第44話 金色の瞳

 洞窟の入り口に横たわる少女を見つけて、俺は明らかな異常に気がついた。


(……やはりおかしい。この娘には何も加護を与えていない。なのに、狼にも襲われずどうして生きている?)


 少女、名前は……何と言ったか、名乗っていたが忘れてしまった。

 少女はやや体調を崩している様子だが、食事をしっかり摂って寝ていれば自然と回復しそうではあった。供え物もまだあるし、空腹で死ぬことはないだろう。


 問題は別にある。

 脱力しきった体を岩壁にもたれている、こうも無防備な姿を晒していれば、とっくに洞窟の獣の餌になっているはずだった。

 実際、生贄としてここへ来ているのなら食べられて死ぬのも本望かもしれない。そう考えて放置していたのだが、少女が洞窟前に座り込み始めてから八日を数えた。それがまったく獣に取って食われる気配がない。


 少女はただぼんやりと洞窟の外を眺めているだけだ。その表情は虚ろで覇気もなく、獣に襲われれば黙って食われてしまいそうだった。

(こいつ、何かあるな……?)

 少女の様子に違和感を覚えた俺は、魔導因子を媒介に透視する術式『天の慧眼』で彼女の全身に探りを入れてみた。

 痩せ細った肢体、服の下に何か隠し持っている様子もない。

 ただ一点の異常として、特徴的な金色の瞳から妙な魔力の放射が確認される。

(これは――)

 俺は思わず身を乗り出し、少女の瞳を正面から覗き込んだ。


 金色の瞳を見つめていると言い知れぬ嫌悪感が伝わってくる。あるいは圧迫感とでも言えるだろうか、視線を交わしているのが酷く辛くなるのだ。

 ただ、それだけで実害があるわけではない。

 それ以上の効果を少女の瞳はまだ持ち得ていない。

 しかしいずれは無視できない力を発現するに違いない。


 この少女は、天然の『魔眼』持ちだった。



 ――魔眼。

 非常に有名な特殊能力でありながら、実際にお目にかかれる機会は希少だ。


 眼球を枢軸に視神経が一種の魔導回路を形成したもので、生まれついての特異体質である。魔導回路を遺伝子に組み込まれた魔導生物と同様に、魔眼持ちも魔導回路を身に刻んだ状態で生まれてくるという。


 両親が術士で体に魔導回路を刻んでいたとしても、それが子供にまで継承されることはまずない。

 だが、生命の設計図たる遺伝子に直接、魔導回路を形成する設計図を組み込めば、魔導回路の継承は可能とされる。

 もっとも、遺伝子の変質によって奇形児が生まれる確率も高く、技術的には可能でも人間にはほとんど適用されることのない技術だ。


(系譜を遡れば、魔導回路を遺伝子に組み込んだ術士の血が混じっているかもしれないな……)

 代を重ねることでその形質は失われていくものだが、何代か後になって不意に覚醒する場合もある。


 魔眼の具体的な能力はわからないが、その異常性は既に日常の中で発現していたに違いない。村から追い出されたのは、これが大きな原因ではなかろうか。

 生贄というのは追い出すための口実に過ぎなかったのだろう。


(眼を見た相手に不快感を与える……いや、もう少し効果が発揮されれば威圧感になるのか。どちらにせよ、制御できなければ人間社会では敵を増やすばかりの力だな)

 少女は金色の瞳を見開いて、瞬きもせずに俺の眼を凝視してくる。

 憎らしい、生意気な目だ。

 この不快感の正体が魔眼の効果と知らなければ、居心地の悪さに目の前の少女を張り飛ばしていたかもしれない。


「……あなたは、どうして私から目を、そらさないの?」

 少女の問いはまるで俺のことを試しているかのようで、ひどく不快な気分にさせられた。けれどここで目を逸らせば、魔眼の力に屈したも同然だ。故に俺は決して目を逸らさなかった。

「種が知れてしまえば恐れるものでもない」


 魔眼の能力は確かに珍しい。

 だが、俺に言わせれば一種の魔導回路である以上、その効果は普通の術式と大差ない。

 魔眼は視線の方向へ魔力による干渉波を飛ばすのが通常の仕組みだ。

 他人に呪詛をかける類の魔眼であっても、魔導因子の動きに注意して、干渉を断ち切れば魔眼の影響を受けることはない。


 対処法が分かっているのだから恐れる必要などまるでない。

 こんな子供のつたない術式に、準一級術士である俺が怯むことなどないのだから。

 その上で、俺は打算によってこの少女を値踏みする。


「お前をこのまま野垂れ死にさせるのは、惜しい。魔眼の研究など、そうそう実験対象に巡り合えるものでもないからな」

「…………?」

「その魔眼があれば、この洞窟においても獣に喰われることはあるまい」

「まが……なに……?」

「生きる気力があるのなら、最低限の補助をしてやろう。代償として、幾らか俺の実験に付き合ってもらうことになるが」

「私……は、生き……たい。死にたくは……ない!」

「なら契約は成立だ。今日からお前の家はこの洞窟になる。衣食住の保障はしてやる。自分の身は自分の力で守れ。そして、今は眠れ」


 俺は少女の周囲に六角錐の水晶を配置し、魔導因子を流し込む。

(――正常なる心身を取り戻せ――)

『癒しの揺りかご……』

 術式の発動により水晶が白く淡い光を放ち、少女の身体を柔らかく覆いつくす。

 安らぎを与える光は人の回復機能を活性化して、傷ついた心身をゆっくりと癒していく。

 少女は暖かな光に包まれて静かに寝入った。


「ジュエル、この娘をしばらく監視していろ。起きたら適当に遊んでやれ、任せたぞ」

「は~い! うえっ、へっへっ! お嬢ちゃんは今日からボクの玩具に……」

「そういう下衆な意味じゃない。子供同士の遊び相手として、だ」

「ええ~! ボク、もう子供じゃないよ! こう見えて、ボスよりも年上だよ!」

「そういうことは精神年齢がもう少し成長してから言え。子供の相手は、子供に任せる」

「うーん、まあいいけど。その間は穴掘りしなくていいの?」

「仕事はしろ、その娘からは目を離すな」

「そんな御無体な~!!」


 こうして俺はジュエルに魔眼持ちの少女ビーチェを任せ、しばらく様子を見ることにした。

 手間をかけずに魔眼持ちを飼えるなら悪くない。

 いずれ何らかの役に立ってもらおうと考えていた。

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