第67話 混沌の獣

 天然の地下空洞を下り、さらに奥へと掘り進める俺達の元へ、眷属の吸血蝙蝠がやってきて洞窟上層の詳しい情報を教えてくれた。


 眷属と交信可能な水晶を使うにしても、あまりに距離が離れたり障害物が多かったりすると情報伝達が難しくなってくる。

 その点で洞窟内を飛行して移動できる吸血蝙蝠は、迅速な情報伝達において特別に重宝していた。


 しかし、その日もたらされた情報は、洞窟上層部での訃報を告げるものだった。

「どうも最近、獣共が侵入者に殺される被害が多くなってきたな」

「うう……剣歯虎のタイガ君や、赤銅熊のアカベエ君も侵入者の犠牲になったよ……」

「お亡くなり……無念」

 獣と仲の良かったジュエルはさめざめと泣き、ビーチェも面識があったのか沈痛な面持ちで被害にあった獣の死を悼んでいた。

 俺はそこまで入れ込んでないので何の感傷も湧かないが、戦力の低下は正直に言って痛いところだ。


「報告からすると、魔導人形は侵入者排除の効果を上げているようだが、侵入者の絶対数も増えてきているから油断はできない、か……」

 何が原因で侵入者の数が増えているのか知らないが、どうせまた根も葉もない噂が流れているのだろう。

 フェロー伯爵家の協力は期待できないので、こちらで勝手に自衛の為の戦力を増やすしかない。


 獣達は自然に繁殖もしているので、今のところは差し引きで損害なしと見ることもできたが、このまま侵入者が増え続ければ減少へ転じるのは間違いない。

「また少し、補充しておくか」

「わお、ボス、新人雇用するの!? とびきりく~るな逸材をお願いしちゃうからね!」

「かわいいの……希望……」


 目を輝かせて新しい仲間に期待を寄せるジュエルとビーチェ。赤い瞳と、金色の瞳が願いを込めて訴えかけてくる。

 この二人は、餓骨兵も魔導人形も反応が薄いので面白くないと常日頃から文句を垂れていた。

 俺の傑作であるだけに不評なのは納得がいかなかった。


「数合わせみたいなものだから、期待には添えないぞ。あまり珍しい獣を召喚しても、毛皮なんかを狙う密猟者が来るだけだからな」

 今回の召喚は一時的な戦力補充が目的だ。

 現時点で洞窟の守りに当たっている主戦力を温存するための水増し要員である。

 そこそこの戦闘能力を持った獣を、数多く召喚することに決めていた。

 当然、動物資源としての価値を持たない、侵入者にとっては嫌がらせにしかならない獣を召喚することになる。

「……とは言え、生態系が不安定になるから、こいつらはできれば召喚したくなかったんだが……」

 俺は召喚術を発動するため、世界座標を脳裏で指定する。


(――世界座標、『ヒベルニア実験島』に指定完了――)


 太古の昔、合成獣キメラを作り出す実験場であったとされる島、ヒベルニア。太古の文明が失われた後も合成獣は生き延び、そこを彼らは楽園としてきた。

 彼の地より合成獣を召喚する。

 黄緑色の苦土橄欖石ペリドットに刻まれた回路に魔導因子を流し込み、混沌たる合成獣の楽園を思い浮かべながら俺は召喚術を発動した。


『服従を誓うもの、我が呼びかけに参じよ……混沌の獣達!』


 敢えて獣の種類は限定せずに、自我の弱い合成獣を呼び寄せることにする。

 生命の設計図に獣と純人の要素が混じると亜人種になるが、彼らのように自我の強い合成獣は服従の呪詛が効きにくい。

 下手に呼び出すと暴れられるので、あらかじめ服従の呪詛に従う獣だけを呼び出すのだ。


(種類は亜人種以外で限定せず、数は十匹以上を目標に。当たりが出るか、外れを引くか、どうだ……?)


 召喚術の発動を示す光の粒が次々と舞い上がり、数十匹の奇々怪々な獣達が地下の巨大空洞を埋め尽くすようにして出現する。

 頭部、胴体、四肢と、いかなる分類に属するかも不明な動物の部位が、ごった煮の如く寄せ集められた異形の生物達。


 辛うじて俺がわかった種類では、毛長象マンモスの素体が鎧大蟻食オオアルマジロの皮膚で置き換えられていた。

 また、あるものは放浪大蜥蜴メガラニアの首が、大猿系の腕を生やした青獅子と思しき体に据えられているなど、どういう目的で生み出されたのか意図不明な合成獣も含まれていた。


「数は申し分ない……が、これはまた……」

「ふわ、わわわ~……。個性的だねぇ、皆……」

「かわいくない……かわいくない……」

 合成獣の中には多足類と混ざったものも見受けられ、ビーチェは生理的な嫌悪感に鳥肌を立てていた。


 犇めき合う異形達は、雄叫びとも咆哮とも取れない不気味な呻き声のようなものを漏らし、顎をがちがちと鳴らしながら泡の混じった涎を垂らしている。

 放って置けば互いに食い合いでも始めてしまいそうな雰囲気だ。

 正視に耐えない光景というのはこういうものを言うのかもしれない。


「よ、よーし……お前達に今から命令をするから従え! お前達の行動範囲は洞窟内に限る。他の大型獣とはなるべく関わるな。獲物を捕食する優先順位は、人間の侵入者が一番だ。可能ならば繁殖も自由とする。散れ! ……い、行け! ほら、さっさと散らないか!!」

 命令が聞こえているはずなのに反応の鈍い合成獣達は、しばらく逡巡していたかと思えば突然走り出して洞窟内へ散って行った。

 狂ったように吼えながら無茶苦茶に走り回り、それぞれ別方向の坑道へと姿を消していく。


(まさか、脳味噌まで合成されているんじゃないだろうな……? 体に拒絶反応が出ないのが不思議なくらいだ……)


 命令を終えた後、俺の手の中で苦土橄欖石ペリドットが黄緑色の閃光を発して砕け散る。魔導回路は砕けてしまったが、どうにか俺の命令を伝えきるまでは保ったようだ。

(……誓約は成った。数十匹の合成獣を呼び出せたのも予想以上の成果、元は取れたな……)

 追加で命令は与えられなくなったが、穴埋めの戦力として使うには十分である。


 合成獣には、存分に恐怖を振り撒いてもらうことにしよう。


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