【ダンジョンレベル 9 : 悪意を生む大穴】

第64話 カレンタス傭兵団

※関連ストーリー 『タバル傭兵隊』参照

――――――――――


 永眠火山に広がる首吊り樹海を越えた山の中腹に、ぽっかりと開くのは悪名高き底なしの洞窟。

 噂では洞窟の奥深くに悪魔が棲みつき、危険極まりない猛獣を召喚して近隣の村々を脅かし、生贄の要求までしているという。


「またこの洞窟へ来ることになるとはな……」

 洞窟の入り口で大勢の仲間を後ろに控えながら、口髭をはやした精悍な顔立ちの男が愚痴をこぼした。

「タバル隊長、洞窟にはまだ入らないんで?」

「ああ……少し待て。待ち合わせをしている連中がいる」


 悪魔が棲みついているなど少し前なら笑い飛ばしていた話だ。

 しかし、ここ最近の洞窟近辺における生態系の変化を見れば、それが根拠のない噂とも思えなくなってきた。

 本当にほんの僅かな期間に、洞窟の生態系は凶悪に変化してしまったのだから。


 急激な変化には裏で糸を引いている者がいると、それが生贄を求める悪魔に違いないと、洞窟に入った者達は皆一様に確信を得ていた。

 なぜなら、明らかに何者かの意思で洞窟を守る魔導人形ゴーレムが現れたからだ。

 これは絶対に自然発生するものではありえない。


 その事実が発覚したすぐ後、近隣の村や町が協力して洞窟攻略の懸賞金を提示した。

 『洞窟の生態系を狂わせている悪魔を探しだし、捕縛すること』という調査込みの懸賞であった。

 村や町が明確に洞窟を脅威とみなした証だ。


 相変わらず領主であるフェロー伯爵家からは『静観すべし』と通達が出されていたが、もはや伯爵家が対策を取るつもりがないことは誰もが理解していた。

 唯々諾々と座して死ぬのを待つくらいならと、今までにはない動きを見せ始めた近隣の住民達。複数の町村が集まって動けば、伯爵家もおいそれと処罰を与えることはできないと考えたのだ。

 実際、懸賞が提示された後も伯爵家から通達は来ていない。

 黙認されているのである。

 物事を何でも都合よく解釈する楽天的な者達はこれを暗黙の了解と捉え、洞窟に巣くう悪魔を退治するべく、今まで以上に大勢の冒険者や傭兵が乗り込んでいくことになった。



 タバルが洞窟の入り口を睨みながら時を過ごしていると、やがて彼の傭兵隊とは別の大きな集団がやってきた。

「タバルさん、お待たせしました」

「来たか、アンディ。待ったぞ」

 集団の中から体格のいい一人の若者が歩み出てきた。

 長大な槍を背中に担ぎ、金属板を幾百枚と繋いだ薄片鎧ラメラーアーマーに身を固めた姿は、若さとは裏腹に貫禄を感じさせた。

 タバルよりも十歳は年下の青年だが、二十人あまりの屈強な傭兵達をまとめるに十分な力量を持った男である。


「お前のところはまた人数が増えたのか?」

「ええ、まあ。大所帯になってきましたね」

 若き傭兵団長アンディは、タバルに人数の多さを指摘されると苦笑しながら頬を掻いた。

「そうだ。最近、仲間になった剣士を紹介しますよ。フェリア! ちょっと来て!」

「何か用事、アンディ? あ、もしかしてあっちの傭兵隊長さん?」

 アンディが声をかけたのは鱗状の金属片を縫い合わせた甲鱗の鎧スケイルアーマーを見に纏う小柄な女性だった。

 耳にかかる程度の短い金髪と、鮮やかな青色の瞳が活発的な印象を与える。

 しかし、そんな彼女の容姿よりも、腰に帯びた精緻な細工の長剣がタバルの目を不思議と惹きつけた。


「失礼。その腰の剣は……ひょっとして霊剣、じゃないのか?」

「うわあ、一目でわかりました? さすがアンディが尊敬する傭兵ね」

「ご明察です、タバルさん。彼女こそ我らカレンタス傭兵団における期待の新人。

霊剣泗水れいけんしすい』の担い手、フェリアです」

「ほお……やはり霊剣。銘は泗水か……」

 タバルに対して、自慢げにフェリアを紹介するアンディ。

 当の紹介されたフェリアは顔を真っ赤にしてアンディを蹴りつけた。

「ちょっとやめてってば! そういう恥ずかしい二つ名で呼ばないで、定着しちゃうでしょ」

「あ、痛い! ……いいじゃないか、格好よくて。傭兵として顔と名前を売っておくのも大切なことだよ」

「余計なお世話よ。結果を出せば名声なんて後から付いて来るんだから!」

 剣の格に負けず劣らず、気高い精神の持ち主のようだった。


「霊剣の担い手とは頼もしい限りだ。活躍を期待させてもらおう」

「こちらこそ、有名な傭兵隊長の戦い、参考にさせてもらうから」

 タバルとフェリアは握手を交わして互いの健闘を祈った。

「それでタバルさん、今回はまたどうしたんです? まだ調査段階だっていうのに、急に共同戦線を持ちかけてくるなんて」

「うむ……共同戦線と言うほど大仰なものでもないが、前もって互いの動きを確認しておいた方がいいと思ってな」

「結構、慎重なのね。傭兵隊長の責任ってやつ?」

 フェリアが横から軽口を挟んでくるが、タバルは彼女の冗談に笑うことはできなかった。


「実は、この洞窟には以前にも潜ったことがある」

「へえ! さすがタバルさん、仕事が早いや!」

 手放しで褒めるアンディに、タバルは落ち着いて誤解を正す。

「全く別の仕事で途中まで潜っただけだ。その頃から危険な洞窟ではあったが、今は以前にも増して危険になっている」

「魔導人形、ですよね?」

「ああ、今のところまだ出現した魔導人形を打ち倒したという話は聞かない」

「相当の強敵と言うことですか。でも、僕らの傭兵団は魔導人形ごときには負けませんよ」

「問題は勝ち負けじゃない。……この懸賞、調査が無駄足になれば、ひどく割に合わない仕事になる」


 懸賞は『洞窟を調査して悪魔を捕縛する』というのが達成条件である。

 いるかどうかも定かでない悪魔を捕縛するというのがどれほど困難か、少し考えればわかりそうなものだ。

 無論、タバルはそれを理解しつつも、洞窟内の鉱物や動物資源の獲得で十分に稼ぎが出ると踏んでいた。

 悪魔を探して、無理に洞窟の奥へ進む必要などない。懸賞はおまけなのだ。

 しかし、アンディはタバルの指摘をいまいち理解できなかったのか、大きな図体に似合わず小首を傾げた。


「アンディ、つまり無理するなってことよ」

「あっ! そうか!」

 フェリアの単純明快な説明に、アンディはようやく理解を示した。

「まあ、そういうことだ。別行動になるとは言え、お互い助け合えるところは協力していこう」

 タバルはアンディの背中を叩くと、自分の傭兵隊を率いて底なしの洞窟へと潜っていった。




「赤銅熊だ!!」

 カレンタス傭兵団が洞窟を縦列隊形で進んでいたところ、最前列を歩いていた傭兵から恐るべき猛獣の名が告げられる。

 遭遇とほぼ同時に、狭い坑道で戦闘が始まった。

 最前列を進んでいたのは大盾を構えた熟練の傭兵グランである。

「ふんぬっ! ぐうぅっ……押し込まれはせんぞぉっ!!」

 赤銅熊は盾へ覆い被さるようにして体重をかけてくる。

 まずは邪魔な盾を退かしてから、後方の傭兵達を突進でまとめて潰してしまおうという魂胆だろう。

 グランの後に続いていた傭兵達は果敢に赤銅熊に斬りつけるが、硬い剛毛に弾かれてまともな痛打を与えることができない。

「くそっ、狭くて剣が思うように振れない!」

「アンディ! 頼む!」


 仲間の声に応え、長槍を持ったアンディが狭い坑道をすり抜けるようにして駆けていく。

 大盾のグランと押し合いをしている赤銅熊めがけて、アンディは長槍の鋭い穂先を突き出した。

 尖った穂先は赤銅熊の剛毛を掻き分けて、深々と脇腹に突き刺さる。

「――ゴファアアッ!!」

 苦悶の咆哮を上げた赤銅熊は太い腕をがむしゃらに振り回し、目の前にあった大盾を力任せに殴りつける。

 自身の腕を痛めることも厭わない捨て身の攻撃に、グランは大盾ごと弾き飛ばされてしまった。

「フェリア! グランの援護に!」

「言われなくても――」

 隊列の中央から前方へと進み出てきたフェリアは、グランを庇うように赤銅熊の前に立ち塞がった。


 一見してゆっくりと、滑らかに淀みのない動作でフェリアは霊剣泗水を抜き放つ。

 剣身からは白い霧の如く霊気が漏れ出し、刃先は鈍く銀灰色に光っている。

 フェリアが霊剣を軽く一閃すると、銅色の剛毛がばっさりと斬り飛ばされ、赤銅熊の腕から血が迸った。

「ゴォアッ!? ゴアアァア――ッ!!」

 怒りの咆哮を上げて襲い掛かってくる赤銅熊に対して、フェリアはすれ違いざま霊剣の刃を首に滑らせる。

 赤銅熊は勢いそのまま突っ込んでいき、態勢を立て直したグランの大盾に激しく衝突した。

 そしてそのまま力なく、ずるずると盾に体を預けるようにして赤銅熊は地面に倒れ伏す。

 首は骨が見えるほどに深く切り裂かれ、大量の血液が切り口から溢れ出していた。


「霊剣の切れ味もさることながら、大した腕前だな」

「ありがと。剣だけじゃなくて腕を褒められるのは、悪い気しないわね」

 素直に感心するタバルに、フェリアは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「でもね、達人が霊剣を持てば大鬼オーガの首も一太刀で落とす、って言われているの。私もまだまだってことよ」

「赤銅熊の首を半ばまで切れるなら、大鬼の首も落とせそうだがね」

「相手の突進力を利用してやっとよ? 大鬼の太い首を自分の力だけで斬り落とすには、もっと修練が必要ね」

 褒められても慢心しない態度は非常に好感が持てる。

 より高みを目指そうとする姿勢を崩さなければ、彼女はいつか本当に大鬼の首でも斬り落としてしまうかもしれない。



 複雑に入り組んだ洞窟を、一定の間隔を保ちながら人員を散開させて、奥へと続く正しい道筋を見つけ出していくタバル傭兵隊とカレンタス傭兵団。

 順調に探索を進める中、先が窺えないほど長く続く二本の坑道を前にして、二組の傭兵隊は分岐路で別れることに決めた。

「アンディ、この先は俺達も未踏破の領域だ。手分けして探っていこう」

「賛成です。こう狭い通路では、人数が多すぎて身動きもできない」


 こうして二組の傭兵隊は、生と死の分岐点を通過したのだった。

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