒された俺は、その先に続く坑道の掘削指示をジュエルに出していた。

 周囲では地の精ノーム達がいつもより忙しく動いていた。

 そこにこれまでいた子鬼達の姿はなかった。



 ◇◆◇◆◇



「ボス……もう十分だよね? ゴブロフ君達は立派にやったよね?」

「クレス、ゴブロフがんばった。でも、もう……」

「そうだな……ここいらが限界か」


 洞窟内にはむせかえるような熱気が立ち込めている。

 この過酷環境下での掘削作業はもう子鬼には無理だった。

 ――戦力外通告。

 俺にとっても苦渋の決断だ。

 子鬼の体調管理をしながらの採掘では作業効率が落ちるばかりで、かえって足手まといになってしまう。

 そう判断した結果だった。


 俺はゴブリンを支配するために司令塔としていた眷属、額に水晶を埋め込まれた一匹を呼び寄せて、掘削作業を終わらせるように伝えさせた。

 リーダーが俺の前に呼び出されるのを、子鬼のゴブロフはジュエルと共に真摯な眼差しで見つめていた。

 いや、ゴブロフだけではない。

「ああ……ゴブリエフ君、ゴブゴリン君……皆、今日までよくやったよ」

 掘削作業の終了命令を受けた他の子鬼達も、何事が起こったのかとリーダーの下へと集まってきている。

 子鬼達が成り行きを静かに見守るなか、俺は厳かに子鬼達へと告げた。

「現時点をもって、お前達の呪詛を解く」


 それはジュエルとビーチェ、たっての願いだった。

 文句一つ言わず、忠実に掘削作業を手伝ってきてくれた子鬼達に余生は自由に生きて欲しいという願いだ。

 鉱山開発への子鬼の貢献は俺も認めている。本当は上層部の守衛にあたらせようと思っていたのだが、召喚獣が主な戦力になっている今、それもさほど意味のある仕事ではない。

 ならば、いいのではないか。彼らに自由を与えてやっても。

 最初は小憎らしい子鬼達であったが、行動を共にするうちに俺も彼らに対して情が湧いていた。それゆえに俺は、彼らの束縛を解くことに決めた。


(――戒めの呪詛から解き放たれ、汝の自由を取り戻せ――)


 俺は眷属である子鬼の額に指を当てて、埋め込まれた水晶に意思を込めた魔導因子を流し込む。

『解呪、眷顧隷属けんこれいぞく!』


 高く澄んだ音を立てて、水晶が砕け散る。

 眷属である子鬼との交信が途絶え、これに伴い群れの子鬼達へ連鎖的にかけられていた呪詛も解かれる。

 ゴブロフ、ゴブリエフ、ゴブゴリン、その他大勢の子鬼達が急に消えた呪詛の枷に戸惑い、落ち着きなく騒ぎ始めた。

 もうしばらくすれば自分達が自由になったことにも理解が及ぶことだろう。

 元眷属であった子鬼は即座に理解できたらしく、呪詛が解かれると全速力で駆け出し、子鬼の群れの中へと消えた。


「ゴブロフ君……ここでお別れなんだね……」

「ゴグガゴ……」

 神妙な面持ちでジュエルと子鬼が向き合い、別れの挨拶を交わしていた。

「これまでご苦労だったな。後は、地上に戻って仲間と共に暮らせ」

「ギギゴ……?」

 俺の言葉は通じていないはずだ。それでも、ジュエルとの別れの挨拶で自分達の役目が終わったことは理解しているだろう。


 雰囲気に流されて不覚にも目が潤んできた俺は、ジュエルやビーチェにそんな表情を見られまいと、誰もいない坑道の奥へと向き直った。

 自由に暮らせ、引止めはしない、と俺は背中で語る。

 そんな気持ちが通じたのかどうか、とりわけジュエルと仲の良かったゴブロフ達が俺の背後に近づき、別れの言葉らしきものを発した。


「ギゲェ!! ガガギッ!!」

「ギゲッ!」「ギゲッ!」

 ゴブロフ達は俺の背中めがけて力一杯ツルハシを振るった。

 妙な動きを感じた俺はそのツルハシを、後ろは振り向かず一歩前へ出てかわした。


 硬い地面に打ちつけられたツルハシが洞窟に虚しい金属音を響かせる。

 先ほどまで騒いでいた子鬼達はこの音に驚き、皆一様に振るわれたツルハシを見ていた。

 俺もまた無言で振り返り、俺に向けて振るわれたツルハシを指差してジュエルに問う。


「おい、ジュエル。こいつらの行動を説明してみろ。こいつは何を叫んで俺にツルハシを振るったんだ」

「え、えっと……ボクの聞き間違いじゃなければ、ゴブロフ君はね……」

 目を中空に泳がせながらジュエルが答える。

「『死ね、かたき!』って叫んでいたような気がするかな」

「ゴブロフ……下克上ダメ……」

 ビーチェは今にも泣き出しそうな表情で、目を血走らせてツルハシを握るゴブロフに語りかけていた。

 だが、ゴブロフを含む子鬼達は次々にツルハシを打ち鳴らし、既に群れ全体が殺気立ち始めていた。


 ジュエル曰く、これは復讐なのだと。

 群れの仲間を殺し、奴隷として扱った仇敵への報復なのだと。

 言われてみれば俺と彼らの間に、主人と奴隷以外の関係などなかったように思う。

 その関係が取り払われれば、残るのは恨みつらみだけだ。

 考えてみれば、こうなることなど容易に想像がついたはず。

(はて、俺も何を血迷って子鬼を解放しようなどと考えたんだろうか?)

 思考を辿り、ここに至る経緯を思い返してみたが、やはり単なる気の迷いであったとしか思えない。


 俺が思考を巡らせている間にも子鬼達は包囲を狭め、ツルハシを掲げて今にも突撃してきそうな雰囲気になっていた。

 そんな知能の足りない行動に対し、俺は大きく溜め息をついて、通じるはずもない最後通牒を出すことにした。

「どうやらお前達は、一度黒焦げにされないと自分達の立場を理解できないようだな?」

 真っ先に逃げ出した元眷族の子鬼だけは、自身の立場というものをわきまえていたようである。


 俺は一段工程シングルアクションで『煉獄蛍れんごくぼたる』の術式を発動する。

 通常であれば発声あるいは動作によって術式を発動させるところ、魔導因子の発生と意思一つで発現するように組んだ術式だ。

(――焼き尽くせ――煉獄蛍――)

 心の内で呟いた楔の名キーネームに反応して、ヘソに埋め込んであった蛍石フローライトが仄かに輝き、俺の周囲に橙色をした光の粒が無数に現れる。

 それはさながら舞い飛ぶ蛍のように、幻想的な光景を創り出す。


『グゲー……』

 舞い飛ぶ光の粒に目を奪われ、呆けている子鬼共。

「この鬼畜生がっ! 死にさらせ!!」

 俺の殺意に応え、煉獄蛍は強く発光すると乱れ飛びながら子鬼共へと襲い掛かった。


『ギギャー!?』『ギグーッ!!』『ガグギーッ!!』

 子鬼達は断末魔の悲鳴を上げながら燃え上がり、真っ黒な炭となって崩れ落ちた。

 群れの筆頭にいたゴブロフ達が火に包まれて死ぬと、完全に統率を失った子鬼達は散り散りになって逃げ出した。


 子鬼を喰らう危険生物も多くいるこの深き洞窟。

 俺の庇護を失って生き残れるのは僅かであろう。


「ゴブロフ君! ゴブロフくーん! なんて、なんて馬鹿な真似を……ううぅ。こんな結末ってないよ……」

「ご臨終……ゴブロフ、安らかに眠って」

 真っ黒な炭の塊を前に、ジュエルとビーチェがこの世の非情を嘆いていた。

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