ノームの終わりなき洞穴 金色の魔眼 編

【ダンジョンレベル 6 : 魔人の棲み処】

第42話 生贄の祭壇

※関連ストーリー 『心配性の村人』、『怒れる村人』参照

――――――――――


 洞窟の入口に見覚えのない食料や物品が置かれている。


(んー……何だったかな、これは。こんなもの黒猫商会に頼んだ覚えもないんだが……)

 米や小麦、芋、野菜に果物といった食品のほか、藁束や薪、怪しげな木彫りの人形に薄汚れた少女。

「あー、おいジュエル。お前、心当たりないか?」

 朝早くの寝起きで頭の働いていない俺は、考えるのも煩わしく、とりあえず精霊ジュエルに安易な解答を求める。問われた当のジュエルは、物品の中に自分が食べられる宝石のようなものがないか漁っている。

「ちっ……しけているな~、穀物ばっかり。ボクの口に合うようなものが全然ないよ……」

「おい、こら、ジュエル。お前、もしかしてこの大量の物資に心当たりがあるのか?」

「え? うわうわうわ、違うよボス! ボク何も知らないよ! 何もしていないよ! ただ、今朝方に大勢の人間さんがやって来て、ここに色々と置いていっただけだから!」

 必死で弁解する姿が妙に怪しかったが、今のは冤罪をかけられそうになって慌てたのだということにしておいた。もし、俺の許可なく余計なことをしていたなら罰を与えねばなるまい。


「大勢の人間というが、どういう格好をした人間達だった? また盗賊か?」

「ううん、たぶん近くの村の人達じゃないかなー。祟りがあるとか、貢ぎ物がどうとか、よくわかんないこと言ってた」

「なんだそれは? 本当によくわからん。しかし、困ったな、こんな場所にあれこれ置かれては邪魔なんだが……子鬼どもに片付けさせるか……」

 まったくもって迷惑な話だった。理由はよくわからないが、他人の敷地に不法投棄をしていくとは許し難い。まあ、勝手に置いていったものなのだから、こちらで勝手に処分してしまっても構わないだろう。

 米や小麦、芋、野菜に果物といった食品は、獣達の餌にでもしてしまえばいい。藁束や薪も暖を取るのに使える。怪しげな木彫りの人形は……不気味だがこれも薪の代わりにしてしまおう。そして薄汚れた少女は――。


「うおおっ!? 誰だ、こいつ!?」

 微動だにせず藁束の傍らに座っている少女に、俺は初めて気が付いて不覚にも盛大に飛び退いてしまった。

「あれ、ボス気が付いていなかったの? さっきからそこに居たよ」

 俺の大きな声に薄汚れた少女は、僅かだが顔を上げて身動きした。


 あちこち跳ねて伸び放題の黒髪、その隙間から覗く金色の瞳。左目の下にある泣き黒子が特徴的な十歳前後の少女。

 身に着けた麻の服は、布きれに穴を開けて紐で縛っただけの粗末なものだ。

 身体は痩せこけていて、顔にも生気が感じられない。

「…………」

 俺がその少女を観察している間、当人は口を真一文字に結んで黙りこくっていた。


「おい……なんだお前は? 物乞いなら他でやってくれ、ここに居座られると迷惑なんだが」

「物乞い……? 私は、違う」

「違う? なら何だって言うんだ?」

「…………」

 少女は俯き、また口を噤んでしまう。

 どうしてか気まずい空気が流れ、会話が続かない。


「ね、ね、君、どこの子? 迷子?」

 屈託のない笑顔で少女に話しかけるジュエル。こう言う時、空気を読まず動ける奴というのは便利だ。正直、どう声をかけていいものか、俺は対応に困っていたところだ。ここは成り行きのままジュエルに少女の素性を探らせるのが最善だろう。

 ジュエルに話しかけられた少女は小さく口を開くと、どうにか聞き取れるかといった声量で言葉を紡いだ。

「私は、ビーチェ。……あなたが、洞窟の悪魔?」

「違うよ、ボク悪魔じゃないよ、精霊だよ」

「じゃあ……」

 そう言って俺の方に視線を移す少女。金色に輝く二つの瞳に見つめられると、俺は無性に落ち着かなくなった。

 少女は小首を傾げて、じっと俺を見つめてくる。


「……あなたが、洞窟の悪魔?」

「俺は普通の人間だ。と言うかな、さっきから悪魔、悪魔と何を言っているんだ? 悪魔なんて、この洞窟にはいないぞ」

「……でも、村の大人達、洞窟の悪魔を鎮めるのに供え物、必要だって……言ってた」

「供え物だと……? それがこの大量の物資か?」

「そう、そして私は……生け贄」




 かなりの長い時間、沈黙が流れた。

 供え物、生け贄。

 洞窟の悪魔を鎮める。

 村の大人達が運んできた。

 大量の物資と、薄汚れた一人の少女。


 断片的な情報を一つにまとめ、何が起きているのかを想像した俺は、もう一度だけ目の前にある物資と少女を確認して――。

「どうしてこうなった……」

 認めたくない現状に頭を抱えた。


「何故だ? 洞窟についておかしな噂が流れていることは知っていた。だが、供え物を要求する悪魔とか、村人は馬鹿正直に信じているのか?」

「脅迫状、届いた」

 少女は服の中に手を突っ込んで、一枚の紙切れを取り出して見せた。


“俺らは洞窟に住む悪魔。俺らの縄張り近くに住む村人達へ要求する。大人二十人、一ヶ月分の日保ちする食糧と藁そして薪を供え物とし、これに加えて若く美しい生娘を生け贄として、洞窟の入口に捧げろ。次の新月が上る日までに持って来い。要求を断れば、洞窟の悪魔達が村へと降りて災いをもたらすだろう”


 学のない奴が書いたと思しき下手くそな脅迫文を読んだせいか、俺は急な頭痛に襲われ思わずこめかみを押さえた。

 大人二十人分の食糧とか、悪魔が本当に居たとしてそんなもの要求するわけがない。

 おそらく、この洞窟を拠点に悪さでもしようと企んだ山賊あたりが、近隣の村に脅迫状を送りつけていたのだろう。

 無論、俺以外の人間が洞窟内を拠点にして安穏と暮らせるわけはない。この脅迫状を送った者達はとうの昔に獣の腹の中に違いない。


「で、これを真に受けたのか? お前の村の連中は。他に対策があるだろ、領主に報告するとか傭兵に討伐させるとか……」

「領主様、まともに応じてくれなかった。私の村、お金もないし、傭兵なんて雇えない」

「……まあ、あの伯爵家じゃあ対応はしないか……。しかしだな、実際に村が襲われたわけでもないだろう? それなのにこんな馬鹿げた脅迫文を信じたのか?」

「被害、出た。山に入った村の若い人、十人くらい、洞窟で死んだって……」

「村人が十人も? そんなことあったか?」

 偶に迷い込んでくる猟師や、興味本位で洞窟に足を踏み入れる人間はいたが、いずれも少人数でのことだ。まとまった数の村人に洞窟内へ侵入された記憶はない。

「お前は知らないか、ジュエル?」

「さあ~。侵入者なんていっぱいいて、ボクにはわっかんないよ」

 ともあれ、村人は被害が出たのは洞窟に悪魔が棲みついたからだと本気で思っているらしい。まとめて十人も犠牲者がでれば、そのような誤解も仕方ないのかもしれない。



「あー、とにかく! ここには悪魔なんて居ないし、供え物も必要ないんだ。生け贄もな。お前はすぐ村に戻って、そのことを伝えてこい。この大量の物資も引き取りに来させるんだ、事情を話して」

「……でも」

「俺は忙しくて、些事に構っている暇はない。行け行け! あまりこの辺でうろうろしていると、狼に喰われるぞ」

 少し強めに脅しつけると少女は渋々立ち上がり、山を下る方へと走り去っていった。


「ったく、手間をかけさせやがって。ジュエル! さっさと仕事にかかるぞ。宝石の丘までの資金調達どころか、まだ借金も返済し終わっていないんだからな!」

「ええ~! 嘘だー! あれだけ、掘り出しておいてまだ足りないのー!? ボスってば強欲ー!!」

「……お前がことあるごとに俺の目を盗み、摘み食いしているのは知っているんだからな? それ相応の罰を今ここで受けたくなかったら、文句を言わずに働け」

「イエッサー! ボス、ボクはなんだかとても穴が掘りたくなったよ!」

 

 こうして、早々に供え物事件は解決した。

 ……少なくとも、俺はこの時そう思っていた。

 

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