第73話 灰燼に帰す

※関連ストーリー 『魔導技術連盟』参照

――――――――――


 俺はここしばらく洞窟の奥に引っ込んだまま外にも出ず、昼夜の感覚がすっかり失われるほど洞窟での生活に馴染んでいた。

 自然の地底洞窟をさらに掘り進め、疲れたら拠点に戻って休み、起きたらまた掘削作業を開始する。まるで奴隷の鉱山夫のような毎日を送っていた。


 身体的にも、精神的にも病気になりそうな生活であるが、俺やビーチェ、それに掘削を手伝う子鬼達も意外と体調を崩すことなく日々を過ごしている。

 さすがにここまで深く掘り進めてくると自分達以外の生き物の気配は少なく、自然からの食糧調達はできなくなっていたので、子鬼達にも黒猫商会から購入した食糧を配給している。

(……本来であれば廃棄されるような食糧品を回しているんだが、腹を壊すような奴は全くいないな……)

 さすがに元は野生の獣だけあるということか、免疫力の強い体である。

 坑道を掘り進めるついでに掘削作業の前線へと地底の河川を導いているので、いつでも体を清潔に保つことができるというのも健康維持に一役買っているのかもしれない。


 逞しく地底で生きる子鬼達を眺めながら、掘削作業の進展状況を監督して歩き回っていると、最も掘削の進んでいる坑道から貴き石の精霊ジュエルスピリッツのジュエルがひょっこり顔を出すと手招きしてきた。

「ボスー、ボスー! また、新しい地底空洞に行き当たったよー」

「またか。この辺りは穴凹だらけだな。落盤に気をつけろよー!」

 今現在の地層は、坑道を掘り進める度に多数の空洞が存在する環境だった。発掘される貴石にも偏りがあって、鉱床としてはあまり質が良くない。

「ジュエル! もう少し、地下方向への掘削を優先しろ。この辺の地層は貴石採掘の効率が悪い」

「了解、ボス!! でも、その前にこっち来て! 地底空洞というか、地底湖があったよ!」

「地底湖? ……うーむ、貴重な資源でも存在するだろうか……一応は調査してみるか……」


 天然の大空洞に広がる地底湖の前までやってくると、毛むくじゃらの小人、地の精霊ノームが水際に集まり、ビーチェと一緒になって地底湖の奥を覗いていた。

「透明度が高いな、この湖は」

「……うん。透け透け」

 淡い褐色の光を生み出す日長石ヘリオライトを投げ入れると、水底に輝く光がはっきりと視認できる。湖の底はそれほど深くないようだった。

「ちょっと底の方を見てくるね~」

 言いながらジュエルは静かな湖面に波紋を広げながら、水底へと潜っていく。呼吸をする必要がなく、自前の鋼鉄の錐で地面を掘り返せるジュエルはこういうとき役に立つ。俺が同じことをやろうとすると、水底で活動できるように術式を幾つも行使する必要があるので負担が大きいのだ。


 しばらくして湖から上がってきたジュエルが、水底の岩石を採取してきた。

「採ってきたけど……ここら辺の地質と何も変わらないねぇ」

「生き物はいないし、特別な資源もないか。水は硬度が高すぎて飲料水にするのも厳しそうだ」

 いくら消化器系の強い子鬼でも、ここの水を飲んだら腹を壊してしまうかもしれない。

「クレス、それってつまり……」

「この湖は使い道がないってことだ」

「水浴びくらいにしか使えないねー」

 ジュエルは水晶翅をぶぶぶ、と震わせて滴る水を振るい落とした。


「あまり期待はしていなかったから別に構わん。ここは無視して掘削を再開するぞ」

「今度は地下方向へ進むんだよね。ボクの勘で掘っていい?」

「任せる、好きにしろ」

「わーい、任されたー! 好きにするー!」

 言うが早いか真下へ掘り進めて行くジュエル。

「簡単に上り下りできるように、斜面を作っておけよ!」

「わかったー……後でねー……」

 ジュエルは見る見る内に縦穴を掘って、地底へと潜っていく。器用にも、削りだした土塊は水晶翅で吹き飛ばして穴の外に放り出していた。


「あいつは本当にわかっているんだろうな?」

「クレス……クレス……」

 飛びだしてくる土塊に注意しながら縦穴を覗き込んでいた俺の背中を、ビーチェが後ろから軽く突いてくる。

「何だ、ビーチェ? 悪いが後にしてくれ。今から、あの馬鹿に念を押してくる。少しそこで待っていろ」

「クレス……クレス……」

 微妙に背中というか脇腹の辺りを突いてくるものだから、俺は体勢を崩して縦穴の真上に顔を出してしまった。ジュエルが吹き上げてきた土砂が顔にかかり、目と口の中に砂利が入り込んできた。


「うげっ! べっ、ぶぇっ! こら、ふざけるな!!」

 俺は縦穴から顔をどけ、後ろから脇腹を突いてきたビーチェを叱りつける。

 だが振り返った後ろにビーチェはおらず、どういうわけか革のつなぎを着た背の高い女が立っていた。

「まあまあ、そう怒らないでくれたまえ。軽い冗談だよ」

「…………」

 舞台女優のように整った顔立ちを、気色悪いほど歪めた笑顔で飾り立て、片目をつむり許しを乞うその姿。

「クレス……お客さん……」

 背の高い女の影から、申し訳なさそうな表情でビーチェが来客を告げた。

 自分達以外には人っ子一人いないはずの地下深くで、どういうわけか俺は見たくもない人物の顔を拝むことになっていた。




「やあ、クレストフ。探したよ。長期休暇は有意義に過ごしていたかい?」

 突然、何の前触れもなく俺の前に現れたその女は、魔導技術連盟に所属する一級術士『風来の才媛』であった。

「……あんたも毎度、突然だな風来の才媛。どこへでも唐突に現れる。どうやって俺の位置を特定した?」

「細かいことは気にしないことさ。それより随分と他人行儀だなぁ。昔のように名前で呼んではくれないのか?」

「そっちもそのうちに、俺を本名では呼べなくなる」

「通り名が付いても私は君を変わらず呼ぶよ、クレストフとね」

「ほざけ」

 俺は口の中に残った砂利を唾と一緒に吐き捨て、風来の才媛を睨み据えた。

(……この女が自分から唐突に現れるときは、決まって悪い風を運んでくるからな……)

 警戒心を剥き出しにする俺に対して、女はどこ吹く風とばかりに飄々ひょうひょうとしている。

 実際、どこからともなく吹いてくる涼しげな風が女の周囲で渦をなしていた。


「しかし元気そうで何よりだね。連盟に上がってきた報告じゃあ精霊にたぶらかされて、地の底深く引きずり込まれ行方知れずになったと聞いていたが、杞憂だったようで安心したよ」

「いったい何の話だ? 意味がわからん」

「おや、当人には自覚がなかったんだね……。ま、つまるところ連盟では君が良からぬことを企んで雲隠れしたか、あるいは不運な神隠しにでもあったと噂になっているんだよ」

「馬鹿な噂だ。鉱山開発をしていると通達はしてあっただろ、しっかり周知しておけ。まったく、どうしてそんな意味不明な噂が流れているんだ?」

「うん……あれかな、また情報部のドロシーあたりが情報操作をしたのだろうね。やれやれ、彼女ときたら『機密を守るために偽情報をわざと流した』と開き直ってくるから手に負えないんだよ。そのくせ懇意にしている術士にだけは重要な情報を正確に流す……」

「あの魔女……いつか破滅させてやる」

「おや、こういう時こそ監査役である君の出番ではないのかい?」

「知ったことか。今は長期休暇中だ。他の監査役に任せればいい」

 俺の指摘に何故か曖昧な苦笑いで答える女。いったい他人の休暇を邪魔しに来て何の用なのだろうか。


「で、用事は何だ。それとも一級術士ってのは、こんな辺境の洞窟に潜ってまで、知り合いに挨拶して回っているのか?」

「私が出向いてきたんだ。軽い話でないことはわかるだろう?」

「軽いも重いもどちらでもいい。さっさと用件を話せ」

 話を早く済ませたい俺は女に続きを促した。ビーチェは俺が仕事の話を始めたと理解したらしく、暇そうに欠伸をしながらジュエルが掘っている縦穴を覗き込んでいた。早くジュエルの奴を捕まえないと、地の底深くまで縦穴を掘り続けてしまうかもしれない。

 俺の気を知ってか知らずか、女はのんびりとした口調で用件を話し始めた。


「……用件は二つだよ。一つは魔導技術連盟の動きに関して。こちらはまあ大した話じゃないんだけれど、君が長期休暇を取っている間に監査部門の人員が総入れ替えになった」

「大ごとだろうが」

 いきなり軽い口調で問題発言をしてくれる。人事権は俺にないが、それにしたって寝耳に水といった話だ。

「そうでもないかな。一度に、というわけでもないからね。それぞれ別個の理由で異動になったり脱会したり……偶然が重なって、ね」

「ほぉ……? それで、その『偶然』の結果どうなった」

「古参の魔女どもの息がかかった術士が監査部門を占めて、見事に骨抜きとなったよ。わっはっはっ!」

「笑い事か!! あんたは何していたんだ!」

「旅に出ていたよ?」

 女は顔に疑問符すら浮かべて当たり前のように言った。


(まあ、こいつに言っても仕方ないか……。派閥も作っていなければ、連盟の運営に興味もないからな)

 一級術士ともなれば、連盟の運営に関して少なからず口出しできるはずだが、この女はその権利を行使しようとはしない。あくまでも連盟とは距離のある立ち位置にいて、私事を優先してばかりいる。

(俺も他人のことは言えないが、本気で部外者のつもりだな……)

 この女は連盟がどうなろうと気にしないのだろう。いつだって自由気侭で捉えどころがない。

 派閥など作る必要もなく、たった一人で完結しているのだ。


「それで、俺もお役御免というわけか」

「まあ、そういうことだね。『深緑の魔女』は君だけ監査役に残したかったようだけれど、他の魔女達が反対したらしい。私も後から君の解任に一票入れておいたよ」

「おいこら。あんたはいったいどういうつもりだ」

 俺の追及にも女は悪びれた様子は一切見せず、良い判断だったとばかりに胸を張っている。

「どうせしばらく連盟に復帰するつもりもなかったのだろう? 例の件もあることだし」

「無論、今の俺にとって優先すべきはそちらだ」

 例の件とは宝石の丘ジュエルズヒルズのことだろう。確かに彼の地へ旅立つとすれば早くても数年は帰ってくることができない。連盟の仕事をすることは実質的に不可能となるだろう。

「古参の魔女どもの動きは気に食わんが、あいにくと相手にしている暇はない。……文句は言わないから、解任手続きは適当に済ませてくれ」

「君が文句ないなら、そのように進めるよ」


 女は俺の答えを予想していたらしく、あっさりと解任を受け入れたことに驚く様子もなかった。

 俺もまた、連盟から足が遠のけばこうした事態になることは、ある程度の予想ができていた。

(……別に構うものか。宝石の丘を本当に発見できれば、出世など後からどうとでもなる。一度、身辺整理をするのもいい……)

 少し前の自分ならば連盟という大組織で得た役職に執着して、権力闘争の渦中にいたかもしれない。けれどそれも、宝石の丘という実現に近い夢を前にすれば塵芥ほどの価値にしか思えなかった。


「鉱山開発で資金集めも大変だろうが頑張ってくれ。さて……それでもう一つ用件があるのだけれど」

「まだ話があったのか」

「用件は二つと言ったじゃないか。こっちが本題だよ。聞いてくれるね?」

「さっさと話せ、前置きが長いんだよ」

 苛立つ俺に対して、女は努めて平静を装いながら端的に本題を告げた。

「第一級衛生病害、『劇症型・膿疱病毒分子のうほうびょうどくぶんし』の発生が確認された。つい先日、永眠火山の麓の村だ」


 俺は耳を疑った。

 しかし、女は明確にその病名を告げていたし、言い直すこともしなかった。

 第一級衛生病害の発生。それは極めて重大な感染症災害が起こったことを意味する。

 だが危機的な状況を前にして、俺の思考はむしろ普段より冷静に研ぎ澄まされていった。

「……それで、対処は?」

「私の役目は、この洞窟にいる人間の感染調査だよ。山林は『深緑の魔女』が調査、村の方には『竜宮の魔女』と『王水の魔女』の二人が向かった……」

「一級術士が四人も?」

「それだけの非常事態ということだね」

 俺はただ唸るしかなかった。本来、二人以上の一級術士が動けば何か大きな問題が発生していると見られる。

 それが四人同時となれば、事態の深刻さが窺えるというものだ。


「ところで、洞窟の入り口を埋め立てて完全封鎖したかったのだけど、地の精ノームが湧いて出てきて邪魔されてしまったよ。あれは君の差し金かい?」

「知らん。彼らの意思でやっていることだ。……それより、この後どうするつもりだ?」

「うん、劇症型の潜伏期間は三日ほどで、五日目には感染者の半数が死亡する。一週間もすれば感染者はほぼ確実に死ぬから、その間だけ洞窟の中で経過を観察させてもらうつもりさ。君も含め、この洞窟に居る全ての人間についてね」

「全ての人間を把握できているのか?」

「まあね。この最深部まで下りてくるついでに、全員に追跡用の標識を付けさせてもらったよ」

「初めて来た洞窟で、よくもまあ人間だけを見つけ出せるものだな。あんたの術式は本当に便利だ……。その魔導回路の秘密、俺に売るつもりはないか?」

「私の身体ごと買い取ってくれるのなら喜んで」

 無駄に色気のある立ち姿で女は流し目をくれてきたが、からかっているのが明らかな態度に俺は舌打ちをした。


「……つまらん冗談を言うな。その気は欠片もないくせに」

「ま、その通りだがね。私は自分の技術を安売りしない。それは君も同じだろう?」

「すべからく、術士とはそうあるべきものだ。だが、人によっては大金で心を動かすものもいる」

 そうしてこれまで、俺は有用な術式を買い取っては自分のものにしてきた。自身の身体に魔導回路を刻むのではなく、結晶を媒体としている俺だからこそ、あらゆる術式を扱える容量を持つ。手に入れた術式は俺の手によって改良が施され、更なる利益を俺にもたらすのだ。

「私は金に振り回されるのは御免だよ」

「ふん……言っていろ。必要なときに金がなくて困るのはあんた自身だ」

「その時は君から貰うとするさ」

「誰がくれてやるものか。高利でなら貸し付けてやる」

「友達にも容赦がないのだなぁ、君は。まいった、まいった……」

 全く困った様子もなく、女は朗らかに笑っている。だが、それが話を引き延ばそうとする態度にも見て取れるのは俺の気のせいではないだろう。

 

「さて、クレストフ。戯れはここまでにしておこう」

 女にしても、いたずらに話を引き延ばすのは無意味と判断したようだ。笑いを引っ込め、表情は厳しい顔つきに変じた。

「先に言っておくがね、もし君が感染しているとなれば私は君を……」

 その先を女は言いよどみ、口をつぐんでしまった。

 もっとも何を言いたいのかは聞くまでもなくわかっていた。

「その先は言うな。感染の有無がわかってから考えればいいことだ。……それで、潜伏期間を過ぎて発症から死亡までの一週間、ここで俺を監視して待つのか?」

「……いいや。とりあえず、数人分であれば感染を確かめる試薬がある。君にはこれを使って、今すぐに確認させてもらうよ」

 女は小さな注射器と薬瓶を幾つか取り出し、検査の準備を始める。


 注射器を二本取り出したところで、女は少し離れた場所で座り込んでいるビーチェの方に目をやった。

「ところで、今の今まですごく気になっていたのだけれど……そこの少女は君の知り合いでいいのかな?」

「麓の村の子供だ。数ヶ月前に引き取った。細かい経緯は聞くな」

「そうかい。そういうことなら聞かないけれど。彼女にも大人しく協力願えるかな。そうすれば検査もすぐに終えることができる」

「問題ない。いいな、ビーチェ」

 こくりと頷くビーチェを見て、女は満足そうに笑った。


 女は分厚い手袋をつけてから注射器を手に取る。

 慎重に俺とビーチェの血液を採取して、検査用の試験管に血液と薬液を混ぜて変化を観察する。ビーチェは注射を嫌がるかと思ったが、意外にも大人しく採血を受けていた。痛みに対して耐性があるのか、それとも単に泣き喚くほど子供ではないということなのか。

「実はビーチェから、村で流行り病が広がったという話は聞いていた。病の原因は完全に撲滅されたという話だったが……」

「完全には処理しきれていなかったんだよ。感染者の血液がどこかに付着していて、そこに潜んでいた病原体が時間を置いて変異、村人に感染し劇症型として発症した。こうなればもはや抗生物質も予防接種も効き目がない。完全に焼却するほか対処法はないんだ」


(……完全に焼却ね……)

 その含みのある言葉にこそ、先ほど女が言いかけたことの真意が隠されているのだろう。

 女の周囲の空気が常に流動し、俺との間に壁を作っていたことから、この女が本気で俺からの感染を警戒していることはわかっていた。

 そしてもし俺が感染していれば、この女が俺を絶対に逃がさないつもりでいることも察していた。

「検査の結果が出たよ」

 ビーチェが俺の外套の端をぐっと掴み、不安そうに寄り添ってきた。

 女は神妙な面持ちで俺とビーチェを見て検査結果を告げる。


「感染なし……いや、安心した。本当に良かった。場合によっては、君をどうやって隔離しようかと、本気で悩んだものだよ!」

 心底から安心した様子で女は大きく息を吐いた。

 どうやら俺を感染源とみなし焼却処分することも考えて憂鬱だったようだ。

 俺が抵抗する可能性もあり、本気の殺し合いに発展することもありえたのだろう。


「検査結果は今回の件の代表である『深緑の魔女』にも報告するけれど、その娘のことも報告に上げて構わないかな?」

「ああ、別に構わない。むしろ変な疑いを残さないように、きっちり説明しておいてくれ」

「確かに了解したよ。だが、あと一週間は君も含めて洞窟にいる人間の監視は続けさせてもらう。洞窟の玄関口にある拠点を使うが構わないね?」

「好きにしろ。ただし、感染者がいたら情報を回せ。掃除は俺の方でやるからな」

「その際には御協力願うとするよ。それじゃ、私はこれで……」

 検査器材を手早く片付けて去ろうとする女に、ビーチェがふらふらと近寄っていく。

 血を抜かれて少し気分が悪くなったのだろうか。


「村は……どうなるの?」

 ビーチェの真っ直ぐな質問に、女は困惑して俺に視線を向けてくる。

「構わない、教えてやってくれ」

「そうかい。それなら、君には言うまでもないことだが一応、準一級術士殿に連絡ということで伝えておくよ」

 女は頷くと、ビーチェにも聞こえるように村の行く末を俺に伝えた。


「以前、あの村は自主的に感染者の処分を行い、事を収めている。だが、終息したはずの感染病が再び発生してしまった。それも、より悪性の劇症型として。今度は徹底的に消毒が行われる。国から魔導技術連盟へ村の消毒に関する依頼が出されたからね。領主のフェロー伯爵から許可も出ている」

「『竜宮』に加えて『王水』まで出ているなら、取りこぼしはまず無さそうだな」

「ああ、今日にも村は全焼、その上で完全消毒されるだろう。家も、人もね」

「家も……人も? 全部?」

 ビーチェの問いかけに女は無言で頷いた。

(……随分と乱暴な話だが、仕方あるまい……)

 感染病の発生した元凶である麓の村には、どこに病原体が潜んでいるかわかったものではない。乾燥した血液中にすら潜伏しているのだ。洞窟のような閉鎖された空間ならともかく、外壁すらない開けた村ではいつ風に吹かれて病原体が広まるか予想もつかない状況なのである。

 感染症流行の予防には、非情にして迅速な決断が迫られていたのだ。


「そう……家も……」

 事実を伝えられたビーチェであったが、反応は薄かった。

 ただ少しだけ悲しげに目を伏せていた。




 その日、永眠火山の麓が大きな炎に包まれた。

 空を華麗に舞う大きな影が、通りすがりに油の混じった火炎を吐き落としていく。

 飛竜だ。

 炎を吐き出す性質からして、竜種でもとりわけ攻撃的で飛行能力が高いとされる火炎竜であろう。



 村が全焼した翌朝、火の気のくすぶる村の上空に不自然な雨雲が発生した。

 降り注ぐ雨は火の手を消すどころか、燃え残った木材にかかると新たな火をおこし、辺り一帯を完膚なきまでに焼き尽くした。

 強酸性の雨は、燃え残った骨の一片まで溶かし尽くし、生命の痕跡を跡形もなく消し去っていく。


 その様子をビーチェは洞窟の入り口から眺めていた。

「気になるか?」

 ビーチェは黙って首を左右に振ったが、その後も燃えていく村を眺め続けた。

 やがて村に降り注ぐ不自然な雨がやんだ頃、ビーチェは振り返ることなく洞窟の奥へと消えていった。


 麓の村への未練を断ち切ったのか。

 もはや彼女にとっての家とは、この洞窟に他ならないのかもしれない。

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