第65話 霊剣泗水
洞窟の分岐路を進み、幾つかの大部屋を通り抜けたカレンタス傭兵団は、視界の開けたすり鉢状の大空洞へと顔を出した。
まるで闘技場のように整地された空間には、先達の冒険者の物と思しき武器や防具が散乱していた。
錯覚などではなく、闘った者達の死に様が凝縮されているようだった。
「前方に何かいるぞ」
大盾をしっかりと構えたグランが、後から続く傭兵達に注意を促す。
天然の闘技場、その中心にぽつりと一つの人影があった。
遠目には小さな人影に見えるが、大空洞の広さを考えれば並みの人間よりもはるかに大きな体格であると予想がつく。
複数の岩が寄り集まって人型を作った、
「どうするアンディ? 闘うの? 私は、やれるよ」
「待った。……とりあえず、動かないのならやり過ごそう。壁際を歩いて、刺激しないように……」
霊剣の柄に手をかけたフェリアを押し止め、アンディは縦列隊形ですり鉢空洞の最上段を進む指示を出した。
最下段にいる岩人形は彼らが進む間も全く動かずに佇んでいる。
大空洞の最上段を四分の一ほど進んだところで、後方から突然叫び声が上がる。
今しがたカレンタス傭兵団が通ってきた大空洞の入り口に、巨大な魔導人形が立ち塞がっていた。
土塊を押し固めて作られた巨躯は並みの人間の三倍はあろうかという高さだ。
そこからさらに高い位置へ体長の半分もある長い腕を掲げて、重力のままに傭兵達の頭上へ振り下ろす。
再び悲鳴が上がり、一人の傭兵が降り注ぐ土砂に呑まれた。
相当な衝撃力である。生き埋めではなく、即死であろう。
「く……
「くそっ! いったいどこから現れたんだ!」
「足元の地面だ! 地面に隠れていやがった!」
背後から急襲を受けて浮足立つ傭兵達。
「落ち着かんか、ばっかもーん!!」
元より後列にいた熟練傭兵バウスが、戦斧を振りかざしながら土人形に突撃していく。
筋骨隆々の肉体から繰り出された斧の一撃は、土人形の脇腹に深々とめり込んだ。
力任せに斧を引き抜けば、土人形の身体はぐらりと揺れて一時的に動きを止めた。
「隊形を組み直せ! 散開、四方の陣で囲め!」
その隙に発したアンディの指示に、後方の傭兵達はすぐさま落ち着きを取り戻した。
土人形を四方から包囲すると、まず槍を構えた傭兵が突きかかって行った。
槍で土人形の四肢を貫いて拘束し、動きの鈍ったところで剣や斧を持った別の傭兵が決定打を与える戦法だ。
「長槍、突けー!」
アンディの号令で一斉に土人形へ槍が突き出される。斜め前方からの刺突は土人形の振るった両腕に阻まれたが、後ろから土人形の両足を貫き、地面へと繋ぎ止めることに成功した。
「斧、剣、続けっ!!」
戦斧のバウス、霊剣のフェリアを主軸に、各々の武器を構えた傭兵が土人形に向かっていく。
「――っ!! 駄目! 皆、止まって!」
土人形に走り寄ろうとしていたフェリアが立ち止まり、制止の声を発した。
熟練の傭兵であるバウスはフェリアの危機感を含んだ声に反応して、反射的にその場を飛びのいた。
だが、幾人かの傭兵は土人形への突撃を止められなかった。
彼らが後一歩という所まで土人形に近づいた場面で、横合いから巨大な岩の塊が飛来し、剣を持った傭兵二人と槍で足止めをしていた傭兵一人が下敷きになる。
重量と加速の乗った岩の砲弾に直撃されて、三人の傭兵は鎧ごと圧し潰されてしまった。
「不覚! 岩人形の攻撃かっ!?」
大盾のグランはすり鉢空洞の中心にいる岩人形へと向き直り、続けざまに放たれる岩の砲弾から辛うじて仲間を守りきる。
恐るべきことに岩人形は中心位置から一歩も動いていなかった。
遠く離れた最上段に向けて、最下段から大岩を投げつけて見せたのだ。
「ただのとろい人形かと思っていたのに……!」
「グラン! バウス! フェリア! 岩人形に速攻を仕掛ける! ほか、剣持ちは四人続け! 残りは土人形の足止めを頼んだ!!」
言うが早いかアンディは最下段にいる岩人形に向かって走り始めている。
他の傭兵達も即座にアンディの後を追う。
飛来する大岩を避けながら八人の傭兵が、すり鉢状の段差を駆け下りていった。
「隊形を組め! 右翼半月の陣で接敵!」
先頭に大盾のグラン、中心に霊剣泗水の担い手フェリア、後方に戦斧のバウス、そして外縁に長槍のアンディ。
間を剣持ちの傭兵団員が埋めて隊列を組み、右から大きく回りこみながら敵側面を撃つ。
最下段にグランが降り立った瞬間、それまで岩を投げ飛ばすだけだった岩人形が途端に動き出し、グラン目掛けて突進してくる。
「こ、これはさすがに受けきれんぞ!? 皆、避けろっ!」
グランはぎりぎりまで岩人形の注意をひきつけてから大きく横に飛び、振るわれる岩塊の拳を避ける。
岩塊の拳はグランの大盾の表面を滑り、地面に激突して大きな窪みを作り出した。
「ぐっは……馬鹿力め、腕が痺れるぜ……」
完全には避けきれないと判断したグランは多少の衝撃を覚悟して、岩人形の攻撃を受け流したのだ。
それでも盾を伝わってきた衝撃は、全身の骨に響くほどの強烈な打撃だった。
グランが稼いだ僅かな時は、速攻を仕掛けた傭兵隊にとって十分すぎる攻撃の機会を与えた。
外縁から駆け込んできたアンディが鋼鉄の長槍で、岩人形の足を貫き、地面に縫い止める。
「いける! 攻撃が通る!」
岩と言っても魔導で寄せ集めたものだ。武器の硬度と重量に加えて勢いが付けば、砕き、貫くことも不可能ではない。
アンディに続いて、剣を持った傭兵達が次々に斬りかかる。だが、鋼の剣は重量と勢いに欠けるのか、岩人形の体の表面に浅い傷を付けただけで弾かれてしまう。
「どいて、私がやる!!」
霊剣泗水を抜き放ったフェリアが大胆にも岩人形の懐に飛び込み、下から掬い上げるようにして岩人形の片腕を斬りつけた。
ちょうどグランの大盾を殴りつけた後で伸びきっていた腕は、霊剣の鋭い斬撃によって見事に断ち切られる。
「やった! どうよ!」
霊剣によって断ち切られた岩人形の腕は、瞬時に岩と岩の継ぎ目に亀裂が走り、四方八方に飛散した。
「ぐっ……!」
「なんとっ!?」
至近距離に居たフェリアは全身に石礫を受け、間近に居たグランはこれを辛うじて盾で防ぎきった。
礫を受けた衝撃でフェリアは大きく体勢を崩した。
地面に転がるフェリアを踏み潰さんと、岩人形が足を持ち上げる。そのまま足を下ろせば確実にフェリアの顔面を押し潰す軌道だ。
(――遠くから岩を投げ飛ばしてくるとか、切り落とした腕が爆散するとか、隙を見逃さず追撃してくるとか――)
フェリアは心の中で悲鳴を上げていた。
(――なんて複雑な命令を与えているのよ!?)
思いもよらぬほど複雑に組まれた行動指示。
この魔導人形自体の基本性能はさほど高いものではない。
腕力はあるが動きは緩慢で、鋼の武器でも切りつければ傷をつけることができる。
だが、その行動原理となる『
油断した直後に連続して致命的な攻撃を仕掛けてくる。
戦う相手の心理を巧みに突いた、予測困難なとてもいやらしい攻撃方法を選ぶのだ。
「どおっせぇええい!!」
荒々しい掛け声と共に、戦斧を担いだバウスが岩人形の軸足に自慢の斧を打ちつける。
槍の貫通で罅の入った足に、斧が食い込むことで岩人形の軸足は見事に折り砕かれた。折れた足もやはり爆散したが、バウスはすぐにグランの大盾の後ろへ転がり込み、どうにかやり過ごした。
片足を失った岩人形が体の均衡を崩して仰向けに倒れると、すかさず他の傭兵達が斬りかかる。
グランの大盾や、自前の小盾を防壁にしながら、岩人形の関節にあたる部分を切り崩していく。
痛撃からどうにか立ち直ったフェリアが岩人形の首を斬り飛ばし、解体作業は完了した。
「なんとか倒せたな」
傭兵団長のアンディが土にまみれた長槍を担ぎながら、疲れた様子で大きく息を吐いた。
他の傭兵達にもかなりの疲労が見られていた。
岩人形を破壊した後すぐにすり鉢状の段差を駆け上がり、全員で一斉に土人形へと斬りかかってこれも撃破した。
岩人形に比べて柔軟な動きをする土人形であったが、強度は岩に比べて低く、さして時間をかけずに仕留めることが出来た。
しかし代償として傭兵仲間が四人、今回の戦闘で命を落としていた。
生き残った者達も少なからず怪我をしており、体力を使い果たした者も半数に及んでいた。
「ちっくしょう! ゴーレムの野郎!」
「どうする、団長。結構な被害だ。戻るか?」
「うーん、そうだな……」
「おいおい!? 冗談だろう? 何の利益も出してないのに、ここで尻尾巻いて帰ったら大損だ!」
「ああ! このままじゃ、死んだ奴らの弔いもろくにできやしない!」
「ちょっと、あんた達! 冷静になりなさい!」
仲間を殺されていきり立つ団員をフェリアが一喝する。団員達も実力を認めるフェリアだったが、怪我をして覇気の弱った彼女の声では団員達の興奮は抑えきれなかった。
「少し黙らんか、お前ら! 団長が退くか進むか考えとる!」
戦斧のバウスが大声で怒鳴り、ようやく団員は静かになった。
傭兵団長のアンディは全員を見回し、進退の決定を下した。
「……もう少しだけ調査を続けよう。せっかく魔導人形を倒したんだ。宝石の一つでも手に入れて帰らないと、死んだ連中も浮かばれない」
仲間の死を無駄にしない為に、カレンタス傭兵団は洞窟の奥へと進む決意を固めた。
「とは言っても、皆、だいぶ疲弊しているぞ」
大盾のグランが小声でアンディに話しかける。アンディが傭兵達の興奮を静めるために、危険を承知で洞窟調査の続行を判断したのがわかっていたからだ。
まだ調査に向ける気力だけは残っている傭兵達だったが、さすがに疲労を抱えたまま先へ進むのは躊躇われた。
「ごめんアンディ、先に行って様子を見てきてくれる? 私も少し休みたいの」
フェリアも全身に打撲や擦り傷を負っており、霊剣泗水から流れる癒しの霊気に包まれて、ようやく出血だけは止まったところである。
「わかった。体力の残っている何人かで偵察に出てこよう。フェリアはその間に、休んでいてくれ」
アンディは戦斧のバウスと傭兵を半数引き連れて、坑道の先へ偵察に行った。
フェリア、グランほか十余名の傭兵達は、すり鉢状の段差に腰掛けて休息を取っていた。
「アンディ達、遅いわね……。進んだ先で戦闘になっていなければいいけど」
フェリアの独り言に答えを返すものはいない。
近くで休憩を取っていたグランは、大盾を抱えてうつらうつらと夢現をさまよっている。
無理もない。彼は洞窟に入ってからずっと、前線で仲間を守り続けてきた。
疲労も最高潮に達していたのだろう。
休憩中の傭兵のうち二人が大空洞の入口と出口を見張っている。
これだけ開けた視界で、出入口から中心部まではかなりの距離がある。
敵が近づいてくればすぐにわかるし、体勢を整える余裕も十分にあるだろう。
ここならば安心して休憩を取ることができた。
先の様子を見に行ったアンディ達を待ちながら、フェリアも徐々に気が緩んで眠くなってきた。
――どん、と重い振動が大空洞を震わせ、フェリアは腰の浮く嫌な感覚を味わった。
瞬時に覚醒して顔を上げたフェリアは、自分の目の前に佇む巨大な岩人形を前にして息を呑んだ。
(――これは、どういうこと――?)
自分の見ているものが信じられない。
確かに完全に破壊したはずの岩人形が、五体満足で復活しているのだから。
あまりの事態に他の傭兵達も唖然として、岩の巨躯を前にただ呆然と立ち尽くしていた。
いち早く正気に戻ったのはフェリアだった。
「皆、気持ちを切り替えて! 戦闘態勢よ! グラン!! 盾の援護を!」
呆けた仲間達に叱咤を飛ばし、最も頼れる傭兵グランに声をかける。
だが、グランから返答はなかった。
「グラン! まさかまだ、眠っているんじゃないでしょうね!?」
岩人形から完全には視線を外さずに、隣にいたグランを横目で見やる。
フェリアの隣には、大岩が一つ鎮座していた。
「グ……ラン?」
彼の姿はどこにもなく、大岩の下からは鮮やかな朱色の液体が染み出している。
グランはもう、生きてそこにはいなかった。
先ほどの地響きは、グランが潰された音だったのだ。
「嘘でしょう……?」
気持ちを切り替えろと言ったフェリア自身が、いまや我を見失っている状態にあった。
絶望感が他の傭兵達にも広がった。
絶叫を上げて腰を抜かし、這い蹲りながら段差をよじ登ろうとする。
その背に向けて、岩人形が拳大の石礫を無数に放った。
石礫に打ち据えられた傭兵が一人、二人と力尽きていく。
フェリアは膝を折りそうになる恐怖を堪え、どうにかその場に立っていた。
(……まだ、こんな攻撃手段を隠し持っていたというの……この魔導人形は……!?)
近距離から撃ち出された無数の礫を避ける術など傭兵達にはない。
防御役のグランは真っ先に潰されてしまった。
「退却を……! アンディと合流しないと――」
逃走本能に従い、フェリアは全速力で走り出した。
だが、二歩、三歩と進んだところで、フェリアは何かに足を取られて転倒した。
――最悪だ。致命的な隙、これを見逃す岩人形ではないだろう。
フェリアが死を覚悟した一瞬の間に、岩人形は別の傭兵に狙いを定め、石礫を飛ばしていた。
(こちらに気付いてない? なら、まだ逃げられる!)
この場を生き延びられるのなら、もはや仲間の犠牲も厭わなかった。
再び走り出そうとしたフェリアであったが、どういうわけか足は重く、立ち上がることが出来ない。
奇妙な感触を足に感じて恐る恐る振り返ると、彼女の細い足を土塊で作られた手がしっかりと掴んでいた。
片手だけ復活した、土人形だった。
転んで地面に着いた手を、更にもう一本生えてきた土の腕に捕らえられる。
「……なんて、いやらしい――」
なんといやらしいアルゴリズムが組み込まれているのか。
どこの誰ともわからない魔導人形の製作者をフェリアは呪った。
(――この人形を作った奴、性格悪すぎ――)
フェリアの動きが止まったところへ、岩人形が石礫の散弾を放ってくる。
拳大の石がフェリアの身体を容赦なく打ち据え、
鎧は散り散りに分解し、厚手の衣服にも無数の穴が開いて、皮は破れ肉が捲れた。
連打する衝撃は骨まで達し、激痛にもがけど声も上がらず、身を起こすことは叶わない。
地面に伏して、抵抗する気力を失ったとき、ついに霊剣泗水の加護もフェリアの手を離れた。
「……フェリアァアアーっ!!」
偵察から戻ったアンディが、瀕死のフェリアを見て激昂していた。
(……あ、ああ、馬鹿ね。どうして戻って来ちゃったの……)
朦朧とした意識の底で、絶望的な戦いを挑むカレンタス傭兵団の姿を目にして、フェリアは涙を流した。
戦斧のバウスが、傭兵の仲間達が、岩人形に立ち向かっては次々に石礫で撃ち殺されていく。
ただ一人、アンディだけは礫を掻い潜り、岩人形に肉薄していた。
長槍を真っ直ぐに構えて、全速力で突進していく。
痛恨の一撃だった。
アンディの槍は岩人形の体を深々と貫き、そこを起点にして罅を入れ、亀裂を拡げていく。
崩壊を始めた岩人形はアンディの体を掴み、しっかりと懐へ抱きこむと一気に崩れ落ちた。
頭から岩雪崩を受けたアンディは、無残にも押し潰されて、岩の山に埋もれてしまった。
彼の運動能力なら、岩人形が崩れ始めた時点で逃げ出せたはずだった。
しかし、アンディの足には土塊の腕がまとわりついて動きを封じていたのだ。
冷静でなかった彼には、とうとう人形の腕を振り払うこともできず、ここにカレンタス傭兵団は全滅した。
◇◆◇◆◇
静寂を取り戻した大空洞に、四つの影が現れた。
黒い看護帽を被った修道女の四姉妹。
彼女らは死体を検めると、四人十字に並び立ち、死者の弔いに祈りを捧げた。
祈りを捧げる彼女らの背後に、無粋な魔導人形が二体、巨躯を立ち上げる。
一心に祈りを捧げる彼女らに人形はゆっくりと近づいていく。
四姉妹の長女マーガレットは祈りを捧げることは止めず、背後も見ないで戦鎚を無造作に振るった。
戦鎚は標的を違わず岩人形に打ち込まれ、その巨躯の中心部に大穴を穿った。
一撃で岩の巨体は吹き飛び、地面を派手に転がりながら、すり鉢状の段差に激突して四散する。
同時に現れていた土人形も、出現と同時に次女ジョゼフィーヌによる戦棍の一撃で叩き潰された。人形を成していた土塊は辺り一面にぶちまけられ、打撃の威力の凄まじさを如実に示す結果となった。
何事もなかったかのように祈りを終えた四姉妹は、大空洞へ近づいてくる人の気配を感じ取って、入口の坑道へと目を向けた。
「お姉さま、だ、誰かこちらへやってきます……」
「下手に隠れても警戒させるだけです。少しだけ離れて様子を見ましょう」
すり鉢状の段差を数段登り、四姉妹は寄り添うように立って成り行きを見守ることにした。
◇◆◇◆◇
まもなく大空洞へ姿を現したのは、傭兵隊長タバルであった。
「アンディ!? くそ、遅すぎたか……」
タバル傭兵隊はカレンタス傭兵団と同じく、魔導人形と遭遇した。
ただし、彼らは遠目に岩人形を確認した時点で来た道を引き返してきたのだ。
直感的に、魔導人形に秘められた危険性を感じ取ったタバルは、アンディに大空洞での共同戦線か、もしくは撤退を提案しようと考えていた。
だが、時は既に遅かった。
「まさかフェリアまで……あれほどの剣士が……」
殆ど原型を留めない姿で果てた霊剣泗水の担い手フェリアの死体を見て、タバルは自分自身もひどく打ちのめされた気分になった。
無惨な死に様を見せ付けられて冷静さを欠いていたタバルだったが、近くに佇む四人の修道女に気が付くと眉を顰めて素性を尋ねた。
「あんた達は?」
「お知り合いの方ですか。今ちょうど、主の御許へ旅立たれた魂の安寧を願い、祈り終わったところです」
この場における返答としてはどこかずれた、しかし聖職者らしいと言えばそれらしい台詞に、タバルは彼女らが『本物』であると確信した。
「祈りを捧げてくれたのか、ありがとう。こんな僻地で、偶然とはいえまだしも救いはあったか……」
傭兵達の死体をよくみれば、岩や土砂に埋もれていないものは腕を組み、仰向けに寝かされていた。
そして、フェリアの遺体の傍には霊剣泗水が寄り添うように置かれていた。
担い手を失ってなお、霊剣は厳かな霊気を放ち続けている。
タバルが霊剣に目を向けていると、修道女から声がかけられた。
「御遺品が気になるのなら、お持ちになられる方がよろしいかと」
修道女は霊剣泗水を指差して、タバルに助言した。
聖職者の勧めにタバルは不謹慎にも霊剣を手にする誘惑に駆られた。
「いや……しかし、死者の遺品を漁るなど……」
ダンジョンでの遺失物は、拾得者の物となるのが慣例だ。
はっきりと由来のわかる遺品に関しては、遺族との間で相応の金額により取り引きされることもある。
だが、聖職者を前にして死者の遺品を漁るのは躊躇われた。
「ここで打ち捨てられるより、よほど救われるというもの。遺品拾得の正当性については、聖霊教会の伝道者マーガレットが証人となりましょう」
正当性、の言葉にタバルは目を見開いた。
そう、これは正当な行いだ。
放置しても、誰とも知れないならず者に拾われてしまうかもしれない。
ならばいっそのこと、自分が拾ってやった方がフェリアも浮かばれるのではないのか。
勝手な解釈ではあるが、聖霊教会の保証がタバルの罪悪感を打ち消した。
「手間をかけさせたな。これは寄付だ、取っておいてくれ」
タバルは金貨を二枚、マーガレットに手渡した。霊剣の譲渡に関わる保証人へ払う対価ならば、これぐらいが妥当であろう。
「いいえ、これもまた勤めの一つですので」
そう言いながら、マーガレットはごく自然な動作でタバルの手から金貨を受け取った。
「では、私共はこれで失礼いたします」
「ああ……しかし、あんた達も大変だな。こんな場所にまで教会の伝道者が何の用で?」
何気ないタバルの質問に、四人の修道女は一瞬だけ動きを止める。
けれど、それもタバルが感じ取れないほどの一瞬で、違和感は完璧に隠されていた。
「失われし聖地への道を探しに」
こんな場所へ巡礼など本気で言っているのか、あるいは建前に過ぎず布教が目的なのか。
どちらにせよ、このような危険地帯にまで出向く教会信徒の根性をタバルは理解できなかった。
だが、それで救われる心も確かにあるのだから、悪いことではないのだろうと考えた。
銀灰色をした霊剣泗水の刃を軽く撫で、タバルは自前の鞘にこれを納めた。
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