第51話 倍数体 オーガ

 森の中を子鬼の一団が走っている。

 身の程知らずにも彼らの縄張りである、永眠火山へと侵入してきた冒険者を追い立てている真っ最中であった。

「ゴゴゲ!」「ゴゴゲッ!」

 鬱蒼とした森の中に、子鬼の喚き声が間断なく響く。


 子鬼の群れに追われて、一人の女冒険者が森を疾走していた。

 宝石盗掘で一攫千金の儲けを得ようと、まだ手付かずの鉱脈が多く残されている穴場、底なしの洞窟を目指してやってきたのだ。

 聞いた話では永眠火山の中腹に洞窟はあり、そこまで行き着くのは駆け出しの冒険者でも容易ということだった。

 だが、永眠火山は予想以上に深く険しい樹海で囲まれ、洞窟を見つけ出すのは簡単ではなかった。


「話が違うじゃないの……」

 女冒険者エリザは誰へともなく、恨み言を口にした。

 腕っ節には自信があるが、地図を読んだり、最短経路を探したり、細かいことの苦手な彼女は樹海で完全に迷子となっており、挙句の果て子鬼の群れに追いかけられる始末。


『あたし一人だって、稼ごうと思えば稼げるんだから!』


 エリザのことを一人では仕事のできない腕力馬鹿とからかう仲間に、思わず啖呵を切って飛び出し、単独でも金を稼ぐことのできることを証明しようと噂に聞いた底なしの洞窟へ向かったのだった。しかし現実とは非情なもので、ここ永眠火山において彼女一人では本当に何もできないと証明することになってしまった。

 それも山へ入ってすぐ、奇妙な植物の蔓に襲われた時点で気が付くべきだった。ここが、噂に聞くほど容易い稼ぎ場所ではないことに。そして自分には決定的に方向感覚というものが欠如していることに。

 今も気を抜けば首を括られかねない森の中、奇妙なほどに統率の取れた子鬼の群れに追いかけられている。もはや現在位置も、自分がどこへ向かっているのかも把握できてはいない。

 子鬼は低い背丈で下生えの草に隠れ進み、または生い茂る木々の枝から枝へと飛び移り、彼女の死角から襲い掛かってくる。


「ギゲェッ!」

「だぁああっ!!」

 目の前の藪から飛び出してきた子鬼を、強化鋼の篭手をはめた右手で打ち払う。

 真っ直ぐに突き出した拳が子鬼の顔面に直撃し、鼻と顎の骨を砕きながら子鬼の小さな体を藪の奥へと弾き返す。

 間髪入れずに下から、上から、後ろからと一斉に子鬼が飛び掛ってくる。


風拳ふうけん旋風つむじ!!』

 エリザの拳から淡い魔導回路の発光が起こり、振り回した両手の先から圧力を伴った空気が噴出す。

 下から来た一匹を左手の裏拳で頭蓋を殴打し地面に叩き伏せ、上から来た子鬼を掌底で吹き飛ばすと、後ろから迫る子鬼に密度の高い風圧を伴った肘打ちをお見舞いする。風よりも早く動くエリザの攻撃に追従し、後から襲う猛烈な風圧が子鬼の小さな体躯を軽々と吹き飛ばした。

 直接の打撃と、風圧による弾き飛ばしで威力の相乗を狙った拳闘術士の基本的な風の型である。

 吹き荒れる風が収まると、エリザの柔らかな髪がゆっくりと下りてきて、汗ばんだ頬へと貼りついた。




 エリザは魔導技術連盟には所属していない。

 元々はただの拳闘士だったが、複数人と組んで仕事をするようになってから、仲間の術士による施術で拳に魔導回路を刻んでもらったのだ。それからは他の拳闘術士の真似をしながら術式を身に着けていった。

 そんな彼女であるから当然のこと、連盟から周知されている底なしの洞窟への立ち入り制限など知る由もない。

 まともな情報収集能力もない、本当の腕力馬鹿だった。

「ちっくしょう、子鬼のくせに囮使って連係攻撃なんて。妙に知恵が回るなぁ。まさかと思うけど、あたしより頭良かったりして……。あ、ありえない! それだけは人間として認められないんだから!」

 確かに、子鬼達は山の地形を把握して、効果的な戦術によってエリザのことを追い詰めている。地力は遥かにエリザの方が格上だが、知恵を使って立ち回っているのはむしろ子鬼達の方であろう。


 ごつん、とエリザのこめかみに拳大の石がぶつけられる。堪らずぐらりとよろめきかけるエリザ。

「いったぁー―い!」

 接近戦が危険と判断した子鬼は、今度は距離を取りながら石を投げつけて攻撃する手法に切り替えていた。

 俊敏な動きを重視するエリザの装備は、袖丈の短い厚手の胴着と篭手、脛当て、額当て、これだけである。

 攻勢に出るなら身軽な装備だが、防戦に回るには不向きな装備だ。

「いててっ! 痛いっ! ひぃっ! やめて! やめろこらぁっ!! あたっ……」

 雨のように投げつけられる石礫が剥き出しの腕や太股へ強かにぶつかり、エリザは体中に傷を作っていた。


「くっそぉ~……!! 調子に乗るんじゃないわよ!」

 エリザは意識を両の拳に集中し、拙いながらも魔導因子を拳に刻まれた魔導回路へと流し込んでいく。

 背中や胸に石礫が当たるのも無視して精神統一するエリザの拳から、圧倒的な魔力の高まりが生じる。それは小細工なしの拳闘術式、要するに力押しである。手の平を開き軽く指を曲げ、前後に両腕と両足を伸ばして屈みこむ構えを取ると、エリザは術式発動の一声を吼えた。

土拳どけん岩嵐いわあらし!!』

 片手ずつ半円を描くように大地を抉り、術式の土石に対する反発力を用いて、無数の土塊と石礫を四方八方に向けて弾き飛ばす。


「ブゴッ!」「グガッ……!」「ギゲッ……」

 辺りの茂みから子鬼の呻き声が聞こえてくる。同時に、それまでエリザに向かって飛んできていた石礫の雨がぱったりと止む。

「ふぅっ……」

 エリザは大きく深呼吸すると、額に付いた泥を拭って落とす。派手に地面を抉って土を飛ばしたので全身が泥だらけになっていた。

「これだから土拳は使いたくないのよ。子鬼相手に土拳使って泥まみれなんて、あいつらに知られたら笑われるわ」

 ふと喧嘩別れした仲間のことを思い出した。彼らはたぶん今も近隣の街で自分を待っていてくれるのだろう。と、過保護な連中の顔を思い浮かべると、どうしても一人で稼いで見返してやりたいという気持ちが強くなる。


「さあ、気を取り直して、底抜けの洞窟を目指すんだから! あれ、違うな? どん底の洞窟だっけ? うーん、まあいいわ。ダンジョンの名前なんて有って無いようなものだし」

 気持ちを切り替えたエリザが再び洞窟を目指そうと山の斜面を登りかけたとき、太陽の光を遮るように大きな影が差した。太陽の逆光を浴びた影は人型をしており、身の丈にしてエリザより頭一つ分は大きかった。

 丸太のように太い腕がエリザの頬を張り飛ばし、わけもわからないままエリザは斜面を転がり落ちていく。

 回転する視界に、鼻の奥を突く痛み、背中から固い地面に落ちて息が詰まる。


 エリザは意識朦朧として頭を揺らしながら、現状を把握しようとどうにか立ち上がった。

(……何が起きたの? 突然、現れた誰かに殴られた――?)

 手の平で張られた頬を押さえると、ぬるりとした感触が伝わってくる。滑らかな感触はすぐに失われ、手の平が頬に張り付くような抵抗を感じた。エリザが自分の手をよく見ると、固まりかけた真っ赤な血が手の平に広がっていた。

「鼻血……」

 エリザが呆然としている間に、ほどなくして近くの藪から大きな人影が現れる。

(人の形をした大きな獣――まさか、森の巨人!?)

 素早く戦闘態勢の構えに入るエリザに対して、人影はゆっくりとした歩みで藪から現れた。

その姿は人のようでいて人にあらず、謎の獣は大きな体躯でエリザを見下ろしてきた。


「こいつは……子鬼? 嘘、そんなはずない……」

 思わず口から出た自身の言葉を、即座に否定した。

 目の前の獣は確かに子鬼そっくりの外見をしている。だが、体格は森の巨人と見紛うばかりの巨躯である。

 更に、はち切れんばかりの筋肉と凶悪性の増した顔つきから、その獣を子鬼として見るのは無理があった。

「こいつは、大鬼オーガ!?」

『――グゴォウッ!!』

 大鬼は唾液を撒き散らしながら一声吼えると、エリザに向かい両腕を広げ襲いかかってきた。



 ◇◆◇◆◇



 繁殖力が旺盛で、短期間で多くの子供を産む子鬼。

 そんな子供の中で稀に、他の個体よりも極端に大きな体で生まれるものがいる。

 その個体は生育すれば通常個体に比べ、二倍から三倍以上の体長へと育つ。

 通常では純人の半分ほどの体格しかない子鬼であったが、この特殊な個体は人の身長を容易く上回る。


それはもはや、大鬼オーガとでも言うべき別種の存在であった。



『ゴォウゥ――ッ!!』

 咆哮を上げてエリザに襲いかかる大鬼。

 子鬼とは比較にならない速さと重さで振り回される両腕が、胴着の襟口に指を引っ掛けて、エリザの体を左右に大きく揺さぶった。

「けはっ……!」

 首元が絞まった状態で激しく揺さぶられ呼吸もままならない。

 堪らず大鬼の腕を拳で殴りつけるエリザだったが、満足に魔力を生み出せない状態ではほとんど意味をなさない抵抗であった。


(このままだと、まずい! とにかく離れないと――)

 エリザは胴着の腰帯を乱暴に解き、大鬼に引っ張られた上着から腕を抜いて、拘束状態からなんとか逃げ出した。

 慌てて後ろへと距離を取り、応戦の構えを取り直す。上半身は肌着代わりに巻いたさらし一枚だが、かえって動きやすくなったので都合がいい。

 一方の大鬼は脱ぎ捨てられた上着に腕を絡め取られ、腕の自由を奪われたことが煩わしいのか怒り狂っている。

 大鬼が両腕を頭上に掲げて力を込めると、ぶちぶちと繊維の切れる音を出して上着が引き裂かれる。

「あぁー!! あたしのお気に入りの服がー……」

 大鬼は胴着を二つに引きちぎると、誇らしげに鼻息を噴き出した。


「許さないわよ……裂かれた服の恨み、この場で晴らす!」

 エリザの右拳が赤く輝き、攻撃補助の術式が発動する。

火拳ひけん焼鏝やきごて!!』

 真っ赤な炎に包み込まれた拳を脇に構え、エリザは大鬼に向かって突っ込んでいく。

 大鬼の目前で土塊が跳ね上がるほどに強く地を蹴り、渾身の力を込めた灼熱の一撃をがら空きの腹部へ打ち込んだ。

 めり込んだ炎の拳は骨を砕き、皮膚を焼き、肉を炙った。

『ギィイイイグォオオオオ――ッ!!』

 大鬼は顎を引いて体を丸め、地の底まで届くかのような咆哮を上げた。


「どうよ!! あたしの怒り、思い知ったか!」

 一撃を加えてすぐ、後方へと離脱したエリザは追撃の手を緩めず、連続攻勢の構えに入る。

 だが、構えなおしたエリザは大鬼の手に何か白い布が握られていることに気が付いた。

「あっ……!? こいつ、いつの間に!」

 大鬼が掴んでいるのはエリザが胸に巻いたさらしの端部だ。

 大鬼は赤く血走った目をエリザに向け、怒りに満ちた形相で手の内に白い布を握ったまま暴れだした。


「わっ! ばか! やめなさい! うわわっ! うわ――あああぁっ!?」

 大鬼は白い布を握り締めたままエリザのいる方向とは全く逆方向に突進する。思い切りさらしを引っ張られたエリザは紐を引かれた独楽のように回転して、盛大に山の斜面へ向かって放り投げられた。

「ぎゃーっ!!」

 品のない悲鳴を上げて、斜面を転がり落ちるエリザ。

 仕舞いには後頭部を地面から突き出した岩にぶつけ、白目を剥いて気絶してしまった。




『フゥ~……フゥウ~ッ!』

「う、うぅ~ん……」

 顔に生温かい息を吹きかけられ、寝苦しさを感じたエリザは目を覚ました。

「ううん?」

 すぐ眼前に大鬼の巨大な顔が迫っていた。

「ひぃっ……」

 あまりにも唐突な状況に対応できず、エリザはただ小さく息を呑んだ。


 大鬼は彼女の体に鼻を押し付けて、執拗に匂いを嗅いでいる。熱い鼻息が剥き出しの肌に吹きかかる度、エリザは言いようのない嫌悪感に背筋を凍らせた。

 次第に鼻息の荒さが増してきた大鬼は、形の良いエリザの胸を分厚い舌で押し潰すように舐め始めた。

「うああああああっ……」

 おぞましさに身を震わせ、しかし両腕と腰を押さえつけられて動けないエリザは、歯をがちがちと鳴らしながら恐怖と恥辱に屈していた。

 やがて大鬼は舐め回して味見するのにも飽きたのか、大きな口を開けて牙を剥き、柔らかな少女の肉と脂肪へ噛みつこうとする。

(――喰われる)

 己のぶざまな死を予感した瞬間、生への執着を示す最後の抵抗心がエリザの体内で爆発する。


「う……るぅぁああああああああ――っ!! 死ねぇええええええっ鬼野郎がぁ――っ!!」

 精神の集中も、術式発動の楔の名キーネームも、何もない。

 ただ純然たる魔導因子の奔流と、心の底から相手を害そうとする呪詛の言葉が、エリザの脚に刻まれた魔導回路を起動させて破壊の術を大鬼に叩き込んだ。

 エリザの呪詛を伴った足刀が大鬼の股間に炸裂する。腐った果実が地に落ちて爆ぜるが如く、大鬼の股間に存在したものは内側から膨張して弾け飛んだ。

『オゴァアアアアア……!?』

 尻すぼみに小さくなっていく断末魔の声。

 大鬼は仰向けにひっくり返り、びくんびくんとのたうっている。


 ――水拳すいけん泡沫うたかた――、それが本来の正式名称である術式。

 相手の体内の水分に干渉して、突沸とっぷつを引き起こすことで内部から生き物の細胞を破壊する呪詛である。

 呪詛に抵抗力のあるものには通用しないが、抵抗力皆無の獣相手には恐るべき威力を発揮する。

 エリザはこの術式をこれまで使ったことは無かった。

 ましてや最近になって脚部に刻んだばかりの魔導回路は体に馴染んでおらず、彼女自身も使いこなせてはいなかった。術式を使うならエリザにとって制御が容易な拳の魔導回路を使う方が成功率は高いだろう。

 もし術式の制御に失敗すれば、自分の体が弾け飛ぶ危険もあるのだ。それをぶっつけ本番で成功させたのは、追い詰められた者に特有の底力であろうか。

 エリザはどうにか窮地を脱したのだ。



 ◇◆◇◆◇



(もう駄目、やばい……。戦闘で疲れたし、術式の反動で脚が痺れているし……。麓の村までもつかどうか……)

 ふらふらと頼りない足取りでエリザは一人、山を下りていた。

 結局、目的の底なしの洞窟にも辿り付く事ができず、心身共にぼろぼろの状態で帰路へついたのだった。

 だが、彼女の受難はまだ続いていた。

 山の裾野へ近づいた頃、登りでは注意していたものに、下りでは注意を怠ってしまった。


 足元で葉擦れの音が聞こえた時、エリザは即座に失敗を悟った。

 エリザが体を動かすよりも、植物の蔓がエリザの首を括る方が速かった。

 全く抗うこともできないまま宙に吊るし上げられる。絞殺菩提樹の蔓だ。

 もがけばもがくほど蔓が首を締めていき、呼吸ができなくなって意識も遠のいていく。

(あぅぐっ、本当……あたしって駄目だなぁ……ああっ、もっ、もう……駄目、も、あ……)

 腰から力が抜けて、股間の周囲を生暖かい液体が濡らしていく。下着から溢れ出した小水は太股を伝って地面へと滴り落ちた。

 ――と同時に、エリザの体もまた地面へと落下していた。


(…………。……あれ?)

 気が付くとすぐ傍らに二つの人影が見えた。ぼやけた視界が回復してくると、遠のいていた世界の音が耳に戻ってくる。

「エリザ! これ、エリザ! 起きんかい!」

「オジロさん、そんな乱暴な! エリザさん瀕死なんですよ!?」

 一人は黒い外套を羽織った老人、もう一人は白い貫頭衣を着た青年。二人の顔には見覚えがあった。

「……オジロ、とアニック? どうしてここに?」

「ああ! エリザさん! よかった、目を覚ました!」

「やっと起きよったか」

 近隣の街にいるはずの仲間だった。


「どうしてここに? などと、まだ寝ぼけておるのか? 無鉄砲なお前さんを追いかけてやってきたのであろう」

「そうですよ。僕達も心配したんです。エリザさんは一人で動くと必ず迷子になるから」

「まったく……楔の石キーストーンの固有波形を追ってこられたのが、唯一の救いだったわい」

「危うく手遅れになるところでした。一人で無理をするからですよ、エリザさん!」

 二人がやってきたことでエリザは一命を取り留めたが、不甲斐ない自分を省みて生還を素直に喜ぶことができなかった。


「別にあんた達の助けなんか……」

「助けがなければ死んでいたの。ほれ、そこに転がっている白骨死体の仲間入りだ」

 オジロの指す方向を見れば、すぐ近くの地面に蔓を体に巻きつけたままの白骨死体が転がっていた。

「うう……別に、別に……」

「まーだ、言うのかの? 小便臭い娘っ子が、少しは反省せんか!」

「なっ!? 誰が小便臭いって――」

 エリザは反論しかけたが、不意に鼻を突いた臭いが自分の下半身から漂っていることに気が付く。自覚した瞬間に羞恥で顔が真っ赤になってしまった。しかも、よく考えたら上半身は裸だ。


「うう……うあ~ん! アニックとオジロに裸、見られたー! 痴漢よー!!」

「ええ!? そんな今更!?」

「小便臭い娘になど興味ないわい」

「ぼ、僕だってやましい気持ちで見てないですよ! あくまでも医療術士として、怪我をしていないか見ていただけで!」

「やっぱり見ていたんだー!! じっくり、ねっとり、いやらしい目で見られた!」

「そ、そんな……。ああ、そうです、服を! 僕の上着を貸しますから!」

 痴漢扱いされてしまったアニックは、そう言うと貫頭衣を脱いでエリザに渡す。

「ぐすっ、受け取るわ」

「アニック……おぬし、勇者だの……」

 オジロは一歩、退いていた。


「え? 何がですか? 女性が肌をさらして困っているのなら、上着を貸すのは当然じゃないですか?」

「まあ、の。しかし、良いのか? おぬしの一張羅、泥だらけで小便臭くなっても……」

「あ――」

 その時エリザは既に、しっかりと貫頭衣を着込んでいた。

 それで気を持ち直したのか決意を秘めた表情で立ち上がる。

「いつかまた、底抜けの洞窟へ挑戦するんだから! その時はあんた達も協力するのよ」

「やれやれ、懲りないのぉ」

「え、はい。その……」

 せめて体を洗ってから、とは今更になって言い出せないアニックであった。

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