第62話 魔導人形
第二の拠点である地下空洞の隠し部屋で、俺は眷属から送られてくる情報を整理していた。
直感的にも伝わりやすい視覚情報がほとんどだが、音声や臭いといった五感を駆使した情報、はたまた感情の乱れといった細かい情報まで集まってくる。
これらを意味のある情報として整理しなければ、洞窟内の状況を正確に知ることはできない。
俺が作業する様子をすぐ傍らでビーチェが眺めていた。
彼女はまだ訓練中の身だが、操獣術を使いこなせるようになれば眷属との意思疎通も可能になる。いずれ洞窟内の情報収集や監視もビーチェに任せるときが来るかもしれない。
「洞窟の様子、どう?」
長い時間、難しい顔をしたまま瞑想する俺に、ビーチェが遠慮がちに声をかけてきた。
「……どうかと言えば、あまり安心できる状況ではないな」
一時期よりも数は減ったが、洞窟の上層部では相変わらず侵入者がうろついており、一部の強者は大空洞の辺りで盗掘を行っている。
放棄した坑道とはいえ、盗掘に味を占めた侵入者が何度もやってくることを考えると気分が悪い。
人間、慣れてくると行動は大胆になる。
今は上層部で満足して引き返しているが、いつ欲を出して地下深くまで下りてくるか知れたものではない。
さらに俺を悩ましているのは、洞窟を守る為に召喚した獣を敢えて狙う狩人が現れ始めたことだ。
恐るべき猛獣は脅威をもたらす存在であると同時に、珍しい毛皮や牙、角といった貴重な素材を持つ資源とみなすこともできる。
人を遠ざけようと呼び出したはずの召喚獣が、むしろ狩人を呼び寄せる一因となってしまったのは失策だった。
特に最近の侵入者は、洞窟や迷宮でも迷わない技能や術式を持っている者もいるようで、ゆっくりとだが着実に洞窟探索の範囲を広げている。
術士に関しては洞窟深くに踏み入らないよう連盟に通達が伝わっているはずだから、侵入してくる術士は無所属の者か、あるいは連盟に属しながら規則を守らない一部の外れ者だろう。
そのような術士は半人前ばかりなので、今のところ大きな脅威とはなっていない。
だが、そんな有象無象がひっきりなしに湧いて出てくるのでは、長期的に見てこちらの戦力の方が消耗してしまう。
ようやく第二の拠点に腰を落ち着けようとしている矢先にこれでは、落ち着いて昼寝もできなかった。
「対策が必要だな……。安定して侵入者を排除できる罠を仕掛けられないものか……」
相変わらず
(……どうしてそこまでこだわるのか。洞窟の入口から最深部まで、風通しの良い道を作り続ける意味があるのか?)
こればかりは幾ら考えても答えが出ない。
考えるべきは限られた条件で最善と思われる手段を打つことだ。
侵入者対策に頭を捻っていたところ、お気楽そうな精霊ジュエルの姿が俺の視界に入る。
ジュエルの翡翠色をした肌は、水場が近くにあることで毎日の手入れにも磨きがかかり、つるりとした光沢を見せている。肌の艶やかさでは、全身水晶の餓骨兵といい勝負になるかもしれない。
そんな精霊の姿を眺めている内に、俺の頭の中では侵入者対策として一つの考えがまとまりつつあった。
(多少のコストはかかっても、確実に効果の出る方法でいくとしよう)
ジュエルに掘削の現場監督を任せ、俺とビーチェは地下空洞から上層部へと上がり、久々にすり鉢状の大空洞へと戻ってきた。
「クレス、今更ここに何を作るの?」
「上層部の大空洞に、魔導人形を守護者として置く」
配置場所を複数ある大空洞の幾つかに限れば、ノームの縛りにも引っかからないだろう。
魔導人形の使役には通常、魔導回路へ継続的に魔導因子を供給して、動力源である魔力を生み出してやる必要がある。
自律させてこれを動かすには、魔導因子が継続的に発生するような仕込みを施すか、魔導因子を何らかの形で貯めておくことになる。
前者ならば餓骨兵にも埋め込まれている精霊機関を使用する。
後者であれば魔導因子を蓄積した天然の宝石などがよく用いられる。
宝石が大量の魔導因子を貯め込む性質を持つことは広く知られている。が、その原理の全てはまだ解明されていない。
俺はまさにその辺りの研究を専門にしており、人造宝石にも魔導因子を貯蔵することが出来ないか試行錯誤を繰り返している。もし実現すれば、その技術の恩恵は計り知れない利益を生むはずだ。
だが、その研究の為にも試験体として天然の宝石が大量に必要な為、研究の進展には常に経済的な問題が壁となってきた。
最近は、天然宝石が手に入りやすくなったこともあって以前より研究は進展しているが、まだ実用に耐えるだけのものは得られていないのが現状だ。
(人造宝石が使えればコストも安くなって、随分と使い勝手が良くなるんだが……)
無い物ねだりをしても仕方がない。
俺は渋々ながら、貴重な精霊機関を消費する覚悟を決めた。
この精霊機関にしても、幻想種を封じ込める器として天然の宝石を用いるかなりの高級品だ。
それでも盗掘による被害に比べれば安い投資と俺は割り切った。
貴石の一時保管庫に侵入者が近づくことだけは絶対に阻止しなければならない。
「しかし、単純に魔導人形を配置するのでは賭けになってしまうな……」
餓骨兵と同じ要領なら、精霊機関を埋め込んだ魔導人形を一体創り出して終わりだ。
貴重な精霊機関を使って一体の魔導人形を生み出し、万が一にもそれが破壊されて精霊機関を持ち去られてしまっては大損害である。
めったに侵入者の来ない拠点防衛の特別製ならばともかく、侵入者の多い場所では魔導人形の精霊機関に目を付ける者も出てくることだろう。
「手間はかかるが、今回は違う方法で魔導人形を創ろう」
事情の飲み込めないビーチェは不思議そうな顔をしていた。
術式の奥深さを知るには良い機会だ。
俺はビーチェにも詳しい説明を行い、作業を手伝わせることにした。
俺は工房の金庫から取り出してきた精霊機関――小粒の
天井まで届く足場を術式で作り出し、吸血蝙蝠を払いのけての作業となった。
野生の蝙蝠共を追い払うのはビーチェの役目だ。これも俺が集中して作業する為には必要な仕事である。
今も粘菌達を天井に這い回らせて蝙蝠を追い払っている。
精霊機関の黄玉を中心に、魔導人形を稼働させる回路を天井に転写し終えたところで、俺は汗を拭いながら一息ついた。
黄玉は極めて緻密な魔導回路を内包し、常に淡く黄色い光を放っている。
「よし、これで術式を起動すれば――」
意識を集中し、楔の名を告げる。
(――組みなせ、
『
大空洞に山積みされた土砂が寄り集まり、
(――組みなせ、
『
坑道に転がっていた人間の頭ほどの岩が複数積み重なり、角張った巨体の岩人形が創り出される。
「おおー……」
頭上を仰いでビーチェが感嘆の声を上げた。
天井の精霊機関が明滅を繰り返す度、二体の人形が大きく身動きする。
起動は成功した。
後は継続的に術式が働くようにしてやるだけだ。
『魔導人形、稼働および修復、術式自動継続!』
さらに追加で楔の名を告げることにより、この術式は俺が止めるか、回路を破壊されない限り持続するように設定された。
こうして間接的に魔導人形を創り出す術式を行使する分には、仮に魔導人形を破壊されても、時間が経てば精霊機関から魔力を得て再び魔導人形を復活させることができる。
加えて、広い天井には魔導回路を深く刻みつけるだけの容量があったので、魔導回路の耐久性も非常に高いものになった。少々のことで回路が自壊することはないだろう。
「ねえ、クレス。ゴーレム、どれくらい強い?」
「ん? そうだな……
直接に精霊機関を埋め込む方法に比べて魔導人形の質は落ちるが、精霊機関の盗難を危惧せず長期間に渡って守護者を配置できるのが、この術式設置ならではの利点だ。
しかもこれまでの珍獣と違って、侵入者にとっては倒す労力に比べて得られるものの少ない、土と岩の怪物だ。
侵入者の戦う気力を削ぐにも適当な守護者である。
腕に自信があっても相手にはしたくないはずだ。
作業を終えて最後に足場を崩すと、精霊機関と魔導回路は舞い戻ってきた吸血蝙蝠に覆い隠され見えなくなった。
「さ、次の大部屋に向かうぞ。あと幾つか、これと同じ術式を仕掛ける」
「了解」
こうして幾つかの大空洞には、この日を境に巨大な人影が立ち塞がるようになった。
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