【ダンジョンレベル 10 : 妖魔の隧道】

第72話 堕ちた少女

※関連ストーリー 『生贄ビーチェ』参照

――――――――――


 太陽が天頂を通り過ぎ、やや傾きかけた昼下がり、永眠火山の樹海から四人の男女が姿を現した。

「ようやく樹海を抜けたな。これで一安心だ」

「はい……皆さんもお疲れ様でした」

「やれやれ、酷い目に遭ったね」

「疲れたー。早く宿行って、水浴びしたいかも」

 医療術士ミレイアの一行は底なしの洞窟を脱出し、首吊り樹海を無事に抜けて麓の村へと戻ってきていた。

 ここまで気を張り詰めていた一行も、村の家々が視界に入ると安心感からようやく気を緩めることができた。


 ただ一人、ミレイアだけは浮かない顔で、山の中腹を度々振り返っては溜め息を吐いていた。

「ミレイア、あの娘のことが気になるのか?」

 騎士ヴィクトルが心配そうに声をかけてくる。冒険者イリーナと四級術士レジーヌも立ち止まり、ミレイアの様子を気にしている。

(……いけない。皆、疲れているのに……)

 ミレイアはぎこちないながらも微笑を浮かべ、村の方向へと足を進めた。


「いいえ。今は早く、宿へ向かいましょう。洞窟で見たことについては、ゆっくり休んでから考えることにします」

「それがいいよ。疲れた頭で考え事したってまとまらないさ」

「術士クレストフは見つからなかったが、あのダンジョンについては色々とわかったこともある。後で集まって、情報を整理することにしよう」

「賛成。まずは体の汚れを落して、一眠りしてからでないと」

 一行の中でも体力のないレジーヌは、歩くのも辛いという様子で疲れきっていた。底なしの洞窟の調査結果をまとめるにしても、一度しっかり休まなければなるまい。




 夕方前、村の宿に着いたミレイア達は、それぞれ部屋を取って休息を取ることにした。民家を間借りしたような小さな宿なので彼女らの他に客は居なかった。

 ヴィクトルは部屋で装備を外すと、すぐ横になり眠ってしまった。イリーナは食堂で酒を注文し、軽い食事をしている。レジーヌはまず体の汚れを落したい、と宿の主人に相談していた。とりあえずミレイアも体を綺麗にしたいと思い、レジーヌと一緒に水浴びのできる場所を聞いた。

 彼女らの泥にまみれた姿を目にした宿の主人は、親切にも湯を沸かしてくれて、宿の裏手にある洗濯場で汚れを落すと良いと勧めてくれた。

 永眠火山から流れてくる川の水を宿のすぐ近くまで引いてきているらしい。洗濯場は粗末な木の板に囲われて、水浴びもできるように簡素ながら脱衣場が設けられていた。


「ふう……」

 冷たい川の水で大雑把に泥汚れを流したあと、熱い湯に手拭いを浸して体の隅々まで綺麗に拭っていく。

 ミレイアが手拭いで丁寧に体を拭いていると、すぐ隣で髪を洗っていたレジーヌがちらりと視線を向けてくる。

「折れた骨は完治した?」

 レジーヌは乾いた手拭いで髪を拭きながらミレイアの傍らに立った。

 彼女は自分の鎖骨に軽く手を這わせて、自身の痛みであるかのように表情を歪めていた。骨が折れる痛みを想像してしまったのだろう。実際、骨折の痛みを思い出してしまったミレイアは、背筋が寒くなるような脱力感を覚えた。

「大丈夫ですよ。自分の体のことですから、他人の傷を癒すよりも簡単なんです」

「そっか。なら良かった……」

 身体的には問題ないが、痛みの記憶は強く残っていた。精一杯の強がりだったが、幸いミレイアの不安はレジーヌに伝わらなかったようだ。

「レジーヌは、怪我はありませんでしたか?」

「わたしは平気だった。その……わたしだけ無傷で何となく申し訳ないくらい……」


 レジーヌは痩せて肋骨の浮き上がった自身の体を掻き抱き、居たたまれない様子でミレイアの前に立っていた。

 簡単に折れてしまいそうな細い四肢、日焼けのない真っ白な肌。彼女の華奢な体には傷一つ見られなかった。

「申し訳ないなんて、馬鹿なことを言わないでください。レジーヌが無傷で良かったです。イリーナやヴィクトルが怪我したのを見たときは私も血の気が引きました」

「そうだよね。とにかく皆、生きて帰ってこられて良かったかも」

「そう……ですね。ただ――」

 ミレイアの脳裏には、暗い洞窟で怯える少女の姿が焼きついていた。


 ミレイアが何を気にしているのか察したレジーヌが苦笑を漏らしている。偶然出会っただけの少女の心配までして、とんでもないお人好しだと思われているのだろう。

「十分に休んだら、洞窟で得た情報の整理をすればいいよ。ヴィクトルも何か気が付いたことがあったみたいだし」

 さっ、とミレイアの鎖骨を指先でなぞるレジーヌ。

「きゃっ!? レジーヌ!!」

「そろそろ、部屋に戻る。体も冷えちゃうから」

 悪戯っぽく笑いながら、水浴びを終えたレジーヌは服を着て先に部屋へ戻ってしまった。

 残されたミレイアは、手桶に溜めた湯を頭から被って汚れを全て洗い流した。




 ミレイアは水浴びの後、二階にある部屋に戻ると仮眠を取った。昼間から寝てしまっては夜に目がさえてしまうかもしれないが、寝台の上に横になったら自然と睡魔が襲ってきたのだ。

 結局ミレイアは、そのまま眠気に抗えず日が沈むまですっかり熟睡してしまった。空腹を感じて目を覚ましたミレイアはゆっくりと起き上がり、少しだるい体を引きずるようにして階下の食堂へと下りる。

 食堂ではレジーヌとヴィクトルが食事をしていた。イリーナはまだ酒を飲み続けていてすっかり出来上がっている。

「おお~! ミレイア、やっと起きたねえ! あんたもこっち来て飲みなさいよ、お酒っ!」

「イリーナ……まさか昼からずっと飲み続けていたんですか?」

 宿の主人が苦笑いを浮かべて、空になったガラス製の酒杯を片付けている。どうやら本当に昼から飲み続けていたらしい。

「おっちゃん、もう一杯!」

 そしてまだ飲むらしい。


 食堂にはミレイア達の他に村人と思しき人達も何人かいて、酒とつまみをちびちびやりながら雑談を交わしていた。

「はぁ……伯爵様はなんにも対策をとってくれねえし……どうなるんかねぇ」

「有名な傭兵団も全滅しちまったって話だろう?」

「あれ以降、懸賞金を目当てに来るのは盗賊まがいのゴロツキ集団ばかりとか……」

「この辺の治安も悪くなる一方だぁな」

「くそ……こんなことになったのも、あの黴菌娘が役目を果たさねえから――」

「よせよ、酒がまずくなる……」

 どうやら永眠火山に巣くう悪魔の噂をしているらしかった。底なしの洞窟のことを思い出す度に、ミレイアの心の内には重苦しい不安が生じてくるのだった。


 ミレイアは宿の主人に軽い食事を頼むと、ヴィクトルとレジーヌ、それに酔っ払ったイリーナのいる食台の席に腰を落ち着けた。

「食欲はあるのか?」

 ちょうど食事を済ませたヴィクトルが、水を飲みながらミレイアの調子を尋ねてくる。

「ええ、私もお腹が空きました。洞窟調査の情報整理は食事の後で構いませんか?」

「いいとも。落ち着いてから話そう」

「その前にイリーナは少し酔いを醒まさないと」

「うぅ~。水じゃなくて、酒を持ってきなさいよ~」

 だいぶ酔いの回ってきたイリーナを隣に座ったレジーヌが介抱している。だが、ここまで酔ってしまっては話し合いに参加するのはもう無理な気がした。




 酔いつぶれたイリーナをよそに、ミレイア達三人は洞窟での出来事を整理していた。初めにレジーヌとミレイアが術士の視点から見た印象を話す。

「洞窟の入り口近くにあった拠点は術士クレストフのものみたい……だけど、長期間使われた形跡がなかった。行方不明と言うのは本当かも」

「拠点を移したと見るべきではないでしょうか。正直なところ一級術士というのは皆、化け物じみています。それに準じる実力者となれば、洞窟の上層部で果てたとは思えません」

 三級術士のミレイアは連盟でもそれなりに上位の術士である。必然的に一級術士との関わりもある。

 ミレイアが実際に目の当たりにした一級術士『深緑の魔女』を例に挙げても、その実力は底が知れないものであった。準一級術士も同等の実力者であると考えるなら、洞窟のもっと奥深くで今も活動していると考えるのが自然だ。


「私が懸念しているのは、術士クレストフが洞窟の奥で何かよからぬこと……例えば禁呪の研究でもしているのではないか、ということです」

「あ、それわたしも感じた。準一級術士が鉱山開発の事業を興すとか、今までに聞いたことないかも。別の目的や理由があると疑うのが普通。合成獣とか魔導人形を洞窟内に放ったのも当人じゃないのかな。他人に見られたくないものを隠すために……」

 術士としての見解はミレイアとレジーヌで一致していた。魔導技術連盟でも似たような噂が流れており、嘘か真かクレストフが密かに騎士や術士に声をかけて一大勢力を集結させようとしている、という話まである。

 王国に革命を起こすつもりだなどと突拍子もない噂も広まる有り様で、各派閥はクレストフの動向に注意して、真意を探っているのが現状だ。


「二人とも少し冷静になれ。魔導技術連盟が混乱している状況なのは外部にも知られていることだ。騎士協会から見れば、誰も彼もが陰謀論で疑心暗鬼になっている今の連盟は滑稽に映る。二人も、根も葉もない噂に流されてはいないか?」

 騎士であるヴィクトルは二人とはまた違った視点で、底なしの洞窟の現状を捉えていた。

「現段階で明らかなのは準一級術士クレストフの行方不明と、つい最近まで彼が潜っていた底なしの洞窟が得体の知れない怪物達の棲み処になっていることだ。そして俺達が実際に見たものは何だった? ミレイア、君があの洞窟で一番気にしていることは何だ?」

 ヴィクトルは意見を促すようにミレイアへと視線を向けた。彼女自身も考えていた可能性、考えたくなかった可能性をヴィクトルは指摘している。結論は既に出ていたはずなのだ。


「あの少女のことですね?」

「そうだ。あの娘は只者じゃない。獣を従える操獣術士としての能力もそうだが、得体の知れない瞳術どうじゅつも使うようだ」

「え、なにあの女の子、魔眼持ちだったの?」

 少女が魔眼持ちと知って、レジーヌは目を丸くしていた。ミレイアもこれには気が付かなかったが、ヴィクトルが言うのならば気のせいということではないだろう。

「捕縛するにしろ、討伐するにしろ、まず魔導技術連盟に報告をすべきだ。騎士協会にも連絡しておいた方がいいな。二大組織が認定したなら、この周辺の町村が出している悪魔討伐の懸賞金の受け取りにも文句は出ないはずだ」

「待って! 待ってください! 討伐!? 何を言っているのですか? ヴィクトルあなた、まさか懸賞金欲しさにあの少女を悪魔に仕立て上げようとしているのですか!?」


 ミレイアの糾弾にヴィクトルは気分を害した様子で、しかめっ面をして言い返した。

「懸賞金はついでの話だ。実際のところあの娘こそ、底なしの洞窟を支配するダンジョンマスターと見て間違いないだろう。もしかすると術士クレストフも、あの娘に害されたのかもしれない」

「そんなことはありえません! あの子が……ビーチェがそんなことをするとは思えない!」

 勢い込んでミレイアが怒鳴ると、少し離れた席でガラスの酒盃が砕ける音がした。そちらを見れば、数人の村人が青ざめた顔でミレイアの方を見ていた。

(……失敗した。つい感情的になってしまいました……)

 しかし、自身の醜態を恥じるミレイアに対して、村人達の慄く様子はどこか過剰にも思えた。


「あ、あんたら……今、ビーチェと言ったかね?」

 いつの間にか傍にやってきていた宿の主人が、唇を震わせながら問いを口にした。その問いに他の村人達が一瞬、ぶるりと体を震わせていた。

「ビーチェを知っているのですか? 山の中腹にある洞窟に住んでいて……跳ねた黒髪と、金色の瞳、左目の下に泣き黒子のある少女です。ご存知なら教えてください、あの子はいったい――」

「嘘こけぇ! あ、あの娘っ子が生きているはずねえ……!!」

「え? それは……どういうことですか?」

 思わず叫んでしまった村人はすぐに失言だったと気が付いたらしく、口を噤んで俯いてしまった。


「教えてください。事情をご存知なんですね?」

「し、知らねぇ! これ以上、くだらねえ話をさせねえでくれ!」

 村人達は席から立ち上がり、食堂を出て行こうとする。そこへ騎士ヴィクトルと顔を赤らめたイリーナが彼らの出口に回り込み立ち塞がる。

「あんた達さぁ、ここまで何か隠していますっ、て態度見せておいてぇ……逃がすわけないだろう?」

「お前達、何か知っているなら話してもらおうか。これは正規の調査活動だ。意図的に情報を隠そうとするなら、騎士協会を敵に回すことになるぞ」

「イリーナ、話、聞いていたんだ……」

 とぼけたレジーヌの呟きにも硬直した空気は解けることなく、宿の主人は狼狽し、村人達の顔はいっそう青ざめる。


 やがて、無言の圧力に屈した村人達がぽつりぽつりと話し始める。

「食糧と女を寄越せと、洞窟の悪魔からの要求があったんだ……。でも、村には余分な食糧も差し出せる女もいなかった……」

「それでもどうにか最初の一度だけは、なけなしの食糧かき集めて供物を捧げたんだぁ」

「ビーチェはその時……洞窟の悪魔への生贄として一人だけ差し出されたんだ……」

 生贄という言葉にミレイアは憤慨した。

「あんな小さな子供を生贄に差し出したのですか!?」

「仕方なかったんだ! 病気持ちだったし、村に置いとくわけにはいかなかったぁ!」


「なるほどね。要するに感染症の予防と口減らしにはいい口実だったわけか」

「そんな……なんて惨い仕打ちを……」

 ビーチェの境遇に同情し、悲しみに心を痛めるミレイア。

 その間も村人達は、ぶつぶつと好き勝手に自分達の都合ばかりを優先した言い訳をまだ言い募っていた。


「そのくせ、生贄の役目を果たさずに逃げ帰ってきて……!」

「ああ、おかげで悪魔は鎮まるどころかますます怒っている様子だ」

「山の環境を作り変え、足を踏み入れれば首を括られる樹海ができて、見たこともねえ恐ろしい獣がうろつくようになっちまった!」

「あれからもう何ヶ月か経つ。洞窟に戻ったあの黴菌娘が生きているはずがねぇ……なのに、なのに……」

「きっと、俺らに恨みを抱いて妖魔になっちまったんだ――」

 一人の村人が漏らした言葉に、その場にいた全員がはっと息を呑んだ。


「元々、普通の娘っ子とは言えなかったし、気味悪かったからなぁ」

「あの黴菌娘ならありうることだ……」

「悪魔に魅入られたんだ……」

 村人達は恐怖のあまり、想像上の悪魔を勝手に想像しているだけだったが、ミレイア達はその可能性についてもっと論理的な考察を働かせていた。


「レジーヌ……確か、あの洞窟で高位の幻想種が目撃された、という話がありましたよね?」

「うん。でも、噂の中でも信憑性は低かったから気にしていなかった」

「憑依された可能性がある、ということか」

「え、なになに? そんなことマジであるの?」

 冒険者のイリーナには馴染みが薄いかもしれないが、術士は知識として幻想種の存在は身近に感じているし、二流騎士のヴィクトルともなれば経験として幻想種と関わったことがあるのだ。

 彼ら幻想種は単独で存在する場合もあれば、この世のあらゆるものに憑依して魔獣と化す場合もある。そして憑依する相手が人間ならば、それは魔人と化すのだ。

 魔人は並みの人間には想像もつかない特殊な能力を有する。憑依した幻想種の格が高位であるほど強力な魔人になるのが一般的だ。


「ふむ。いかに準一級術士といえど、幻想種が相手なら下手を打つこともありうるか……」

「じゃあ、術士クレストフが行方不明になっているのも……」

「幻想種に何かされた可能性が高いですね」

「何かって何だよ、おーい」


 ミレイアはもう一度、あの少女に会おうと決心した。

 仲間達も賛同してくれて、もう一度だけ底なしの洞窟に挑戦することが決まったのだった。




 朝早く、四人は村を発った。

 再び底なしの洞窟へと潜るため。


「無理は禁物だ。目標はビーチェという娘の捕獲……いや保護だったか、それでいいな」

「はい、よろしくお願いします。皆さん」

「魔眼持ちの女の子とか超珍しいし……うん、是非とも保護したいかな」

「こうなったらとことんまで付き合ってやるよ」


 明確な目的を持って底なしの洞窟へと挑むことになった四人であったが、彼らの旅路は思いも寄らぬ形で唐突に終わることになった。

 最初に、それに気が付いたのはレジーヌだった。


「あれ、あそこに誰か倒れている……」

 それは道中の出来事だった。

 樹海に入る前の道端で人が倒れているのを見つけたのだ。

「大変! どうしたのでしょう!」

 ミレイアは倒れた人に走り寄ろうとして、足を止めた。


 倒れていた人は背丈の大きい男性で、服装からして近くの村人のようだった。

 彼の全身にはぶつぶつとした疱瘡ほうそうが現れていて、血の混じった膿が噴き出している。

「この症状は……」

「生きているのかい?」

「離れてイリーナ! 近づいては駄目です!」

 不用意に近づこうとしたイリーナを手で制して、ミレイアは全員を倒れた男性から遠ざけた。

 距離を取り、慎重に杖の先で噴き出した血の塊を掻き寄せ、空の薬瓶へ入れて厳重に封じる。


「ミレイア、これはいったい?」

「すみませんヴィクトル、それにレジーヌ、イリーナ。底なしの洞窟へ向かうのは後回しにします」

 あれほどまでに洞窟の探索に執着を見せていたミレイアが、あっさりと用件を後回しにしたことに他の三人は呆気に取られてしまった。だが、ミレイアの表情はいつになく深刻なものであった。


「すぐに連盟へ帰還しないといけません。皆さんも付いて来てください。必ず四人で集まって、途中で別行動してはいけません。人気のない道を選んで首都近郊まで戻ります」

「よくわからないけど、もしかして非常事態?」

 レジーヌの質問にミレイアは深く頷いた。

「先に連絡を入れておかないと……。レジーヌ、送還術の準備をしてください。手紙を一通、送りますので」

 有無を言わせぬ迫力に、レジーヌはこくこくと頷いた。レジーヌに指示を出しながら、ミレイアは物凄い筆記速度で手紙をしたためていく。


 その後、四人は倒れた村人には決して近づかず、足早にその場を離れていった。



 ◇◆◇◆◇



 ――ビーチェが生きていた。

 密やかに村中へそんな噂が広まっていた頃、元々その少女が住んでいた家に住まう一家族が、奇病によって倒れ込んでいた。


「村長、この病気は……」

「うむ……間違いない。劇症型の疱瘡だの……」

「このことは領主様には?」

「言えるわけがなかろう。村は以前にも同じ病気を発生させている。撲滅の機会を逸して、変異した劇症型を生んだなどと言えば間違いなく、お咎めを受ける……」


 村の人間がすぐにも奇病を発症した家族ごと、家に火を放った。

 家の中から、弱々しく泣き叫び助けを求める声が聞こえてくるが、村人達は耳を塞いで火の手が上がるのを見届けていた。

「祟りかもしれんな……。あの娘を放逐した、この村への」

 焼き払われる家を遠目にしながら、村長は深い苦悩の溜め息を吐き出した。

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