第61話 どこまでも続く路
※関連ストーリー 『鉄の罠』参照
――――――――――
採掘した宝石類は本拠地である『錬金工房』まで送還術によって送られている。
だが、採掘現場から送還用の陣がある部屋まで運ぶだけでも、洞窟内と言えどそれなりの距離がある。
さらには掘削で必ず出てしまう無用の土砂。
それらを運び、行って帰ってを繰り返す子鬼とノームの動きを見るに、宝石や土砂の運搬に労働力を割かれてしまい掘削速度が遅くなっていることは間違いなかった。
「とても重労働……掘るのより運ぶの大変」
粘菌を操って洞窟内の清掃をする片手間に、ビーチェも押し車を使って子鬼達と一緒に宝石の運搬を手伝っていた。
ビーチェが宝石を運ぶのは労働力としてよりもジュエルへの牽制の意味合いが強かったのだが、何度か押し車で往復する頃には手に大きな血豆が出来上がっていた。
(あまり無理はしなくていいと言っているんだがな……)
どうせ操獣術を修得すれば、自分の手足を動かさなくても獣を操って効率よく仕事ができるようになるのだ。現段階でわざわざ苦労を抱え込むことはない。
ビーチェには勉強を優先して欲しいと俺は思っているのだが、何故か魔導書の『操獣術・実践の書』を目の前にすると彼女はひきつけを起こしてしまう状態にあった。
そのため今は、俺の手が空いた時間に直接ビーチェの指導にあたっている。
俺が忙しくて指導している余裕がないときには、ビーチェも労働者の一人となって洞窟の掘削作業を手伝っている状況だ。
労働力としては微力なので、ジュエルの監視に付いているか、いっそ休んでいてもいいのだが、ビーチェはどうしても体を動かして働くことを望んだ。
あまり合理的とは思えなかったが、本人が自主的にやろうとしていることなので俺はビーチェの自由にさせることにした。
「しかしなぁ、何か別の運搬手段があれば作業も捗りそうなものの……」
「そだねー。トロッコでもあれば楽になるかもねー」
ぽつりと呟いた俺の独り言に休憩中のジュエルが何気なく答えを返す。二枚の水晶翅がぱたぱたと動き、付着した泥を辺りに跳ね散らかした。
「……トロッコか。原始的ではあるが、俺が土砂を送還術で外に飛ばすよりは現実味があるな……」
宝石のように量が少なく、送還術で送るだけの価値があるならともかく、大量に出る土砂の運搬に送還術を使うのは明らかに対費用効果が悪い。
だが、トロッコは作ってさえしまえば後は子鬼達でも楽に重量物の運搬ができるようになる。
「これまでに貯め込んでいた磁鉄鉱があったな。あれを使って線路を作ろう」
貴石の採掘に伴って産出される屑石、鉄や銅の鉱石も何かに使えないものかと今まで集めて取っておいたのだ。
洞窟内の要所を通過する鉄の道。
線路は採掘で副産物として出た鉱石を使ってノームに作らせることにした。
彼らもまた洞窟の掘削速度が速まるのは望ましいことのようだった。
ノームの積極的な協力を得られたおかげで、鉄の線路は無事にできあがった。
一方のトロッコ本体は線路の工事が進められている間に俺が作っておいた。
こればかりは術式で作るのも難しいので、黒猫商会から取り寄せた車輪や歯車などの部品類を自分で組み立てて作り上げることになった。
ビーチェも設計図を見ながら、俺が要求する部品を手渡してくれる。
「この部品で最後……」
「よし、これで完成だ」
「やたっ! かーんせーい! トロッコ試作一号、名付けて――『特攻とろっこ野郎』!!」
「絶対にそんな名前は認めないからな」
俺の作ったトロッコに変な名前を付けようとするジュエルの思惑を直ちに阻止する。
「ブーブー! どうせボスのことだから、味気なく『トロッコ一号』とか言うんでしょ?」
「一号も二号もない。トロッコはトロッコだ」
見よう見まねで子鬼達もトロッコを組み立てようとしていたが、彼らには少々複雑だったらしく皆一様に頭を捻っている。
それでもビーチェの指導を細かく受けて、自分達のトロッコをどうにか形にしていた。
かくして、洞窟内に張り巡らされた線路網を駆使して、トロッコによる土砂の運搬が行われるようになった。
土砂や岩の塊を積み上げ、子鬼達が手漕ぎ式のトロッコを走らせていく。
おかげで作業効率は格段に向上し、地下空洞に溜まりがちだった土砂の山はすっかりと片付けられた。
走り去っていくトロッコを見送りながら、ジュエルが俺の外套をくいくいと引っ張る。
「ねえ、ボスー? このトロッコさぁ、魔導の力で動くようにできないかな?」
「わざわざ魔導で推進力を得るのか……? できないことはないが、俺やお前、それにビーチェしか使えないぞ?」
「そうなんだけどー、洞窟内も随分と広くなってきたじゃない? 僕らが移動するのに使えたら楽だなーと思って」
どういう意図があってのことか、ジュエルが魔導技術の応用について話を振ってくるとは珍しいことであった。
ふざけた様子も見られないので、ここは俺も真面目に思案を巡らせることにした。
「んー……できなくはないが……」
(魔導推進を行うなら、魔力で直接トロッコに運動量を与えるのが簡単だろうな……)
トロッコの車輪と軸に魔力によって回転力を発生させる魔導回路を刻めばいい。後はトロッコの台座に操縦用の回路の末端を伸ばし、そこに魔導因子を流すだけで推進力が得られるように造り込むのだ。
ただこうした輸送機関に魔導を使うのは、召喚術や送還術に比べて効率が悪いとされている。長距離の輸送ではある程度、持続して魔導因子を供給し続けないといけないからだ。
そもそも一瞬で長距離輸送が可能な召喚術があることを考えれば、馬鹿馬鹿しくて真面目に取り組もうとする研究者もいないだろう。
唯一の利点は、『魔導回路の干渉で送還できない人間』でも素早く運べることにつきる。
「まあ、たまに移動で使う分には悪くないかもな」
物事は何も、効率だけを重視するべきではない。
特定の条件下で最大の効果を発揮するのなら、例え無駄が多くても利用価値を見出すことができる。
今回、作ろうとしている魔導推進トロッコもまさにその典型的な例であろう。
効率を度外視して、とにかく洞窟内を速く移動したいという時に使うのなら重宝するかもしれない。
◇◆◇◆◇
ごるごるごる……ごるごるごる……ごるごるごるごるごる――!!。
曲がりくねった坑道を、重低音の唸りを上げて鉄の箱が疾走していく。
時折、擦れ合う金属音が混じり、洞窟に奇怪な悲鳴を轟かせていた。
箱の中には二人の少女らしき姿があった。
「ひゅーっ!! トロッコ楽しいねぇー!」
「うん、爽快」
「あはっ、ビーチェ少しは元気でた?」
「私は、いつも元気……」
突然ジュエルに内なる心情を問いかけられ、ビーチェは躊躇いがちに答える。
金色をしたビーチェの瞳を真っ直ぐに見つめ返す紅玉の瞳。魔眼の威圧さえものともせず、ジュエルはビーチェの瞳の奥に映る心の揺らぎを捉えていた。
「嘘ウソ、ボクにはわかるよー、ビーチェ。ここ最近、ボスに酷い仕打ちを受けていたもんね。虐げられる者同士、気持ちは一つだよ」
「……そんなこと、ない。クレス、私のこと考えてくれている、たぶん……」
半ば不安が混じりながらも、ビーチェは強い口調でジュエルの言葉を否定する。淀んだ風を切り、流れていく洞窟の壁を背景に、ジュエルは黙ってビーチェの表情を窺っていた。
彼女の瞳が力強さを増して、「クレスはきっと……」と改めて信頼の気持ちを示すと、ジュエルは目玉を裏側にぐるりと一回転させておどけて見せた。
「ま、ま、嫌なこと忘れるくらい、トロッコの旅を楽しもうよ!」
「うん、トロッコは楽しい……」
「ほらほら、もっともーっと加速させちゃうからね!」
ジュエルの操る魔導因子によって爆発的な加速を得たトロッコは、途中で線路に飛び出してきた冒険者を跳ね飛ばし轢き潰していく。
柔らかいものに乗り上げる感触と、硬いものを砕く感触が足元から同時に伝わってきた。
「ジュエル……今、なんか轢いた」
「本当だねー、危ないよねー、いきなり飛び出してくるなんて」
「人、だった?」
「そだね、人だったねー。でもトロッコは急に止まれないからー」
「人、轢いたの?」
「
ごるごるごる……と、車輪の転がる音が洞窟内に虚しく響く。
「あ! 見て見て! 前方に侵入者発見! 数九つ! 進路妨害中!」
「止めて、ジュエル!」
「トロッコは急に止まれません! ここは危険を回避するためにも全速力で突っ切るべきと判断します! 特攻~!!」
勢いの衰えることを知らないトロッコは、数人の冒険者を跳ね飛ばしながら更に加速を続けていく。
冒険者達の悲鳴を置き去りに、トロッコは高速でその場を走り抜けていった。
ビーチェの目の前には、赤い飛沫が鮮やかに舞い散った。
空気の抵抗で前方を見るのが辛いほど、トロッコは加速し続ける。全身から薄緑色の怪しげな光を放散しながら、ジュエルはトロッコを操っていた。
「くくく……磁鉄鉱の結晶方位を操作、磁気を誘導して更にカ・ソ・ク!!」
「ジュエル……! 速すぎ……!」
「わはははー! どけどけ、ゴミどもー! どかないと轢き潰しちゃうぞー!」
急な曲がり角を、車輪から火花を散らしつつトロッコが走り抜ける。
「きゃははははっ! 加速、カ速、カカカ、カソク――!!」
やがて線路を折り返し元の場所に戻ってきたとき、トロッコは血にまみれ、ビーチェは青ざめた顔をして失禁していた。
「すいません、調子に乗りすぎましたー」
「その程度の反省で許されると思っているのか……?」
特攻トロッコ野郎のせいで、ビーチェは心身脱力状態にあった。優秀な作業者を腰砕けにしてしまうとは実に腹立たしい。
「そんなに高速で走り回りたいのなら、思う存分、飛ばしてこい!」
「ひぃ~! ご勘弁を~」
悪ふざけが過ぎたジュエルをトロッコの前面に括り付け、魔導回路に精霊機関を直結させて最大加速で送り出す。
トロッコは無尽蔵に魔力供給されて加速を続け、ジュエルの姿は一瞬で坑道の先に消えていった。闇の向こうに摩擦で赤熱した車輪だけがよく見えた。
そしてまもなく、線路の反対側からジュエルが姿を現す。
「どきゃああぁぁぁ……」
線路の連結点を切り替えて閉回路にしたことで、トロッコは一周では止まらずに延々と洞窟内を回っている。
速度はジュエルがトロッコで暴走した時よりも数段速くなっている。しかも、決して減速することはない。
ジュエルが水晶の涙を流して泣いてもトロッコはひたすら走り続けていた。
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